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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【前編 / 04】 『時よ止まれ』

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27

 白っぽい病院の廊下を、連れ立って歩く。

 宗像は俺より半歩ほど先を淡々と進み、迷うことなく会計の列の前で止まった。


「俺、あっちのソファで待ってるから。終わったら声かけて」

「う、うん」


 おずおずと列の最後尾に並ぶ。会計を済ませ、番号の表示待ちになる。ディスプレイを見ると、俺の番号はそう遠くはなさそうだった。


 宗像のいるはずのソファに向かうが、そこには宗像ではなくおばあさんが座っていた。

 あれ、と思ったとき、おい、と声をかけられる。宗像は壁にもたれかかって、ひらりと俺に手を振っていた。駆け寄る。


「こんなとこにいたんだ」

「混んできたからな」


 どうやらあのおばあさんは、宗像に席を譲ってもらったらしい。相変わらず、宗像の立ち居振る舞いはそつがなく、完璧だ。俺はふうん、と隣の壁に背をもたせかける。そういえば、と思った。


(今、別に忌々しいとか、思わなかったな……)


 前はあんなに、宗像の完璧さが鼻についたのに。今はそんなことより、こいつの事情とか、閉じたドアの向こう側にあるものとかの方が、ずっと気になっている。


 壁に持たれたまま、なんとなくの沈黙。俺はそろりと隣を伺う。宗像がちら、とこちらを見た。


「番号、何番」

「あ……385」

「もうすぐだな」

「うん」


 それきり、また黙り込む。

 宗像はなんだかいつもより少しだけ表情が乏しくて、俺は斜めがけの鞄、ストラップを意味もなく握ったり離したりして、なんとも言えない手持ち無沙汰に耐えた。


「……なあ」


 しばらくの沈黙ののち、急に宗像が口を開く。ぴくっ、と指先が動いた。

 そろりと見上げて、なに、と返事。宗像は視線だけを俺によこすと、ややためらいがちに言った。


「おまえやっぱり、どっか具合悪いの」

「っ……」


 ぎゅっ、とストラップを握りしめる。心臓が少しだけ冷たく、早くなる。

 さっき鞄に詰め込んだ処方箋、その存在を、どうしても知られたくない。


 俺はどう答えたものか迷って、中途半端に口を開きかけては閉じて、そのとき。宗像がふっと顔を上げた。


「──ああ、番号ついたな」

「そ、あ、え? ……あ、うん、ついた……」


 なんでそこまで吃るんだ、という顔で宗像が見てくる。

 ごにょごにょと口の中で、行ってくる、とつぶやくと、俺は早々にその場を後にした。よかった、と思った。


(あんまり突っ込まれると、心臓に悪い……)


 俺は嘘をつくのが得意じゃない。外の人とまともに接したことがほとんどないから、嘘のつきかただって教わらなかった。家ではむしろ、嘘なんてついたら死ぬほど叱られたし。


 正直にしなさい、きちんと生きなさい、勉強に身を入れて、生活は毎日規則的に。

 悪い食べ物は食べないこと、良くない友達とは付き合わないこと、先生にも当たり外れがあるから、全てを鵜呑みにしないこと。

 言われたときは意味がわからなくても、親の言うことは絶対に聞くこと。


 そのすべてをきちんと守って生きてきた。でも、たった一回のインフルエンザで、あっという間に俺は透明になってしまった。


 何が正しくて何が間違っていたのか、俺のなにが悪かったのか、中三の冬、俺はどうすればよかったのか。そんなこと、今だってまだわからない。


(……なにも考えずに、ゆっくり寝たい)


 勉強のことも、家のことも、不安定な自分の足元のことも、宗像のことも。

 なにも考えずに、今はずっと眠っていたい。そのためにあの薬が役に立つことを、俺は心から祈った。


 会計機に札を突っ込んで、三割負担の金額を払う。それなりの出費を覚悟したのに、思ったより金額は少なかった。

 明細の項目を見ると、前回あった初診料の部分が消えている。そういうシステムらしい。


 二度も病院にかかったのだ、ということが実感として落ちてきて、俺は小さくため息をつくと、明細や予約表を鞄に押し込んだ。


「……おまたせ」

「おう。行こうぜ」

「うん」


 出入り口へ向かう人の流れに逆らって、宗像とふたり、病院の奥へ向かう。

 エレベーターのボタンを押して、上の階へ。


 痛いほど静まり返った清潔な廊下を抜け、俺たちはガラス戸の前までやってきた。

 宗像がインターホンを押す。チッ、と通信が繋がる音。


『はい、七C病棟、精神科ナースセンターです』

「こんにちは。宗像静江の身内です。開けてもらえますか」

『ああ、わかりました。今向かいますね』


 プツッ、と通信が途絶え、少しして看護師さんが中からやってくる。

 ガラス戸を開けてもらって、俺と宗像は内側へ迎え入れられた。


 看護師さんがちら、と俺を見る。誰だろう、という視線だった。

 とりあえず会釈する。看護師さんも、正体のわからない俺にあいまいな会釈を返す。


 普段なら俺を紹介するはずの宗像は、なにも言わないまま淡々と歩くだけだった。正直、ちょっと居心地が悪い。


「じゃあ、私は戻るので。なにかあったらナースコールすぐ押してくださいね」


 そう言うと、看護師さんは去っていく。俺はその背を見送って、ずっと黙っている宗像の後に続いた。


 白くて清潔な廊下だけど、そういえばどの窓にも格子が付いている。おそらくははめ殺しであろう窓なのに、ずいぶんな警戒具合だ。


 それっぽさを和らげるためか、格子はきれいなデザイン状になっているが、設置の意図は明白だ。他の部分はまったく普通の病院廊下なだけに、その異質さが妙に目についた。


 宗像がひとつの病室の前で立ち止まる。とんとん、とノックをして、返事はひとつもない。

 それでも宗像は、入るよと一言呼びかけると、すらっとドアを開いた。


 中にはベッドがあって、ひとりの女性が座っていた。なんとなくこわばった表情だった。

 宗像に良く似ている。切れ長の目と、整った鼻筋。黒に近い焦げ茶の瞳。きれいな人だった。


 一人部屋の中は広く、ものがほとんどない。カーテンがきっちり引かれていて、昼過ぎだというのになんだか薄暗かった。空気がこもった部屋特有の、かすかに甘ったるいにおい。


「……達也」


 こちらをほとんど見ないまま、宗像の母親がつぶやく。宗像はうん、と言うと、俺に一つしかない椅子を勧めた。もちろん断る。ここに座ったところで、俺はただ尻の据わりが悪いだけだ。


 宗像は俺の意図を組んだのか、さっと椅子を取ると自分で座った。かた、とベッドの傍に少し引き寄せて、母親の顔を覗き込む。


「調子はどう」

「……その人は? あいつらの仲間じゃないでしょうね」

「違うよ。俺の友達で、母さんのことを助けたいって」

(え……?)


 そんなこと、聞いてない。

 俺はうろたえたように視線を持ち上げる。宗像がちらと一瞬俺を見て、大丈夫、みたいな顔で首を振った。唇に指を当てる仕草までされたので、とりあえず黙っておく。


「もう一度聞くけど。調子はどう」

「……もうだめ。みんな幹人さんに取り込まれてる」

「父さんなら俺が見張ってるから大丈夫だよ」

「だめよ。今だって盗聴されてる。今朝もね、看護師の人、私が箸を置いた瞬間にドアを開けたの。盗撮カメラで見張ってるんだわ」


 明らかに普通じゃない物言いなのに、宗像はそう、と返すだけだった。ゆっくりと立ち上がる。


「少し光でも入れようか。暗いままだと、気分も落ち込む」


 宗像が立ち上がって、カーテンに手をかけた瞬間。鋭い声が降ってきた。


「──やめてッ!」


 ぴく、と宗像が手を止める。ゆっくりと振り返ると、彼はごめん、と微笑んだ。母親が、こわばった表情のまま、布団をぎゅうっと握りしめる。椅子に戻った宗像に、引きつった視線を向ける。


「窓の外。見張られてるの。あいつら……いつもの集団ストーカーよ」

「……うん」

「ねえ達也。あなたも気を付けて。家の中も外も、みんな危険よ。私の息子ってことで、あなたまで危険な目にあったら」

「俺は大丈夫だよ」

「でも。今だってきっとここ、盗撮されてるわ」


 宗像がかすかに息をついた。切れ長の瞳がちら、とこちらを向いて、大きな長身が立ち上がる。近付いてくる気配。宗像の母親が、彼を視線で追う。


 宗像は俺の隣に立つと、とん、と肩に手を置いた。思わず見上げる。こちらを見ないまま、彼は母親に向かって、大丈夫だよ、と声をかけた。


「こいつ、連れてきたから。母さんがひどい目に合ってるって聞いて、俺たちのこと手伝ってくれるって」

「え、あ、えっと──」

「だよな、三島」


 わずかに語尾を強くされ、まっすぐな目で見つめられる。

 今は話に乗ってくれ、というはっきりした意志を感じ、俺は思わず頷いていた。宗像の母親が、じっ、と俺を見つめる。


「……そうなの? 達也のお友達?」

「は、は、はい……友達、です。三島です」


 一度も言ったことのない、むしろ抵抗のあるはずの言葉だったのに。思ったよりずっとスムーズに口から出た。

 母親は、そう、と言うと、辺りをそわそわと見回した。


「この部屋も安全じゃないわ。三島くんも気を付けて」

「は……はあ」

「大丈夫。俺たちがなんとかするよ」


 宗像はそう言うと、すっと俺を見た。俺は謎の緊張を感じて、うん、と頷く。


 なにか一言でも間違ったことを言ってしまえば、事態がとんでもないことになってしまうのじゃないかと思って、怖かった。


 宗像は俺の肩からそっと手を下ろすと、促すような視線でベッドの傍を見る。俺は促されるまま数歩前に歩み出て、途方にくれて宗像を見上げた。


「こいつ、盗聴器とか、カメラとか、見つけるのうまいんだ。な?」

「え、あ……は、はい」


 こくこく頷く。宗像は淡々と母親の方に向き直り、俺たちで探してみるよ、と言った。

 大きな手が、ほとんどなにもない室内を指差す。


「おまえ、あっちの方な。俺はこっち探すから」

「わ……わ、かった」


 極力余計なことを言わないよう、ぎくしゃくと従う。

 床に這いつくばったり、意味もなく壁をぺたぺた触ったり。正直、こんなことで何が見つかるわけでもないと思う。でも、何もしないわけにもいかない。


 しばらくごそごそやっていると、宗像がすっくと立ち上がった。

 指先に、なにか黒くて小さいものをつまんでいる。それを軽く掲げて母親に見せつけると、


「あった。壊しておく」


 ぼそっ、と短いつぶやき。コン、と黒いものが床に落ちる。

 宗像のスニーカーが、即座にそれを踏み砕いた。ぱきっ、と小さな音。

 宗像の母親が、はあーっ、と息を吐いた。


 俺はしげしげと、宗像がスニーカーをどけたあと、踏み潰された黒いものを見る。

 砕け散った、黒と透明のプラスチックのパーツ。短いコードは雑に切られていて、どこにも繋がっていない。これがカメラ本体、なら記録媒体とか、電波を飛ばす機械とか、そういうのに繋がっているはずだ。


 俺はかすかに首を傾げ、でも、なにも言わなかった。

 宗像が椅子に戻る。潰された黒いものを手のひらに乗せて、ほら、と言った。


「ちゃんと部屋中探したら、あったよ。きちんと壊したから」


 母親が手で顔を覆う。絞り出すようなささやき。


「……よかった……」

「これでしばらくは大丈夫だと思う。もう一度仕掛けるにも、こういうのって絶対に手間かかるし」

「そう……そうよね。少しの間だけど……よかったわ」


 そろそろと顔を上げ、宗像の母親がぼんやりした目で俺を見る。

 ひくっ、と肩が引きつって、謎の緊張感が俺を捉えた。


「三島くん、でしたっけ。ありがとう。助かったわ。おかげで今夜は、少しは眠れそう」

「そ、そ、それは……よかった、です」


 俺の言葉に、宗像の母親がにこり、と微笑む。初めて見る、普通の表情だった。笑ったときの目元が宗像に良く似ていた。


 さて、と宗像は床に置いていた鞄を取り上げる。


「俺ら、そろそろ帰るよ。父さんに見つかったらまずいから」

「そう……そうね。幹人さんには気を付けて。達也、本当にひとりで大丈夫?」

「大丈夫だよ。父さんも、俺にはなにもしてこないから」

「……だといいけど……三島くんも」

「へっ、は、はい」


 唐突に水を向けられて、俺はびくっ、と裏返った返事をする。

 宗像の母親はとても真剣な顔で、いい、幹人さんには気を付けるの、と言った。おそらくは宗像の父親のことだろう。


「あの人はね。言葉巧みに人を取り込んで、私のことをずっと見張ってる。色んな人に、私とすれ違いざまにああ言えこう言えって命令したり、電波で眠りを邪魔しろとか、カメラを仕掛けろとか、開発途中の機械で私の頭の中に声を飛ばせとか、窓から監視しろとか。たくさんの人を利用して、集団ストーカーの悪事に引き込んでる。言葉巧みで、私の言葉なんて誰も信じてくれない」


 まくしたてるような早口に、俺はそうですか、と引きつった声を返すしかできない。

 宗像がやんわりと、そのへんでいいだろ、と言った。そうねと母親は引き下がる。


「とにかく。三島くん。達也のこと、よろしくおねがいします。幹人さんから守ってあげて」

「は……はい」


 こんなことを頷いていいのだろうか。そう思いつつ、否定すれば多分大変なことになるだろうとわかる。だからはいと言うしかない。


 宗像は棒立ちのままの俺に近付くと、行くぞ、と短く言った。こくこく頷く。


「じゃあ、母さん。今日から数日間は大丈夫だから、その間だけでもゆっくり休んで」

「本当に、いつもありがとう。達也だけよ。私のことを信じてくれるのは」

「また来るよ。元気で」

「ええ。気を付けてね」


 来た時より少しだけやわらいだ表情で、宗像の母親は手を振った。

 俺は慌ててぺこりと頭を下げると、ドアに向かう宗像に続く。

 最後にドアの隙間から見えた彼女は、とてもほっとしたような顔をしていた。


 ぱたん、とドアが閉まる。

 俺は宗像が黙ったまま大股で歩いていくのを、小走りで追いかけた。


 ナースステーションにありがとうございましたと一声かけて、看護師さんの付き添いでガラス扉の外に出る。

 淡々と歩いて、エレベーターのボタンを押して。すうっと開いた個室に入ってようやく、宗像が口を開いた。


「……で。うちのは、こういう〝お見舞い〟なわけだ」

「う、……うん」


 うまい返事を思いつかない。いわゆる『病気のお母さんへのお見舞い』という言葉から連想されるものと、今見たものは、あまりにも乖離していた。


 宗像は言葉を失っている俺を見て、かすかに笑った。それだけだった。


 軽いGとともに、エレベーターが静止する。

 開いたドアの向こうから、行くぞ、と宗像が声をかける。

 その顔はやっぱり、逆光でうまく見ることができなかった。



 

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