第10話 昇格
坊市から戻って三日後の午後。謝臨平が林瓶を書房に呼んだ。
書房は狭かった。三方の壁は書架で埋め尽くされ、巻宗や帳簿がぎっしりと詰まっている。黄ばみ、角の丸まった紙。長年の埃と墨の匂い。謝臨平は書案の向こうに座り、古びた一冊の書物を開いていた。指で頁をなぞっている。時折、窓の外から竹簾の隙間を通して陽の光が差し込み、浮遊する塵を照らし出している。
「小林。
前に、お前の霊目術について調べると言っただろう。」
謝臨平は開いていた書物を閉じた。その動作はゆっくりとしていた。
「霊目術はな。古書にも記録が残っている。雑術巻に分類されていて、前代の鑑定専門の散修門派から伝わったものだ。その後、大成した者はほとんどいない。」
彼は手元の一枚の紙を机の上に置いた。墨は乾いている。
「お前は通霊・納霊の体質だ。これは雑役の中では珍しい。それにその目がある。薬材の仕入れ、器物の修繕——お前のその目は、雑役にしておくには惜しい。」
林瓶はその紙を見た。
「聚霊谷雑役林瓶、通霊・納霊体質、霊目術を会得す。仕入れの鑑定および器物の修繕において多く貢献あり。外門弟子として推挙する。内務長老謝臨平、挙薦す。」
——外門に出られる。
彼はふと、一ヶ月前のことを思い出した。死体安置所の石の上で、全身が冷えきっていたこと。自分は死ぬために転生してきたのかと思ったこと。そして今——
「しかし、お前の場合は特殊だ。」謝臨平の声が一段、低くなった。「内務長老の権限で、雑役から外門への昇格は本来、私一人で認可できる。だが——お前の通霊・納霊体質と霊目術の組み合わせは稀だ。宗主が——お前に直接会って、確認したいと言っている。」
林瓶の心臓が跳ねた。
——宗主。
李還真。祭祀のとき、高台から全員を見下ろしていたあの紫色の姿。彼が自分に会うと言っている。
謝臨平は彼の緊張を察したように、軽く笑った。
「怖がることはない。あの方は怒ったりしない。」
――
翌朝。巳の刻。聚霊峰の控えの間。
林瓶は洗い曬しの灰色の短褐を着ていた。袖口は擦り切れ、肩には継ぎがある。それが一番きれいな服だった。
控えの間の門の前に立った。謝臨平が中から招き入れた。彼は室内に足を踏み入れた。紫檀の書案。両側の椅子。壁には太乙宗の群峰図。彼は壁際の椅子に腰かけた。椅子は硬く、冷たかった。背筋を伸ばし、膝の上に手を置いた。
やがて足音が聞こえた。
重くない。しかし穏やかで、一定のリズムがある。一歩一歩の間隔が、まるで測ったように正確だ。林瓶は無意識に立ち上がった。
宗主李還真が控えの間に入ってきた。
深い紫色の道袍。袖口と衿には銀灰色の雲紋。頭には玉冠。腰には墨緑色の佩玉——乱暴に揺れることなく、ぴたりと袍に添うように下がっている。彼が部屋に入った瞬間、控えの間の空気が変わった。
彼は書案の後ろに座った。挙薦文書を取り上げ、封を切り、中の紙を静かにひろげた。一文字、一文字、確かめるように。
そして顔を上げた。
「聚霊谷雑役、林瓶。」
「はい。」
李還真は林瓶を見た。怒りも温かみもない。純粋な審査の目。二息ほど、その目が林瓶に留まった。
「お前、鎮獄峰で事故に遭ったな。」
それは質問ではなかった。確認だ。
林瓶の背筋が凍りついた。
「はい。足を滑らせまして。一晩、気を失っておりました。」
控えの間が静まった。窓の外で、一羽の鳥が短く澄んだ声で鳴いた。そして飛び去った。
李還真は追及しなかった。
「霊目術は、自分で会得したのか。」
「はい。普段の仕入れで、物の良し悪しを見分けるために。」
李還真は頷いた。褒めはしない。励ましもしない。ただそれが存在することを確認しただけだ。
彼は筆を執った。挙薦文書に幾文字か書き加えた。動作は静かで、正確だ。そして筆を置き、林瓶を見た。
その一瞥には悪意はなかった。しかし善意も微塵もなかった。
「内務長老が、お前は勤勉で使えると言った。異議はない。務めを果たせ。」
林瓶は頭を下げた。
「ありがとうございます、宗主。」
一礼して控えの間を出た。
――
控えの間を出た瞬間、彼はやっと息を吐いた。自分でも気づかないうちに息を止めていた。廊下の風が吹いてきて、背中が冷たいことに気づいた。短褐が汗で湿って、肌に張りついている。
彼は廊下に立ち、数度、呼吸を整えた。
会話は五つのやりとりだけだった。入って、立ち、出るまで、線香一本分もかからなかった。しかしその短い間に彼は中から外まで、すべてを見透かされたような気がした。
——宗主は——
謝臨平の言う「あの方は怒ったりしない」は半分だけ正しかった。怒らない。しかし気にしていないのだ。彼にとって一人の雑役が外門弟子に昇格するという出来事は、帳簿に一筆記すのと同じことだった。
林瓶は聚霊谷へ戻る道を歩きながら日差しの中に立った。眩しい。それでも、先ほどの控えの間の冷たさだけは、まだ肌に残っていた。




