出会い
さてと……。
とりあえず、湖まで行ってみよう。
トテトテ……。
四本の足で歩く。
「なるほど……」
歩いてみて、なんとなく分かった。
尻尾って、バランスを取るためにも使うんだ。
しかも……。
「なんか、歩きやすい?」
股間に何もないからなのか、妙にスッキリしている。
まあ、今は四足歩行だから、前世の感覚と比べても仕方ないんだけど。
そんなことを考えながら歩いていると、湖畔に到着した。
「おお……」
湖を覗き込む。
めちゃくちゃ透き通っている。
水面には、見慣れないワンコの姿が映っていた。
「黒い……」
少し首を傾げる。
「柴だ」
どう見ても黒柴。
僕は右前足を水面に突っ込んでみる。
「……あ、やっぱり僕だ」
水面に映った黒柴が、僕と同じように前足を動かす。
「めっちゃ可愛い……」
思わず顔が緩む。
「……モフりたい」
自分自身をモフりたいという、よく分からない欲求が湧いてくる。
そんなことを考えていると――
突然、頭の中に文字が浮かんだ。
【鑑定】
どうやら無意識にスキルを使ったらしい。
【ルルの湖】
フロア結界内に稀に存在する湖の一つ。
飲むことで体力と魔力が回復する。
また、精霊が棲みかにしている可能性も高く、高位精霊と契約することができる可能性がある。
「ふむ……」
飲んでも大丈夫みたいだ。
「よし!」
さっそく顔を水に入れて――
「ガフッ! ガフッ! ガフッ!」
「…………」
飲めない!
危うく溺れるところだった。
……そういえば、犬って水をこうやって飲まないよね。
「やっぱり、ワンコにはワンコの飲み方があるよね……」
水面に顔を近づける。
そして――
ペロペロ。
舌で水を巻き込むようにして飲む。
すると――
「……ん?」
ポワン。
何かに包まれたような、不思議な感覚。
身体の中から力が湧いてくるような感じがする。
「なんだろう……」
不思議な感覚に浸っていると――
「こら! ワンコ!」
「ん?」
「この湖にオシッコしないでよ!」
「…………」
突然、声を掛けられた。
声の方を見る。
すると――
全身が淡い青色に染まった、お姉さんが立っていた。
「ワフ?」
(誰?)
「私は、このルルの湖に棲む精霊で、ウンディーネよ」
「おお……」
精霊さん登場。
……ん?
というか――
「…………」
すっぽんぽん?
いや、見ちゃダメだ。
見ちゃダメ。
……でも、ちょっとだけなら。
「あら?」
ウンディーネさんが首を傾げる。
「裸はダメなのね?」
そう言うと、どこからともなく衣のようなものを取り出して羽織った。
「…………」
いや。
なんというか……。
「逆にエロくない?」
「あんた……」
ウンディーネさんがジト目で僕を見る。
「生まれて間もなさそうな♀のクセに、オッサンみたいよ?」
「…………」
ガーン!
……まあ、前世の記憶もある。
オッサンと言われれば、間違ってはいない。
でも――
ショック!
「まあ、いいわ」
ウンディーネさんは気にした様子もなく話を続ける。
「ここにいるってことは……冒険者かしら?」
「ワフ?」
「この迷宮を攻略してきたの?」
僕の姿をじっと見る。
「ん~……でも、装備とかないし……」
首を傾げる。
「近くまで来た冒険者のペット?」
「ワフン?」
(迷宮?)
さっき索敵で感じた力。
もしかして、あれがこの人の力なのかな?
僕は、あそこの木の洞でさっき目を覚ましたんですよ――
そう伝えようとした、そのとき。
「あ~、そうなんだ!」
「?」
「魔物ではないわね……ここは結界内だから」
「ワワンワンワン?」
(さっきから、僕が考えてることが聞こえてる?)
「ええ」
ウンディーネさんが頷く。
「なんか、あなたが考えてることが漏れてきてる感じで分かるのよ」
「ワフ?」
「念話みたいな感じね」
「なるほど……」
つまり、僕の考えていることが伝わっているらしい。
なら――
ウンディーネさんに集中する。
『これ、聞こえてますか?』
「あ、さっきより綺麗に聞こえるわよ」
『おお……』
どうやら、念話が使えるようになったみたいだ。
『念話ができるようになったみたいです』
「あら、良かったわ♪」
ウンディーネさんは嬉しそうに笑う。
「でも、ここは神聖な湖だからね」
『はい』
「オシッコとかしちゃダメよ!」
『しません!』
……さっきから、どうしてもそこを疑われる。
『ちなみに、ここってどこなんですか?』
「ここ?」
ウンディーネさんが周囲を見渡す。
「ここは、始まりの迷宮アロンの地下48階層にあるオアシスよ」
『オアシス?』
「そう」
ウンディーネさんが説明してくれる。
「この階層はエリア結界で守られていて、魔物や魔獣が出ないオアシスなの」
『なるほど』
「この下の49階層は試練の部屋。その下、50階層が最下層よ」
『試練の部屋?』
「そう」
ウンディーネさんは楽しそうに説明を続ける。
「入った者のレベルに応じて、ギリギリ勝てるか勝てないかくらいの相手が出てくるの」
『なるほど……』
「勝てば能力が格段に上がるし、レアなスキルや武器、防具、宝飾品や食料なんかを選んでもらうことができるのよ」
『へぇ……』
なるほど。
それなら、試練の部屋を攻略して、そのまま最下層まで行くのかな?
『それで、最下層を攻略するんですね』
「違うわよ?」
『……え?』
「最下層には行けないみたいよ?」
『行けない?』
「試練の部屋をクリアすると、転移の魔法陣がある部屋に入るための魔石を手に入れるの」
『魔石……』
「それを使えば迷宮の入口まで飛べるらしいわ」
「へぇ……」
「私も、ここに来た冒険者が話していたのを聞いたくらいだから、詳しくは分からないけどね」
『ここまで来る冒険者さんがいるんですか?』
「たまにね」
『たまに……』
「この階層まで来るには、結構高ランクじゃないと無理らしいのよ」
『高ランク?』
「なんか、冒険者にはランクがあって……」
ウンディーネさんが少し考える。
「私もよく分からないけど、結構前に来た人たちはSランクって言ってたかな?」
『Sランク……』
「その人たちが、初めて試練の部屋をクリアしたって話してたわ」
なるほど。
かなり強い冒険者じゃないと、ここまで来られないらしい。
でも――
今の僕は、ここに一人。
しかもレベル1。
『ちなみに、僕が今、外に出ようとしたらどうなりますか?』
「ん~……」
ウンディーネさんが少し考える。
「下をクリアしないと出られないわね」
『え?』
「上に戻っていく方法もあるけど……30階層までオアシスはないから」
『……』
「魔物に出会ったら、終わりだと思うわよ?」
『ん~……』
どうしよう?
このまま上に行くのは危険。
でも、ここにずっといるわけにもいかない。
『ここで、食料って手に入りますか?』
「死なない程度なら、この湖の水を飲んでいれば大丈夫よ」
『おお!』
「でも……お腹は膨れないわね」
『ですよね……』
となると――
ここを拠点にして、試練の部屋でレベルを上げる。
そして、外に出る。
それが一番良さそうだ。
『……ここを拠点にして、試練の部屋に行くのが良いのかな?』
「そうね……」
ウンディーネさんは少し考えてから、笑った。
「私的には、ここにいてくれたら嬉しいけどね」
『え?』
「だって、お話相手ができるもの」
『あはは……』
確かに。
こんな場所でずっと一人だったら、話し相手が欲しくなるよね。
「でも、外に出るなら――」
ウンディーネさんが滝の方を指差す。
「滝の裏に、47階層へ戻る階段があるわ」
『なるほど……』
「どうする?」
『と、とりあえず47階層を見てきます!』
「ん~……」
ウンディーネさんが少し考える。
「なら、試練の部屋の方に行ったら?」
『下に?』
「そう」
ウンディーネさんが頷く。
「試練の部屋なら、あなたのレベルと同等の相手が出るから、レベル上げには一番良いわよ?」
『……確かに』
「それに、致命傷さえ受けなければ、ここに戻ってくれば治せるしね」
『なるほど』
「上に行けば、確実にあなたより強い魔物が出るから」
ウンディーネさんが僕を見る。
「逃げ切れるか分からないわよ?」
『う~ん……』
確かに。
レベル1の僕が、いきなり高レベルの魔物と戦うのは無謀だ。
「それに――」
ウンディーネさんが、僕が眠っていた大きな木を指差す。
「あの大きな木の根元に扉があるわ」
『扉?』
言われて見てみる。
……本当だ。
僕が寝ていた木のすぐ横に、いつの間にか見落としていた扉がある。
『……行ってみます』
「そうね」
ウンディーネさんが笑う。
「女は度胸も大事よ!」
『……僕、男だったんですけどね』
「今は♀でしょ?」
『……そうでした』
「危なくなったら逃げなさい」
『はい』
「試練の部屋は、逃げさせてくれるから」
『ありがとうございます』
僕はウンディーネさんに向かって、前足をひょいっと上げる。
『ちょっと様子を見てきます』
「ええ。気をつけてね」
この世界に来て、初めて出会った存在。
ウンディーネさんに見送られながら――
僕は、試練の部屋へ続く扉へ向かって歩き出した。




