迷子の心
椿と霧島の見合い話はトントン拍子に進んで行った。そして今日はその報告を親友達にしているのである。
「「え〜!!お見合いをしたって?しかも、話も進んでる?」」
執事と騎士隊長のコスプレの二人からメガトンボイスで叫ばれている。この二人の左の薬指にはしっかりと婚約指輪が光っている。
「椿、あんた騙されてない?」
お〜い。幸せ者の仲間入りとなった椿さんに向かって何なのよ〜
「京子、そんな身もふたもないような事言っちゃダメでしょう。幾ら椿の今までの男運が最悪だったとしても、それは少し言い過ぎではありませんの?まあ京子が椿に言いたい事も解らないわけではありませんのよ。だって私も京子と同意見ですもの。椿、あなた真剣にお付き合いをされるなら、相手の殿方の事も丁寧に調べる事をお勧めいたしますわ」
開口一口でいきなり失礼な事を言って来た京子に里見が苦言を言うのかと思いきや、里見までその見合い相手は大丈夫なのかと言ってくる始末。
「し、調べるって…私はただ…お付き合いをそれに、私の家は里見や京子達みたく家柄とか仕来りとか跡継ぎ問題で厳しい所じゃないから大丈「甘い!(ですわよ!)」
その後、クドクドと二人からのありがたい話(結婚とはなんぞやと小一時間ほど説教)を受けた。
「ねえ、結局椿はその佐々木さんって人のことは諦めるの?」
「そうですわよ。私椿が殿方の名前を口にした時のあの時の椿は本当に恋する乙女でしたわ」
「な、何言ってんのよ京子も里見も!」
一瞬つきんって来た。佐々木さんの名前を聞いただけで心がまだ震えている。もう忘れたと思ったのに。思い出になったと思ったのに。
そんな後ろ髪引かれる想いに蓋をして努めて明るく椿は振る舞った。
「別に〜子供には何でも正直に言いましょうね〜なんて言っている先生が、自分にウソ付いてどーするよ」
にやりと意地の悪い黒い笑みを浮かべた京子。
「わ、たしは本当に私自身を見てくれる、ひ、ととお付き合いしたいの」
そう、私を偏見とかなしで見てくれる人…いきなり椿の頭に思い浮かんだのは翼の手を引いた佐々木の顔。驚いたり、凹んだり、椿に喧嘩を売って来た時の嫌みな顔も出て来た。次々と出て来る佐々木の表情に椿は困惑気味になりながらも左の眉を上げる。
「ふーん、私には椿は現実から逃げてるようにしか見えないけどね。ねえ里見?」
「はい。そうですわね。あまり急ぎすぎるととんでもない男に捕まる事になりますわよ」
カランとアイスコーヒーの中の氷同士が当たった。
「椿〜眉が上がってるわよ。あんたって本当いつもパニクると左眉だけ器用にあげるクセがあるんだから。それを隠すためにグラスの中の氷をストローでかき回すクセ、止めなさいよね。全く、クセをクセで隠さないの!本当に意固地なんだから。もう早く認めなさいよ。椿、あんたは霧島さんの中に佐々木さんを重ねてるんだってこと!それこそ、相手に失礼よ」
失礼な事をしているんだ…。
「うん…分かってるんだ。でもさ…どうして良いのか分からないの」
この日のアイスコーヒーはほろ苦さでいっぱいだった。
この年、冬を待たずして佐々木翼は転園することになった。
翼にとって最後となる日も翼はいつも通り、父親と一緒に登園して来た。
「お世話になりました」
「いいえ。翼くん元気でね」
「先生?先生はお父さんのお嫁さんにはなってくれないの?」
「「翼!!(くん)」」
翼の言葉になんと返事して良いかと迷いながらも、椿は佐々木と見つめ合うと曖昧に微笑んだ。そうして翼の目線になるように膝を折り曲げると優しく諭した。
「翼くん、先生と翼くんのお父さんはお友達なの。だからお嫁さんにはなれないよ。それに翼くんには優しいお母さんの事を忘れないで欲しいの。お母さんだってお空から見守っているよ。だから…「もう、いいよ」
今まで聞いた事のない翼の冷たい声色に椿の伸ばした手は宙を舞った。
この子が本当に欲しかった物は『翼くんの事だけを見てくれる母親だったんだ』と分かっていても、椿自身自分の気持ちすら見えてないのに、どうやったら翼くんが傷つかないような言い方が出来るだろうかと悩みに悩んだ末に出したのが『友達』。
「翼くん…」
「……」
「すみません。早乙女先生。そう言えば園長先生から聞きましたよ。早乙女先生がお見合いをされたとか」
自分の父親の言葉を聞いた翼は吃驚した表情で父親を上目遣いで睨んでいる。
「はい、本当です。今、結婚を前提としたお付き合いをしています」
「そうですか、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
そう口でするすると言葉が出て来ても、心の中に溜まった言葉だけは出さないようにと気をつけてた。
止めてくれないんですか? 私はあなたには不要なんでしょうかと聞きたかったし、縋りたかった。
でも、椿自身意地っ張りなところがあって、例え心の中でもやもやしていても決して外には見せないように最大級の笑顔の仮面を被った。
最後に佐々木さんと握手をした時、雫が手に落ちた。
雨でも降っているのかと思いきや、空は雲一つない快晴だ。なのに手の甲には新しく雫が落ちて来ている。
「どうして泣いているんですか?」
「え…泣いてなんかいませ…」
佐々木にさっと節だらけの指で涙を拭われた椿は自分が泣いている事に気がついた。
「嫌なんですか?」
「私には勿体ないくらい素敵な方です」
「なら、泣かなくても…」
「……じゃないから…」
「え?今何て言われましたか?」
「いいえ、何でもないです」
椿はほろ苦い想いを心に封じ込めた。今、もう少しで言いそうになった。あなたじゃないから、不安なのだと。もしこんな事を口に出してしまったらそれこそ椿は自分で自分が許せなくなる。
別に思わせぶりに霧島さんとの話を進めているんじゃないのに。
ただ、彼の姿形もだけどちょっとした仕草が佐々木さんに似ていると知って、頬を染める自分に何度も佐々木に想いを告げた方が良いのかと悩んだりもした。
佐々木が妻を亡くしてから一年も経っていないのに、想いなんて伝えられるわけないじゃない。
翼くんだって、まだお母さんの事を思っているもの。やっぱり私は幼稚園教員として子供達を導いて行く立場なんだから。
椿も今までと同じ平凡な日々を過ごせる事になった。
時に理不尽な保護者に腹を立てながらも、顔で微笑み腹の中では怒りで腸が煮えくり返っているって言うのが殆どになった。
そして今日も朝から園児達を笑顔で迎える。
「おはようございます」




