ギルドマスター
ギルドマスターになって、五年か……。
こんなに面白そうなことは、初めてか?
いや……アーサーと手合わせした時も楽しかったな。
ギルドマスターなんてものになっちまったが、暇があれば冒険者と手合わせしたり、一人で迷宮に潜ったりしている。
おかげで、現役の頃より強くなっている自覚はある。
だが……今回はダメだ。
あの娘を見た瞬間から、背中の冷や汗が止まらなかった。
平気な顔であの娘と対峙していたエルザには、少し感心したが……。
あの異様な気配は、実際に戦う者でなければ分からないのだろう。
それも、高ランクの冒険者。
少なくとも、Sランクに近い実力がなければ気付けないはずだ。
執務室の奥にある扉を開ける。
そこには、長年の相棒が眠っている。
大剣――グラン。
ミスリルをふんだんに使って鍛え上げた、レジェンド級には届かないものの、間違いなくS級に分類される武器だ。
グランを手に取り、執務室を出る。
――ライガー・ニールセン。
32歳。
元Aランク冒険者。
現プラム支部ギルドマスター。
そして、自他共に認めるバトルマニア。
そんな俺が、久しぶりに本気で戦える相手かもしれない。
そう思うと、自然と口元が緩んだ。
闘技場へ向かう。
扉を開けると、中央に一人の少女が立っていた。
手にはショート丈の木剣。
一緒にいたミニドラゴンは、闘技場の壁際にちょこんと座っている。
観覧席には、暇を持て余した冒険者達。
そして四方には、結界を張るための魔法使い達が配置されている。
準備は万端だ。
「待たせたか?」
ギルドマスターとしての余裕を見せながら、声をかける。
「いえ。武器をどうしようか悩んでいたので、大丈夫でしたよ」
「そうか……」
……武器を悩む?
まさか、木剣を選んだことを言っているのか?
「本気でやる。死なないようにな」
「あ、はい♪ 頑張ります」
……おいおい。
頑張られると、こっちが辛いんだが。
だが、やるしかない。
「エルザ! 頼む!」
「はい! この鐘が鳴ったら模擬戦開始です!」
エルザが鐘の前に立つ。
そして――
コォーン♪
少し間の抜けた鐘の音が響いた。
瞬間。
俺は構えてもいない少女へ向かって踏み込んだ。
グランを振り下ろす。
――獲った!
そう思った。
だが――
少女の持つ木剣が、まるで踊るように優しく円を描いた。
そして、グランに触れる。
たったそれだけ。
なのに――
俺の剣筋が、逸らされた。
ドォーン!
グランが闘技場の床へ突き刺さる。
何が起きた?
理解するより早く、少女の木剣が俺の首筋へ添えられていた。
……くっ。
負けだ。
完全に取られた。
だが――
簡単に終わらせるつもりはない。
俺は木剣を片手で握り、そのまま少女ごと背負うように投げ飛ばす。
……軽い。
いや、違う。
重さを感じない。
まるで、自分から飛んだみたいだ。
着地点を予測し、グランを横薙ぎに振るう。
だが――
落ちてこない。
少女は空中に膜のようなものを張り、そこを足場にしてさらに飛び、距離を取った。
……なんだ、今のは。
魔法?
それとも――身体能力か?
俺はグランを構え直した。
――面白ぇ。
---
ふぅ……。
さすがにギルドマスターだよね。
……っていうか、首筋に木剣を当てたんだから、普通は終わりじゃないの?
手掴みで投げられたけど……。
もし本物の剣だったとしても、ああやって鷲掴みにされたら斬れないのかな?
……斬れなかったら、剣の意味ないよね。
とりあえず距離を取ったし、魔法でも撃てばいいかな?
『ラ、ライザ様! 魔法を撃つのであれば、私が制御しますので、お任せいただけますか?』
コアIIが、珍しく慌てた様子で提案してくる。
『ん? なら、コアIIお願いね』
体の制御をコアIIに任せる。
すると――
「火龍」
えっ?
ヤバくない?
前に突き出した右手の前に、巨大な炎の龍が現れた。
……ギルマス、めっちゃ冷や汗流してるんだけど。
「コアII? やりすぎじゃない?」
『大丈夫です。お任せください』
「いや、そういう問題じゃ――」
『どうも、皆様はライザ様を下に見すぎているようです。少し懲らしめる必要があるかと』
いやいやいや!
ダメでしょ!
みんな僕のことなんて知らないんだから。
小娘一人を下に見たって、普通だよ!
「踊れ! 火龍!」
コアIIが叫ぶ。
すると、火龍が右手から離れた。
そのまま闘技場を駆け抜け――
観客席を守っていた結界に直撃する。
バリィィン!
結界が砕けた。
……え?
そのまま火龍は、ギルマスへと標的を変える。
ギルマスも大剣を構えた。
受けるつもりだ!
「行け!」
コアIIぅぅぅ!
手加減!
手加減して!
止めてぇぇぇ!
頭の中で必死に叫ぶ。
そして、黒焦げになったギルマスの姿が脳裏に浮かぶ。
……終わった。
もう迷宮に戻って、大人しくしていよう。
そんなことを考えながら意識を戻すと――
右手を握り締めるような動作をするコアIIの姿が見えた。
すると――
ギルマスの目前で、火龍が消えた。
『ライザ様、お体をお返しします』
「……」
なんだろう。
妙にスッキリした感じで、コアIIから体の制御が返ってきた。
とりあえず、目の前のギルマスを見る。
……無事だ。
良かった。
コォーン♪
間の抜けた鐘の音が響く。
「そこまで……」
エルザさんの力ない声が闘技場に響いた。
呆然としているギルマスに近づく。
「大丈夫ですか?」
「お、おう……」
まだ、若干現実に戻ってきていないみたいだ。
そこへエルザさんが、何かを手に持ってギルマスのところへやってくる。
「返事が来たみたいだな……」
ギルマスが受け取り、手紙を読み始める。
そして――
「一つ聞きたい。『ワンコのライザ』とは?」
「あ、僕のことですね。ワンコみたいだと言われていたので……」
ちょっとだけ誤魔化した。
「そうか……。もう少し早く、この手紙が来ていればな……」
ギルマスが呟きながら、手紙をエルザさんへ渡す。
エルザさんも手紙を読み――
その場に力なく座り込んだ。
……震えてる。
「えっと……どうでした?」
無言のまま、エルザさんから手紙を受け取る。
そこには――
『プラム支部ギルドマスター
ライガー・ニールセン殿
黄昏の剣の三名より、言葉をお伝えします。
俺たちの知るワンコのライザならば、身元の保証はしよう。
また、そのライザには手を出すな!
俺たち三人でも勝てないのだから』
……と、書いてあった。
あ。
そうか。
アーサー達は、僕がヒト型になれるようになったことを知らないんだ。
それでも『ワンコのライザ』でちゃんと僕だと分かって、身元保証までしてくれる。
……アーサーって、やっぱり人が良いなぁ。
「えっと……どうしたら良いですか?」
「お、おう……そうだな。執務室まで来てもらえるか?」
「はい♪」
「エルザ、飲み物を頼む」
「は、はい……」
こうして、僕達はギルマスの執務室へ移動することになった。
応接セットへ促され、ソファーに座る。
僕の隣には、偉そうに短い手足を組んでふんぞり返っているティア。
テーブルを挟んだ向かいには、ギルマスが座っている。
……なんか凹んでる。
「ど、どうかしましたか?」
「いや、まぁ……」
ギルマスが頭を掻く。
「済まなかったな。ギルドの長として、ギルドでの扱いの悪さを謝罪する。それと、俺の我が儘な要求に付き合ってくれて感謝する」
そう言って、テーブルに両手を付き、頭を下げる。
「えっと……ギルドで悪い扱いなんか受けてないですよ?」
実際、そんなに気にしてない。
「それに、対人戦は初めてだったので楽しかったです。ちょっとやり過ぎてしまって……こちらこそ、申し訳ありませんでした」
「……そうか」
お互いに謝っていると、コンコンとノックの音が響く。
「入れ」
扉が開き、エルザさんがお盆にコップとティーポットを乗せて入ってきた。
僕とギルマスの前に、それぞれコップが置かれる。
「ワレのは?」
「えっ……?」
ティアが当然のように尋ねる。
エルザさんの顔が、みるみる青ざめていく。
「あ、あの……」
「ぼ、僕のあげるから、良い子にしてて」
慌てて自分の前にあるコップとソーサーをティアの前へずらす。
するとティアはソファーから降り、短い手でカップを持った。
……どうやって飲むんだろう。
頑張っても、その短い手じゃ口まで届かなくない?
そう思って見ていると――
「むぅ……飲めん!」
うるうるした目で、こちらを見てくる。
「はいはい」
仕方がないので、カップをティアの口元へ持っていく。
するとティアは、上を向いて口を大きく開けて待っている。
……流し込めってことね。
そのまま紅茶を流し込む。
豪快だな……。
「ワッハッハッハ!」
向かいで見ていたギルマスが、大笑いする。
そして笑いながら、自分の飲み物をこちらへずらした。
「こっちも飲んでくれ」
「え?」
「いや、俺はもういい。それより――」
ギルマスがこちらを見る。
「冒険者登録はするのか? するのなら、約束通りプラム支部ギルドマスターの権限でAランクで登録してやるぞ?」
「あ、そうですね」
Aランク……。
ちょっと凄そう。
「身分証も何も持っていないので、冒険者登録はしておきたいです」
「分かった。エルザ、登録を頼む」
「はい」
エルザさんは頷くと、部屋を出ていった。
そして、部屋に残ったギルマスが少し真剣な顔になる。
「でな……答えられなかったら答えなくていいんだが……」
「はい?」
「……何者なんだ?」
直球だった。
「えっと……実は、僕自身もよく分かってないんです」
「ほう?」
「気付いたら迷宮にいて、迷宮から出るにはレベルを上げなきゃダメだと、ウンディーネさんに言われて……」
「ウンディーネって……精霊のか?」
「はい。47階層のルルの湖でお会いして、暫く色々教えてもらいました」
「なるほどな……」
ギルマスが考え込む。
「アーサー達、黄昏の剣とは、その階層で知り合ったのか?」
「そうですね。三人から外の話を聞いて、それで外に出てみようかなって……」
「ずっと迷宮で鍛えていたのか?」
「えぇ。冒険者に比べると弱いから、鍛えなさいって……」
「比べたのは、47階層のオアシスに来た冒険者か?」
「あ、たぶんそうですね。ウンディーネさんが知っている冒険者達だと言ってました」
そういえば――。
「たしか、黄昏の剣の師匠さんのパーティーだと聞いてます」
「おいおい……」
ギルマスが苦笑する。
「英雄王と、その仲間だぞ。そりゃ強いよな」
英雄王……。
アーサーのお父さんか。
「久しぶりに全力を出したのに、あしらわれちまったな」
「いえ、ギリギリでしたよ!」
これは本当。
「大剣なのに打ち込みの速さにはビックリしましたし、その後も気を抜かないところは勉強になりました」
「そうか……」
ギルマスがニヤリと笑う。
「次は負けん!」
「えっ?」
……またやるの?
これが、ギルマスかぁ……。




