浴衣と花火とあの人と3
ダメダメな佐々木父です。
一体どう言うことなんだ?
呆然と立ち尽くす佐々木に、息子の翼は呆れたように目玉をくるりと回すと盛大なため息を吐いた。
この幼稚園はできるだけ融通を利かせてくれる。その事もあってつい俺も甘えてしまっていた。
今日も仕事を定時に上がった後すぐに息子がいる聖南十字学院幼稚舎へと急いだ。
少しお迎えに遅れか?
園庭には翼と後一人の子しかいない。
確か…あの子は勉くんとか言っていたっけ。
翼はどこだ?
キョロキョロとしていると、あの銀髪先生がいた。
少し驚かしてやるか。
いつもスマしてるあの銀髪先生の驚いた顔が見たくて、足音をなるだけさせないように近づいた。
「そう言えば、佐々木君ってまた今日もお残り保育なんですか?」
「え?ええ」
あ…保護者と話していたのか。
自分だけがあの人と話しているって思っていた。
「それって、先生方にも負担がかかるんじゃないんですか?やっぱりあの子には天園を…」
え?
なんだよそれ?
確か転園ってことはこの前この銀髪先生が取りなしたんじゃなかったのか?
「国見さん、それは子供達の前ですのでその話題は避けていただけませんでしょうか」
銀髪先生の声のトーンが心なしか低くなった。
翼のために怒ってくれてるのか?
手が震えてないか?
「早乙女先生。すみません。佐々木ですが」
女性が見惚れるようないつもの仕事用のスマイルを振りまけば、案の定この人も真っ赤な顔をした。
この銀髪先生にとってみれば、吃驚するよな。自分の目の前にいる保護者がいきなり真っ赤になってるんだもんな。
首を傾げてるし。
ようやく俺が後ろにいるって知ったらしい。
「さ、佐々木さん?」
やっと振り向いてくれた人は、さっきとは違う硬い声で俺の名を呼んだ。
「国見さん。こちらは佐々木さんです」
国見…やっぱり勉君のお母さんか。
翼の友達だしな。一応良い顔をしておくか。
「こんにちわ。国見さんとおっしゃるのですか。佐々木翼の父です。
いつもお世話になっています。翼からいつも勉くんの事を聞いているんですよ。とてもしっかりしたお子さんだそうで…」
会社の人間が俺のスマイルを女性キラースマイルだと言っていたが、それを振りまけばいいか。
「こ、こちらこそ、いつもうちの勉がお世話になっています」
ふーん。こんな声だったか?さっきこの銀髪先生と話してた時はもっと声が低かったけどな。
少し顔を売っておくか。いつもみたく取引先と話すように髪が素敵ですねと褒めれば、くねくねと軟体動物のように体をくねらせて来る。この辺はうちの社の女性達と一緒だな。
ようやく五月蝿い親子も退散してくれた。
いつもこの銀髪先生の家に翼がやっかいになっているから、少しは礼をしたい。
今日こそは誘うぞ。
「早乙女先生…」
折角、勇気を持って声をかけたのに、この人は…こいつだけはいつも俺をスルーする。
「翼君、お父さんが来てくださったわよ」
お父さん!そう言って俺に抱きついて来る翼に驚きつつ、慌てて彼女の方を振り向いた。
翼が俺の手をぐいぐいと引っ張ると俺に耳を貸せと言って来た。
翼の言葉を聞いて、顔を赤らめた。
おいおい…翼、お前ってば幼稚園で一体何を学んで来てるんだよ。
(お父さんは椿先生が大好きなんだよね。だけど、椿先生が振り向いてくれないんでしょ? じゃあ僕に任せてよ)
おい!翼…止める前にあいつは銀髪先生のところに行って何か話始めた。
余程翼のやつがうれしがるような事をあの銀髪先生に言ったんだろうな…。俺がいるのにあの先生の顔、しかめっ面じゃなくって。こう…橤が綻ぶっていうのか、そんな綺麗な笑顔を見せていた。
な、なんだよこの動悸は。
耳が熱くなって来たのがわかった。
側に駆け寄って来た翼から《お父さん? お顔が真っ赤だよ? お熱があるの?》なんてそんな理由全部知ってるんだぜって言わんばかりの笑顔付きで言って来た。
俺はつい明後日の方向を見て軽く咳をするだけにした。
それでも俺の上着の裾を引っ張って来る翼にため息を吐くと。
「あ? い、いや 夕日が顔に当たって赤く見えてるだけだよ」
なんだって、こんな臭い台詞を言わせるんだよ、この息子は!!と一人で心の中でのたうち回っていた。
それなのに、コイツは俺の心に爆弾を落としやがった。
「あーあ。今日は椿先生と一緒にお風呂は入れないんだな〜」
「「へ?」」
ナニ?!
この人とお前はいつも風呂に入ってるのか?
思わず舐めるように銀髪先生の体を見てしまった。
翼はどーだ。凄いだろ!ってドヤ顔してるし。
コイツ…。家に帰ったら三枚のお札の本を読んでやるから覚悟しろよ。
「先生。一緒に帰ろ?」
無邪気な翼だが、俺にはしっかり見えるぞ。
お前の頭と背中に黒い角とコウモリの羽が付いてるのが。
翼…なんて末恐ろしいやつ。
コイツ、絶対にこの先生を自分のテリトリーの中に入れるつもりだ。
何度かの押し問答の末、ようやく銀髪先生が折れる形で俺たちと一緒に変える事になった。
幼稚園から少し離れた場所が良いだろうと思い、飛鳥の所に連れて行く事にした。
飛鳥は俺の弟だ。昔から手先が器用だった弟は調理師免許を取得後、料亭で修行を重ね、今年になってようやく念願の店を出した。一般の民家を改造した小料理屋だ。
口コミで客も増えたと聞く。
俺の会社の接待や宴会、忘年会新年会、とにかく飲み会は必ずここを利用する。
ん?
何だか今日はやけに騒がしいな。
弟を捕まえて聞いてみると合コンだと言っていた。
まあ、そうなるとやっぱり騒がしくなるか。
壁を隔てた向こうに五月蝿い客がいたが、結構聞こえるな。
俺は自分だけがスタスタと歩いていた事に気がつき、後ろを振り返ると彼女が青い顔をして立っていた。
おい…大丈夫か…そう声をかけたが、今にも泣きそうな顔でご不浄に行ってきますと言われれば、追いかけるわけにもいかない。
通りすがりに襖が開いたから、ちらりとその客の顔を見た。
若いな…。だが、翼は明美先生と幸子先生だ…とぽつりと呟いた。
壁に凭れるようにしていると隣の声が聞こえる聞こえる。
どうやら、隣は銀髪先生を酒の肴にしていたようだ。
男もクズだな。彼女の見かけばかりに拘って。何で中身を見てやらんのだ。
そう言えば…6年くらいに俺の会社にも銀髪の髪をした新卒が来てたな。その時は周りの社員達から色眼鏡で見られるだろうし、特に部長達の接待の餌食とかになったら可哀想だからと思って落としたが、その事をかいつまんで話した途端、あの先生は涙をぽろぽろ流して走り去って行った。
「お父さん…どうして墓穴掘るかな〜」
翼の言葉にブリキ人形みたいに振り向くと、頭の中に????しか浮かばなかった。
俺が一体何をした?
「あのね…椿先生のとこで聞いたんだけど、椿先生ってお父さんの会社も受けたんだって。だけど、厭味な試験官に先生は髪の事を言われたって。結果は不採用だったって」
大きくため息を吐いた翼が残念そうな顔で俺に言って来た。
髪の事って…。ハッ!もしかしてさっき俺が言ったこととか…。
参ったな…そう呟いた俺はため息を吐くとぐしゃっと髪をかきあげた。何だってあの人の事になると全部裏目に出るんだよ。
「お父さん…」
ん?慰めてくれるのか?翼…なんて優しい子なんだ。そう思ったのもつかの間。
翼は天使のような微笑みで。
優しくとどめをさした。
「椿先生のこと、諦めた方が良いかもね」
翼!お前は俺の味方じゃなかったのか?




