浴衣と花火とあの人と4
「椿先生、おはようございます」
「…おはようございます。明美先生に幸子先生。私の髪は地毛ですし、ここに就職出来たのはコネではありません。むしろコネなのは…」
ちらりと幸子先生の方を見た。
「「え??」」
青くなった幸子先生に椿はにっこり微笑んだ。
仕事が終わった後、携帯が鳴っているのに気づいた椿は液晶画面に映る文字を見て眉間に皺を寄せた。
携帯の電源を落とすと、これでもう大丈夫だとほっと息を吐いた。
「つばきせんせー」
溢れんばかりの笑顔で駆け寄って来る。
「どうしたの、翼くん」
甚平さんを着て…似合うけどさ。
首を傾げる椿に笑顔の翼は小指を突き出した。
「せんせーどようびのことおぼえてるよね?」
「え?」
何だっけと言う顔をした椿に翼は傷ついたような顔をしてみせた。
「せんせーとやくそくしたよー。らいしゅうのどようびのおまつり、いっしょにいこうって」
そこまで言われて椿もようやく思い出した。
「あ…ごめん、ごめん。先生すっかり忘れてたわ。今から準備するから一緒にお祭りに行こうね」
急いで浴衣を着て出て来た椿の目の前に佐々木父が立っていた。
「……」
「……」
(お父さん、こんな時は先生に浴衣とっても似合いますね。いつも綺麗ですけどそれ以上に素敵ですよって言うんだよ)
翼の内緒になっていない大きな囁き声がやけに大きく聞こえる。
「無理して褒めていただかなくても結構です。この外見には似合わないのは知っていますから」
さ、行きましょう翼くん。
ショックで佇む佐々木父をそのままにして、椿は翼と二人で手をつないで行った。
久々に見るお祭りはとても楽しく椿も翼もはぐれないようにと手を握りしめた。
祭も酣となり、見物客も増えて来た。はぐれないようにと椿は翼の手を握っていたが、少し派手目のスーツの女にぶつかられ、翼の手を離してしまった。
よろけて、尻餅をついた椿は側にいるはずの翼に声をかけた。
「翼くん?翼くん!?」
だが翼はどこにもいない。
青くなった椿は必死になって翼を探し始めた。
「早乙女先生、どうされました?」
「佐々木さん、すみません。翼くんが…」
しっかりしなきゃいけないのに。
手が、体が震えてしまう。
「大丈夫だよ。翼は俺の子だ。年の割にはしっかりし過ぎてるから」
ふわりと暖かい感触が浴衣の上から感じた。
抱きしめられているって気づいたのは、近くを通りかかった小学生から「あーキスしようとしてる!」と囃し立てられて、ようやく自分が泣いていた事に気づいた。
《迷子の案内をいたします。佐々木翼くんのお父さん、お母さん。翼くんがお祭り本部でまっていますので、至急こちらへお越し下さい…》
「「え?」」
二人して救護室に駆け込めば、翼は救護室で係員のお姉さんとババ抜きをしていた。
「えー。もう来ちゃったのー。お姉さんまたねー」
「「……」」
翼くんは救護室で私達を待っている間、係員のお姉さんから駄菓子を貰って嬉しそうにしていた。
おまけに、父親譲りのキラースマイルでお姉さん達を虜にしていたのだった。
「…佐々木さん、本当に翼くん。あなたの子でしたね。今の年齢でハーレム作ってるって、凄いですよ…」
「ああ…俺もそう思う…」
でも良かった翼くんが見つかって。
「翼くん。もう先生の手を離さないでね。先生本当に怖かったんだから」
真剣な顔の椿にこんこんと言われ、両手に駄菓子でご機嫌だった翼も自分がやったことの大きさを知り、しゅんとなった。
「つばきせんせい…ごめんなさい…」
「どうして、あんなことしたの?」
翼は幼稚園でも進んでリーダーになるようなしっかりした子で、自分よりも年下の子供達の面倒を進んでみる、そんな子がうっかり迷子なんてなるわけがない。
この子なりに何か考えてやったに違いない。
「つばきせんせいとお父さんが仲良くしてくれたらいいって思って…」
「翼!」
「だって、お父さんはいつも墓穴掘っているから、つばきせんせいを泣かせちゃうからいけないんだ! ぼくは、つばきせんせいのキラキラしたかみだいすきだよ。ほうせきみたいにきれいだ。つばきせんせいのおばあちゃんもきっときれいだったんだよ。ぼくのおばあちゃんね、じぶんににたおんなのこがほしかったんだって。でもむすこしかできなかったっていってたよ。だからつばきせんせいのおばあちゃんは、つばきせんせいがいたからしあわせだったんだね」
「!!」
椿の緑色の瞳が潤み始めた。
そんなことを言ってくれた人はいなかった。いたけど、それは家族だったからそう言ってくれたに違いない。
本当に自分が欲しかった言葉をくれたのは、大人じゃなくってまだ5才の子供だった。
《男の子はね、小さくても女の子を護る騎士なのよ》
本当だね。おばあちゃん。
翼くんは私の小さな騎士だよ。
「せんせい。はなびきれいだよ。せんせいのかみにもはなびのいろがうつってきれいだ」
「翼くん…君って子は、本当におませさんなんだから。でも、ありがとう。翼くんのお陰で思い出したの。先生のおばあちゃんのこと。そうだよね。先生の髪も目もおばあちゃんと同じなんだもん。ありがとう翼くん」
きゅっと翼を抱きしめた椿に「おれいはチューだよ」と言う翼の言葉に、佐々木父は真っ赤な顔をして「それはダメだ!」と慌て出した。
「じゃあ、おとうさんにチューしていいよ」
「「翼(くん!)」」
互いに真っ赤な顔をしていると翼が二人を指差し、コロコロと笑い始めた。
「翼、大人をからかうんじゃない!」
「からかってなんかないよ。だいたい、おとうさんがヘタレだからぼくがひとはだぬいであげたんじゃん。かんしゃしてよね」
「こ、こいつ〜!!」
親子の言い合いに肩を竦めた椿は、二人の頭上に咲き誇る花火を見ていた。
今年の花火はいつもと違って見える…。




