10 山越えの水場にてまた出会う
山道は昼下がりの夏の陽射しを浴びていた。
旅芸人の一座は、先の街の広場での公演を無事に終え、次の領地へ向かう途中だった。
早朝から幌馬車と馬とロバでの移動。小休止の度に軽口を叩き合いながらの移動は、わりと楽しいけれど体力がいる。俺がニンニクパワーでも借りようかな? などと思ってるところに、
座長のイートンが大きな声で言った。
「そろそろ腹が減ったな! あそこに水場がある。昼飯の休憩をするぞ!」
清流が岩を伝って流れる、木陰の多い場所だった。一座の面々が荷を下ろし、焚き火の準備を始める中、座長がパンの袋を覗き込んだ。
「リオ、このパン、だいぶ硬くなってるんだが、お前、何か上手いことできないか?」
イートンの言葉に、俺は頷いた。
「硬くなったパンね、了解」
ならばブルスケッタにしよう。古くなって硬くなったパンを無駄なく美味しく食べるための知恵、それがブルスケッタの起源なのだ。
俺は薄くスライスしたパンを焚き火の傍らで丁寧に焼いた。 カリッと香ばしい焼き目がつくよう火を通す。
熱いうちに、生のニンニクを表面にぐりぐりとこすると香ばしい匂いが立ち上る。
次に、スキルで取り出したオリーブオイルをたっぷりと塗り、塩と黒胡椒を振る。
基本のブルスケッタはこれだけで完成だ。 だが俺は、それだけでは終わらせなかった。
角切りにした熟れたトマトと、ちぎったバジルを和え、塩とオリーブオイルで軽く味を整えたものを乗せる。 別のパンには万能系調味料をふりかけて炒めた薄切りハムとキノコを重ねた。
「……できた」
俺が並べた瞬間、一座の連中がざわめいた。 香ばしいパンの匂いとにんにくの刺激的な香りとトマトの瑞々しさが水場の空気を一気に変えた。
「おおっ……ニンニクの匂いがそそるな!?」
「わあ、なんか見た目もオシャレじゃないの!」
イートンやマリンが率先して一口齧る。カリッとした食感の後、にんにくの風味が鼻を突き、トマトの酸味とバジルの清涼感、そしてハムとキノコと地球産の調味料が混ざった味わいが、硬かったパンをご馳走に変えていた。
「うまっ! こんなに美味いものが硬くなったパンからできるのかよ」
一座の者たちが次々に手を伸ばす中、水場の上流から、別の一行が姿を現した。
華やかな装飾のある馬車と、武装した護衛騎士たち。そして騎士にエスコートされ、馬車から降り立ったのは茶髪に青い瞳の若い綺麗な令嬢だった。
「……香ばしい匂い……」
座長がすぐに挨拶に行くと、コルネイ伯爵家へ輿入れのため、山を越えていた子爵令嬢、エレノア様達御一行という事らしかった。
彼女の瞳が、焚き火の周りに集まる美味しそうな光景に釘付けになる。
「お嬢様、すぐにうちも食事の用意をします」
侍女がエレノアの側でそう語るが、
「干し肉と豆のスープはもう飽きたわ」と、お嬢様は不満顔。
イートンがその様子を目ざとく見つけたのか、豪快に手を振った。
「貴いお嬢様方! よければ一緒にどうです? なかなかイケる料理がありますよ!」
最初は躊躇していたエレノアも、護衛騎士も、結局は匂いに負けた。俺が改めて作ったブルスケッタを、丁寧に差し出す。
「これは、なんと言う料理なの?」
「これはブルスケッタと申します。硬くなったパンを美味しくいただくための料理です」
エレノアが小さく口に運ぶ。次の瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「……トマトの爽やかな甘酸っぱさと、バジルの香りがパンの香ばしさと混ざり合って……このハムとキノコも、すごくいいお味ね」
旅先でこれほど瑞々しいトマトが出てきて、地球産の計算され尽くした万能系調味料を惜しげも無く使ってる軽食は貴族の舌さえ魅了する。
エレノアは何度も口を運び、周囲の騎士たちも思わず笑顔になった。
「少年、あなたは一座の料理番なの?」
そう勘違いされてもしょうがないが、
「ただの旅芸人の歌い手で、名をリオと申します」
午後の休息は、予想外に和やかなものとなった。
――そして夕方。
女性たちが水場で水浴びをすることになった。 最初にエレノアと侍女たち。その後に一座の女たち。マリンが俺達の方を振り返り、くすりと笑う。
「あんたら、覗くんじゃないわよ?」
一座の女たちもくすくす笑いながら去っていく。もちろん俺は覗かない。だが、ドキドキするのは止められない。
エレノアの護衛騎士たちが、厳しく見張りに立っていた。
少し離れた場所で、男たちは酒を酌み交わし始めた。イートン座長が大きな声で昔話を始める。
「そういえば、花街でな……」
「座長、またその話かよ!」
ソワソワしつつも、男たちは花街での武勇伝を語りつつ笑い声を上げた。女達の後にようやく男達も水場にて汗を流した。
◆ ◆ ◆
山の夜風が心地よい。
夜が更け、星が瞬き、焚き火の炎が小さく揺れる。
エレノアが一人、眠れずに切り倒された丸太の上に座っていた。護衛騎士は少し離れた場所からエレノアを見守っている。
輿入れへの不安が、エレノアの胸の奥で渦を巻いているのだろう。つまりこれはいわゆるマリッジブルーってやつかもしれない。
俺は一礼し、自分用に作ったものではあったが、小さな皿を差し出した。スキルで仕入れた材料を使った新鮮素材で作ったお裾分けのカプレーゼがのってる。
完熟トマトの厚切りと、真っ白なモッツァレラチーズを交互に重ね、バジルの葉を添え、オリーブオイルを回しかけ、塩と黒胡椒を軽くふり、最後に少しのバルサミコを垂らしたもの。
昼のブルスケッタとわりと似た内容だが、今回は女性ウケ抜群のチーズも使ってる。
「……よろしければ夜食をいかがですか? カプレーゼと言います」
俺が毒見とばかりに先に食べて見せた。
それを見たエレノアが一口食べた瞬間、彼女の表情がほぐれた。
「……見た目もいいし、新鮮な味わいのトマトとチーズ……やはり合うわね。私、チーズが好きなの。ありがとう」
俺は笑顔を作った。やはりチーズは女子ウケする。
「少しでも気が紛れたなら幸いです」
「ありがとう、優しい子ね。あなた達の一座とはしばらく一緒に動けるのかしら?」
「方向が同じなのでおそらく」
「嬉しいわ」
「こちらも屈強な騎士様のついた隊の側に居られるのは心強いです」
俺がチラリと護衛騎士に視線を送ると、あちらは任せろとばかりにニヤリと笑った。
「森や山には魔物が出る事もあるものね」
エレノアは小さく頷き、もう一口、カプレーゼを口に運んだ。山の水場に、優しい夜風が流れていく。
しかし先程の会話、これは完璧にフラグであった。




