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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: Ru
【中編 / 02】 境界を保つための

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 そして週末がやってきた。

 その日は俺の待ち望んだ、『正式に母に会っても許される日』だった。


 着替えと身の回りの品を持っていって、渡すだけ。いてもいい時間は長くて一時間程度だ。

 それでも、誰に咎められることもなく母の顔を見られるのは、心から嬉しかった。


 朝、走り込みとシャワーを済ませてダイニングに出た。肉体的に自分を追い込んでいると、あの〝現象〟が落ち着くような気がして、走るのは習慣になっていた。


 水分を取らないとな、とダイニングを見渡すと、父親の姿が見られない。あれ、と思って時計を見る。

 本来なら朝食を取っているはずの時間だった。出張や早く出るなんてことは聞いていない。それにテーブルの上には食事の用意がされたままだ。


 トイレかな、と思って視線を走らせたとき、窓の外、裏庭に見覚えのあるスーツが見えた。ぎくりとした。


 窓のほうへ、一歩だけ前に出る。ガラスの向こうに目をこらす。

 父は地面を見下ろして、あちこち確認するような仕草をしていた。何気なく外に出たというふうではなかった。目つきは険しく、なにかを暴こうとしてるみたいに見える。

 俺は自分の心臓がうっすら冷えるのを感じた。


 ひととおり見終わったのだろう、父がふっと面を上げる。厳しい顔がゆっくりとこちらにめぐって、窓ガラスごしに目が合った。


 父が戻ってくる。から、と窓を開けると父は何事もないかのようにダイニングテーブルについた。


「……おはよう」

「ああ」


 俺の呼びかけに返事をして、父は外に出た理由を言わなかった。あからさまに不機嫌そうだ。俺が病院に行くのが不服なのだろう。


 とはいえ、契約は契約だ。俺が完璧でいる以上、父は一度も、表立って俺を止めることはしなかった。ただ、俺に少しでも瑕疵があれば、その限りではないのだろう。


 せめてご機嫌取りのため、俺は父にコーヒーを入れる。二人分のそれを正面同士にならべ、俺も椅子につく。簡単なものばかりが並ぶ食卓で、俺は父から少し遅れて朝食をとった。


「父さん。今日の夕食って」

「必要ない。いつもの時刻に届くから、おまえはそれを食べるように」

「……わかった」


 父は忙しい人だ。祖父の作った会社を継ぐために、今がいちばん大事な時期なのだという。

 幼い頃から、ゆくゆくは達也もうちを継ぐように、と言われていた。母はそういうことは達也に選ばせないと、と言っていたが、父も祖父も聞く耳を持たなかった。


 父や祖父に期待をかけられるたび、困ったように俺を抱きしめていた母を思い出す。


(……母さん)


 もうすぐ会える。それも、隠れたりこそこそしたりせず、今日だけは、誰に咎められることもなく、自由に。


 それだけで心の底が、ちりちりと喜びで炙られたようになる。そわそわと落ち着かなくて、遠足の前夜の子供みたいな気持ちだった。


 俺は朝食を取りながら、ひたすら父の機嫌をとり続けた。もう少し正確に言うと、父の機嫌を損ねるような言動を、全力で避け続けた。


 父は普段よりずっと不機嫌で、少しでも俺の態度が崩れたら、即座に面会を禁止しかねない様子だった。いつもより更に頑なだった。


(まずいな……)


 ここ数日で感じていた違和感が、ゆっくりと確信へ変わっていく。


 ずぶ濡れで帰って、真っ暗なソファに座っていたあの日から、父はだんだん、俺の正気を疑い始めているようだった。

 ことあるごとに尋問のような問い詰めが入り、監視のような目で見られる。さりげない〝探り〟の回数が、加速度的に増えていた。


 今まで、蝶を殺しても、隠れて母に会っていても、すっかり騙されていてくれたのに。どうやら今度から、もう少し慎重に行動しなければならないようだ。


 そこまで思って、うんざりする。

 隠れて母に会うのはともかく、蝶を殺すのに慎重になるというのはどうなんだ。殺す前提で動いてどうする。やらないのが一番だ。でも。


 蝶の翅やラットの悲鳴にまじって、ちらちらと三島の顔が脳裏をよぎった。


 あの男と出会ってからだ、と思った。

 あの男は俺を駄目にする。加害を誘う風貌、おどおどした目つきと痩せた身体、俺の現象を勝手に動かしていく、耳元に光る青色のピアス。


 俺はいつまで、耐えていられるのだろう。

 父の前で、いつまで完璧をやれるのだろう。わからなかった。


(それでも──なにひとつ、悟られるわけにはいかない)


 俺にはあのひとが必要だ。たった一人、かつて俺を守ってくれたひと。

 堂々と母に会える権利を、どうしても手放す気にはなれなかった。


 落ち着かない気持ちのまま朝食を終えた。完璧な息子を装ったまま父を見送って、ため息を懸命に殺して、ドアが閉まるのを見届けた。


 それでも、ひとりになった家の中で着替えや身の回りのあれこれを用意して、玄関を出る頃には、沈んだ気分はすっかりなくなっていた。母が待っているのだと思うと、どんなことでも耐えられる気がした。


 俺は空梅雨の薄明るい日差しのもと、弾む足取りでバス停へと向かった。荷物の重さも気にならなかった。



 

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