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白銀の果てに散った星  作者: じろう


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5/8

第5話 採算

雪崩が道を塞いでいた。

ただの雪ではない。根こそぎえぐられた木々と、土砂、そして硬く凍りついた巨大な氷の塊が入り混じった、絶望的な壁だ。

ツルハシを振り下ろすたびに、腕の骨が軋むような衝撃が走る。


僕とジンの少し離れた場所で、別の勇者コンビが氷を砕いていた。

僕たちと同じような、年長の男と若い少年の二人組。

だが、その年長勇者の様子がおかしかった。

ツルハシを振るう動きは機械のように正確だが、その目は完全に虚ろだった。焦点が合っておらず、ただ反射だけで雪を掻き出している。そして時折、痛みをこらえるように左脇腹を無意識に押さえていた。


不意に、ジンがツルハシを下ろした。

無言のまま、その年長勇者をじっと見つめている。

視線に気づいたのか、年長勇者もこちらを向いた。

二人の視線が交差する。言葉はない。だが、その数秒間の重苦しい静寂の中に、僕には到底理解できない「終わりを知る者同士」の気配があった。

ジンは再びツルハシを振り上げ、何事もなかったかのように氷を割り始めた。


数日後、僕たちは別の現場にいた。

氷が割れ、上流から押し寄せた濁流が今にも堤防を呑み込もうとしている。

氾濫寸前の堤防の上。崩れかけた箇所を必死に塞ごうと、一人の少女勇者が土嚢を積み続けていた。

足元の泥が崩れるたびに体がよろけ、濁水が堤防を越えて足首を浚う。それでも彼女は手を止めない。顔は寒さで土気色になり、唇は紫色に震えている。明らかに自分の容量(器)を超えて魔力を酷使し、限界を迎えていた。


「手伝おう、ジン先——」

言いかけた言葉を、僕は自分で飲み込んだ。

踏み出しかけたブーツが、泥の中でピタリと止まる。


Cランクに上がった今の僕には、ギルドのルールが嫌というほど分かっていた。

他人の依頼に無闇に介入すれば、彼女のスタンプ(報酬)を奪うことになる。彼女には、あの土嚢を一人で積み上げなければならない「理由」と「生活」があるのだ。


堤防の縁で、少女の体がまたよろけた。

僕は手が白くなるほど拳を握りしめ、ただ不器用にその場に立ち尽くすことしかできなかった。助けたいという衝動は、この世界では暴力と同じだ。


氾濫をギリギリで食い止めた少女の背中を見届けた後、僕たちは帰路についていた。

その時、風の匂いが変わった。

飢えた獣の臭気。雪原の奥から、数頭の雪狼の群れがこちらに向かって突進してくる。

討伐依頼ではない。防衛し、押し返すだけの不毛な戦闘だ。


ジンが無言のまま、懐から古い羊皮紙の巻物――魔力スクロールを取り出した。

「俺たちは放出できねぇ。だから他人の魔力を借りる。金はかかるがな」


ジンがスクロールを雪原に投げつける。

ボンッ、と鈍い破裂音が響き、小さな炎が弾けた。

一頭の狼が驚いて怯む。その瞬間、ジンは剣を構えることもなく、自身の分厚い体を盾にして狼の巨体に突進した。

ドンッ、と肉と肉がぶつかり合う重い音が響き、力任せに狼を弾き飛ばす。


華麗な剣技などない。道場で習っただけの素振りの型を、ただ底なしの体力と腕力でゴリゴリと押し込んでいるだけだ。

僕も懐から安物の魔石を取り出し、群れに向かって投げつけた。

パチンと小さな雷が弾け、狼がたじろぐ。その隙に、刃こぼれした剣の腹で力任せに殴りつける。


投げる。怯ませる。体で受け止める。押し返す。

格好良さなど微塵もない。痛い。重い。ただひたすらに体力を消耗するだけの泥臭い反復作業だ。魔法使いのように一撃で群れを焼き払うことなど、僕たちには一生できない。


何度目かの衝突の末、割に合わないと悟った狼の群れが雪原の奥へと散っていった。

肩で息をしながら、僕は手袋を脱ぎ、凍える指で懐の中を探った。

スクロールが三枚。魔石が二つ、減っていた。

今日の稼ぎが、そのまま綺麗に消え去った計算だ。

残ったのは、全身の打撲の痛みと、ただの徒労感だけ。

僕たちは無言のまま、再び歩き出した。



その夜。

猛吹雪を避けるため、僕たちは岩陰の雪洞で焚き火を囲んでいた。

激しい肉体労働と戦闘を終えた後の、深い静寂。

パチパチと燃える薪の音だけが、狭い空間に響いている。


ジンはいつものように、分厚い外套の上から左脇腹を庇うように押さえていた。

炎を見つめたまま、彼が珍しく口を開いた。


「雪は、音を吸う」


低く、ひび割れたような声だった。


「どれだけ叫んでも、届かねぇ。……器にヒビが入る音すら、誰にも聞こえねぇんだ」


その言葉は、数日前に見た年長勇者の虚ろな目を思い出させた。

沈黙が、重くのしかかる。

僕は薪をいじりながら、ずっと聞けなかったことを口にしていた。


「ジン先輩って……昔から、一人だったんですか」


薪が爆ぜた。

ジンは答えなかった。持っていた小枝を、静かに焚き火へ投げ込んだ。

僕はそれ以上、何も聞けなかった。



翌朝。

吹雪は止み、空はまた狂ったような純白に晴れ渡っていた。

荷物をまとめ、僕たちはいつも通りに歩き出す。


ふと、左脇腹の奥がドクンと小さく鳴った。

僕の共鳴が、数日前にすれ違ったあの勇者コンビの向かった方角を探る。

だが、その感触はあの時よりもずっと遠く、ひどく弱々しかった。一つ、脈動が足りない。


雪は音を吸う。

器が割れる音は、誰にも聞こえない。


僕は雪原に目を落とし、ただ黙って、ジンの大きな背中を追いかけた。

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