試練と新しい出会い
最初の戦いから――
いったい、何回目の戦闘になるんだろう?
目の前にいるのは、白い僕。
試練の部屋で何度も戦ってきた相手だ。
今は二回目の戦い。
……いや、正確には二回目どころじゃない。
何度も何度も戦っている。
湖に一日浸かって、ようやく傷が治った身体なのに――
すでに片足がない。
向こうも同じだ。
片足がなく、片耳もない。
お互い、満身創痍。
たぶん――
次が最後の一撃になる。
僕は残った前足の爪に魔力を集める。
青白い光が爪を包む。
「ワン……」
――空爪撃。
お互いが同時に飛び出した。
青白い爪が交差する。
次の瞬間――
僕の尻尾が飛んだ。
「……っ!」
身体から力が抜ける。
だけど――
相手を見る。
白いワンコの首が――
落ちていた。
光の粒子となり、その身体が消えていく。
そして、光は僕の身体へ吸い込まれていった。
「…………」
勝った。
……けど、僕も限界だ。
目の前には、ドロップした魔石と報酬が落ちている。
とりあえず、全部拾っておこう。
空間魔法を使ってアイテムボックスへ放り込む。
そして――
残った前足と後ろ足を使い、匍匐前進のように身体をズルズルと引きずりながら、試練の部屋を出る。
階段を上る。
すると――
ふわっ。
水の膜が僕の身体を包み込んだ。
「……ウンディーネさんの力かな?」
そんなことを考えたところで――
僕の意識は途切れた。
目を覚ます。
なんだろう?
頭の下が柔らかい。
そして身体は、水の中に浸かっているような感覚がある。
ゆっくり目を開ける。
「…………」
ウンディーネさんがいた。
どうやら僕は、ウンディーネさんの膝枕で寝かされているらしい。
……下から見るウンディーネさん。
胸のせいで顔が見えない。
正確には――
胸に当たる部分の水が盛り上がっていて、変な顔に見える。
「……ぷっ」
「あら、起きた?」
ウンディーネさんが僕を覗き込む。
「今回は勝てたの?」
「ワン!」
(勝ちました!)
「まあ……」
ウンディーネさんが呆れたような顔をする。
「そのまま放っておいたら、天に召されてたでしょうから……引き分けよね?」
「ワワン!」
(勝ちです!)
「今度は助けないわよ?」
「クーン……」
(ごめんなさい……)
でも――
「ワワン!」
(でも、負けてはいないです!)
「ふふっ」
ウンディーネさんが笑う。
「そうね。頑張ったね」
「クーン……」
(ありがとうございます)
そんなやり取りを何度繰り返したことだろう。
試練の部屋で戦い。
傷ついて。
湖へ戻って。
ウンディーネさんに呆れられながら治療してもらう。
そして――
また戦う。
そんな日々が続いた。
何回目の戦いになるのか、もう分からない。
そして――
今。
目の前にいたベヒモスが、光の粒子となって僕の身体へ吸い込まれていく。
「……終わった」
片目は切り裂かれている。
前足は一本なくなり、尻尾も途中で千切れている。
満身創痍。
だけど、動けないわけじゃない。
自然治癒の力で、ゆっくりと身体も治り始めている。
「とりあえず……」
ドロップしたものを拾う。
クリアボーナスは、帰ってからでも選べることが分かった。
なら、今は無理に選ぶ必要はない。
まずは怪我を治そう。
身体を引きずりながら、48階層へ戻る。
そして――
ルルの湖へ入った。
どれくらい経っただろう。
傷が塞がっていく。
失った前足も戻ってくる。
尻尾も元通りになっていく。
さすが、ルルの湖。
……ただ。
「ワフゥ……」
(お腹減った……)
「当たり前でしょ?」
ウンディーネさんが呆れたように言う。
「戻ってきたと思ったら、湖に落ちてきたんだもの」
『すみません……』
「慌てて助けたら身体はボロボロ」
『はい……』
「そのまま三日も湖に浸かってたのよ?」
『三日!?』
あらまぁ……。
そんなに寝てたのか。
とりあえず、湖畔へ上がって身体を確認する。
……うん。
ちゃんと治っている。
『身体は大丈夫そうです』
そして――
『ウンディーネさん、ありがとうございます』
「無茶したらダメよ!」
『はい……』
そう言ってウンディーネさんは湖へ戻っていった。
「さて……」
そろそろ、自分の状態を確認しよう。
ついでにご飯だ。
僕はステータスを開く。
【ステータス】
・名前:???(旧:五月 薫)
・種族:神獣・人狼族
・性別:♀
・レベル:211
・体力:215
・魔力:320
・知力:520
・素早さ:615
・力:380
【加護】
・聖フェンリルの加護
【スキル】
・状態異常無効
・自然治癒(超)
・身体強化
【聖魔法】
・結界
・浄化
【五属性魔法】
・火
・水
・風
・土
・木
【空間魔法】
・アイテムボックス
・万能感知
・空間操作
・万能言語理解
・念話
「…………」
結構、頑張った?
レベル211。
かなり上がってる。
「素早さ、やっぱり加護の影響なのかな?」
やたらと伸びている。
知力が高いのは、転生前の記憶を引き継いでいるからかもしれない。
「うん……」
これなら、そろそろ外に出ても生きていけそうな気がする。
「ワフゥ~ン!」
(ウンディーネさ~ん!)
「何よ?」
湖からウンディーネさんが顔を出す。
「今、忙しいのよ……」
『忙しい?』
「蟹のご夫婦の修羅場なんだから、見逃せないのよ!」
『……蟹の修羅場?』
「そう!」
ウンディーネさんが興奮気味に説明する。
「蟹の奥さんが浮気したみたいで、旦那蟹さんが激おこなの!」
『…………』
「で、浮気相手の彼氏蟹が旦那さんと今、ハサミで掴み合ってる状況なの!」
『そ、そうですか……』
……ウンディーネさん。
暇なのかな?
いや、本人は忙しいと言っている。
『あの……』
「何?」
『僕、そろそろ外に出ても大丈夫ですかね?』
「知らない」
『えっ?』
「……というか、分からないわ」
『分からないんですか?』
「だって、ここまで来た冒険者って極端に少ないのよ」
『なるほど……』
「その人たちと比べると……まだ足りないような気もするし?」
『そ、そうですか……』
やっぱり、まだ早いのかな。
『ありがとうございます。もう少し頑張ってみます』
「そうした方が良いわね」
ウンディーネさんが頷く。
「まあ、あの怪我が湖に浸かっていたとはいえ三日で治ったんだから、自然治癒も普通よりかなり上だと思うわ」
『自然治癒(超)……』
「冒険者たちと比べて遜色ないくらいになれば、外でも大丈夫だと思うわよ」
『分かりました』
「じゃあ、私は戻るわね♪」
『はい』
ウンディーネさんは、また湖へ戻っていった。
「……蟹さんの家庭の修羅場を楽しみに戻るのか」
なんとも言えない。
まあ、いいか。
「う~ん……」
ちょっと、上に行ってみようかな。
ということで――
じゃん!
47階層。
「おお……」
万能感知を使ってみる。
思ったより広くは感じない。
……ん?
何かいる。
「ベヒモスクラスの魔獣?」
しかも――
三人組が襲われている。
「……」
どうしよう。
とりあえず近くまで行ってみよう。
危なそうなら――
「逃げよう」
僕は気配を消す。
そして軽く走ってみる。
「……速っ!」
風のように走れた。
角を曲がる。
その先から、声が聞こえてきた。
「もう、魔力がないわ!」
「くっ……ここまで来たんだ!」
「あと少しでオアシスのはずだ!」
人の声。
戦闘中だ。
覗いてみる。
そこには――
ベヒモスと戦う三人の人間がいた。
一人は剣士。
その後ろに杖を持った女性。
そして、その女性の膝には意識を失った人が横たわっている。
三人とも――
満身創痍だ。
「……」
助けなくちゃ。
僕はベヒモスの後ろへ飛び出す。
まずは、こっちに意識を向けさせる。
「ワォ~~~~ン!」
遠吠えと同時に――
雷撃を放つ!
バリバリバリッ!
ドンッ!
雷がベヒモスを直撃する。
「……!」
ベヒモスがこちらを振り向く。
「……あれ?」
倒れない。
さすがにベヒモス。
そう簡単にはいかないか。
ベヒモスの口が開く。
「――!」
ブレス!
僕は斜め前へ飛び出して避ける。
そのまま前足へ狙いを定める。
「空爪撃!」
傷の残っている部分へ、空爪撃を叩き込む。
傷が大きく抉れる。
……だけど。
ベヒモスは気にしない。
そのまま足を振り上げ――
「しまっ――」
蹴り飛ばされた。
「ガウッ!」
身体が吹き飛ぶ。
口から血が出る。
「……内臓、やられたかも」
そんなことを考えている間にも――
ベヒモスが突進してくる。
「……来る!」
僕は飛び上がる。
そして――
ベヒモスの首に牙を立てた。
「ガルルルル……!」
顎に、今使える力を全部込める。
噛む。
ひたすら噛む。
ベヒモスが嫌がって首を振り回す。
「ぐっ……!」
凄まじい勢い。
でも、離したら潰される!
絶対に離さない。
そして――
「ブチブチブチッ!」
肉が裂ける音がした。
ベヒモスの首から大量の血が噴き出す。
僕の身体は、肉を咥えたまま――
「ドンッ!」
壁に叩き付けられた。
「ガウッ!」
視界が霞む。
それでも、ベヒモスを見る。
足取りが重い。
もう少し。
あと少しだ。
ベヒモスが両前足を上げる。
踏み潰すつもりだ。
「……やらせるか!」
ありったけの魔力を集める。
今使える、最大の一撃。
「――黒雷撃!」
ドンッ!
黒い雷が槍のように放たれる。
ベヒモスの頭から――
尻尾の先まで。
その巨体を貫く。
「アベベベ……!」
余波で、僕の身体にも弱い雷撃が走る。
そして――
ベヒモスは口から赤黒い霧を吐き出した。
次の瞬間。
その身体が光の粒子へと変わっていく。
そして――
僕の身体へ吸い込まれていった。
「…………」
勝った。
僕は、三人の方を見る。
剣士は二人を守るように剣を構えて立っている。
どうやら、みんな無事らしい。
「……良かった」
安心した。
その瞬間――
急に身体から力が抜ける。
「……あれ?」
意識がぼやける。
この感じ――
「この感じ……前にもあった……」
あのときと似ている。
そして――
僕の意識は、再び闇へ落ちていった。
---
「こいつ……魔獣か?」
剣を構えた男――アーサーが、倒れている黒柴を見る。
「普通のワンコみたいだよ?」
杖を持った女性――マーリンが答える。
「普通のワンコなら、ベヒモスなんて倒せないだろ?」
「それは……そうだけど」
「今のうちに倒しておいた方が良いんじゃないのか?」
「でも、この子が助けてくれたんだよ?」
マーリンが黒柴を見る。
「私たちが襲われている最中に、わざわざ遠吠えする必要なんてないじゃん!」
「そ、そうか……」
アーサーは少し迷ったあと、剣を下ろした。
「なら、とりあえずオアシスまで連れていこう」
「そうね」
マーリンも頷く。
「この子、オアシスの方から来たみたいだし」
「俺がランスロットを背負う」
アーサーは、気を失っている仲間を見る。
「マーリンは、このワンコを運んでくれ」
「分かったわ」
マーリンが黒柴を抱き上げる。
「ランスロットには回復魔法を掛けたから、しばらくしたら気が付くと思うわ」
「オアシスまで、そんなに遠くはないはずだ」
アーサーが周囲を警戒する。
「警戒して進もう」
---
途中。
背負われていたランスロットが意識を取り戻した。
「……う……」
「ランスロット!」
アーサーが振り返る。
「気が付いたか!」
「……アーサー……?」
「まだ力が入らないみたいね」
マーリンが声を掛ける。
「アーサーに肩を借りて」
「……すまない」
ランスロットはアーサーに肩を借りながら歩く。
そして――
ついにオアシスへ入った。
その瞬間。
三人の身体が固まった。
「……なんだ、この魔力……」
湖から――
膨大な魔力が溢れ出している。
次の瞬間。
湖の水が大きく盛り上がった。
その中から――
ウンディーネが姿を現す。
「その子を傷つけたのは――」
怒りの表情。
背後には、無数の水の塊。
「お前たちか?」
空気が凍る。
返答次第では――
この場で終わる。
マーリンは冷や汗を流しながら、慌てて説明する。
「い、いえ!」
「……」
「私たちが助けられたんです!」
マーリンは必死に説明する。
「この子が無理をしたみたいで、意識を失ったので……こちらまでお連れしたんです」
アーサーとランスロットも、無言で高速で頷く。
「…………」
ウンディーネが三人を見る。
「そうか……」
水の塊が消える。
「礼を言う」
三人がホッと息を吐く。
「ありがとう」
「い、いえ……」
「そのまま、その子を湖に浸けてくれるか?」
「はい!」
マーリンは言われた通り、黒柴の身体を湖へ浸ける。
すると――
黒柴の身体が淡く光り始めた。
焦げた身体が、少しずつ癒えていく。
「……すごい」
マーリンが呟く。
「主らも怪我の治療や魔力、体力の回復を図るなら、水に浸かるか飲むと良い」
「ありがとうございます」
マーリンが湖を見る。
「ここが……ルルの湖なんですか?」
「そうよ」
ウンディーネが答える。
「知っているのかしら?」
「はい」
マーリンが頷く。
「私たちの師匠が二十年以上前に、ここに来たことがあるんです」
「ほう……」
ウンディーネが少し驚いた顔をする。
「ここの話を聞いていたのね」
「はい」
「そう……」
ウンディーネが少し考える。
「あの子たちの弟子になるのか!」
「……あの子たち?」
マーリンが目を見開く。
「は、はい!」
ウンディーネは三人を見渡す。
「そうなのね」
マーリンが自己紹介する。
「私はトリスタンの娘、マーリンです」
「……」
「ガヴェインの息子がアーサー」
アーサーが頭を下げる。
「そして――」
「ギネヴィアの息子、ランスロットです」
ランスロットも頭を下げる。
「三人とも、あの三人の娘や息子で、剣や魔法の弟子でもあります」
「そうなのね」
ウンディーネは納得したように頷く。
「とにかく、ここでしばらく休みなさい」
「ありがとうございます」
「試練の部屋へ行くなら、全てを万全にして挑みなさい」
「はい」
マーリンが頷く。
そして――
「すみません」
「何?」
「この辺りで、何か食べるものは取れますか?」
「食べ物?」
「はい」
マーリンが少し困ったような顔をする。
「この階層に来る前に、食料を全部失ってしまって……」
「ん~……」
ウンディーネが周囲を見渡す。
「ここには食べるものは、あまりないかもね」
「そうですか……」
マーリンが肩を落とす。
「食料がないの?」
「はい……」
そのとき。
ウンディーネが湖の中で眠っている黒柴を見る。
「なら――」
ウンディーネが言った。
「そこのワンコが起きたら、尋ねたら良い」
「……え?」
「では、私は戻るわ」
そう言うと、ウンディーネは湖の中へ戻っていった。
三人は顔を見合わせる。
そして――
湖の中で眠る黒柴へ視線を向けた。
「…………」
彼女が一体、何者なのか。
三人には、まだ分からなかった。




