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茜色の電車の中、三島とふたりでドアにもたれかかって、うちを目指した。
三島はずっとぼうっとしていたし、俺も中空を見つめたまま、考え事ばかりしていた。
──また、三島をうちで過ごさせる。
出ていかせたり戻らせたり、ずるずると状況に流されているとは思う。
だけど、首の傷を考えれば、たぶん、そうするのがいいんだろう。
(でも、これもきっとベストではない)
もっとすべてを解決する、美しいやり方があるのかもしれない。
俺の現象も、三島の状況も、互いの家庭環境も、ぜんぶあるべきところに収まって、未来に向かってまっすぐ歩いていけるような方法が。
だけど俺たちは未成年だ。力なんてひとつもない。選挙権もない年頃の俺たちでは、社会の中をうまく立ち回ることはできない。逃げ場所も、行けるところも、世の中を泳いで渡る手段すら、なにひとつ持っていない。
美しいやり方なんて、できるわけもなかった。
(俺は、俺たちは──どうすればいいんだろう)
わからない。どうしようもない、それでも、三島を家に帰せない。かといって俺の家なら安全なのかと言えば、ちっともそうじゃない。
この男を加害したい、その欲求は、じわじわと俺の中で大きくなって、どす黒い現象とともにずっと居座っている。
けれどそれと同じくらい強い感情がある。名前を知らない、正体もわからない、痛みにも哀切にも似た、とても強くて、鮮烈なもの。それがあるから、母を失ってなお、俺はこちら側に留まっていられた。
三島のことを守ってやりたい。
いい奴だった。愚かでも誠実だった。こんな風になってしまっていい男じゃなかった。それなのに。
ちら、と三島を見やる。少し下、襟の隙間から赤い傷。ひどい悲しみがこみ上げる。
俺は母というものは、残虐で残酷な世界の中で、ただひとつ優しいものだと信じていた。
他のすべてが俺に背を向けたって、刃を向けたって、母だけは俺を守ってくれると信じていた。
毎晩十時に聞いていた、電話越しの声を思いだす。
高く尖った、やや早口の女性の声。凪はどうしてるの、そんなことを尋ねるくせに、途中からいつも自己保身の話題にすり替わっていく人。
あのひとが、三島の首に手をかける。あまりにも容易に想像できた。
ありそうだと納得できてしまうことが、無性に悲しかった。
電車がひときわ大きく揺れる。一声謝るアナウンス。すぐに落ち着いたGが帰ってくる。
とん、と肩のあたりにぶつかる感触。三島が、そっと俺に身を凭せかけていた。
細い小指が、俺の小指をそろりと絡め取る。ため息のような音が隣から聞こえた。
「……っ」
触れ合った感触に、ぐうっ、とこみ上げたのは、強烈な情動と、痛いほどの切なさだった。
それと同時に、強いためらいがやってくる。
感情を押し殺して、やんわりと指をほどいて、逃げようとした。だめだと思った。だって俺と三島じゃ、破滅するしか道はない。
三島が静かに身を離した。すぐそばで、諦めたように視線を落とす気配。笑うみたいな息の音。
──どうしてそこで笑うんだ。
悲しくなる。生まれてこなきゃよかったと、終わりにしたいと希って、親にすら殺されかけて、たったひとり頼れる人間である俺にすら、指先ひとつ許されないで、なのに。
おまえ、この状況になってから、何度笑ったかわかってるのか。もっと泣いたり、わめいたりするべきなのに。なんでいつも笑うんだ。バカじゃないのか。
なにをやっても駄目だった。俺と三島じゃぜんぶ無駄だ。うまいやり方も、世間の泳ぎ方も、美しい解決も、ひとつも見つかりっこない。でも。
痩せた小指を、俺の方からさらった。自分のそれにきつく絡めなおして、ぎゅっと力を込める。
「──あ」
ぽつ、と三島の声がした。ゆっくりと、隣の気配が俺を見上げる。
俺は三島を見なかった。対面のドア、ガラス戸に、身を寄せ合う俺たちが映っている。
もたれあって、不格好にたった一本の指だけを絡めて、諦念みたいな顔をして。
前を向いたまま、きつく眉根を寄せた。ぐっとくちびるを噛みしめる。
(俺は、バカだ)
そう思うしかできない。それでも、手放せない。理由は知らない、感情の名前なんてわからない。
俺たちはそのまま、じっとしていた。ぼんやりした認識の中、小指の感触ばかりがひどく鮮やかで、長いような短いような時間が過ぎていった。
降車駅に電車が着いて、対面のドアが開いて、先に動いた三島がそっと指を離した。
追いかけたいと思う自分が心底、バカだと思った。




