第46話 再練
数日が過ぎても、日々の調子は変わらなかった。
林瓶は毎朝、聚霊峰へ赴き、物資を点検し、庫房を整え、昼は食堂で食をとり、夕刻には住処へ戻る。
日ごとに気は緩み、山道の両側に咲き誇っていた桃花の盛りはすでに過ぎた。
花弁は地に厚く積もり、踏めば柔らかく、風が吹けば数片が舞い上がり、地を這うようにくるくると回る。
枝先には新しい葉が芽吹き、その色は日ごとに深まり、淡い緑から、今にも張り裂けそうな濃緑へと変わっていく。
春は「来たばかり」から「すでに住みついた」へと移ろいつつあった。
もう玄女峰への道をわざと避けることはなくなった――だが、わざと通ることもない。
ただいつもの道を歩くだけ。聚霊峰、食堂、住処。単純な道筋で、余計な分岐はない。
四日目の午後。聚霊峰の庫房の前で新しく届いた竹籠を整理していると、山道を一人の男が上ってきた。
歩みは速くないが、迷いのない足取り。五、六歩の距離を隔てて声がかかる――その声には、旧友に再会したような熱を帯びた親しみがあった。
「林兄――久しぶりだな。」
顔を上げる。陸青であった。
浅青の外袍を清潔にまとい、腰には内門弟子の令牌を下げ、手には何も持たぬ。
わざわざここまで来たのだろう。
顔には笑み――以前の冷笑ではなく、別の笑み。熱く、柔らかく、口角の角度も絶妙で、まるで友誼を結びに来たかのよう。
竹籠を下ろし、背筋を伸ばして見つめる。言葉はない。
陸青は目の前に立ち止まり、笑みを崩さぬまま、声を少し落とした。
だがその声音には、なお「俺たちは同じ側だ」という調子があった。
「林兄、この前のこと――気にしないでくれ。当時は人の頼みで動いていただけで、身動きが取れなかったんだ。俺たちみんな下っ端の走りだろう? 分かるだろう。」
言葉の形は謝罪だが、響きには謝意がない。
むしろ「もうこの件は終わりだ」と告げるような調子。
林瓶は受けず、淡々と問う。「用件は?」
陸青の笑みがわずかに薄れ、すぐ戻る。
「伝功長老がな、ちょっと聞いてこいと。前に玄祈使に渡した化霊丹、まだ残ってるだろう? 最近の修行の様子はどうだ?」
その一言で察した。これは陸青自身の訪問ではない。伝功長老の差し金。
手の埃を払いつつ答える。「もうすぐなくなる。あと数粒。修行は相変わらずだ。進展はない。」
陸青は頷き、すぐには立ち去らなかった。竹籠の脇に立ち、何気ない口調で続ける。
「長老が言ってた。もし都合がつくなら、一度弘武峰に来てみろって。直接、修行の道筋を指導してくれるそうだ。分からないことがあればその場で聞ける――弘武峰の門は開いてるってな。」
前回の会議で伝功長老が言ったのと、まったく同じ言葉。
聞きながらも手を止めず、竹籠を積み上げ、平板な声で答える。「分かった。」
行くとも、行かぬとも言わない。
陸青はしばらく待った。
「いつ行こうか」あるいは「改めて伺う」と言うのを待っていたのだろう。
だが「分かった」と言ったきり、再び竹籠の整理に戻り、顔を上げなかった。
二息ほどの沈黙ののち、陸青は笑みを崩さず言う。「じゃあ、邪魔したな。」
そう言って山道を下っていった。歩みはゆるやかで、背筋はまっすぐ。
しばらく進んだところで空を仰ぎ、何事もなかったかのように去る。
最後の竹籠を積み終え、帳簿に印をつけ、しばし立ち尽くす。
伝功長老が化霊丹のことを尋ねた――それは玄霜の進度ではなく、自分の進度を問うもの。
狙いは薬ではなく、自分。
会議で「弘武峰の門は閉じていない」と言い、今度は陸青を使って同じ言葉を繰り返す。二度目だ。
何を意図しているのか。答えは見出せず、その件を頭の中の一つの棚に分けて置いた。
他の線とは混ぜず、独立したままに。
手の埃を払って、次の作業へ移る。
――
夕刻、住処に戻ると、外はまだ完全には暗くなっていなかった。
窓の外の光は暖黄から灰青へと移り、壁際の影は前日よりも濃い。
灶房で水を汲み、顔を洗い、床の縁に腰を下ろす。
しばらく座ってから立ち上がり、書架の前へ。
最下段の雑書をどけると、封面を替えて以来、一度も取り出していなかった一冊が現れた。
葵花神典――蜀葵篇。
指先が書背に触れたとき、一瞬止まる。ためらいではない。確認。
書は以前のまま、紙の感触も変わらない。
床に腰を下ろし、第一頁を開き、起手の記述を読み返す。
そして水とともに凝霊丹を一粒服した。
窓外の光が紙面に射し、墨の文字が鈍く沈む。
二行を読み、書を閉じ、膝に置いて目を閉じた。
暗記ではない。文字の触感を身体の感覚に変換している。
やがて目を開き、書に記された起手の経路をなぞる。
丹田が応えた。
反応――それだけではない。
闇の中で火花が散るように、丹田の奥で一瞬、光が閃いた。
まるで漆黒の室内で誰かが火柴を擦ったように。
次の瞬間、体内の霊気が蜀葵篇の経路に沿って流れ出す。
丹田から上昇し、中脘を経て膻中へ、さらに上へ――胸の上方に至ったところで、抵抗を感じた。
壁でも門でもない。細い綱の上を歩くような感覚。前方に道はあるが、綱が細すぎて、足を乗せるたびに重心が揺らぐ。
そのとき、陽気の上衝が来た。
前回と同じ――丹田の奥から温かな気流が湧き上がり、先ほどの経路を駆け上がる。
速度は前より速く、力はより強く、硬い。
だが今回は慌てなかった。呼吸を整え、その気流を四方へ散らす。
伝功の段階で身につけた制御力で、流れを導く。
押し戻すのではなく、四肢へと分ける。
上へ向かう力を四方へ分散させるように。
気は体内を一巡し、皮膚の下に微かな熱を残して静まった。
目を開く。薄い汗が滲み、呼吸はわずかに速いが、損傷はない。
ふと気づく。空気に極めて淡い匂いが漂っている。
汗の匂いではない。言葉にしがたい香り――深山に雨が降った後、草木の奥から滲み出るような気配。
あるいは夜に花弁が閉じるとき、ほのかに放たれる草香のような。
極めて淡く、収功の直後には気づかぬほど。呼吸が落ち着いて初めて感じ取れた。
それは皮膚の表面から滲み出し、体温に蒸されて空気に溶け、周囲に薄い、目に見えぬ膜を作っていた。
手首を近づけて嗅ぐ。内側の皮膚にその香りが最も濃い。
丹薬でも薬草でも嗅いだことのない匂い。
少し考える。運功の際に毛孔が開き、体内の滓が排出されたのかもしれない。
あるいは葵花神典という功法自体が、運転の過程で特有の香気を発するのかもしれない。
分からない。だが深く追及はしない。
手を開き、握り、体内の状態を確かめる。
あの一瞬の霊光は確かだった。霊気は蜀葵篇の経路を一度は通った。
だが胸の上で途切れた。水が干上がった河床に流れ込み、途中で砂に吸われるように。
通じぬのではない。水源が足りぬのだ。
もう一度試す。今度はさらにゆっくりと、一歩ごとに体内の反応を確かめながら。
霊気が胸の上に達したとき、再び同じ抵抗。
そこで一息留まり、感覚を探る。霊光は強まらず、経路も明瞭にならない。
前方に道はあるが、門は閉ざされ、鍵がない。
しばらく床に座り、陽気の逆流がないことを確かめる。
書を見下ろし、思う。――功法の誤りではない。自分の問題だ。
方向は正しい。道も通じている。だが越えられない。
愚鈍でも怠惰でもない。欠けているのは、何かの条件。
丹薬のことが頭をよぎる。瓶頸を越えるには、助けとなるものが要るのかもしれない。
凝霊丹の効き目は蘇晴が「まあまあ」と言っていたが、問題は薬ではなく量かもしれない。
一粒では足りぬのだろう。いずれ蘇晴に相談し、初期の経脈を通すのに適した丹薬を尋ねてみよう。
これまでは自力で通せると思っていたが、二度試して分かった。自力では届かない。
書を閉じ、書架の最下段に戻し、雑書を重ねる。動作はゆるやかで、前回と同じ。
床に腰を下ろす。窓外の光はさらに薄れ、灯をともさぬ室内に影が満ちる。
壁際の闇が地を這い、中央へと伸びてくる。
二つのことを確かめた。
第一に、方向は正しい。葵花神典の道筋は通じる――わずか一段とはいえ、確かに通った。
他の功法とはまるで違う。ほかの功法は舗装された道で、歩けば誰かの足跡がある。
葵花神典の道は道ではない。方角だけがあり、足元には石板もない。歩むたびに、自らの足で道を刻む。
第二に、欠けているものがある。心の問題ではない。恐れでもない。条件が足りない。
功法の制約か、悟性の不足か、あるいは外力の助けが要るのか。
具体的には分からぬが、ただ一つ、自力の鍛錬だけでは越えられぬと知った。
床頭に背を預け、その二つの情報を心の中に整理する。
腕を伸ばし、手首を嗅ぐ。あの淡い香りはもうほとんど消えていた。
だが確かに、先ほど存在していた。
それ以上考えず、その現象を蜀葵篇の進度とともに記憶の棚に置き、後日の答えを待つことにした。
室内は静まり返る。外では虫の音が昨夜よりも密に響き、窓の隙間から薄く流れ込み、耳の際で鳴る。
灰青の残光の中、木々の影が一瞬静止し、やがて風が起こり、影が揺れ、また揺れた。
床頭にもたれたまま、ふと別の光景が脳裏をよぎる。
――玄霜。蔵経楼の門口で、唐執事に言葉をかけるとき、わずかに顔を傾け、口角を動かし、微笑んだ。
その笑顔は、あの日以来、折に触れて浮かんでくる。
意識して思い出すのではない。自然に浮かぶのだ。
作業の最中にも、道を歩く途中にも、今のように静かに座っているときにも。
今日、思い出そうとしたわけではない。
今夜は功法の試行に没頭し、頭の中は経脈と霊気の流れで満たされていた。
だが終えて心が空くと、その映像がまた浮かんだ。
闇の中で、動かずにいる。
あの笑顔――それ自体に何の不自然もない。
日常の一場面、唐執事への応答としての自然な微笑。
だが思い返すたびに、その弧の中に何かを感じる。
自分に向けられたものではない。間違っているわけでもない。
ただ、言葉にできぬ何かが、平静な表面の下に潜んでいる。
静かな潭の水面を見つめていると、底で何かが動くような。
魚でも水草でもない、名のない影。
闇の中でしばらく座り、やがて外衣を脱いで畳み、床尾に置く。
薄い被を胸まで引き上げる。
外の風が強まり、窓枠がかすかに軋み、遠くの枝が揺れ、影が窓紙を滑るように行き来する。
蔵経楼の門口で、玄霜が顔を傾けたあの光景が、再び閃いた。
もう目を開けず、そのまま闇に沈む。
しばらくして、呼吸が静かに整った。




