運動会のその後は2
この夜は慰労会も重ねて近所の居酒屋で先生達と役員さん達を含む二十人でそれぞれビールが注がれたグラスをあげる。
『運動会、お疲れさまでした〜!! 役員の皆さんご協力ありがとうございました!乾杯!』
園長先生の音頭で、みんなが笑顔でビールを口にするなか、役員の1人が椿に近づいてきた。
『椿先生、見ましたよ〜。もう、水臭いじゃないですか!翼くんのお父さんとお付き合いなされているなら、そう言って下さいな。私だってお見合いとか薦めたりしませんのに』
赤ら顔のこの人は加藤美佐枝さん。役員歴が長く、お子さんも三人いる。それぞれ三才違いと言う事もあって、お子さんが在園の時は必ず役員になってくれると言う先生側にとってはありがたい存在なんだけど…噂好きなのよね。
「加藤さん。お付き合いって、何ですかそれ? 私は誰とも交際してませんが。私自身、佐々木翼君のお父さんとは保護者としてしか思っていませんけど」
『またまた〜。だって、今日のお昼ご飯の時だって先生と佐々木さん、いい雰囲気でしたよ。佐々木さんは会社を経営されているって聞くし、良いじゃないですか玉の輿!先生だって、そう思っていらっしゃったんじゃないんですか?』
探るような周りの視線に椿は顔に笑みを貼付けたまま、そんなことないと佐々木との事をきっぱり否定した。それでも詰め寄る加藤に椿は佐々木とは、あくまでも一保護者としてしか見ていないし、それ以上でもそれ以下でもないと告げると、過当にお見合いをセッティングして欲しいと言い出した。
今まで加藤がどれだけ椿にお見合いを進めても、当の本人は今は恋愛をするよりも仕事を優先したいんですと言って来た椿にあれだけ綺麗なのになんで恋愛ごとには消極的なのだろうと思っていた。
『ま、まあ!!もちろんですとも。私が選りすぐりの方を椿先生にご紹介しますから!』
思いがけない椿の言葉に、目を輝かせた加藤は携帯で何処かに知らせていた。
『椿先生…本当にお見合いをされるんですか?』
「ええ、そのつもりですけど。まあ、一種の儀式みたいなものですからね。これほど分かりやすい出会いはないですからね。私も良い年だって言う事ぐらいはわかっていますから」
加藤はその言葉通り、三日後大きな紙袋を持って早乙女家へとやって来ると次の週末は開けておいてくださいと鼻息も荒く告げた。
早乙女家の家族は目の前のテーブルの上に積まれた見合い写真の山に目を丸くした。
「お見合いって私の写真もこの方達の所へ既に回っているんですか?」
『そうですよ。それで椿先生に会ってお話ししてみたいと言われた方ばかりを集めた結果なんですよ』
こ、これってどうやってこの中から選べば良いのよ…。
義兄さん達を見ても、ただニコニコして『一人一人に会ってみれば良いじゃないか』と無責任な事を言って来た。
家族で話し合った末、決まったのは四人だった。
琢巳さん、外資系会社K社の係長で年齢は三十才。銀縁眼鏡で優しそうな所がさくら姉一押し。でも、趣味が詩吟って何なの?
津久田さん、県庁にお勤めで趣味がスキーって凄くない?って言うのが蘭姉の一押し。
スポーツはあんまり得意じゃないんだけどな…。
桜井さん、デパ地下の店員さん。今はお魚セクションにいるんだよね。趣味はつり。
義兄さんの一押し。多分、一番話しやすそうな人を選んだんだろうな。
高倉さん、麻酔技師で大学病院に勤めている。病院ってところとコアな麻酔技師ってところが良いと言ってた蓮花の一押し。
一応、この四人と会う事になった。
だけど…。私の姿を見るなりどうして視線が痛いのよね。
『あ、あの…椿さんは本当に日本人なんですか?』
そんな質問だったらまだ余裕で許せた。まあ、椿の両隣に座っていた義兄さんと蘭の顔は引きつっていたけが。
だけどあれはキツかったな。
『整形されたんですか?』
あーあなたは医者ですからね、そう思うんですよね。
『本当に同じ親から生まれて来たんですか?』
いくら県庁にお勤めだからってその言い方はないでしょう。もっと他にためになるような聞き方もあったはずよね?
見合いでそんな事を口に出来る勇者っていないよねって、半分感心した。
親からもすみません、すみませんと謝ってはいるけどさ。
『この子は本当に素直な子なんで』
素直だったら、何言っても良いんかい?!と心の中で百回くらい相手をボコボコにしてた。
大人なんだから、言って良い事悪い事ぐらい考えなさいよね。
どうやら本人達は私が黒髪に染めてくるんだと思っていたみたいだし、 それに彼らの両親からの不躾な視線に義兄が切れてしまった事もあって、 すぐにお断りをした。
あの場にいた加藤さんも、顔色を悪くしていたから多分相手の方は私が髪を染めていると思っていたんだと思いますよと告げ、これ以上無駄に傷つくのもいいやと思うようになった。
加藤さんもこれには恐縮しちゃって、菓子折り付きで夫婦で謝りに来られた時はこちらの方が居たたまれなかった。
これに懲りて二度と見合いやらない方がみんなのためかもね。
だけど、この見合い写真の山をどうするよ。
まあ、ダメ元で自分で選んでみるのもありかも…。そう思った椿は一冊一冊丁寧に釣書も含めて読みふけた。
あれ?この人って佐々木さんじゃないの?でも、名前が違う…。そう言えば佐々木さんの下の名前って何だっけ?慈英って書いてあるけど…よ、読めない…。
でもどう見たって、佐々木さんだよなぁ。気になる。
気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。気になる。
気になる。
ご飯を作っていてもあの佐々木さんそっくりさんの顔がちらついて来る。
『…ばき…き…椿! 鍋沸騰してるよ!』
「え、あああ〜!!!!」
あちぃ!!
鍋の中の煮物からは白い煙がモクモクと出ている。慌てて蓋を取ろうとして、蒸気が手に当たり蓋を床に落とした。思わず椿はあちちちと言って耳を指で挟んだ。そんな椿を見た蘭が心配そうに見ている。
『つば…「別に佐々木さんの考えてたわけじゃないからね!」
『……椿、あんた大丈夫なの? 私はさ〜佐々木さんの事なんて何も言ってないわよ?』
「え?」
『椿、指真っ赤よ。大丈夫なの?』
そう言われてみれば、さっきから指先がじんじんして来る。
「痛〜い!!」
慌てて蛇口を捻って流水で冷やす椿を見て、蘭はにんまりと微笑んでいる。
「な、何よ蘭姉ってば」
『別に〜♪だ〜れも佐々木さんの事なんて聞いてないんだけどね〜』
「な!!」
顔もトマトみたいに真っ赤になった椿を見て、佐々木さんの事がやっぱり好きなんだとわかった途端、今までの椿の佐々木さんへの言動を見てそうだと確信した。
「違う!ちょっと似てる人がいたから、会ってみようって思ったの。それだけよ」
三日後の土曜日に椿は義兄だけを連れて(蘭を連れて行くと怒った時に手がつけられないから、お留守番なのである)お見合いの待ち合わせ場所であるSホテルのロビーにいた。
『椿ちゃん、別に無理しなくても良いんだよ』
「え?無理してませんよ。ただ、私はお食事に来ただけですから。それに新しいお着物も誂えてもらえたので、満足です」
椿は大好きな着物が着れて嬉しいとこぼれるような笑顔で、くるりとターンをして見せる。
「帯はふくら雀にしたんですよ。お武家のお嬢さんみたいで素敵でしょ?あ、義兄さん、相手の方が見えられたみたいですよ」」
『みたいだね。じゃあ行こうかお姫様』
臣の茶目っ気ある言葉に、椿は微笑みながら前に向かって歩いてく。
「お初にお目にかかります。私、姓は早乙女、名は椿と申します。よろしくお願いいたします。」
「「「「!!」」」」
まるで時代劇かと言わんばかりの言い回しで周りをドン引きさせた。そんな椿に合わせてか相手の方も少し微笑みながらもやってくれました。
「こちらこそ、ご丁寧なご挨拶ですね。では私も早乙女さんと同じようにしてみます。お初にお目にかかります。私、姓は霧島、名は慈英と申します」
やっぱり佐々木さんじゃなかったんだ。心の何処かで椿は今回の見合いの相手が佐々木父なんじゃないかと期待していた。
こんなの私じゃないみたい!椿は心の中に芽生えた物を摘み取るように頭を振ると自分に言い聞かせた。
ーー忘れよう。
そう、あの人の事はただの幻で夢だったと。
忘れよう。




