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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【後編 / 02】 蛹室にて

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 茜色の電車の中、三島とふたりでドアにもたれかかって、うちを目指した。

 三島はずっとぼうっとしていたし、俺も中空を見つめたまま、考え事ばかりしていた。


 ──また、三島をうちで過ごさせる。


 出ていかせたり戻らせたり、ずるずると状況に流されているとは思う。

 だけど、首の傷を考えれば、たぶん、そうするのがいいんだろう。


(でも、これもきっとベストではない)


 もっとすべてを解決する、美しいやり方があるのかもしれない。

 俺の現象も、三島の状況も、互いの家庭環境も、ぜんぶあるべきところに収まって、未来に向かってまっすぐ歩いていけるような方法が。


 だけど俺たちは未成年だ。力なんてひとつもない。選挙権もない年頃の俺たちでは、社会の中をうまく立ち回ることはできない。逃げ場所も、行けるところも、世の中を泳いで渡る手段すら、なにひとつ持っていない。

 美しいやり方なんて、できるわけもなかった。


(俺は、俺たちは──どうすればいいんだろう)


 わからない。どうしようもない、それでも、三島を家に帰せない。かといって俺の家なら安全なのかと言えば、ちっともそうじゃない。


 この男を加害したい、その欲求は、じわじわと俺の中で大きくなって、どす黒い現象とともにずっと居座っている。


 けれどそれと同じくらい強い感情がある。名前を知らない、正体もわからない、痛みにも哀切にも似た、とても強くて、鮮烈なもの。それがあるから、母を失ってなお、俺はこちら側に留まっていられた。


 三島のことを守ってやりたい。

 いい奴だった。愚かでも誠実だった。こんな風になってしまっていい男じゃなかった。それなのに。


 ちら、と三島を見やる。少し下、襟の隙間から赤い傷。ひどい悲しみがこみ上げる。


 俺は母というものは、残虐で残酷な世界の中で、ただひとつ優しいものだと信じていた。

 他のすべてが俺に背を向けたって、刃を向けたって、母だけは俺を守ってくれると信じていた。


 毎晩十時に聞いていた、電話越しの声を思いだす。

 高く尖った、やや早口の女性の声。凪はどうしてるの、そんなことを尋ねるくせに、途中からいつも自己保身の話題にすり替わっていく人。


 あのひとが、三島の首に手をかける。あまりにも容易に想像できた。

 ありそうだと納得できてしまうことが、無性に悲しかった。


 電車がひときわ大きく揺れる。一声謝るアナウンス。すぐに落ち着いたGが帰ってくる。

 とん、と肩のあたりにぶつかる感触。三島が、そっと俺に身を凭せかけていた。

 細い小指が、俺の小指をそろりと絡め取る。ため息のような音が隣から聞こえた。


「……っ」


 触れ合った感触に、ぐうっ、とこみ上げたのは、強烈な情動と、痛いほどの切なさだった。

 それと同時に、強いためらいがやってくる。


 感情を押し殺して、やんわりと指をほどいて、逃げようとした。だめだと思った。だって俺と三島じゃ、破滅するしか道はない。

 三島が静かに身を離した。すぐそばで、諦めたように視線を落とす気配。笑うみたいな息の音。


 ──どうしてそこで笑うんだ。


 悲しくなる。生まれてこなきゃよかったと、終わりにしたいと希って、親にすら殺されかけて、たったひとり頼れる人間である俺にすら、指先ひとつ許されないで、なのに。


 おまえ、この状況になってから、何度笑ったかわかってるのか。もっと泣いたり、わめいたりするべきなのに。なんでいつも笑うんだ。バカじゃないのか。


 なにをやっても駄目だった。俺と三島じゃぜんぶ無駄だ。うまいやり方も、世間の泳ぎ方も、美しい解決も、ひとつも見つかりっこない。でも。


 痩せた小指を、俺の方からさらった。自分のそれにきつく絡めなおして、ぎゅっと力を込める。


「──あ」


 ぽつ、と三島の声がした。ゆっくりと、隣の気配が俺を見上げる。


 俺は三島を見なかった。対面のドア、ガラス戸に、身を寄せ合う俺たちが映っている。

 もたれあって、不格好にたった一本の指だけを絡めて、諦念みたいな顔をして。

 前を向いたまま、きつく眉根を寄せた。ぐっとくちびるを噛みしめる。


(俺は、バカだ)


 そう思うしかできない。それでも、手放せない。理由は知らない、感情の名前なんてわからない。

 俺たちはそのまま、じっとしていた。ぼんやりした認識の中、小指の感触ばかりがひどく鮮やかで、長いような短いような時間が過ぎていった。


 降車駅に電車が着いて、対面のドアが開いて、先に動いた三島がそっと指を離した。

 追いかけたいと思う自分が心底、バカだと思った。



 

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