第55話 柳絮
彼女は道の真ん中に立っていた。
執法峰の深い色の勁装を身にまとい、腰には剣を佩いている。だが、その手は柄にかかってはいなかった。
背丈は高くない。暮色の山道に立つその姿は、まるで一本のぴんと張り詰めた弦のようであった。
しばし動かず、数息のあいだ、林瓶を見つめる。
視線は彼の顔から、まだ手の中に握られている令牌へと移り、それから一言を発した。
声の調子は重くはない。だが、一字一句がはっきりとした明瞭な響きを持っていた。
「令牌を出して。」
林瓶は歩み寄り、令牌を差し出した。
柳絮はそれを受け取り、うつむいて一瞥する。
両面を確かめ、確認を終えると、再び顔を上げて林瓶を見た。
声は先ほどよりも低くなったが、それは柔らかくなったのではない――むしろ、沈んでいた。
「この令牌は、宗門に異常が起きたとき、直接報告するためのもの。
鎮獄峰への出入りを許す通行証ではない。」
林瓶は何も言わなかった。
その令牌をどれほどの頻度で使っているか、説明するつもりはない。
ただそこに立ち、柳絮の次の言葉を待った。
柳絮は令牌を袖口に収め、返さなかった。
「鎮獄峰の後山を封じているのが誰か、知っている?」
「知っている。」
「前任の玄祈使。彼女に私的に接触するのがどんな罪か、わかっている?」
「知っている。」
柳絮は林瓶を見つめ、次の言葉を待つ。
林瓶は静かに言った。
「だが、行かねばならない。」
「なぜ?」
長くは黙らなかった。
「玄霜の状態がおかしい。君にも見えているはずだ――
少し前に一度は良くなったが、最近また悪化している。」
柳絮は返さなかった。
林瓶の言葉の意味を理解していた。
玄女峰の近くで長く巡防していた彼女は、あの少女が「空」から「回復」へ、そして「再び変化」していく過程を自分の目で見てきた。
だから、その言葉を否定しなかった。
「補薬の件を調べた。」林瓶は続けた。
「誰かが手を加えていた。だが、補薬を元に戻しても彼女は回復しなかった――問題は補薬だけではない。真実をすべて知っているのは、前任の玄祈使だけだ。」
柳絮はその場に立ったまま、数息のあいだ静かにしていた。
そして口を開いたとき、その声は執法弟子としての温度に戻っていた――冷たくもなく、温かくもなく、ただ公務としての調子で。
「今から、あなたはもう鎮獄峰へ行ってはならない。」
林瓶は柳絮を見た。
「すまない。だが、それはできない。」
柳絮の眼差しが冷たくなった。
それは怒りではない――確認であった。
この男が自分の言葉を聞かないこと、理を説いても無駄であることを、確かめたのだ。
手を翻し、袖の中に収めていた令牌をしっかりとしまい込む。
「ならば、手続きを省く。」
柳絮が動いた。
その速さは、以前とは比べものにならなかった――
林瓶がこれまでに見た彼女の出手とはまるで違う。
以前のそれは試し、制御し、余地を残したものだった。
だが今回は違う。掌風は鋭く、角度は奇抜で、一撃ごとに退路を封じていた。
執法峰の武は距離の制御を得意とする――
動かぬときは静、動けばすでに自らのリズムの中にある。
林瓶は身をひねって第一掌をかわした。
だが第二掌はすでに追ってきていた。
正面から受けず、一歩退いて距離を取る――
だが柳絮の歩法は彼より速く、三歩目で左側の退路を封じ、掌を押し出して胸を狙った。
腕を上げて受け流したが、掌力が前腕にぶつかり、その衝撃で腕全体が痺れた。
右へ身をずらすと、柳絮はすぐに追いすがる。
彼女の戦い方は賢い――一歩でも内側へ踏み込む隙を与えない。
試しに一歩詰め寄るたび、掃腿か推掌で押し返し、再び距離を開ける。
二度試みた。二度とも押し戻された。
三度目、林瓶は柳絮の功法の運行を目で追うことにした。
見えた――霊力の流れが。
それは厚く、安定し、まるで大河の水流のようであった。
その流れの一点、節のような場所で霊力を止めようとした――
確かに、掌の出が一瞬だけ遅れた。
半息にも満たぬほどの短い間。
だが、その半息では切り込むには足りなかった。
霊力の流れはわずかに波立っただけで、すぐに元に戻る。
まるで大河に石を投げ入れたように――波紋が広がり、そして再び静まる。
数度の交錯ののち、林瓶は確信した。
正面から戦えば勝てない。修為の差が大きすぎる。
唯一の勝機は、近身戦に持ち込むこと。
だが、柳絮はその距離を決して許さない。
次に掌が振り下ろされたとき、林瓶は避けなかった。
避けられなかったのではない。選んだのだ。
左肩を前に出し、身を開かず、その掌を正面から受けた。
掌力が左肩に叩きつけられ、鈍い音が響く。
激痛が肩から炸裂し、鎖骨と上腕を伝って広がった。
身体は横に二歩よろめいた――
だが、その勢いに逆らわず、掌力の流れに沿って半回転し、逆に二人の距離を詰めた。
柳絮の目が細くなる。
この一掌を敢えて受けて距離を取るとは思わなかった。
その半息の意外が、林瓶に隙を与えた。
身を滑り込ませ、防御の内側へ――
左肩の痛みで動きは歪んだが、それでも入り込む。
距離は、勁装に染みついた冷たい皂角の香りが鼻先に届くほど近い。
腕を掴み、関節の方向に沿って反転させた。
だが柳絮は掴まれた瞬間に対応していた――
腕には霊力の膜が張られており、握った感触は厚布で包まれた鉄管のように滑らかで硬い。
関節は完全には極まらない。
霊力が腕の外側に抵抗層を作り、まるで筋肉そのものが外力に抗うように緊張していた。
逃れなかったが、関節もまた完全には固定されず――
両者が拮抗する、膠着の姿勢となった。
その瞬間、林瓶の霊目術が自動的に発動した。
見えた。霊力が肩井穴から湧き出し、腕の外側を伝って手首の関節まで流れ、筋肉の表面に光の膜のように覆いかぶさっている。
それは執法峰の護体功法――
平時は霊力が自然に体表に付着し、外力を受けた瞬間、自動的に抵抗を形成する。
先ほど関節が極まらなかったのは、この霊力が肘関節のあたりで支えていたからだ。
ためらわず、意念をその一点に突き刺す――断流。
霊目術が肩井穴の後方にある霊力の隙間を捉え、そのわずかな裂け目に意識を差し込む。
その一瞬は短い――心拍の六分の一ほど。
だが、それで十分だった。
腕の外側を流れる護体霊力が、ほんの刹那、流れを絶たれた。
まるで大河の上を木の板が通りかかり、その下を流れる水が一瞬だけ分断されるように。
その一瞬の間に、林瓶は感じた。
腕から抵抗の力が消えた、ほんの半秒にも満たぬ隙を。
その半秒を利用し、関節を底まで極めた。
柳絮の眉がわずかに寄る――
何が起きたのか、わからなかった。
ただ、腕の護体霊力が一瞬不自然に波打ち、次の瞬間には関節が完全に固定されていた。
すぐに解こうとする――
膝を曲げて肋を突き、空いた手で指をこじ開け、身体をひねって脱出を試みる。
執法峰の基本的な格闘訓練を受けており、関節技の理屈は理解している。
だが、柔術の戦い方は知らない――全身が「鍵」なのだ。
片手を外しても、もう片手がある。一本の指を外しても、別の指が絡む。
林瓶は腕を極めると同時に、小腿で片脚を勾け、下半身の力を封じた。
それは柔術の「足勾+肩固め」の組み合わせ。
上と下を同時に制御し、上体がもがけば下が封じられ、立ち上がろうとすれば上体が引き戻される。
二人はもつれ合い、地面に倒れ込んだ。
初夏の地面は硬く、林瓶の背中が突き出た石にぶつかり、鈍い痛みが走って呻いた。
だが、手は離さない。
何度か転がり、土と枯草が衣と髪に絡みつく。
その間も霊目術で柳絮の霊力の流れを追い続けた。
霊力を凝らして爆発的に脱出しようとするたび、その節を先に押さえる。
すべてが成功するわけではない――霊力の流れは予想より速く、成功率は半分ほど。
だが、その半分の断流で十分だった。
力を込めようとする瞬間、霊力が途切れ、再び凝らそうとする頃には、関節がさらに一段深く極まっている。
柳絮の対応はなお冷静だった。
身体を転がして重心を変え、手を離させようとする。
だが、林瓶は転がるたびに重心を合わせ、まるで身体に貼りついた膏薬のように離れない――
近ければ振り払えず、遠ざかれば力が届かない。
最終的に定まった姿勢はこうだった。
林瓶が背後から柳絮を固定している。
片手を腋の下から通して肩を押さえ、もう一方の手で手首を制御――「一維固定」。
力を出しても抜けられない。
胸は背に密着し、引き裂かれた勁装の布越しに、肩甲骨の形が感じ取れるほど。
後頭がほとんど顎に触れ、鬢に泥のついた髪がかかり、耳の後ろには細い青い血管が一本浮かんでいた。
動けず、もちろん林瓶も動けない。
ただ互いに密着したまま、二人の呼吸だけが暮色の山道に響く。
山風が吹き抜け、土と枯草の匂いを運んだ。
柳絮がわずかに動き、再び霊力を運行させて脱出を試みる――
霊目術はその瞬間、丹田に霊力が湧き上がる兆しを捉え、その出口で断ち切った。
力は肩に届く前に霧散する。
その断層を利用し、さらに一段、締めを強めた。
柳絮は動きを止めた。
数息の静寂。
霊力の運行をやめた――一つの事実を確認したのだ。
この男は、自分の霊力の流れを「見ている」。
発力の前に、すでに読まれている。
しばし沈黙し、荒かった呼吸をゆっくりと整え、息の混じる声で言った。
「……放して。見苦しい。」
林瓶は離さなかった。
声が一段冷たくなる。
「放せと言った。」
林瓶が口を開く。
声は高くない。耳元で――この距離なら、大声を出す必要もない。
「少しだけ話を聞いてくれ。
それが済んだら放す。」
柳絮は答えなかった。
沈黙は、許可の代わりだった。
「玄霜の変化は、君のほうがよく知っている。
君は玄女峰の巡防をしていた。」
声は低く、しかし一字一句が確かだった。
「少し前、彼女は良くなった――笑い、話し、詩を書いた。
だがまた退行した。
今では、俺が誰かも覚えていない。
覚えていた詩も、言葉も、すべて忘れている。」
柳絮は黙っていた。
だが林瓶にはわかった。
身体の微かな変化が。
先ほどまで全身の筋肉を緊張させ、いつでも脱出できるよう構えていたが、今はその緊張が緩みはしないまでも、それ以上は強まらなかった。
彼女は聞いていた。
「補薬はすり替えられていた。だが阻止された。
元に戻しても、彼女は回復しなかった。
問題は補薬だけではない。
誰が背後にいるのかはわからない――
だが、玄霜の変化は偶然ではない。
真実を知るのは、前任の玄祈使だけだ。」
言い終えた。
二息ほどの静寂。
暮色が谷から這い上がり、山風が一瞬止み、また吹いた。
柳絮が口を開く。
声は低く、振り返らずに。
「つまりあなたはこう言いたいのね。
宗門は化霊丹の真の効果を隠し、実際には玄祈使を毒していると。」
「そうだ。」
「玄玉は、その内情を知っている。」
「そうだ。」
沈黙。
山道を風が渡り、鬢の髪を揺らした。
身体がゆっくりと緩む――心の中で、一つの決断を下したのだ。
そして言った。
声は先ほどよりも柔らかく、どこか言い表せぬ響きを帯びていた――何かを手放すような響き。
「……わかった。放して。」
林瓶はすぐに「同意してくれたのか」とは問わなかった。
ゆっくりと腕を緩める――その瞬間、裏切って再び反撃してくる可能性を想定し、再度極め直す準備をしていた。
だが、柳絮は裏切らなかった。
地面に手をつき、半跪の姿勢で起き上がる。
うつむいて衣の泥と草屑を払った。
深色の勁装には灰黄の汚れが広がり、袖口には裂け目が走っている。
髪のいくつかが乱れ、頬にかかっていた。
その動作はゆっくりとしていた――呼吸を整えているのか、思考を整理しているのか、わからない。
林瓶も身を翻し、半ば仰向けに倒れたまま、左肩の痛みでほとんど腕が上がらなかった。
数息のあいだ、空を見上げ、天辺に残る最後の灰青の光を眺め、右肩を支えにしてゆっくりと起き上がる。
柳絮は立ち上がり、背を向けたまま。
しばしの沈黙ののち、言った――
声はいつもの冷静さを取り戻していたが、音量は少し低かった。
「今日は行けない。
鎮獄峰の夜間巡防は、十五日の子正に全員交代。
後山の西側に小道が一本ある。
陣法は張られていないが、入口は狭い。
好きにしなさい。」
そう言って、柳絮は去った。
振り返らなかった。
林瓶は半ば横たわったまま、暮色の中に消えていく背を見送った。
山道にはひとりが残り、谷から昇る暮色が石段を、路面を、そして垂れ下がった左手を覆っていく。
遠くで、夜虫の最初の声が響いた。
身を翻し、右肩を支えにゆっくりと立ち上がる。
左肩は鈍く痛み、腕はほとんど力が入らない。
下を見ず、来た道を戻った。
鎮獄峰の門を通るとき、門番の二人の執法弟子が一瞥した――
衣には泥と草が付き、袖口は裂け、口の端が切れて血が滲んでいる。
彼らは一瞥しただけで、何も言わなかった。
すでに伝令を受けていたのだ。
暮色の中を歩き、住処へ戻る。
扉を押し開け、水を一杯注いで飲む。
水が喉を通るとき、目を一度閉じた。
同室の張遠が寝台越しに見たが、何も言わなかった。
林瓶は寝台に腰を下ろし、左肩の衣を少し引き下げる――
肩はすでに腫れ上がり、青紫に染まり、その縁はさらに濃くなりつつあった。
一瞥し、衣を戻す。
そして横になった。
左肩が床板に触れた瞬間、痛みが走る――
姿勢を変え、肩を浮かせ、闇の中で静かに目を閉じた。




