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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【前編 / 04】 『時よ止まれ』

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 部屋の真ん中にローテーブルを引っ張り出して、二人向かい合って期末考査の勉強をした。


 宗像は丁寧に俺に勉強を教えてくれた。宗像の説明は簡素で、余計な情報がひとつもなくて、きちんと筋道立っていて、ものすごくわかりやすかった。今すぐこれで食っていけると思うほどだ。


 俺は説明を終えた宗像をぽかんと見上げて、はあ、と間抜けな声を漏らした。


「おまえ、ほんと……マジで頭よかったんだな」

「それ二度目。あまりにも失礼」


 宗像が苦笑する。俺はごめん、と小さく謝ると、説明通りの文言をノートに書きつけた。ちら、と宗像を見上げて、問いかける。


「なあ、前の高校って、どこだったの」


 これだけ優秀だったのだ。M高校を蹴ったとしても、それなりに名の知れた高校に決まってる。

 そう思ったのだが、宗像はかすかに笑った。


「たぶん、三島は知らないと思う」

「そうか? 俺、受験のとき、全国の高校洗い浚い調べさせられたから、わりと詳しいと思うけど」

「……そう」


 じゃあ言うけど、と前置きして告げられた高校名は、意外にも俺の知らない高校だった。

 宗像が、やっぱりな、と笑う。


「知らないだろ」

「ご、ごめん……」

「県外なら普通だって。すげえ近所の、普通の高校でさ」

「そうなんだ」

「通学時間短いのが良くて選んだんだ。チャリ通だった。楽だし良かったよ」


 さらっと笑う宗像。俺は頷きながらも、うん? と心の中で首を傾げていた。

 たしか以前盗み聞きしたときは、M高を蹴った理由は『偏差値よりも学校の特色で選んだから』だった気がする。


 頭の中で疑問符を浮かべる俺をよそに、宗像は勉強に戻っていた。

 俺はそっとスマホを取り出す。ローテーブルの陰で操作して、さっき聞いた学校名を検索してみた。すぐに結果が表示される。


(偏差値は……48──って、え?)


 あきらかに、宗像の能力と釣り合っていない。というか、M高からの落差がすごすぎて、正直びっくりするレベルだ。ここまで差があると、いろいろ不便があるんじゃないだろうか。


「ん、なんか連絡来たか?」

「あ……ううん。時間見ただけ」


 慌ててスマホをポケットにしまう。今見たものは──見なかったことにしよう。


 宗像がM高を蹴ったことを俺が知っているなんて、宗像は知らない。もし俺がそれを知っているとわかっていれば、きっと彼はあのときと同じ『学校の特色で選んだ』と言うのだろうと思った。


 そのとき、ふと目の前が陰った。は、と顔を上げる。宗像が、ひらひらと俺の顔の前で手を振っていた。


「さっきから、ずっと手、止まってる」

「あ……ごめん」

「や、謝ることじゃないけど」


 宗像は少し思案げな顔をすると、そっと俺を覗き込んだ。ローテーブルを挟んで、男っぽい整った顔が、ほんのわずかに近くなる。なんとなく居心地が悪くて目を逸らした。


「大丈夫か」

「な、なにが」


 うろたえる俺に宗像はとても短く、体調、とだけ返す。俺は無意識のうちに、床に置いた鞄、その中の処方箋を守るように、そっと鞄を後ろに押しのけていた。とても小さな声が出る。


「……大丈夫。ちょっと、栄養足りてないだけ」


 宗像はじっと俺を見つめていた。色のない静かな瞳、実験用のマウスを観察するときと同じ、よくわからない眼差しが、俺の上をゆっくりと滑っていって、止まる。腕の辺りを見つめられ、ぼそりと彼は言った。


「三島がそう言うなら、……いいけど」

「……うん」


 宗像のたくましい腕とぜんぜん違う、生っ白い、痩せた腕。なんとなく恥ずかしくなって、俺は隠すように腕を引き寄せる。宗像がすっと視線を逸らした。たぶん俺が気にしてるのをわかって、あえて視線を外してくれたのだろう。宗像の気遣いは完璧だ。


 俺は気持ちを切り替えようと、もたもたとシャーペンを握り直した。広げっぱなしの問題集をどこまで解き終わったか、一瞬わからなくなる。宗像がすかさずとん、と指先で紙面を叩いた。


「次、ここ」

「あ、ありがとう」


 カリカリとシャーペンの先端を走らせ、文字を書き付けていく。宗像も同じようにした。静けさが戻ってくる。昼過ぎの光が差し込む部屋の中、筆記具の音だけが淡々と響いた。本当に静かで、なにもなくて、平穏だった。


 なんとなく、落ち着くなと思った。

 図書室で勉強しているときの穏やかさと似ていて、でもなにかが違っている。誰も俺を見ない、誰も俺に気付かない中、それでも誰かと同じ時間を共有していた図書室の放課後。

 同じような環境だけど、今は宗像が俺を認識している。彼の瞳には、俺がたしかに映っていた。たとえ視線がこちらを向いてないときでも。


(なんか……変な感じ)


 不思議で、落ち着かなくて、不慣れな感じがあって、そわそわして、でも。ちっとも嫌じゃなかった。

 宗像の意識の大半は問題に向いている。だけど彼の認識の何分の一かは、常に俺の方に向かっている。ここに俺がいて、座って勉強していることをわかっている。なんだか落ち着くような、ほっとするような、そういう感じがした。


(なんだ。来て、よかったじゃん……)


 あの、家具屋の隅っこで感じた、『やめたほうがいい』という強烈な感覚はすでに遠くなっていた。

 さらさらとペン先が走って、俺の内側に、こすれるように知識が落ちていく。没頭と集中が心地いい。


 正面には宗像がいて、透明じゃない俺のことを認識している。むごたらしいマウスの実験のことも、蝶の死骸のことも、俺を揺らす情動のことも、この時ばかりは忘れていられた。


 それから一時間ほど勉強してようやく、俺達はふーっ、と一段落ついた。

 淹れてもらったアイスコーヒーを片手に、休憩する。ぽつぽつと他愛ない話をしたり、たまに黙り込んだりして、でも宗像と過ごす沈黙は特に苦にならなかった。


「そういえばさ」

「なに?」


 ストローを使わずにコーヒーを飲む宗像が、ちら、と俺を見た。


「三島って、志望校決まってんの」

「え……えっと、いちおう……」


 何気ない問いかけだった。だけど俺はかすかにぎくりとして、からからとグラスを混ぜる速度が早くなる。

 宗像はふうん、と言うと黙って続きを促した。俺は迷って、言葉を飲み込んで、考えて、言った。


「たぶん……U大……だと、思う」

「へえ。まあ三島ならそうか。おまえいつも、すげー頑張ってるしな」

「べつに……普通だよ」


 正直なところ、俺から一瞬で学年トップをかっさらっていった男に言われても、嫌味にしかならない。

 でも宗像は、そんな意図など一つも持っていないだろう。それがわかるから、俺はあいまいな表情をするしかない。


「学部とか決めてんの。うちのクラスにいる以上、理系なのは確かだけど」

「……えっと」


 うろうろと視線がさまよい、落ちていく。宗像がそっと目を細めた。〝三者〟面談のときを思い出す。


 あのときに先生へ告げた嘘ばかりの取り繕いが、宗像の前ではどうしてだかうまくできない。理由はわからない。正直になりたいような気もしたし、なにもかも嘘で塗り固めたい衝動も同時にあって、自分のことなのに、胸の内はまるで判然としなかった。


 俺はしばらくのあいだ悩んで、結局、ぼそぼそとつぶやく。


「宗像は……どうなんだよ。学校とか、学部とか。やっぱ生物学なの」

「……どうだろうな」


 帰ってきたのはあいまいな言葉と、淡い笑み。

 俺はかすかに首を傾げた。宗像ほどのしっかりした、完璧できちんとした男が、二年の一学期も折り返した今になって、進路の一つすら決まっていないとは思えない。


 俺の問いたげな目に応えて、宗像は小さく息を吐いた。


「志望校は決まってるよ。S大」

「え──」


 県内の私立だった。宗像ならU大どころか、海外のもっとすごい大学だって狙えるのに。絶対にとんでもない大学名を挙げると思っていたものだから、意外だ。


 目を丸くする俺を見て、おもしろい顔、と宗像は小さく笑った。


「偏差値だけが全てじゃないだろ。学校ごとの特色とか、いろいろあるし」

「……特色」

「そう。あそこの方が、やりたいことやれると思ったんだよ」


 さらりと出てくる言葉に、胸の底がひっかかるような感覚を覚える。

 偏差値だけが全てじゃない、学校ごとの特色で選んだ。以前その言葉をそっくりそのまま、教室のドア越しに聞いた。

 でもそれは大学じゃなくて、高校を選んだ理由のはずだ。


 俺は面談のときを思い出す。先生の前で、互いの目に互いをまったく映さぬまま、表面だけの台詞をやりとりしたときのことを。


 宗像の言葉はそれに似ていた。まるで用意された脳内チャートに従ってはじき出された、決まった台詞みたいに。


(もしかして……)


 唐突にふと、気付く。宗像はM高を蹴って、自転車で行けるほど近所の高校に行った。さらに、今度もU大くらい軽く行けるはずなのに、地元の大学に行こうとしている。


(この家──実家を出られないとか?)


 あの怖い父親が許してくれないのかもしれない。でもそれなら、受験はさせてくれたというのが腑に落ちない。なにかあるのだろうか。


 考え込む俺をよそに、宗像は珍しく、ぼんやりと空を見つめていた。

 病院から帰ってから、彼の様子はなんとなくぼうっとしている。疲れているのかもしれない。それでも完璧っぷりを崩さない辺り、さすが宗像とでも言うべきか。


 ずっ、とストローでコーヒーをすする。

 その小さな音に呼応するみたいに、宗像がほとんど聞こえないくらい小さく、ぼそっとつぶやいた。


「……知識は、俺を裏切らない」


 ぴく、とストローを持つ指が動く。俺はそっとグラスを置くと、宗像、と呼びかけた。返事はない。


 宗像はどこかぼんやりした表情のまま、窓の外を見ていた。

 空梅雨の薄曇り、はっきりしないぼやけた天気。横顔が、誰に聞かせるでもないような言葉をつぶやく。


「……身につけた知識は俺を裏切らない。誰に奪われることもない。俺の周りに誰一人いなくなっても、知識だけは俺のことを最後まで守ってくれる」

「それ……」


 思わず言うと、宗像は初めて俺が聞いていることに気付いた、みたいな顔で、ゆっくりとこちらを見た。

 あまり見たことのない表情、あのバスのステップで見たのと、良く似た顔だった。なんとなく心許なさそうな、誰もいない風景の中を一人で立っているみたいな、そういう。


「俺も、そう思う」


 ゆっくりと、噛みしめるように言った。

 宗像はかすかに眉を動かして、ただ頷く。視線が逸らされ、実直な眼差しはふたたび窓の外に戻る。


「……母さんが、そう言ってた」


 とても、本当に小さな声。全身全霊で耳を澄ませてようやく聞き取れる、くらいの声量を、俺はなんとか聞き取って、うまく表現できない気持ちのまま、宗像を見つめた。横顔が、静かに薄曇りを眺めている。


 俺はそう、とだけ小さくつぶやくと、薄くなったコーヒーを一口飲んだ。

 宗像は俺の方を見ないまま、グラスを一気に傾ける。宗像のグラスの中で氷が崩れる音がして、くっきりした喉仏が大きく動く。


「……冷た」


 宗像はそれだけ言うと、とん、とグラスをローテーブルに置いた。俺は最後のコーヒーを吸い込み、こくんと喉を鳴らす。


 エアコン入れるか、と宗像が言って、大きな手がリモコンをさらった。

 小さな電子音とともに、一足早い夏を思わせる冷風が室内に吹き込んできた。



 

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