08 パエリア
俺は先日市場で、新鮮な海の幸をある程度買っておいた。魔法のカバンの中に入れたものは時も止まるから傷まない。そして今日俺たちは五日間の興行を無事に終えたところだ。
そして山の麓の宿に移動し、そこに泊まる事になった。
さらに山越えの前に、海街で買ったものを食べておきたいと思いたつ。
そうだ! パエリア作ろう!
イカ、エビ、ムール貝、白身魚の切り身。
一座の人数分を考えると、それなりの量になったが初公演終わりの打ち上げに使おうと思って買っていたのである。
イートン座長も「興行も成功だったから少し贅沢しよう」と後から予算を出してくれたおかげで、俺の懐もあまり痛まなかった。
……ただ、近場の市場には肝心の米が無かった。
この世界のどこかにはあるかもだが、少なくとも近場では見つからなかった。
俺は手洗い場に隠れそっとスキルを発動した。
『仕入れスキル発動』
意識の中に、地球の通販サイトのような画面が浮かび上がる。
ただしこちらは、この異世界でも直接商品が届く。しかも調味料や食材に限って、なぜか無限に近い在庫がある。
「……サフラン、オリーブオイル、パプリカパウダー。それからボンバ米」
画面上で注文を確定すると、次の瞬間には手元に紙袋が出現した。周囲に誰もいないことを確認してから、俺は商品達を買ったばかりの魔法のカバンにねじ込んだ。
宿の厨房に来るとマリンが既に鍋を洗い、簡単な火起こしを済ませていた。
「リオ、なんか作ってくれると聞いたから火起こしはしといたわ、他に手伝う事ある?」
金髪を軽くリボンで束ねたマリンが、興味深そうに覗き込んでくる。踊り子としてのしなやかな動きとは裏腹に、食事の準備となると意外と食いしん坊なところがある。
「大丈夫、任せてくれ。前世……いや、昔、よく作ってたんだ」
俺はまず、魚介の下ごしらえから始めた。
イカは輪切りにし、エビは殻を残したまま背わたを取る。ムール貝は殻をこすり洗いし、足糸を取り除いた。白身魚は食べやすい大きさに切り分けておく。
大きな浅鍋にオリーブオイルをたっぷりと引き、火にかける。
「まずは魚介からだ」
熱した油にエビを入れる。
ジュッ、と小気味よい音が響いた。
エビの殻が赤く染まり、香ばしい匂いが立ち上る。続けてイカと白身魚を加え、表面に焼き色がつく程度にさっと火を通した。
ムール貝も加え、殻が開き始めたところで、俺は魚介をいったん皿へ取り出した。
「え? それ出しちゃうの?」
マリンが不思議そうに覗き込む。
「ずっと火にかけてたら、エビもイカも固くなっちゃうからな。魚介の旨味はもう鍋に残ってる」
俺は魚介の旨味が溶け込んだ油を残したまま、今度は刻んだニンニクと玉ねぎを入れた。
じっくり炒めると、甘い香りが立ち上ってくる。
「ここに米を入れる」
取り寄せたボンバ米を加え、木べらで油をまとわせるように炒めていく。
米が透き通ってきたところで、パプリカパウダーを振り入れた。
そして、サフランを溶かした熱い出汁を一気に注ぐと鍋の中から、ぶわっと湯気が立ち上った。
「あちっ!」
「リオ、大丈夫!?」
「うん、あはは、ちょい熱かっただけ」
マリンを驚かせてしまった。
「ならいいけどー」
魚介の香りとサフランの香りが混ざり合い、食欲を刺激する。俺は米を鍋全体に均一に広げた。
「ここからは、あまり混ぜない」
「混ぜないの?」
「ああ。パエリアは米を混ぜながら炊く料理じゃないんだ」
中火でじっくりと煮込んでいく。
最初はたっぷりあった出汁が、少しずつ米へ吸い込まれていく。
鍋の中から聞こえる音も、次第に変わっていった。
ぐつぐつという煮立つ音から、ぱちぱちという小さな音へ。
俺は鍋底に耳を澄ませるようにして、火加減を調整する。
「そろそろだな」
取り出しておいた魚介を、米の上に戻していく。
赤く染まったエビ。殻の開いたムール貝。白身魚とイカ。
黄金色の米の上に並べると、一気に料理らしい華やかさが増し、最後に少しだけ火を強める。
鍋底から、ぱちぱちと香ばしい音が聞こえてくる。
「この音がしたら、あと少し」
俺は鍋底をそっと確認した。
米の水分がほとんどなくなり、底の部分に香ばしい焼き目ができている。いわゆるソカラってやつ。
「……よし」
火を止める。
そのまま少しだけ蒸らしてから、俺は満足げに頷いた。
「できたよ」
蓋を開けると、サフランの黄金色に染まった米と、赤いエビ、開いたムール貝が顔を覗かせる。
魚介の旨味をたっぷり吸った米から、香ばしい匂いが立ち上った。
「いい匂いがする……」
イートン座長が二階から階段を降りてきて顔を出した。
ふくよか系の座長は、今日も鼻をぴくつかせている。
一座の面々が、次々と集まってくる。旅芸人達は普段、質素な食事で済ませることが多い。今日は打ち上げで特別だ。
俺は大きな鍋をそのまま一階にある食堂のテーブルに置き、木べらでざっくりと取り分ける。一人ひとりの皿に、黄金色の米とエビ、ムール貝が盛られていく。
「いただくぜ」
座長たるイートンが先に口をつけた。次の瞬間、座長の目が大きく見開かれる。
「……これは、なんだ?」
マリンが続く。彼女は一口食べただけで、スプーンを持った手が止まった。
「この白い粒……こんなにふっくらしてて、なのに一粒一粒がしっかりしてる。魚介の出汁が染み込んでて……底の部分が香ばしくて凄く美味しい!」
他の一座の連中も、次々と黙り込んで食べ始める。言葉が少ないのは、美味しいときの共通の反応だ。俺自身も、一口すくって口に運んだ。
サフランのほのかな苦みと、オリーブオイルのまろやかさ。エビの甘み、ムール貝の潮の香り、米がしっかりと出汁を吸っている。前世で残業明けに自作したパエリアとは比べ物にならないほど、新鮮な素材の力が乗っている。
「リオ、お前……貴族の家の料理人にもなれそうだな!」
イートンが、がははと笑って言った。
「貴族になんか渡したらもう一生こんな料理食べられないわよ!」
マリンが一瞬頬を膨らませて、もう一口大きくすくう。
「あはは、俺も貴族に飼い殺しにはされたくないな」
「あー、そりゃそうだな」
座長もまた、がははと笑い飛ばした。
「ねえ山でなんか獲物獲れたらまた料理してくれる?」
マリンが訊いてきた。
「山で? 鳥とかならいいよ」
「やった!」
「俺も吹き矢使えるから、なんか仕留めてやるよ」
座長が吹き矢を見せてくれつつ言った。そのあと、「俺はこっちで!」と、ブーメランを持ってる人もいた。
俺は流石芸人達、色々器用なんだなと感心した。
そして内心では己の事も少し誇らしかった。
攻撃魔法が使えず、貴族の家から追放された無能な少年。海で死のうとして、漁師に助けられた俺。
でも、前世の記憶と、この『仕入れ』のスキルがあれば少なくとも、こうして己を満たしつつも、誰かを笑顔にすることもできる。
鍋が空になるまで、一座の面々はパエリアを平らげた。
本格的な山越えの前に、思いがけず豪華な夜になった。俺は空になった鍋を眺めながら、宿の台所で洗い物をした。
窓の外では星が瞬き、今夜は心地よい眠りに誘われそうだった。




