< 45 この世界に就任した神 十七柱目 22 冒険者ギルド誕生までのお話 21 ブレナン商会の終焉と… >
『冒険者斡旋所』が国有化された。
その事による大した混乱も起きなかった事に皆が安堵し、平静を取り戻した頃。
ある商会を混乱させる事態が起きていた。
今回の事態が起こった始まりの地。この王都で。
< ベイカー視点 >
ベイカーは、斡旋所の職員からその話を聞いた。
その職員は、ブレナン商会から来ている、以前からの同僚だった。
その彼が、心底困惑しながら話してくれた。
「商会の幹部たちの多くが、他の商会に引き抜かれている様です。」
「え? 」
ベイカーは困惑した。
斡旋所の国有化の際、ブレナンさまが王宮から帰って来るなり、『俺は大陸一の商人になるんだ。』と上機嫌で言っていたと、伝え聞いていた事を思い出す。
”お荷物”とも言える斡旋所が、商会から無くなったのだ。
『商会の未来は明るくなった。』と言っていいだろう。
それなのに、何故、今になってそんな事が起こるのだろうか?
「それだけでは無く、商会の経営にも何らかの支障が出ている様です。」
「まさか、ブレナンさまの身に何かあったのか?」
「その様な話は聞いていません。」
会いに行くべきだろうか? ブレナンさまに。
ベイカーは悩んだ。
彼にはブレナンに会いに行き難い事情が有ったから。
彼は、引き続き『冒険者斡旋所』の本店店長を任される事が内定していた。国からの要請によって。
つまり、ブレナン商会を辞めて、国有化された『冒険者斡旋所』に移籍する事になるのだ。
その事を、まだブレナンには話していなかった。
『今がブレナンさまに会って話す、よい機会なのだろうか?』
しかし、幹部たちが引き抜かれているという今、そんな事をブレナンさまに話せるだろうか?
ブレナンさまを悲しませてしまうことになるのではないだろうか?
しばしの葛藤の後、ベイカーは、もっと詳しく情報を収集する事を選んだ。
先送りにしかならないのだが、彼は後ろめたさから、それしか選べなかったのだった。
噂を聞いた。
『ブレナン商会が危ないらしい。』と。
冒険者から。
冒険者たちの耳に入るほどの噂だ。商人たちには言わずもがなだ。
ブレナンさまにお会いする決心は付かないが、商会に何が起きているのかは知りたい。
ベイカーは、グレンに会いに行く事にした。
「外出する。」とだけ告げて斡旋所を出て、ブレナン商会に向かった。
ブレナン商会は、以前よりも人が少ない様に見えた。
奉公人らしき少年に「グレンは居ますか?」と訊く。
「どちら様でございましょうか?」
思いがけない事を訊かれて、少し驚いた。
そう言えば、この少年を見るのは初めてだったな。
この少年は、私の事を知らなかったのだろう。
ブレナンさまは、よく孤児を引き取っては仕事を憶えさせていた。
自分も、孤児でこそなかったが、似た様なものだった。
以前、何故そんな事をするのかブレナンさまに訊いた事が有った。
一人前に育てた者たちの中に、他の商会に引き抜かれて行く者も少なからず居たからだ。
ブレナンさまは、『恩を売っておけば、自分で稼げるようになった後で、ウチにお客さんとして来てくれるようになるからな。それは、他の商会に行ったからといっても変わるものではないんだよ。』と、おっしゃられていた。
そんな、昔あった出来事を懐かしく思い出した。
「どちら様でございましょうか?」
少年にもう一度訊かれた。
物思いに耽ってしまっていた様だ。
「ぼーっとしてしまってすみません。私はこの商会から冒険者斡旋所に行っている者です。グレンの同僚です。」
「左様でしたか。失礼いたしました。グレンさまはご自身の執務室にいらっしゃると思います。」
「そうですか、ありがとう。」
少年に礼を言って別れ、グレンの執務室に向かった。
ドアをノックしてグレンの執務室に入った。
執務机で目を閉じているグレンは、ひどく疲れている様に見えた。
グレンの様子に驚きつつ、彼に簡潔に訊いた。
「この商会に何が起こったのですか?」
グレンは、一つ息を吐いてから言う。
「…或る会合で、ブレナンさまがバレリィ殿に厳しく叱責されたのだ。」
国一番の商人のバレリィ殿か。
温和なお方だと広く知られているお方だが…。
いったい、何が有ったと言うのだろうか?
グレンが説明してくれる。
「斡旋所を国に引き渡した件を厳しく叱責された。『新しく作り上げた商売を丸ごと国に引き渡すとは何事か!!』と。すごい剣幕だった。」
「『こんな前例を作ってしまったら、この先、何度でも同じ事が起こるぞ!』とも言われたな…。」
疲れた様なグレンの声だった。
「でも、そんな事を言われても、国から『寄越せ』と言われれば、引き渡さざるを得ないでしょうに。」
「ああ。ブレナンさまもそうおっしゃられたさ。当然な。『こちらは被害者だ。』と。」
そうだ。非難されるなんて間違っている。こちらが被害者なのだから。
それに、バレリィ殿だって、同じ状況になれば同じ事をしたはずだろうに。
「ところがだ。」
そう言って、グレンが説明を続けてくれる。
「バレリィ殿に『商会など何度だって作り直せる。商会を潰してでも、引き渡してはいけなかったんだ!!』と、言われたんだ。」
「………………。」
「今なら分かる。バレリィ殿の言った事が正しいとな。”危険な前例”を作ってしまったとな。」
「………………。」
「我々は間違えた。失敗した。危険性に気付くどころか、『お荷物を手放せる』と喜んでしまった。」
「………………。」
「バレリィ殿に厳しく叱責されて、会合はお開きになった。ブレナンさまの言う事に耳を傾けてくれる人は誰も居なかったよ。」
「………………。」
「我々は失敗したんだ。取り返しのつかない失敗をな。」
「………………。」
「バレリィ殿の言う通りだ。国に逆らって商会を潰されたとしても他の商人たちが助けてくれただろう。『よく商売を守った。』と言ってな。」
「だが、今は………。」
それ以上、彼の話を聞けなかった。
私は、斡旋所に最初から関わっている。
何処かで失敗していれば、私はそれに確実に関わっているし、自分自身も大きな失敗をした。
目の前で肩を落としているグレンよりも、ずっと責任は重いのだ。
私は、ブレナンさまのご様子をグレンに聞いてから、商会を後にした。
彼が何を思っていたかなど、考えたくもなかった。
私が誰よりも多くの失敗をしてきた事は、誰の目にも明らかなのだから。
責任の重さを感じて、斡旋所に帰る足取りはとても重かった。
< バレリィ視点 >
ブレナン商会は終わりだろう。
ガラにもなく、熱くなってしまった。
ブレナンが『国との強い信頼関係がある。』なんて戯言を言い回るのを見て、どうしても我慢が出来なかった。
つい、大勢の前で叱責してしまった。
その点は、悪い事をしてしまったと思う。
だが、誰かが言わなければならなかった事だ。
せめて、同じ失敗をする者が二度と現れない様に。
そうだ。仕方が無い事だった。
せめて、混乱が大きくならない様に努める事にしよう。
ブレナン商会ほどの大きさの商会が潰れてしまえば、大きな混乱が起きかねんからな。
醜い奪い合いが起きてしまうのが目に見えている。
混乱を収める事くらいは、しなければならないだろう。
協力してくれそうな者に連絡を取ろうとしている時に、大臣からの使いの者が私に会いに来た。
すぐに会い、用件を聞く。
用件は、ブレナン商会の件だった。
「ブレナン商会を一時的に吸収していただきたい。」と、使いの者に言われた。
ふむ。
それも混乱を抑える一つの方法ではあるな。
「吸収した後は?」
『一時的に』と言っていたからな。
吸収して、それで終わりにしたくない理由は分かる。
大臣が、この商会が大きくなり過ぎる事を歓迎する訳が無いからな。
大きな発言力と資金力を持つ者が、国に歓迎されないのは当然の事だ。
使いの者が言う。
「混乱が収まったら分離していただきたい。」
当然、そう言われるであろうな。
『一時的に吸収して、混乱が収まったら分離』
ただそれだけを大臣が望んでいる訳ではあるまい。
今回の件を、国の後ろ盾が有るのをいいことに、自身の影響力の拡大に利用しようものなら、混乱を収めた後で潰される口実にされてしまうだろう。
困難な仕事を押し付けられた上に、『意に沿わない事をしたら潰すぞ。』ということだ。
そしてもちろん『断ることも出来ない。』と。
ふふっ。
食えない御仁が厄介な地位に居るものだ。
いや、厄介な御仁だから、そこまで上り詰められたのかな?
『大臣に信頼されている』などと甘く考えるのは危険だ。
せいぜい、大臣の意に沿う様に動くことにしよう。
「分かりました。お任せください。」
そう返事をすると、使いの者は満足そうな様子で帰って行った。
さて。
やる事が多いな。
ブレナン商会を一時的に吸収して混乱を抑える。
その後、吸収した資産を他の商会に分散する。
国にとって都合の良い商会には、強い部門がより強くなる様に便宜を図り、その部門の競争で潰し合いが起き難い状況を作り、共存共栄を選ぶ様に仕向ける。
国にとって都合の悪い商会には、弱体化させる為に、他の商会の競合している部門を強化する。共存共栄を選ばなければ、勝手に潰れるくらいにな。
そして、感謝は国に行く一方で、恨みはこちらに来る様に、大臣は動くのだろうな。
あと、自分の商会を弱体化させておく事も忘れてはいけない。
言い掛かりを付けられない様にな。
そうしておけば、この商会は安泰だろう。
食えない御仁の所為で、苦労させられるものだ。ふふっ。
だが、やり遂げて見せる。
これまでも、上手くやってきたのだ。
大丈夫だとも。
国の後ろ盾を得て動くのだ。
やらなければならない。
『国の後ろ盾のお陰で、行動がし易くなって助かる。』とでも思っておこう。
『協力者を説得するのに、手間が掛からなくていい。』くらいのものでしかないのだがな。
安く使ってくれるものだ。
ふふっ。
見通しが付いた事に安堵して、一息吐く。
そして、ふと考えた。
もう一人の食えない御仁である、”あの男”の事を。
『やはり、ブレナン商会は終わったか…。』
あの男と敵対したブレナンが、大打撃を被るであろう事は予測していた。
あの男は危険だと知ったから。
いや、危険だと思い知らされたから。
私が想像していたよりも、かなり早く決着が付いた。
その事にも驚くが、この結果を見る前にあの男が引退してしまっている事にも、改めて驚く。
あの男にとってのブレナンとは、気に留めておく必要すら無い、その程度の存在だったのだろう。
そう思うと、ブレナンが一層哀れに思えてくるな。
だがあの男は、ここまでの事態を予測していたのだろうか?
ブレナンは、商会を失うだけでは済まないかもしれない。
商人にとって最も重要な”信頼”までをも失ってしまったのだから。
いや、もしかするとそれよりも悪い状況になってしまうかもしれない。
信頼を失うどころか、『商人の敵』とまで言われてしまいかねない事態だ。
だが、ブレナンはそれだけの事をやってしまったのだ。
意図してやった訳では無いだろうが、それを理由に許されてよい限度を越えてしまっているのだ。
…そうだ。
…もはや、どうにもならないことなのだ。
そうだな。
ただ、やれる事をやるだけだな。
俺も、ブレナンも。
< その後のブレナンたち >
ブレナン商会がバレリィ商会に吸収され消滅してから大分経った。
ブレナンは、長く拘っていたクライス王国の王都クライスを離れ、ダンジョンの在る街、グラム王国のグシククに居た。
王都クライスに居場所の無くなったブレナンが、ここを一からやり直す場所に決めたからである。
ブレナンと共に居るのは僅かに三人。
ブレナンの右腕とも言えるグレン。
ブレナン商会の消滅後にあっさりと冒険者斡旋所から解雇されたベイカー。
そして、『孤児院に行くよりは面白そうだから。(ニッカリ)』と言って付いて来た、まだ年若い奉公人の少年である。
再起を目指してこの地にまでやって来たブレナンであったが、最初の一歩で躓いてしまう。
店を出す場所を、彼の名義では借りられなかったのである。
彼の悪名が、既にこの地にまで届いていたからだ。
ブレナンは悩んだ末に、この地で新しく作る商会はグレンに任せることにした。
彼自身が足枷になっている現状では、どうにもならなかったからだ。
せっかくこの地にまで来たブレナンであったが、彼は引退を決意した。
そして、残りの人生を後進の指導に充てる事にしたのだった。
ダンジョンの在る街に新しく作られたグレン商会。
この商会では、魔石と魔道具を取り扱う事にした。
そもそも、魔道具を最初に取り扱ったのは彼らであった。
何が出来て何が出来ないのかや、どの様な者たちにどの様な物が喜ばれるのかなどを熟知していた。
店の経営を軌道に乗せるまでに、多くの時間を必要とはしなかった。
引退し、相談役として店を影から支えていたブレナン。
店が繁盛する様になると、手を貸し、口も出す様になった。
そういう者が居ると、大抵の場合はウザがられるものなのだが、グレンもベイカーもどこか嬉しそうに見えたのだった。
グレン商会が、この街になくてはならない存在だと広く認められる様になってからしばらく経った頃。
ブレナンがこの世を去った。
再起を果たす事も、悪名を返上する事も叶わなかった彼であったが、その晩年は幸せそうであったという。
喪が明けて、早々。
グレン商会から、一人の青年が独立した。
商会長のグレンと、彼と共に商会を切り盛りしているベイカーにも後押しをされて。
かつて、三人の師匠たちと共にこの地にやって来た、当時まだ年若い奉公人であった者である。
彼はダンジョンの在る街を離れ、王都グラムに向かった。
そこで自分の商会を立ち上げる為に。
彼は、自分の前途が明かるいものであると信じて疑わなかった。
彼には素晴らしい三人の師匠たちが居たから。
西へ向かう馬車の中で、師匠たちの事を思い出す。
思い出の中のベイカーが、なぜか、泣きながら失敗談をしている姿しか思い浮かんでこなかった事には、思わず苦笑いが出てしまうのだった。
王都グラムに着いた青年は、この地に自分の商会を立ち上げた。
『トリス商会』と書かれた看板を見上げ、青年は笑顔を見せる。
トリス青年の、商人としての新しい一歩の始まりであった。
この後、この王都で、トリス青年の子孫が『王都一の商人』と呼ばれる様になるのは、まだ大分先の話である。




