表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【最終話】 時は止まらない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/105

93

 夜の自室に、荒々しい息が響いている。

 薄暗い室内で、俺の背後のデスクランプだけが、ぼんやりと辺りを照らしていた。


 光源を背負った俺の影が、目の前の人を暗く塗りつぶしている。薄闇の中でもわかる、瞳孔の開いた不思議な色の眼差しが、惹き込むように俺を見つめていた。


  床に座り、ベッドにもたれかかって、三島は誘うような笑みを浮かべている。はあっ、はあっ、と息が上がった。喉の奥から、弱々しい抵抗の声が漏れる。


「……嫌、嫌だ……」


 そんなことを言うくせに、俺の片手は三島の肩を、骨が軋むほど強く掴んでいる。ぎりっ、と力がこもる手に、三島がかすかに表情を歪めて、また笑った。


「嫌、じゃないだろ」

「ちがう、ほんとに、嫌だ……」


 ほとんど無力な抵抗に、くすっ、と声が上がる。「嘘つき」と掠れた声。

 痩せた指がするりと動いて、目の前でシャツのボタンがひとつずつ外されていく。痩せた、生っ白い肌が、薄闇に晒される。胸元には、まだ消えない傷跡がいくつも走っていた。


「ほら」


 手をさらわれ、いざなわれる。「やめろ」と声が出る。口先しか抵抗できない俺の手が、ぴったりと胸の中心に押し当てられた。てのひら越しに感じる、どっどっどっ、と早くなった鼓動。


 淡く目を細め、三島が笑った。「いいよ」とささやかれる。ゆっくりと、肩を掴んだ手を撫で回された。ぞくぞくした震えが全身に走る。俺はぎゅうっと目を閉じた。たしなめるような声がする。


「目、開けろよ」

「嫌だ……」


 背筋のぞわつきが収まらない。三島の指先が、今度はくすぐるようにまぶたを撫でる。とうとううっすら開いたまぶた、目の前に走った幾重もの傷が、鮮烈に俺を誘う。


 こく、と喉が鳴った。心臓が耳のすぐ隣で鳴っているようだった。息が上がって、とても苦しい。口の中がからからに乾いて、渇望と欲望で指先が震えた。


 俺を見上げる三島が、吐息だけで笑う。晒された白い肌、胸に押し当てられた手を、三島の指先がつうっとくすぐった。ぞくぞくぞくっ、と身体のいちばん奥、芯の部分がじいんとしびれる。


 押し当てた手が動いた。白い皮膚に、垂直に爪が立つ。笑い声がした。


 じりじりと、爪の先端が食い込んでいく。

 真皮の厚みがゆっくりとへこんでいって、ぷつっ、と皮膚を突き破る鈍い感触。

 そのまま、ぐうっ、と力を込めて、少しずつ、少しずつ手を下に動かしていく。


「……っ、は、はは……」


 陶酔、としか言いようのない笑い声が聞こえた。

 爪の先から生じた赤い線が、じりじりと長さを増していく。じんわりした赤い液体が、傷口からにじみだした。指にまとわりつく、粘液じみた血の感触。立てた爪がぬるりと滑った。


 たっぷりと時間をかけ、十センチほどの傷が、白い胸板に刻まれる。

 はっ、はっ、と犬みたいな息を吐いて、ぞくぞくした感覚に溺れて、酔ったようにくらくらする頭で。


「──よくできました」


 くすくすと頬を撫でられる。指先で、軽く髪を梳かれて──ようやく俺は、三島の肌から爪を離した。体温と同じ熱さに濡れた指先が、すうっと冷えていく。


「っ……ッ、はあっ、はっ、はあ、はあ……ッ」


 がく、とその場に崩れ落ちた。全身の力が抜けて、どさ、と三島にもたれかかる。俺の背を抱きしめるようにゆるく撫でて、三島はもう一度、よくできました、と耳元で笑った。


 撫でられた背が震えて、息がちっとも整わない。ぶるぶると震えながら、投げ出された血まみれの手を、するりと三島が取るのを感じた。指先にちろり、と熱く湿った感触。舐められたらしい、変な味、と三島が笑う。


「もう……嫌だ……嫌だ……っ」

「はいはい」


 しゅ、とウェットティッシュを引き抜く音。

 血で汚れた指先をさっと拭うと、三島はぽい、とゴミを投げ捨てた。「外したな」と小さな声。とん、とん、と背を叩かれて、俺はずっ、と鼻をすする。


 ぐったりと三島にもたれかかったまま、もう嫌だ、と何度も繰り返した。ぱったりと落ちた手を三島の指先が絡め取って、反対の手で背中をそっと叩かれる。上機嫌な声がした。


「嫌だ嫌だって言うくせに。結局、いつもしてくれるんだよな」

「っ……」


 歌うような声は、毒みたいな甘ったるさで俺を刺した。違うと言いたいのに、どうしたってその通りだったから、反論もできない。まぶたの裏がじわっと熱くなって、俺は三島の肩口にぐい、と目元を擦りつけた。


 嫌だなんだと言いながら、俺はこうして、加害をやめることができない。誘われて、抗って、それでも強引に引きずられて、たまに駄目押しみたいなキスをされて。気が付けば傷付けている。


 赤い血を見るたびに死にたいほど苦しくて、でも、同じくらい興奮している自分がいた。最低だと思った。でも、やめられなかった。

 

 あの夕焼けの教室で、三島の耳を千切ってから、俺達の関係はずっとこんな風だ。

 残酷な現実の中、二人きりでもつれあって、闇の中をどこまでも落ちていく。身を寄せ合い、むごい遊びに享楽して、破滅的な道をずるずる進んでいく。


 欲望と嫌悪と興奮と忌避が入り混じった、どろどろした感情。もう制御なんてできない現象。最悪の気分だった。


(……もう、嫌なのに)


 それでも、やめられない。

 こんな自分が心底嫌いだ。大切にしたかったはずなのに。


 くい、と肩を押されて、ゆるゆると身を離す。俺の胸元に、三島の血が移っていた。

 後で洗濯しないと、と思っていると、するりと両頬に手を添えられる。顔を上げさせられた。


 視線が絡まる。レンズ越し、名前のない宝石みたいにきらきらした目が、笑みの形にすうっと細くなる。じっと見つめられ、うっとりした声。


「……俺を傷付けるときの、おまえの目が好き」


 返事もできなかった。陶酔の笑みを浮かべる三島の、片耳には痛々しく千切られた傷がある。そっとそこから目を逸らして、押し殺した息を吐いた。


 満足げな吐息を漏らして、三島がくちびるを寄せてくる。やめてくれと思う。それでも拒否なんてひとつもできなくて、されるがままになるしかできない。


 押し当てられたくちびるの向こうで、三島が嬉しそうに喉を鳴らした。諦めのように目を閉じる。

 そっと手を導かれ、残った方のピアスに触れさせられた。ぞくりとした感覚に、くちびるを合わせたまま「……今日はもう終わりだ」とつぶやく。つまらなさそうな吐息が、ふっと口元に触れかかった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ