Chapter 3-(4) 生きるをくれた人
ミラアは苺と共に真菜の家にやってきた。住宅街にある一軒家で、庭には丁寧に手入れされた芝と花が咲いていた。
「ほえ~、なかなか立派な家ですな~」
「ショッピングモールよりは小さいわね」
「それより大きかったら金持ちどころの騒ぎじゃないけどね」
苺は軽くあしらってインターホンを押した。家の中からトタトタと小走りで真菜がやってくる足音がした。
「いらっしゃい、ミラアさん、苺ちゃん」
玄関のドアを開けた真菜は、白いワンピースを身に纏っていた。休日ということもあって少しラフな格好をしている。
「さあ、入って――」
と、言いかけたところで真菜は眉を顰めた。ミラアと苺の後方にチラリと人影が見えたからだ。
その様子に気づいた苺は思い出したようにその人を前に出した。背丈は小柄で綺麗に伸びた長い髪が特徴的だった。しかし、何よりも目を惹くのは、サングラスにマスクという顔が一切見えない装いだった。
「あ、この人があれの師匠ね」
「師匠っていうほどなのかは分からないけど……」
と、そのサングラスを鼻の位置までずらし、目を覗かせた。可愛らしいその大きな瞳には真菜にも見覚えがあった。
「もしかして……未来さん!?」
「こんにちは」
苺が連れてきていたあれの師匠とは大人気アイドルの八篠未来だった。仕事のために休みが多い未来だが、同じ春雨高校に通う同級生である。
ミラアたちと同じクラスの祥也とは幼馴染で、秋に行われた文化祭で両想いであることが発覚したが、大人気アイドルという立場を考えて付き合うまでには至っていない。しかし、実質的に付き合っているようなものであるため、苺は今日、未来を師匠として呼んだのだ。
未来の存在を知ると、真菜はホッと胸を撫で下ろして全員に家に上がるよう催促した。玄関のすぐ右手にある階段を上がると、一番最初に見えるドアに平仮名で「まな」と書いてあるプレートが目に入った。
真菜の部屋は壁も白くシンプルだった。ベッドや机など必要最小限のものが置かれており、何もないスペースが多くある。
ミラアと苺と未来は座布団の上に座り、真菜は一度一階に降りて、お茶とお菓子を持って再び戻ってきた。
全員が揃って座ったところで、苺が「さて」と言って話し始めた。
「今日集まってもらったのは他でもない、ミラアちゃんの苦しみを解明するためよ」
「お願いするわ、みんな」
苺とミラアは至って真剣な顔をしていた。真菜と未来は苦笑いして視線を外している。
「では、その謎の真実を、未来師匠からお願いします!」
「え? 私からなの?」
「そのための師匠だから!」
「何か都合いいね……。そういうところ嫌いじゃないけど」
未来はミラアの方を向いて話し始めた。
「ミラアちゃんは風邪が治って以降、胸が苦しいことがあるんだよね? でも体がしんどいわけでもない」
「そのとおりよ。何が何だか分からないわ」
「その胸の苦しみって、宮葉君を見たときに来るんじゃない?」
その未来の言葉にミラアはハッと目を開いた。そしてみるみると頬を赤く染めて俯いていく。どうやら図星のようで、いつものような淡々としたミラアの姿が消えてしまった。
「それはたぶん、宮葉君のことが好きなんだと思うよ。人としてとかじゃなくて、一人の男の子として」
「未来の祥也みたいなものってこと?」
「改めて言われると恥ずかしいけど、そういうこと」
未来も少し頬を紅潮させて、恥ずかしさを紛らわすようにお茶を口に含んだ。
ミラアは未来の言葉を頭の中で巡らせた。悠馬のことが一人の男性として好き。もちろん、これまでも悠馬のことは好きだった。その悠馬に対する今までの好きは、結希や羽花、エンス、今この場にいる真菜や苺、未来に対するものと同じだった。
しかし、その感情は少し変化していた。悠馬が好きということは変わらなかったが、今までの好きとは違うことはミラアの脳が一番分かっていた。悠馬を見るたびに、胸が締め付けられ、目を見られるたびに恥ずかしくなり、話をするたびに嬉しくなる。
そのミラアの悠馬に対する反応は、間違いなく恋のものと一致する。
「それにしても、何で今なんだろうね~」
ミラアの様子を見て沈黙が続いていた空気を破ったのは苺だった。頬杖をついてポテトチップスを口へと運ぶ。
「だって、橋森に来たとき、全く悠馬君に恋愛感情なんてなかったでしょ? 何か本当に家族みたいな感じ。結希ちゃんや羽花ちゃんが悠馬君大好きって感じと同じだったもん」
「確かに。家が隣同士でほぼ毎日顔を合わせるってだけで急に恋に変わるのも不思議だもんね」
「やっぱ何かあったの?」
ミラアの感情が恋だと分かると、苺と真菜と未来は急にミラアに質問攻めをした。ミラアは戸惑いながら目を逸らし、袖で口を隠して答えた。
「その、私凄くこの前嫌なことあったんだけど……その時、悠馬がハグしてくれて……」
『ハグ!?』
ミラアの言葉に過剰に反応したのは苺と真菜だった。急にミラアの両サイドに場所を移し、ミラアの腕をがっしりと掴んで詳細を聞きに入った。
「ハグって何よ!? あんたたちもうそんな段階まで行ってるの!?」
「ずるいよミラアちゃん! 私なんて喋るのが精一杯なのに!」
そのまま真菜と苺はミラアを押し倒してミラアの体を揺らしながら、自分の中のありとあらゆる嫉妬をミラアにぶつけた。ミラアは苦しそうに流れに身を任せて、真菜と苺の反応を受け止めていた。
そんな様子を未来はお茶を飲んでしみじみと見ていた。傍から見れば、両想いの相手がいる者の高みの見物のようだろう。
「まあ、何にせよ」
嫉妬を吐き出した苺は動きを止めて冷静に口を開いた。
「これで、私たち三人はライバルってわけだ」
「そういうことだね」
「そうなの?」
『そうなの!』
とぼけたミラアに再び真菜と苺は飛びつき、身体をイジリ始めた。くすぐったさが体中を駆け巡る。しかし、その体とは違うところでミラアは考えていた。
――そうか。私は、悠馬に恋をしたんだ。
ミラア自身、驚くほどに腑に落ちた。悠馬を見る度に高鳴る鼓動の正体は、もうそれしか考えられなかった。いつも側にいてくれて、死にたいという感情で埋め尽くされそうになったときに「生きる」をくれた人。その人を好きになった。抱きしめてくれたときの暖かさに惹かれた。
ミラアはフッと少し口を緩め、真菜と苺のくすぐりを抵抗せずに受けていた。




