第8話 滝のような汗
見慣れた机、激しい頭痛、下半身を切り裂く痛み、喉まで出かけた胃のモノがつっかえた口元を手で抑える。
「うぐっ、おっぐ」
痛みから俺は伏せた状態から体を起こし、耐えかねてガクガク頭と全身を揺らす。
くっそ。いきなり殺してきやがった。油断した。赤髪の奴、俺が九里ちゃんと手が触れただけで殺しに来たのか。まじで頭おかしいだろ。
てかどんだけ九里ちゃんとの接触、地雷なんだよ!!!
オッサン教師がドン引きした顔でこちらを見る。
あれ、黒板に書いてるのは数式じゃない??栄養素、てことはループ地点が変わったのか?!
俺はやっとこのクソゲーを少しだけ進ませたことに達成感を覚える。胃のモノも無事腹に戻した。
「ミスター田中、大丈夫ですか?先生心配です。朝からおかしいですよ。普段はこんな子じゃないのに。」
オッサンは腫れ物に触るような目で俺に近づいて、そっと背中を叩く。
「無理しないでください。何かあったらいつでも保健室に行っていいですから。」
壁時計を見ると15時59分を指していた。保健体育の終盤らしい。
オッサンを適当に流し、俺はそっと脇目で斜め後ろの赤髪を見る。熊ちゃんのヘアピンが可愛く光る。何やら真面目にノートを取っているらしい。俺の方をチラチラ見ては頬を染めて顔を両手で覆っている。
今度は絶対九里ちゃんとも、お前とも接触しねーかんな。
そう思って俺は授業が終わったら即座にここから立ち去る思いを固める。
オッサンが教壇に戻ったタイミングでチャイムが鳴る。
俺は今度こそ、帽子を目一杯限界まで被って教室を早足で出て行った。
俺の天才的な頭はあることを思いついた。教室が危ないなら誰とも関わらない場所に行けばいいじゃないか。
そうそれは……
一一一一一一男子トイレ一一一一一一
数分後俺は男子トイレの個室の中に籠っていた。
そう、男子トイレである。ここなら誰も入ってこない。間違っても女子なんか来ない。ここで18時まで待てばいいじゃないか。
ただ少しドブのような匂いとなんとも言い難い匂いは流石にきついが、死ぬよりマシだ。
てかまじでくっそくせーー!
俺は静かに鼻を摘みながらもう一方の個室のトイレに入って行った。
数十分後
ここに来てからどのぐらい時間が経ったんだろ。俺は便座の上に座りながら暇つぶしでトイレットペーパーで折り紙をしている。
クソ、時間を見れないことを失念していた。仕方ない少し体感長めにここに籠ってみるか。
そう思って鶴を折っていると、人が入ってきたのか足音が聞こえてる。途端に俺は心臓がドクンドクンとなり、息を潜める。
足音は2個隣あたりの個室に入って行ったようだ。便座を開く音が聞こえる。
しばらくして耳を澄ましていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた、どうやらポツポツと愚痴を言っているらしい。どれどれ……
「なんで、いつも僕なんだよ。僕は普通に過ごしたいだけなのに、うぐっ。」
声は震えながら、ボソボソと続ける。
「朝からずっと変な人に絡まれるし、もう学校辛いよ。」
この弱々しい声色は……
「僕もう目を付けられたのかな。もう本当に意味がわからないよ。学校来るの辞めようかな。」
隅田お前か。変な人って、それ誰のことだよ。
なぜかちょっと苛立ちを覚える。盗み聞きも悪いし、俺は彼に自分の存在を伝えることにした。きっと個人的な話は聞かれたくないのだろう。
「おい。聞こえてんぞ」
途端に2個となりはパタンと音が止み。何かをぶつけた音が聞こえた。
ガタン。
気になって隣のトイレに入り上から個室を覗くと、隅田は便座の上で口から泡を出して気を失っていた。俺に内緒の愚痴を聞かれたのが恥ずかしかったのに違いない。
俺は再び元の個室に戻って扉を閉めた。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
そろそろ2時間経ったのだろう。外に出て確認してみるか。ダメなら引き返せばいい。
俺は名残惜しく、愛しのシェルター(トイレ)から廊下に出た。
一一一一一一空き教室一一一一一一
やばい。どうしよう。
これやらかしたわ。
俺は冷や汗を流す。時計の針は6時半を周り、窓の外は夕焼けから暗い夜の黒い空に移り変わろうとしていた。相変わらず二つの月は慣れない。気味が悪い。
虹のやつ、まさか俺を置いて行ったりしないよな。流石に待ってくれてるはずだよな。
首から汗が流れて俺の制服を濡らす。
焦った俺はすぐに教室を飛び出して、2階の職員室への階段を降り始めた。
頼む、間に合え。
ものすごく嫌な予感が胸を刺す。
一一一一一一一職員室前一一一一一一
ゼーゼー。
俺は息を切らして、2階の職員室前にたどり着く。職員室は教師が殆ど帰ったのか、もう中で一部しか灯りは付いていない。
色とりどりなチラシが貼ってある掲示板の前に辿り着くと、期待していた東宮虹はいない。
「やっぱ帰りやがった、あいつ」
もっと早くトイレを出ればよかった。ここから何処に行けばいいのか全く検討が付かない。もう教師に頼ってみようかな。どうせ職員室まで来たし、まだ誰かが中に残っているだろう…//
そう思って俺は職員室の扉に手を掛ける。
パンパン!!
パンパン!!
バーン!!!
遠くで何やらものすごい爆音と銃声が聞こえる。
おいおい。ここに来てまた強制クソイベントかよ。
背中からすごい量の汗が流れる。俺は取っ手を掴んだまま、膝が武者振るいするのだった。




