05 公演1回目
俺はマリンの誘いに素直に乗り、旅の一座の踊り子のバックコーラスとして入る事となった。
広場に着くと、豪放磊落といった印象の座長を紹介された。
笑うと周囲が明るくなるような人だった。
「俺はイートン。この一座の座長だ。よろしくな、リオ」
「はい。よろしくお願いします、イートンさん」
夏の陽射しは容赦なく照りつけ、汗が頰を伝う。
ステージは夜からだと聞かされた。
仕事を終えた職人たちが集まる時間帯に合わせるのだという。ゆえにそれまでにはまだ空き時間がある。
ちょうど早めの夕食を取る頃合いだった。
俺はスキルを使う為に、噴水で手を洗いに行くと言って仕入れスキルをコッソリ使った。
噴水で手を洗った後に茂みに隠れ、周囲を確認し、コッソリと赤いキャップに緑のラベルの万能系調味料とキャベツとキャベツのうまタレを購入する。
このチートスキルは、とりあえず強欲な者に目をつけられないよう、秘密にしておく。
食事の席に戻ると、薄い塩味のみの豚肉の串焼きと、ノンアルの飲み物が並んでいた。
俺はキャベツを千切り、皿に盛り、キャベツのうまタレをかけた。
豚肉の串焼きにはさりげなく万能調味料を振りかける。
「あら、リオ、野菜買ってきたの? えらいわね」
「ええ、豚肉は油が強いので」
マリンが薄い塩味の串焼きを俺に勧めてくれつつ褒めてくれた。
俺はしれっと串焼きに万能調味料を振りかけ、それを口に運ぶとマリンが訝しげに見て言った。
「あんた、何かけてんの?」と。
俺は異世界言語のラベル付き調味料を手に、言い訳を考えた。
「これはダンジョン産の特別なスパイスなんだ。君の分にもかけてあげるよ。驚くほど美味くなるから」
串焼きを食べた次の瞬間、マリンは目を見開いた。
「お、美味しい! 薄い塩味だけだったはずの豚肉が、こんなに変わるなんて!?」
「なんだなんだ?」
座長も興味深々で近寄ってきたので勧めた。
「なんじゃこりゃあ! 美味い! 美味すぎる!」
「キャベツもどうぞ」
「このキャベツでさっぱりして串焼きもいくらでもいけちゃいそう! かけてあるソースもさっぱり系で美味しい!」
焚き火で温め直した串焼きにはスパイスの力で一気に味が深みを増し、脂の甘みと香ばしさが舌の上で溶け合い、ジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。
キャベツはタレを追加でかければ、シャキシャキとした歯ごたえに瑞々しい酸味と旨味が重なり、二倍も三倍も美味しくなる。
「んぐっ……こ、これ、すごく美味いですね」
「酒が欲しくなるな!」
「流石にそれは公演の後だ!」
「あはは、やっぱり?」
他の一座の者にもスパイス付き串焼きとキャベツを振る舞うと、感動してくれた。
「普通の塩味の串焼きだったのに不思議よねえ」
マリンが不思議そうにしつつもキャベツと共にモリモリ食べる。
隣のイートンもガツガツ食べつつも、マリンには腹が出ない程度にしておけよ!と釘を刺す。マリンの手が止まり、腹をさすった。
「く、惜しいけど、私はここまでね!」
踊り子の衣装は露出が多いし、腹も見えてるからな。
「……しかし、リオ。お前、すごいもん持ってんな?」
「あはは、これはとっておきなんですが今回は挨拶がてら」
「うむ。認めざるを得ない」
俺は座長の胃袋を掴んだ。
飯テロは成功だ。美味しい夕餉で皆の士気もあがった。
さて、本題だ。公演の打ち合わせもしないと。マリンに水を向けるとすぐに返事が来た。
「夏だし、涼しげな歌がいいわ」
マリンがそう提案し、俺は頷いた。
「じゃあ、風と水の神を讃える歌にしよう。夫婦神なら同時に讃えて問題ないし、夜のステージに涼やかな風が吹くように」
俺にはこの世界の知識も十二年分はあるのだ。この世界の神の事も多少は知ってる、貴族の子だし、そこそこの教育は受けていた。
皆が賛成し、簡単な打ち合わせが終わる。食事を終え、日が沈む頃には準備が整っていた。
夜の広場。松明の明かりが揺らめき、仕事を終えた職人たちが集まる。ステージに立つと、俺はバックコーラスの位置についた。マリンが中心で一礼し、羽衣のような布を手にして立ち、イートンが太鼓を叩く。
そして音楽が始まり、ハープの音色と横笛の音色と共に俺の声が澄んだ夜空に響く。
「風よ、水よ──」
(ここで鈴の音がリーンと会場に響くと、その瞬間、ふっと、涼しい風が広場を横切った)
「我は旅人、風の神よ、清き風を吹かせたまえ。涼風よ、まき上がれ。熱き大地を撫で、涼しさをもたらさん。
風の神、水の女神。慈しみ深き夫婦神よ。
慈しみ深い水の奇跡を讃えよう。喉を潤し、その輝きは我らの心を満たす。この星の瞬く美しい夏の夜に、涼しき調べを。
二柱の神々の恵みよ、我らに降り注げ。 風は舞う、水は歌う。この場にひとときの涼しさを、あなたに捧げる。この夜の祈りと歌、そして舞を」
マリンの白と青の衣装が、松明の明かりに照らされて柔らかく揺れる。足運びは軽やかで、まるで風そのもののように舞い、手のひらを返せば水の流れを描く。俺の声がハーモニーを添え、歌は夜風に乗って広がっていく。
観客たちが目を細め、口々に「涼しげで綺麗だ」と呟く。職人たちの疲れた表情が和らぎ、傭兵達もエールを手にステージを惚れ惚れと見つめる。
マリンが風を纏うように袖を振りつつくるりと回り、俺が最後の歌詞を紡ぐ。
「風と水の神を讃えよう。我らの歌と踊りを捧げる。この夜を飾ろう、涼やかに美しく……」
歌が終わると、拍手と歓声が広場を包んだ。俺は静かに息を整え、夜風が頰を撫でる感触に格別な心地よさを感じた。




