28
いつもより少し口数の少ない宗像と、ほとんど言葉の出ない俺。
二人してバス停の前でぼんやり腰掛けていたとき、宗像がぼそりと言った。
「俺、あのバスで行くから」
ロータリーをゆっくりと回って現れたのは、あのとき宗像が駅には行かないと言ったバスだった。
宗像とバスを交互に見る。
「えっと……寄り道?」
「そう」
続けて彼が告げたのは、郊外にある大きな家具屋の名前だった。そんなところに何の用事だろう。
「……模様替え?」
宗像が黙って首を振る。大きな手が鞄をさらって、さっと立ち上がる。
ほとんど同時に、目の前にバスが着いた。プシュー、と音を立ててドアが開く。
宗像がステップを上り、バスに乗ろうとする。その視線が、ちら、と俺を振り返った。あまり見たことのない目をしていた。
なんとなく、今彼を一人にしてはいけないような気がして、俺は咄嗟に立ち上がる。
「じゃあ、また生研部で──」
「ま──待って!」
なぜそうしたのかはわからない。俺は気が付けばベンチを飛び出し、勢いよくバスのステップを駆け上がっていた。
背後でプシュー、とドアが閉まる。車体の傾きがもとに戻る。
がたん、と大きな揺れとともにバスが走り出して、宗像は、急な動作のため膝に手をついて息を切らす俺を、ぽかんと見つめていた。
「……なにやってんだ、おまえ」
「え? えっと……なんだろう……」
わからない。どうしてこんな行動に出てしまったのか。
俺は自分でも首を傾げながら、はあっ、と息と姿勢を整えた。
宗像は呆れたように俺を見ていたが、小さくため息をつくと、しょうがない、とつぶやく。
「揺れる前に席行こうぜ」と誘って、彼はさっさと席に座ってしまった。
隣に腰掛ける。宗像は俺を見なかった。ただ黙ったまま外を見つめて、バスに揺られている。整った横顔。
そろりと伺うも、宗像の表情の奥にあるものは掴めなかった。宗像は俺を見ずに、淡々と外を見つめている。
バスがかたんと揺れて、走り出した。俺は宗像をこっそり横目で見ながら、揺れるバスに身を委ねた。
到着した大型家具店は、広々としていて、明るかった。
物珍しさにきょろきょろする俺をよそに、宗像はまっすぐにカウンターに向かった。
「すみません。取り寄せお願いしてた、これお願いします」
ひらりと一枚の紙を手渡す。
店員さんはにこやかに紙を受け取ると、はい、と微笑んで奥に向かった。
俺はおずおずと宗像を見上げる。宗像はこちらを見なかった。
店員さんが戻ってきて、宗像にひとつの袋を見せる。
こちらでよろしかったでしょうか、の問いかけに、宗像は無造作に頷いた。レジを通し、シールを張り、支払いを済ませ、俺は宗像のあとに続く。
好奇心に負けて、宗像の手元を覗き込んだ。
そこには季節外れのイルミネーションライトがあった。クリスマスツリーなんかに巻きつけて使う、ちっちゃな細長い電球がコードにいっぱり付いているやつだ。
「飾り付け?」
宗像が無言で首を振る。彼はそっと紙袋の中から、中身を取り出した。がさがさと紙がこすれる音がする。
現れたライト、そのひとつの付け根を、宗像は指差した。
「これを、全部ここで切る」
それだけを言って、とんとん、と指先がひとつのライト、電球部分の根っこを指す。
俺はまじまじと彼の指先を見た。
イルミネーションライト、長いコードの途中途中で、ぽつっ、と細長いLEDと思しきライトがついている。その根本から少し離れたところを、宗像は指差していた。
ちら、と視線が俺を見つめる。それでだいたいのことを察した。
さっき、病室で宗像が踏み砕いたものは、粉々にされた細い管と、そこから伸びたコードだった。
目の前にあるイルミネーションライトをばらばらにすれば、病室で見た〝あれ〟に見えなくもない。
宗像が小さく頷いた。
「この細長いタイプの電球、ここしかないんだ。これが一番それっぽい」
たしかに、細長い黒い筒の先に透明なライト部分、もう一端から伸びる二本のコードだけを見れば、古典的な隠しカメラに見えないこともない。
複数あるライトの根っこ、それを全て根本で切ってばらばらにすれば、だいたい十数個の〝隠しカメラ〟もどきができあがる、というわけだ。病室で即座に踏み潰せば、細かく追求されることはない。
俺はおずおずと宗像を見上げて、口を開きかけて、でもなにも言えなかった。
宗像はつまり、母の妄想を本当として扱うため、こんなものを毎回買い足しているのか。
それが良いことなのか悪いことなのか、俺にはどうしても判断ができなかった。
開きかけた口を閉じて、ぐっ、と下を向く。
俺にはなにを言うこともできない。判断する基準すらない。
ただ目の前にあるなんとも言えない事実を咀嚼して、飲み下して、受け入れるほかになにもなかった。
宗像が、小さく吐息を吐く気配。静かな沈黙。そののち、彼はそっと言った。
「付き合ってくれてありがとな。せっかくだし、この後メシでも食って……そうだな、うちで勉強してくか」
「……っ」
宗像のうちで、勉強。ちらちらと蝶の死骸が脳裏をよぎる。強烈な、『やめたほうがいい』という本能的な警告。それになんとか抗って、俺はこくりと頷いた。
宗像が、じゃあ行こうぜ、今度は注文方法わかるよなと笑って、俺を追い越していく。
俺は黙って頷くと、彼の後に続いた。




