雪華5
暗く冷たい倉庫の中が一瞬にして明るくなるのが解った。体にあたる日の光は暖かい。重い靴音が幾つも重なって聞こえて来る。その中にヒールの音も入っている。
くっ…こんな時に目が見えないなんて…。全然見えないってわけじゃないけど砂嵐の中で彷徨っているみたいに、視界が悪い。
何人の人間が来たのかは解らないけど、椿は翼だけは死守しないと。
そう自分に言い聞かせて翼を自分の背に隠して奴らがどこにいるのか解らないけど、とにかく微かに聞こえる音の方向を睨んだ。
ヒュ〜♪
「アニフェスから連れて来たのかよ」
「銀髪だぜ」
「美人じゃねーか」
「おい、マジにいいのか?」
そんな椿を冷やかすように、男達は口笛を吹いて囃し立てると本当にやっちゃっていいんですかい?と自分たちの後ろに声をかけた。
「慈英さんの、あの方の周りにうろつく女はみんなこうなるんだってことを思い知らせてやって頂戴! あ、その生意気な子供は縛って連れて来てよ。その女、目が見えないみたいよ。あんた達の顔何て判別出来ないから思い切り楽しんでね」
女の手にはビデオカメラが握られてる。あれで私が男達に乱暴されてる所を撮って私から霧島さんに別れを告げるように脅迫するって筋書きなのね…。
ふーん。
女の声がかけ声となり、男達は目をギラギラさせて椿に近寄って来ているのか、足音がゆっくりとこちらにじりじりと向かって来ているみたいだ。
椿先生…本当なの?震える声で聞いて来る翼くんを安心させるように私は微笑むしかなかった。
「翼、こっちに来なさい」
「嫌だ!!お前なんか大嫌いだ!あっちにいけ!」
女の気持ち悪いほどの猫なで声に翼が全身で拒絶している。
「そう、翼。あなたのせいで大好きな先生が傷ついたら、どうするかしらね?」
腕の中でカタカタと震える翼を抱きしめ、椿の思考は総動員で頭の中を駆け巡った。
どうする。いや、どうすればいいの? 諦める事なんて出来ない考えるのよ椿。
今の私に出来るのは目の前にいる子供を全力で護る事。そうだよね臣ちゃん、蘭姉?私やってみるよ。彼の心も体も絶対に護ってみせる。
すでに私の中で答えは決まっていた後は覚悟だけ。こうなったら…腹を括るしかない。一か八かの大勝負だけど。
やるしかない。
「翼くん、パンダ体操憶えてる?!」
「うん!憶えてるよでも何で?」
腕の中で勢い良く応える翼にホッとした。この体操を憶えているなら、賭けは五分五分だ。
「いいから、先生と一緒にやるの!翼くん正面を教えて」
「うさぎさんだよ」
「わかったわ!」
二人でパンダ体操を歌いながら、舞う。
「「パンダ体操♪」」
パンダ体操を終えた二人の足下には踞る男達の屍がごろごろと転がっている。
これは、蘭が幼稚園で護身術として子供達にパンダ体操を教えていたのだ。
相手、この場合は敵だけど。その方向を十二支に例えるとその方向を中心に踊る。
これは一見ただの体操にしか見えないけど、ブラジルでは有名な舞踏これにスピードをつければ普通の女性でも軽く大の男を伸してしまえると言う効果ものである。ただ、今の椿には視界ゼロと言う弱点付き。
それでも歌い終わった椿達の周りには男達の死屍累々が転がっている。
「な、何て生意気な女と子供なの!!だから、子供って嫌いなのよ!!」
そうキンキン声で叫ぶと女はバッグの中から拳銃を取り出すとマガジンをゆっくりと回した。
「だから、あんた達にはここで死んでもらうわ。そうね、筋書きはこうだわね。その生意気な元教師に連れ攫われた子供を助けようとして運悪く二人とも流れ弾に当たって死んだって事で良いかしら、浅田?」
「はい。お嬢様。素晴らしい考えです」
「チッ!弾が切れてるわ!」
お嬢様って呼ばれてるのに、舌打してるわ。うわぁ〜うちの幼稚園ではそんな事をする子は一人もいないのに。痛いお嬢様だわ。
苦笑している椿を一瞥した浅田が鼻で小さく笑みを浮かべると
「お嬢様自らがお前を断罪してくださるんだ。感謝しろ。さあお嬢様こちらのをお使いください」
何この男、使えないならこちらを使えば良いと言うような言い方は。
浅田の機械的な言葉に、もうダメだと目を強く閉じた椿は翼を抱きしめた。
お嬢様が受け取ったのは猟銃用のライフル。
「あら、ありがとう浅田、私愛用のライフルを準備しているなんて」
笑顔で受け取ったお嬢様は天使のような笑みを浮かべると銃を構えた。
「全てはお嬢様の幸福な未来のために」
乾いた音が倉庫の中に響いた。




