第62話 突破外围
宗門大比の余波は、ほどなく過ぎ去った。
林瓶は待っていた。
十五日目まで、待った。
夕暮れどき、林瓶は住まいから出た。衣は清潔なものに着替え、袖口はきつく縛り、懐にはいくつかの品を忍ばせている。巡検の便箋はきちんと畳んで内袋に入れてあった――謝臨平の書きつけであり、日付は今日、内容には「鎮獄峰後山路況復査」と記されている。管理の印は聚霊峰のもので、問題はない。紫の令旗は掌ほどの大きさに畳まれ、胸にぴたりと沿わせて収めてあった。布地は肌にひやりとした感触を残し、縁の銀糸は指の腹にかすかな食い込みを与える。戸を出るとき、入口で一度立ち止まった。
十五日目。柳絮の言っていた大規模な交代。半刻の隙。
林瓶は鎮獄峰の方角へ歩いていった。まだ空は明るく、夕方の光が西から斜めに差し込み、山の輪郭を暖かな金色の縁取りで描き出している。歩みは速くない。いつも仕事へ向かうときと何ら変わりはなかった――足取りは安定し、手にも余計な動きはない。道すがら、仕事を終えて戻る数人の外門弟子と出会ったが、彼らは一瞥しただけで、誰も余計なことは尋ねなかった。ひとりの外門弟子が鎮獄峰の方へ向かう、それ自体は珍しくもない――聚霊峰と鎮獄峰の間には物資の往来があり、しばしば人がこの道を行き来しているからだ。
鎮獄峰の正門口。黒袍をまとった二人の執法弟子が門の左右に立っていた。林瓶が歩み寄るのを見ると、その視線は身に落ちたが、呼び止めはしなかった。巡検の便箋を差し出す。ひとりの執法弟子がそれを受け取り、一瞥する――聚霊峰の書付、内務長老謝臨平の印、日付は今日のもの。弟子は便箋を返し、何も言わずに身を引いた。
林瓶は便箋をしまい、内へ入っていった。
正院へは向かわなかった。鎮獄峰に入ると、院壁の影に沿って回り込み、後山の方角へ向かった。後山の入口には人がいない――門口の見張りはまだあるが、交代前のこの時間、守衛の注意は引き継ぎに向いており、すでに正門を通過した外門弟子ひとりをじっと見張ったりはしない。灌木の茂みの後ろの影を見つけてしゃがみ込み、自らを暗がりに隠し、夜が来るのを待った。
空は灰青から暗青へ、さらに暗青から深い藍へと変わっていった。鎮獄峰の夕暮れは、ほかの場所よりもいっそう静かだ――灰色の石壁が最後のひと筋の光を吸い込み、院内には人の行き交う物音ひとつしない。遠くから交代の気配が伝わってきた――足音、号令の声、隊列を組んで去ってゆく音、新たな一隊が整列して配置につく音。やがて、静かになった。
林瓶は数えた。静けさが落ちたその瞬間から、半刻の隙がある。
灌木の陰から這い出し、後山の奥へ向かって歩き出した。
鎮獄峰後山の山道は、林瓶も二度歩いたことがある。一度目は道を修めたあのとき――謝臨平の手配で行かされたもので、昼間、道具を担いで正規の道を進んだ。二度目は、伝功長老の弟子に入口で遮られたあのときだ。今回は三度目。進むのは、柳絮の言っていたあの小道である――後山入口の左側から回り込み、あの砕石の斜面を迂回し、岩壁と灌木の茂みのあいだの裂け目を抜けてゆく。入口はひどく狭く、陣法は敷かれていないが、きわめて歩きにくい。足下の砕石は、踏みしめるたびにころころと転がり、細かな音を立てた。つま先で道を探り、確かに踏み固めてから重心を移していく。灌木の枝が腕や頬をかすめ、細かい刺すような感覚を幾筋も残した。立ち止まってそれをどうにかしようとはしなかった。時間は進んでいる。
夜はますます深くなった。雲は厚みを増し、月はない。闇は実体を持つ何かのように濃く、目の前に圧し掛かってくる。足下の感触と、記憶の中の方角だけを頼りに、自分がどこまで来たかを判断するしかなかった。
そのとき、何かを感じた。見たのではない――皮膚の上の感覚だ。空気の中に一層、何かが増えたようで、薄く、ぴたりと、肌に張りつき、かすかに刺す。これまで禁制に遭ったことはなかったが、これが禁制であることはわかった。つまり、来るべき場所へ正しく辿り着いたということだ。
そして、あの一声の磬の響きを聞いた。
きわめてかすかな、まるで極細の銅線が遠くでひとたび弾かれたような音であり、余韻は夜風の中にたちまち散っていった。打ち鳴らされたのではない――触れられたことで自ずから生じた共鳴である。その音は耳に現れたようでもあり、また脳裏に直接現れたようでもあり、判別がつかなかった。
林瓶は立ち止まった。
思い返した。伝功長老に会いに行ったあのとき、弘武峰を出る際のことを。伝功長老は背後から呼び止めた。すでに偏殿の入口まで来ており、片足はもう外へ踏み出していた。その声が背後から届いた。急きもせず、緩みもせず。
「待て。」
足を止めたが、振り返らなかった。
それから、背後で机の抽斗が引き開けられる音を聞いた。紙を繰る音。しばらくして、足音が近づいてくる。何かひとつが掌に押し込まれた――布の感触、畳まれたもの、掌ほどの大きさ。
伝功長老の声が、耳もとで低く押し殺されていた。
「鎮獄峰後山のあの場所には、一道の禁制がある。老夫が設けたものだ。おまえがその位置まで行けば、磬の音を一声聞くことになる。慌てる必要はない。これを見せろ――二度振れば、ひとりでに止まる」
振り返って、それが何かを問わなかった。その品を掌に握り込み、懐へ押し入れた。
今、闇の山道に立つ林瓶は、あの一声の磬の響きを聞いた。懐からあの紫の令旗を取り出す――掌ほどの大きさに畳まれている。広げれば、深紫色の三角旗であり、縁には一周、銀糸が刺繍されている。闇の中ではほとんど見えないが、銀糸の紋様を指先で感じ取ることができた。闇の中でそれを掲げ、二度振った。布地が空気を打つかすかな音がした。それはまるで、夜の呼吸のようだった。
磬の音は止んだ。禁制が消えたわけではない――空気の中のあの刺すような感覚は、なおそこにあるのを感じていた。だが、もはや拒まれてはいない。「通行可」の状態へと変わったのである。
林瓶は令旗をしまい、さらに前へ進んだ。
山道はますます狭くなった。両側の岩壁はほとんど触れ合わんばかりに迫り、一人が身を横にしてようやく通れるほどしかない。空気には湿った石の匂いがあり、そこに鉄錆に似た気配が混じっている。身を斜めにし、ゆっくりと前へにじり進んだ。足下の砕石がときおり転がり落ち、見えない深みへ消えてゆく。そして、ずいぶん時間をおいてから、ようやく着地の音が返ってきた――遠い。ここはひどく深い場所なのだ。
そのとき、ひとつの声を聞いた。
前方から聞こえたのでもなく、後方から聞こえたのでもない――それは直接、脳裏に現れた。ぼやけた響きであり、厚い布を隔てて誰かが話しているようで、具体的な内容は聞き取れない。だが、方向だけは感じ取れた――左へ半歩ずれるよう導いていた。
林瓶は足を止めた。山道の真ん中で立ち止まり、闇が包み込み、両側の岩壁が冷たく肩に触れている。
その導きそのもののためではない――その声の感触を、覚えていたからだ。
最初の日。元の身体が死んだあの日。物資を背負って鎮獄峰外縁の山道を歩いていた。そのとき耳もとで、ぼやけた声を聞いた。ほんの一瞬気を取られ、足を踏み外し、行くべきではない場所へ落ちた。
「耳もとで何かの声が聞こえた気がして、一瞬気が逸れた」
ずっと、それは元の身体の持ち主が自分でぼんやりして足を滑らせたのだと思っていた。だが今、この感覚が脳裏にある――同じ質感、同じ方向感覚、同じ曖昧さ。耳で聞いたのではない。直接、脳裏に現れたのだ。
元の身体は、自分で気を散らしたのではない。誘い込まれたのである。
狭い山道に立ち、心臓の鼓動が耳の中でどくどくと鳴っていたが、後ずさりはしなかった。その声の導きに従い、左へ半歩ずれた。足を下ろしてから視線を落とす――先ほど踏み出しかけていた位置には、周囲よりわずかに色の濃い石板があり、その縁にはごく浅い刻線が一本走っていた。心臓がきゅっと縮んだ。罠――あるいは警報の符文。もし踏んでいれば、今夜はそこで終わっていた。
唇をわずかに動かしたが、声にはしなかった。そしてその思いを押し沈め、振り返ることなく、さらに前へ進んだ。
林瓶には、あの声が誰のものか、もうわかっていた。




