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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: Ru
【後編 / 02】 蛹室にて

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 それから、俺たちの同居生活がふたたび始まった。


 俺と三島と父親の、奇妙で不格好な生活。とはいえ、父はほとんど俺たちに関与しなかった。

 今はちょうど四半期を切り替えたばかりで、なにかと忙しいらしい。基本的に帰宅は深夜で、数日家に戻らないこともしょっちゅうだった。


 ただ、ごくたまに訪れる三人の朝食は、やはりあまりにもぎこちなかった。レシートを出すようになった三島が作った朝食を並べて、なんとも言えない空気の中、無言で食器の音だけが響く。


 父は仏頂面で当たり前のように食事を取っていたし、三島は淡々とコーヒーだけを飲んでいる。俺はいたたまれなさに耐えつつ、以前よりちゃんとした朝食を無理やり口に押し込むのだった。


 片付けだの掃除だの、三島が家のことを勝手にやることも増えた。そういうのやめろ、と言っても、どうせ暇だし慣れてるから、と言われてしまう。うまい反論ができなかった。


 三島が暇、というのはその通りだった。あれだけやっていた読書も勉強も、三島は一切しなくなっていた。

 空いた時間を埋めるように家事全般に手を出して、それでもすることのない夜は、ベッドの上で壁にもたれてぼうっとしていた。


 俺は毎晩、三島の母に電話を入れた。三島にあんなことをした相手と話すのは苦痛だったが、培った〝完璧〟を駆使して穏やかな会話を作った。


 三島の母は相変わらずだったし、俺は本当のことなんて一つも教えない。三島くんはうちでちゃんと勉強しています、反省もしています、そういう嘘ばかりをずらずらと電波に乗せた。


 そうして、新しい日々が馴染みはじめたころ。

 午前の授業を終えて、さて昼休みだな、というタイミング。俺は教科書を机に押し込んで、昼のパンを出そうとしていた。

 ごそごそと鞄をさぐっていると、ふと目の前に影が落ちた。顔を上げる。表情のない三島が、机の横に立っていた。


 レンズ越し、静かな目でじっと見下ろされて、ひるむ。ひりつきはじめる警戒心。耳元のピアスが光って、終わらせてくれという言葉が蘇る。


 さすがにこんなところで、妙な真似はされないと思うが。それでもつい及び腰になって、なんだよ、なんて口にしていた。


 三島は俺の狼狽など気にも留めず、すっ、と手に持ったものを差し出した。布で包まれた四角いもの。どう見ても弁当だった。

 とん、と机の上に弁当を置かれて、俺は思わず三島を見上げた。


「……なに、これ」

「こないだのお礼」


 なんだっけか。しばらく考えて、そういえばパンをやったことがあったか、と思い至る。

 三島は淡々とした表情で、おまえいっつも惣菜パンとかばっかだから、と言った。


「あ、ああ……」


 それはそうだけど。だからって、教室で渡すのはどうなんだ。家を出る前に渡せばよかっただろうに。

 顔をしかめる俺を放って、三島はさっさと席に戻る。そして肩越しにこちらを振り返ると、とんとん、と机を叩いた。こっちに来い、ということだろう。


 教室中の視線が集まるのを感じる。それはそうだ。自分がかなり目立つ人間だとは自覚している。一方の三島は真逆だとも。

 そんな三島が、俺に弁当を渡して、自分の席に呼びつけているのだ。目立たない方がどうかしている。


 はーっ、とため息が漏れた。それでも三島は振り返ったまま、じっと俺を見つめている。

 これは行くまでやめないな、と思ったので、しょうがなく立ち上がった。弁当を手に、三島の席に歩み寄る。


「……ん」


 とんとん、と正面の位置を叩く。座れということだろう。仕方なく、三島の前の席に座った。

 ちら、と壁際で話し込んでいた、この席の主を見る。彼にはすでに、三島は部活が一緒だから、ときどき椅子を借りていいか、と頼んでいる。


 俺の伺う視線に、慌てたような頷きが返ってきた。椅子を使う許可は出たらしい。それはいいのだが、しかし。


(視線がすげえな……)


 教室中の注目が、針のように突き刺さるのを感じる。いたたまれない。

 俺と三島が生研部の部員なのはみんな知っている。だが、普通ただの部活仲間に弁当は持ってこない。手作りならなおさらだ。

 だが、三島は視線を気にしたそぶりもない。俺は思わずこぼしていた。


「なんのつもりだ」

「なにが」

「だって──」


 言いかけた俺に被せるように、三島が言う。


「俺はおまえの家にいることを、隠すつもりはないけど」


 わざとらしい、はっきりした声だった。教室が一気にどよめく。な、と口を半開きにした俺に向かって、三島が薄く笑った。


「宗像はまずい? 俺なんかと暮らしてること、ばれるの」

「それは……別に……」

「そう。よかった」


 それだけ言って、三島は弁当を広げた。ピンで留めているはずの髪をかきあげるような仕草。耳元の青いピアスが存在を主張して、ぞくりと思わず目を背ける。


 三島が小さく笑った。絶対に、わかった上で、こうされている。

 それがはっきりわかるのに、抗うことができない。絡め取られていくような、操られるような、恐怖じみた感覚があった。


 背を丸めて弁当を広げる。中身は三島のものとまったく同じだった。夕食と朝食の残りを詰めただけだが、俺が普段食べてるパンに比べればそうとうマトモだ。


 いただきます、と挨拶して箸をつける。三島の料理は正直、味付けにかなりのムラがある。やたらしょっぱい日もあれば、ほとんど味がしないときもしょっちゅうだった。今日も卵焼きは無味に近い。


(たぶん、味覚障害出てんだろうな……)


 そろりと三島を伺った。うまいんだかまずいんだかわからない顔をして、彼はただ淡々と箸を運んでいる。弁当は俺のそれよりずいぶん小さい。それすら残すことが多いのを知っている。


(ほんと、無理にでも食わせねえと)


 またぶっ倒れられては敵わない。俺はいちおう三島の親からこいつを任されている身だし、なにより、意識レベルが下がってリミッターが外れた三島と接するのは危険すぎた。俺にとっても、三島にとっても。


「そういえば、おまえ、病院は」


 ぴくっ、と三島が手を止めた。返事はない。俺はため息を押し殺した。


「薬……も、飲んでねえよな」


 三島はじっと黙っている。その顔色は相変わらず青白くて、健康でないのは明らかだった。


「……あのなあ。処方された薬はちゃんと飲め」

「どうせ栄養剤と睡眠導入剤だし」

「だったら尚のことだろ」


 栄養も睡眠も、どう見ても足りていない。なにがどう『どうせ』なのか。

 どう説教したものかと頭を痛めていると、ふ、と三島が笑う声がした。顔を上げる。


「いらない。だってどうせ、宗像が終わらせてくれるから」


 俺の、全部を。そう続ける声は静かで、でも奥の方に熱っぽい響きがあって、悪魔的だった。ぞくっ、とする。机に置いた手がぴくりと跳ねた。


 三島がそっと箸を置く。するりと手が伸びてくる。白い指の先が、とんとん、と俺の人差し指の爪を叩いた。いたずらじみた動きで、三島の人差し指が、掬い上げるように俺の指を取る。


 絡めた指を、きゅっと握られた瞬間。押し寄せるようにあの電車内のことが蘇った。たった一本きりの指をつないで、諦念みたいな顔をしたまま、曖昧なGに揺られた夕方のことを。


(俺は──やっぱり、バカだ)


 あのときの感情ごと思い出して、切なくなる。こみ上げる、泣きたいような情動が、触れ合った場所を離したくないと主張する。でも。


 この細い指をつかまえて、どうしたいのか。へし折りたいのか、触れあいたいのか、俺にはどうしてもわからない。三島への感情は複雑すぎて、あの現象から来るものなのか、もっと違う場所が震えているのか、ちっともはっきりしない。

 俺の沈黙をどう取ったのか、三島はくすりと笑った。


「いいじゃん。友達だろ」


 ちがう、と今すぐ答えたい。俺たちが友達だったことなんか一度もない、おまえを終わらせるための友達になんかなりたくない。

 でもじゃあ、俺たちはなんなんだ。それだけがどうしても、わからない。


 三島が笑っている。破滅の予感に対するうっすらした恐怖と、相反して満ちてくる、静かでとても切ないもの。


 その正体がまるでわからないまま、俺はぐっと箸を握りしめた。

 まだ半分以上残っている弁当箱を、正面の三島がぱたんと閉じた。



 

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