06 恩返し
公演後に座長から今日のギャラを貰った。俺は硬貨の入った袋を握りしめてマリンの天幕へ向かった。
入っていいか聞くと、いいよ、入んな!と言う軽快な声が返って来た。
マリンは藁で編まれた椅子に座って櫛を手に俺を振り返った。
「マリンさん、ここの公演は数日間ありますか?」
「あと四日はあるわよ。その後他の領地へ行くわ、山越え」
なるほど、今日含めて全五日公演だったか。そんで次は山越えルートと。山賊とかいないといいけど。
「なるほど、明日の夕方公演までには帰りますから、出かけて来ていいですか」
「どこに行きたいの?」
マリンは長い髪を櫛で手入れしながら俺と話をしてくれてる。
ちょっと手伝ってみようか。新参だし。
俺は彼女に髪の手入れを手伝うと申し出てみた。すると嬉しそうに了承したマリンから櫛を受け取り、丁寧に櫛を通した。
ホスト、ジゴロ時代でもやってたからこういうのも慣れてる。
「恩のある漁師夫婦に何か恩返しをしてから旅立ちたくて」
「漁師夫婦? じゃあ漁村に行くの?」
「はい」
馬車はあるけど飛行機も電車も車もない時代だ。
一度他の領地に行った後だと二度と来れない可能性があるから、まだ近いうちにもう一度だけ。息子さんの服をもらってしまったし。
「いいわよ、ところであなた馬乗れる?」
元貴族なんでそういや7歳の頃から乗馬はやってた。乗れる!
「はい、いや、うん」
おっと、そういや言葉遣いは平民っぽくしないとな。
「じゃあ馬一頭貸すから行ってらっしゃい」
「ありがとう。ところで漁師って普段から魚のような海のものは食べてるだろうから、肉をあげたら喜ぶかな?」
「ん〜、そうね、魚は飽きるほど食べてるかもだし、肉か野菜か果物なんかがいいんじゃない?」
「ありがとう」
やっぱり肉魚野菜と、人間バランスよく食べるのが一番長生きするって効くし、同じものばかりだと飽きるかもしれん。
ハムと野菜とフルーツなんかのセットもいいかもな。特に新鮮なフルーツは高級品かも。
ひとまず馬を借りて漁村まで舞い戻ろう。街中のここまでは荷馬車のヒッチハイクで来たけど、馬単騎の方が身軽で早い。
「夜は道が暗いから早朝からにしなよ」
「はーい」
街中はともかく街外れから漁村まではろくな街灯もないならそうなるか。
男用の天幕に戻ると、男の団員が樽に水をはって体を布で拭ってる。タオルや手拭い的なもので。
汗を流しているんだな。
「おう、お前も体拭いとけよ」
「はい」
この人は先輩だしそう親しくもないからとりま後輩っぽく敬語使っておくか。
俺は先輩芸人から他の布を借りて水に浸して体を拭った。そういやこの世界はお風呂問題もあったなあ。貴族時代は入れたけど平民は大変だ、
将来は温泉のある地域に住みたい。
……あるよな?どっかに温泉くらい。
「あの、温泉のある地域に行った事あります?温かい水湧くとこみたいな」
「あるぞ、セーチュニーってとこにあった。リオお前、温泉地に行きたいのか?」
あるんだ! やった!
「将来的に住みたいなって」
「なるほどなあ。確かに湯に浸かると気持ちいいもんな。あ、お前の寝床はそこ使いな」
藁を敷いた上に布を被せた即席ベッドのようだった。
俺は体を清めてからそこに横になった。
しばらく寝て、そして朝になって夜明けと共に馬に乗って漁村へ向かった。
馬から降りて木に手綱を繋いで、それから市場に寄る時間もなかったから俺の仕入れスキルでささっと食材を入手した。買ったのはハムとほうれん草とバナナ。
ちょうど夫婦が朝の漁の魚を市場に卸して戻って来た頃に滑り込めた。
時間は昼少し前。
俺はおかみさんの元へお土産を詰めた袋を抱えて駆け寄る。
「どうしたんだい? これは肉と果物に……小さな葉っぱの包み?」
お土産を手渡すとおかみさんが驚いた。
「旅芸人一座にスカウトされて報酬を貰ったんだ。これはお世話になったお礼だよ」
「前に料理もしてくれたってのに、義理固い子だねえ」
人間いつ死ぬかわからないし、何しろ医療の発達具合もこの世界だとあっちより絶対ヤバそうだし。俺は前世の死因が特殊すぎただけで。ま、それはもういい。
昼食の時間だし、俺はひとまず中身の説明を手早くする。
「この黄色い果物のバナナは皮剥くだけで食えるし、ハム、この肉は切るだけで食える。野菜のほうれん草はさっと茹でてからハムと一緒に油で炒めて食べるといいよ。あと葉っぱのこれ、ちょっとだけ塩胡椒混ぜたの入れてる」
「胡椒!? そんな高価な」
「ほんのちょっとだし、気にせずに」
スキル仕入れからならそれほど高くはなかったから葉っぱで包んでほんの少し塩胡椒の混ざったものをお裾分けした。
「じゃあとりあえずこの黄色い果物だけ食べてみようかね。……まあ! これ初めて食べたけどすごく甘いねえ! そんで柔らかい。ちょっと、あんたも食べてみ!」
おかみさんは網の手入れをしていた夫の元にバナナを持って駆けていく。仲良しでかわいい。
親父さんもバナナの甘さに驚き、そして笑顔で俺に手を振った。ゴツゴツした……大きい手。
──あの手でこの海から救いあげてくれた事を、俺はずっと覚えていよう。
俺も、「じゃあさよなら! お二人ともお元気で!」と手を振って別れる。
夕方公演前には街に戻らないといけないので長居はできない。
「リオ! あんたも元気でねーー!」
「頑張れよ、坊主!」
もう二度と会えないかもしれない人達に背を向けて馬の元へ戻る。
そして水を飲ませ、にんじんを食わせてからまたひとっ走り頑張ってもらう。
日本と違って湿度が高くなくて助かった。爽やかな濃い緑の林の中を走るならだいぶ涼しい。
風を切るように、俺は林の中を馬に乗って駆け抜けて行った。




