< 29 この世界に就任した神 十七柱目 06 冒険者ギルド誕生までのお話 05 >
< クレイブ視点 >
『クレイトン斡旋所』の本店店長になった。
グリアムが急に辞めてしまったことで動揺があったそうだが、俺が本店店長に就任したことで落ち着きを取り戻したんだそうだ。
聞けば、グリアムが急に辞めてしまったのは、『クレイトンが息子に斡旋所を任せたかったからだ。』とか、『そうでなくとも部下の一人を店長にする為なのではないか?』と噂が立って、冒険者たちが動揺していたんだそうだ。
だから、冒険者の俺が本店店長になった事で、動揺が落ち着いたんだそうだ。
本店店長の仕事を始めた俺は、組織が想像よりも大きかった事に驚いた。
それと、大量に仕事が有る事にも。
グリアムに改めて尊敬の念が湧く。
この組織を潰してしまわない様に、俺が頑張らないとな。
頑張って大量の仕事をこなす日々が続いた。
幸い、何の問題も起きなかったので、目の前の仕事を処理する事だけに集中できた。
或る冒険者からの苦情を聞いた。
「魔物の素材の買い取り価格が安すぎる。危険に比べて割に合わない。」と。
苦情を一通りに聞いてから帰し、副店長の商人の男と話し合う。
「素材はすべてクレイトン商会が買い取っています。この斡旋所が設立された当初から、そういう契約になっています。」
「価格が安いのは利用価値が低いからです。店長自身も魔物の爪とか牙とかは、ほとんど使っていなかったのではないですか?」
「『危険に比べて割に合わない。』という苦情については?」
「物の価値は、欲しい人が大勢居て数が少なければ高くなります。逆に欲しい人が居なくて数が多ければ価値は低くなります。魔物の爪や牙なんかは後者ですね。」
「危険に比べて価値が低いのは確かですが、そもそも”危険”と”価値”に相関関係はありません。まったく別の話です。そうご理解ください。」
「それに、文句を言ってくるのは評価の低い者たちばかりです。大方、魔物を倒す能力も知恵も無く、身を守る能力も無い者が、危険な目に遭いながらやっと倒したのに買い取り価格が安くて文句を言っているのでしょう。実際、能力の高い者たちは苦情を言ってきていませんから。」
「………。」
副店長の言う事は正しいのだろう。
だが、どうしても俺には、”商人の意見”という気がしてしまう。
”冒険者の意見”としては、『危険な仕事には、より高い報酬を。』だ。
それが、冒険者の常識だ。
だが、その危険の原因が”冒険者の能力の欠如”なら、『危険に比べて割に合わない。』という主張は、確かに違うだろう。
でも、危険の原因がそれだけだとは、俺は思わない。
魔物を相手にするのは、人間を相手にするのとは、かなり違う。
能力や耐久力が人間とは違うし、どう動くのかも予測しずらい。
人間相手に訓練した事がまったく役に立たない事も少なくないのだ。
…しかし、『それを踏まえて対策を考えるべきだ。』とか、言われそうだな。
この問題は、どうやって解決したらいいんだ?
商人と冒険者のそれぞれの常識を両立させないといけないのか?
そんなこと、 不可能なんじゃないか?
俺にどうこう出来る問題なのか? 無理だよな?
店長とは言え、俺は、ただの冒険者だったんだが…。
グリアムは、一体どうやって対処していたんだろうな…。
「…はぁ。」
どう考えても俺の手には余る問題に、俺は溜息を吐くしかなかった。
朝の早い時間に奴が店に来た。
そして笑顔で言う。
「お悩みのところ、申し訳ない。」
「………。」
本当に申し訳ないと思っているのか怪しい。いや、確実に思っていないだろう。
会議室に移動して奴の話を聞く。
「素材の買い取り価格について、お話をしたいと思います。」
「………。」
『助かった。』だなんて、微塵も思わなかった。
”ヤバイ話”だと、俺は直感した。
奴が持って来たのは、やはり”ヤバイ話”だった。
「素材の買い取り価格をもっと引き下げたいのです。」
「おいおい、買い取り価格を下げるどころか、『買い取り価格が安すぎる。』って苦情が来ているんだが。」
「それについては、『能力の無い者が文句を言っているだけ』と報告を受けています。こちらも在庫がダブついてて大変なんです。倉庫だってタダではないのですし。」
「魔物討伐の仕事を受ける者が居なくなってしまうぞ。」
「能力の無い者が自分自身を成長させる機会を捨てるだけです。低い評価のまま取り残されて、仕事を回されなくなって、生活できなくなるだけです。」
「………。」
何も言えなかった。
その通りだと思ってしまったから。
しかし、少なくない危険が確かに在るのだ。
安易に引き下げなど出来ない。
魔物討伐の危険性を訴えて、なんとか退ける事が出来た。
”退けた”と言うよりは、奴が大人しく引き下がっただけだったが。
だが、『今回だけだ、次は無い。』と、俺の直感が告げている。
なんとかしないといけない。
そう遠くない日に来るであろう、”次”の時までに。
ただの冒険者だった俺の手には余るが、俺がなんとかしないといけない。
グリアムが作ったこの組織を、俺が潰す訳にはいかない。
奴と渡り合いながらこの組織を作り、大きくしたグリアムは、本当に凄い奴だったんだな。
あの日以来、会っていないアイツのことを、俺は懐かしく思った。
酒場で呑んでいた。
呑まないとやっていられなかった。
素材の買い取り価格の問題を解決する方法が、まったく思い付かなくて。
「あなたの悩みを解決してあげましょう。」
あ?
変な奴に声を掛けられたと思い、少し緊張した。
いつの間にか俺の隣に座っていたそいつは、緊張する俺に構わず話し続ける。
俺を見ずに。
『ただの独り言です。』とでも言わんばかりの態度で。
「素材の買い取り価格が安いのは独占しているから。競わせれば自然と高くなります。」
「複数の商会に買い取り価格を競わせるのです。それで解決です。」
「………。」
そいつは、さっさと何処かに行ってしまった。メモを残して。
俺は咄嗟に動けなかった。
酔っていたから。
いや、それだけが理由ではないな。
メモを手に取る決心がつかないまま、俺は、さっきの男が言っていたことを頭の中で考える。
買い取り価格を競わせる?
複数の商会に買い取り価格を競わせる?
そうすれば、買い取り価格が上がる? 自然に?
酔った頭で、ぼんやりと考えた。
俺の悩みを解決できる様な気がした。
俺は、メモを手に取って、家に帰った。
翌朝、俺はこの斡旋所の設立当初の事を調べた。
資金を出す代わりに、素材をすべて買い取る契約が結ばれていた。
一冒険者だったグリアムが、この組織を立ち上げる為の資金を持っていた訳がない。
だから、この様な契約を結んだのだろう。
むしろ、この契約以外で資金提供を受けられる方法など思い付かない。
この契約が在る以上、複数の商会に買い取り価格を競わせるなんて不可能だ。
問題を解決する方法なんて無さそうだ。
問題の解決策を思い付けないまま、俺はいつも通りの仕事をこなした。
後日、俺はある男たちに会った。
こっそりと。
あの時のメモを頼りに。
「あなたの悩みを解決してあげましょう。」
男たちの一人が言った。
あの時にあの場所で言われた言葉、そのままだ。
あの時に言われた他の言葉が頭の中に蘇る。
『複数の商会に買い取り価格を競わせる。』、『それで解決。』
それにすがりたくなる。
心の中に希望が芽生える気がした。
「無理だ。」
その希望を消し去る声がした。
俺の声だ。
「…そういう契約だ。」
俺はそう言った。
「どういう契約ですか?」
そう、静かな声が訊いてきた。
「資金を出す代わりに、素材をすべて買い取る。」
俺も静かに返した。
この契約が在る限り、複数の商会に買い取り価格を競わせるなんて事は出来ない。
「ならば、資金を返せばいい。」
「!」
そうか。
今まで気が付かなかった。
そうだ、資金を出す対価だ。素材の独占は。
ならば、その資金を返せばいい。
そうすれば解決できる!
だが、その喜びはすぐに消えた。
そんな資金なんか無いではないか。
「はぁ。」
ガッカリして溜息が出た。
「我々がその資金を出そう。」
「!」
俺は返事をしそうになったが、口を噤み、それを堪えた。
組織に対する裏切りだと思ったから。
口を噤んだまま、俺は考える。
素材の買い取り価格を引き上げたい。
魔物の討伐には危険が在るから。
危険な仕事には高い報酬があって当然だと思うから。
だが、奴は素材の買い取り価格を引き下げると言う。
前回、奴は大人しく引き下がったが、次はそうではないだろう。
やがて、素材の買い取り価格は引き下げられる。確実に。そう遠くない日に。
それを避けるにはどうすればいい?
複数の商会に競わせれば買い取り価格が上がるのに。
そうする為にはどうすればいい?
奴の商会との契約が在るから、そんな事は出来ない。
金が有れば、奴の商会との契約を解除できる。
奴の商会との、素材をすべて買い取る契約は、資金提供の対価だから。
だが、それは組織に対する裏切りだろう。
グリアムが作り上げた組織の根幹を破壊することだから。
考えがグルグルする。
ダメだ。
上手く考えがまとまらない。
「ダメだ。上手く考えがまとまらない。日を改めたい。」
「それは出来ない。」
「!」
初めて否定されて軽く驚く。
「クレイトンに余裕を与える訳にはいかない。奴は油断できない。」
「”今”が最初で最後の機会だ。クレイトンに余裕を与える訳にはいかない。」
奴が油断できないのは理解できるが…。
「資金は、すべて我々が出す。」
それで俺の悩みは解決するのか?
組織を裏切っていいのか?
考える。頭の中で考えがグルグルする。
ふと、ある感情を思い出した。
『俺に首輪を掛けたと思っているコイツに噛みついてやる!』
そうだ。
なぜ忘れていたんだろう。
忙しかったからか?
冒険者たちの為に働いていたからか?
組織の為?
グリアムが作ったこの組織の為?
そうだ。
グリアムが作ったこの組織を潰したくなかったからだ。
そのグリアムを追い出したのは誰だ?
奴ではないか!
俺を共犯にしてグリアムを追い出した!
奴が!
そうだ、俺は奴を赦してはいけない。
俺は奴を赦さない。
奴を追い出せば、きっと気分が良いだろう。
そうだ、そうしよう。
「…そうしよう。」
「…奴を追い出そう。」
「「「おおっ。」」」
「詳しく話そう。」
俺は男たちと色々な事を話し合った。
翌朝、奴のところに押しかけた。
俺と一緒に居るベイカーと名乗った男を見て、奴は驚いた様な表情をした。
俺が奴に切り出す。
俺が店長なのだから、俺の役目だ。
「契約を解除したい。資金は返す。」
「…安くはないですよ? 一つ二つの商会では払えない金額になっていると思いますが。」
ベイカーがさらりと答えた。
「五つだ。問題無い。」
奴は諦めた様な表情をした。
奴とベイカーが金額について話し合う。
多少の時間は掛かったが、俺が想像していたよりは短い時間で終わった。
俺が調べた金額だったから、奴も納得するしかなかったのだろう。
ただ、契約を解除して引き上げる商人の人数を聞かされて、ベイカーが驚いていたが。
そちらまで調べる時間が無かったのだから、仕方が無いだろう。
急かしたのは、お前たちだろうに。
俺の所為ではないのだから、俺を睨むんじゃない。
話し合いは、割とアッサリと終わった。
拍子抜けするほどに。
ただ、その後は大変だった。
アッサリと引き上げてしまった商人たちの補充がまったく追い付かず、業務に支障が出た。
いや、業務が止まった。
新たにやって来た商人たちが悲鳴を上げていたが、ただの冒険者だった俺に手伝える事など無い。
頑張ってくれ。
副店長に収まったベイカーの顔が、ずっと引き攣りっぱなしだったのには、少し笑った。
素材の買い取り価格が、その日の昼前に改められた。
俺が急かしたからだ。
俺が奴を追い出した目的なのだから当然だ。
だからベイカー、俺を睨むんじゃない。
新たにやって来た商人たちが設定した新しい買い取り価格は、以前の倍近い額だった。
これには俺も驚いた。
そして腹が立った。
奴は『買い取り価格を引き下げたい。』と言っていたのに、独占を止めた途端にコレだ。
奴を批判する声が上がった。
『騙された!』、『許せない!』、『奴らは私腹を肥やしていたんだ!』とか、そんな声が聞こえてくる。
それを聞いて、俺は気分が満足するのを感じた。
俺は、『俺に首輪を掛けたと思っているコイツに噛みついてやる!』と思っていた。
その願いが叶った様な気がした。
俺は嬉しかった。
その日の午後、斡旋所の名前が変わった。
当然だな。
奴との関係が切れたのだから。
新たな名前は、『冒険者斡旋所』。
「………。」
もう少し、こう……、なにか…、他に…、なかったの?
なんとも言えない気分で副店長の顔を見た。
副店長のベイカーも渋い顔をしている。
この顔から察するに、命名で揉めた結果なのだろう。
五つの商会が出資しているからな。
揉めて当然だよな。
名前はアレだが、その揉め事に俺が巻き込まれずに済んだ事を喜ぼう。
冒険者たちも、奴の名が外れた事を喜んでいるのだから、それでいいだろう。
俺は、これからも冒険者たちの為に働くだけだ。




