雪華6
短いですが、ココで切ります。
「痛!!」
「椿先生!椿先生!!」
「先生は…大丈夫。大丈夫だよ、翼…くん」
翼は何か言いたそうだったがそれを笑顔で言わせないように いつもと同じように優しく翼に微笑んだ。
白磁のように白い椿の肌に真珠のような汗が流れる。
あれ?体が焼けるように熱い。息があがる。全速力でスタートダッシュを何本をさせられた時と同じだ。
肩が熱い。まるで焔に焼べられ真っ赤になった火ごてを無理矢理肩に押し当てられているみたいに。蘭姉…私頑張ったのよ褒めてくれるかな。意識が朦朧とする中で椿は翼に悟られまいと必死で笑顔を見せた。
どろりとした生暖かい物が背中を伝って下に落ちてく。それは鉄臭い匂いを放ちながらも二人の足下に転々とした鮮やかな朱色の模様を描いていた。
「先生!!これ…!!「大丈夫だよ。先生はウソ、つか、ない…でしょ?」
ひっくひっくと肩を振るわせて泣き出す翼を椿は優しく抱きしめた。
一瞬だけ椿の表情は痛みに歪んだ。
痛い…腕が…肩が痛い。あまりの痛さにふと気を緩めたりすれば、気をやりそうになっちゃう。
あーあだめだな…眠たくなって来ちゃった…。
「お父さん!!椿先生が!!」
「救急車を呼んだからな」
だ、大丈夫よ…大丈夫だよ。救急車を呼んじゃうとお金かかっちゃうんだよ。勿体ないよそれに救急車は本当に大けがをした人が使うべきなんだからね。
「椿先生…」
「意識が混乱してるだけだ。すぐに救急車が来るからな椿!しっかりするんだ!救急車はまだなのか!」
でも良かった…本当に良かった。翼くんが無事で良かった…。
早く翼くんを抱きしめてあげて。
「先生!!」
ねえ誰?私を呼ぶのは。
「椿。目を覚ましてくれ」
この声…知ってる…。
聞こえる聞こえる、私が一番聞きたかった声が聞こえて来る。
その人の声は何度も自分の名を呼んでる。嬉しい…会いたかったの私あなたに会いたかったの。
「椿…」
目覚めたくないの。起きても何も見えない世界にたった独ぼっちなのよ。
遠くであの人の声が聞こえて来た。決して聞こえるはずのない人の声。不貞腐れた少年のように意地悪で、そして傲慢なあの人の声に似てる。
今まで張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れると椿は暗闇の中へ吸い込まれるように落ちて行った。
何も映さない瞳は空を見つめ、彷徨いながらも次第に闇の誘いに招かれるように瞼をゆっくり下ろして行く。
もっと聞かせてあなたの声を…眠りたくないの。また呼んでる…声が聞こえるのにその人の顔が見えないなんてもどかしい。
「椿!!」
「椿…お願いだ…」
なんて哀しい声で私の名前を呼ぶの?
その声はまるで許しを乞うように絞り出される声に椿の閉じられた眦から涙が一筋こぼれ落ちてく。
ごめんなさい…。もう見えないの。
あなたが霧島さんでも佐々木さんでもどちらでもいいや。
せめてもう一度、もう一度だけあなたの顔を見たかったな。
そんな私のちっぽけな願いが叶ったのか、暗闇の世界が昼間のように白く輝いた。




