Chapter 2-(1) 苦しいときは笑いましょう
高校生というものは、夏休みを削られて行く生き物なのだろうか。悠馬たちは夏期講習という名目で夏休み期間中も授業のために登校しなければならない日がある。それならばいっそ夏休みを無くしてくれたら倦怠感も少しはマシになりそうなものだが。
いつも通りの進行で午前の授業を終えて、悠馬は弁当を広げた。夏休みにも関わらず結希は弁当を用意してくれている。朝御飯のついでだから嫌じゃないと本人は言うが、労働量を増やしてしまっているのは事実で、何だか申し訳ない。それだけに感謝して色鮮やかなおかずを口に運んでいる。
「あー、疲れた。夏休みってもんは水着のギャルとキャッキャするためにあるのになー」
悠馬の隣の席に座る治親が文句を言いながら椅子を持ってきた。春の間は拓斗や羽花についての悩みもあって一人で食べていたが、最近は治親と祥也と一緒に昼食を摂っている。その治親が愚痴を零した数秒後に祥也も弁当を持ってやってきた。
「夏は未来の全国ツアーがあるのに……夏期講習と被ったとかありえない……」
祥也は祥也でナーバスな状態だ。夜の公演なので間に合いはするのだろうが、ライブの日はそれ以外の予定を排除したい気持ちは悠馬には分かった。
夏の暑さにやられて元気がないのもあるが、治親は水着ギャルと会えないこと、祥也は未来のコンサートと日程がモロ被りしていること、悠馬は家族のこととそれぞれに悩みがあり、三人の醸し出す空気はどんよりと暗い。
「……ああああああ! これじゃいかん!」
やるせないイライラを吐き出した治親が軽く机を叩く。そして鋭い視線で悠馬と祥也を交互に見た。
「悠馬! 祥也! 放課後遊ぶぞ!」
「また急だな」
「遊んでないとやってらんないよ! 嫌ほど遊ばないと俺の『水着ギャルと愛の砂の城建築計画』崩壊の傷は埋まらないんだよ!」
「いいこと言ったぞ治親。嫌ほど遊ばないと俺の『未来のコンサートでマナー違反するやつ撲滅計画』崩壊の傷は埋まらねえわ!」
「二人とも絶妙にくだらない計画を立ててるな……」
果たして嫌ほど遊ぶことによって悠馬の家族問題の傷が和らぐかは謎だったが、こういう明るい雰囲気は久しぶりに感じた。世間が勝手に暗い方向に進んでいるように思っていたが、悠馬自身が知らないうちに暗い道を選んで進んでいたのかもしれない。
「……よし。俺も行く」
「さすが悠馬! 水着ギャル紹介してくれ」
「すまん、知り合いにいない」
「さすが悠馬! フューチャーの鑑だ!」
「すまん、フューチャーじゃない」
「テンション上がってきたぞ! この後の英語は全部Girlって書いてやる!」
「俺はFutureだ!」
「……俺はFamilyか」
『いじりづらいよ……』
二人の会話に乗ってみたが、いらぬ気遣いをさせてしまった。
それでも三人には昼休み前までの湿っぽい空気はなくなった。治親と祥也が席に戻ると、二人は悠馬の方を見てピースをしていた。そんな二人を見て悠馬は苦笑する。結局は悠馬のための遊びというわけだ。
他の生徒たちもゾロゾロと自席へ戻り出す。その流れを後目に、悠馬は英語の教材を取り出した。
☆
「いや〜、野郎ばっかだけどこれでこそ青春の夏だよな〜!」
腕をグッと伸ばして治親が言う。学校でのナーバスな雰囲気はすっかりなくなり、今は満足そうにシェイクを口にしていた。
あれから学校を終えた三人はすぐさま京安市街地の一角にあるショッピングモールへと場所を移した。夏休みとはいえ平日なので人はそれほど多くはない。
まず足を運んだのはゲームセンターだった。治親は美少女フィギュアを獲得するためにUFOキャッチャーに入り浸ってお金を飛ばしていた。そんな治親をよそに悠馬と祥也はリズムゲームで対戦していた。基本的に悠馬が勝つのだが、未来の曲となると祥也がフルコンボを連発するため気味が悪い。目も未来の曲のときだけ信じられない程に見開いている。
しかしそんな久しぶりに何も考えず遊ぶ時間が楽しくて仕方なかった。悠馬もバカ騒ぎする二人につられて笑みが零れてしまう。
嫌というほどゲームセンターで遊んだ三人はモール内にあるフードコートへとやってきていた。治親が祥也にお金を借りてシェイクを買っていたので、余程UFOキャッチャーにつぎ込んでしまったのだろう。それなのに戦利品は無しというのが可哀想である。
「治親さ、もうちょっとセーブしなよ。UFOキャッチャーがそういうもんだって知ってるだろ?」
お金を貸した祥也も呆れ顔だ。
「仕方ないんだよ! 美少女フィギュアが僕の家に来たいって語りかけているんだから!」
「そんなことないない」
「はっ。じゃあ未来ちゃんのグッズも祥也の家に行きたいなんて思ってないよ」
「何だ? やんのか?」
「いいだろう。ここで勝ってシェイク代を完全に奢らせてやる」
「喧嘩するな。あと治親、二百円くらい払え」
美少女と未来のこととなると本当に喧嘩をしかねないのが二人の困るところだ。我に返った二人は大人しく着席をし、シェイクを一口飲む。聞き分けはいいようである。
「でも久しぶりにゲーセンとか行ったわ。美少女は得られなかったけど楽しかったなあ」
「俺も。未来の新曲の練習ができて満足だ」
そう言った二人は同時に悠馬に視線を向けた。あまりに動きがシンクロしていておかしかったが、なるべく平然を保って口にしていた飲み物を置く。
「……まあ、俺も楽しかったよ」
「まあって何だよ! まあって! もう、クールぶっちゃってさ!」
「元気が足りないか? なら未来のライブDVDでも貸そうか?」
悠馬の返事を素気ないと感じたのか、治親と祥也が慌てたようにかまってくる。それが今日一番おかしくて悠馬は吹き出してしまった。
「本当に楽しかったって」
笑い出した悠馬を見て安心したのか、治親と祥也は乗り出していた身体を自席に戻した。そのときにさっと悠馬の鞄に未来のDVDを入れる祥也は抜け目ないが。……羽花も喜ぶだろうからありがたく拝借することにしておく。
それにしても悠馬の気づかないところでかなり二人には気を遣わせていたようだ。悠馬の事情を知っていて、尚且つ母親を一方的ながら見たということの精神状態を考えてくれたからこその今日の遊びだったのだろう。もしかしたら、二人にとって水着ギャルと遊べないからとか未来のライブと授業が被ったとかいう理由は些細なことなのかもしれない。
「ありがとうね、二人とも」
「か、勘違いしないでよね! 俺はただ水着ギャルの鬱憤晴らしたかっただけなんだから!」
「可愛くない上に理由が酷いな……」
ただこれも悠馬を楽しませる一環のボケなのだろう。気持ち悪いのには変わりないが。
するとその時、悠馬のポケットで携帯電話が振動した。ハッとして悠馬が時刻を確認すると既に十八時になっている。おそらく帰りが遅くなることを知らない結希から連絡が来たのだろう。
「ああ……これは怒られる……」
「結希ちゃんもどんどんお母さん化してるな」
祥也がケラケラと笑う。幼い頃から知っている祥也とすれば、結希に怒られる悠馬という画はなかなか面白いものだろう。
悠馬は携帯電話の電源をつけて応答ボタンを押そうとする。しかし、そこに表示されたのは悠馬の予想とは違う名前だった。
「ん? 非通知設定?」
「公衆電話とかじゃない?」
拓斗と結希が携帯電話を持っているため、非通知設定で電話がかかってくることはほとんどない。もしかしたら、出かけた先で携帯電話を落としたのだろうか。
悠馬が応答ボタンをプッシュして通話をする。
『もしもし?』
耳元に届いたのは野太い男性の声だ。それが鼓膜を揺らすとじんわりと嫌な汗が頬を伝った。懐かしい声音とその響き。この声を悠馬はよく知っている。
動揺して携帯電話を耳から外した。呼吸も荒くなっていく。祥也と治親が驚いたように見ていたが、それすらも霞んでしまう。
「どうしたんだよ?」
さすがにおかしいと思った治親が小声で聞き出す。悠馬はハッと我に返って治親たちに視線を移す。
「……お父さんから電話が来た」
電話から聞こえてきた声の主は悠馬たちの父親である涼一だった。家を出て行ってから一年以上になる。携帯電話も番号を変えてしまったのか繋がらなくなってしまい、音信不通だった。でも向こうが悠馬の電話番号を知っているのは当然のことである。
あまりに突然のことで悠馬はどうすればいいのか分からなくなっていた。とりあえず電話を切ろうと本能で思い、電話を持つ親指が切断ボタンへと吸い寄せられていく。
するとその手を祥也ががっしりと握って制止させた。
「……他人が口出しするようなことじゃないってことは分かってる。でも、出ないと悠馬が後悔する気がするんだ」
「だね。苦しいかもしれないけど、出ないことには何も変わらない」
さっきまでのおふざけモードは一切ない二人が悠馬の傍で励ましてくれる。
そう、これは悠馬だけの問題ではない。まだまだ小さい拓斗や結希、羽花たちにも大きく関係することだ。自分の負の感情だけで逃げ出そうとするものじゃないと思い出した。
「ありがとう、二人とも」
悠馬は電話を再び耳に当てた。
「ちょっと移動するから待ってて」
切らずにずっと待っていたお父さんに、はっきりとそう言い、悠馬はフードコートから出た。




