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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【中編 / 02】 境界を保つための

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 誰にも見せたくなかった部屋にふたりで入って、俺は三島の後ろ姿が感嘆の声を上げるのをぼうっと眺めていた。


 三島の肩にはカーディガンがかかっている。好きな子にするみたいにさりげなくかけてやったそれ、そんな行動が自動的にできる自分に、とことん染み付いている、と思った。


 三島は俺の簡単な説明を受けて、次々と飼育箱を覗き込んでいる。その瞳はきらきらと輝いて、子供みたいに楽しそうだった。

 純粋な興味と関心に輝く目に一瞬だけ気持ちが和みそうになって、すぐさま否定する。


 俺はなにをやっているんだろう。

 絶対に見せたくない。誰にも触らせたくない。

 痛いほど思っているはずなのに、身体ばかりが勝手に動く。


 俺はいちばん見せたくなかった棚に行き、成虫を隠していたラック、そのカーテンをさっとめくった。

 三島がわあ、と子供みたいな声を上げる。


「いいリアクション。育てた甲斐があるな」

「だって、ほんとにすごいって。ブリーダーになれるぞ」

「アゲハはそこまで儲からねえかな」


 肩をすくめて笑うのも、やわらかな声を出すのも、全部演技だ。自動的に行われるシミュレーション通りの行動だ。それでも三島は楽しそうにしている。バカな男だと思う。


 飼育箱の中で、無数の蝶がばたついた。壁面に翅がぶつかる独特の音。


 ちらと隣を見やる。

 視界の中央では、三島がじっと蝶を見つめていた。黄色と黒、警告表示の色が、なめらかな瞳の表面に映り込んでいる。

 その姿の上に、今はないマウスの姿も重なって、俺はかすかに目を細めた。

 ゆっくりと動き出す〝現象〟の気配。


「……こいつら、ほっとくと明るい方に飛ぼうとするから」


 言い訳をして、さっとカーテンを閉じた。あ、と三島が声を上げる。そっとこちらを振り返った。


 カーテンに隠された向こうで、ばたつく音はまだ続いている。

 三島はちらと飼育棚のほうをみて、おずおずと声を上げた。


「あのさ。このままじゃ、弱っちゃうんじゃないの」

「……」


 その通りだった。この飼育箱にこの頭数はあきらかに過剰飼育だし、そもそも成虫を箱の中にずっと入れておくこと自体、かなりの無理がある。


 俺は少しだけ迷って、一瞬だけ考えて、さっとまともな顔を作った。言い訳を口にした。


「成虫は繁殖と観察を終えたら、すぐ野に放ってる」


 半分は本当で、半分は嘘だった。繁殖と観察はやっている。

 でも──そのあとは。


 ばたばたと音がする。まぶたの裏、まばたきのたびに、蝶の翅がひるがえる。

 黄色と黒、立入禁止の、警告表示と同じ色。


 三島はぱちぱちとまばたきをして、さっきから寄っていた眉をさらに寄せて、言った。


「それ──このへんの生態系が崩れるんじゃ……」

「……っ」


 とっさに言葉が出なかった。

 純朴な疑問を浮かべる瞳から、逃げるように下を向いた。自嘲気味な笑みが浮かぶ。


「…………そうかもな」


 こぼれた声は小さくて、語尾がかすかに震えていた。

 なぜだろう、いつもならすらすらと出てくるはずのごまかしや言い訳は、今ばかりは、ちっとも出てきてくれなかった。


 相変わらず忌々しいほど見る目のある男だ、と思う。

 この男はいつもそうだ。俺の中身を見抜いて、勝手に近付いてきて、俺の内側を踏み荒らす。

 そのくせ自分はなにもしていないという顔をする。


 本当に──ずるくて、卑怯で、見苦しくて、最低の、天敵みたいな男だった。


 そっと視線を持ち上げる。

 三島はなぜか目を丸くして、食い入るように俺を見つめていた。名前のない宝石のような瞳が、レンズの向こうで揺れていた。

 きれいだなと思って、たまらなく苦しくなる。


(蝶も、マウスも、そして三島も。俺にとっては、同じなんだろうか)


 現象に流されたくはなかった。

 人間にだけは手を出したくなかった。それなのに。


 目の前には三島、背景にはカーテンがかかっていて、その裏では大量の蝶がうごめいている。

 見ていたくなどないのに目を逸らせなくて、俺はかすかに喉元が詰まったような感じを覚える。


(俺は──いつまで、耐えていられるのだろう)


 一瞬でよぎった大量の思考、それをなんとか、立て直そうとする。

 息を吸って、ぎゅっと末端に力を入れ、心音を整える。

 俺はなんとかいつも通りの完璧を作り上げると、顔を上げて、笑った。


「そうだ。こないだ言ってたアプリ入れたけど、あとで触ってみるか?」

「え……あ、えっと……え?」


 三島がぱちぱちとまばたきをする。その瞳にはもう、さっきまでの宝石みたいな光は見て取れない。

 いつも通りの、たやすい、愚かな、挙動不審の男だった。


 カーディガンを返そうとする三島を制して、彼が上着の前をかきあわせる仕草を見下ろす。

 その子供じみた、加害を誘ういとけない動作を見て、なんとなく、三島を家に上げた理由がわかった気がした。


(たぶん……疲れたのかもしれない。耐えることに)


 これはきっと自傷行為だ。やけくその無謀な行動だ。

 誰にも見られてはならない場所、そこにいちばん近い部分に、よりによっていちばん触れさせてはいけない男を招き入れた。


 いい加減、終わりにしたくなったのだろうか。

 でも、俺はまだ、諦めるわけにはいかないのに。


「……行くぞ」


 端的に言って、飼育室を出る。

 明かりも空調もつけっぱなしの室内をかすかに振り返って、俺は後ろめたい中身を封じ込めるように、そっとドアを閉じた。

 三島の目がぼんやりと、俺を見上げていた。



 

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