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睡蓮ー中編ー

闇が裂けたその奥から現れた魔王。

形は人間だった。

だが、その一歩ごとに空間が歪んでいる。

空気が押し潰されるように重くなる。

竜太は反射的に一歩下がった。


竜太:『…………』


呼吸が浅くなった。

肺に空気が入らない。


剛仁:『………』


剛仁も、その場から動けなかった。

視線の先に立っていたのは、どこか自分に似ている顔立ちの女性である。

それも中年の姿で、顔が完全に一致。

だが、決定的に違うのは、目だ。

何もかもを見てきたような目。

それは、どこか冷たく、暗い。


挿絵(By みてみん)


魔王:『私が魔王だ』


その声で、竜太の中の記憶が一気に繋がった。


竜太:『…………輝さん……ですか……?』


魔王:『そうだ、私が織田輝だ』


竜太:『……そう……ですよね……』


予想はしていた。

なぜならば、定食屋で輝が暗黒天蝕帝をハリセンでぶっ倒して強力な魔力を奪った事を竜太に打ち明けたのを覚えているからだ。

しかし、顔が剛仁である点については謎である。


竜太:『なんでその顔なんだよ……なんで剛仁と同じなんだよ……』


魔王は下を向いた。


魔王:『竜太とこの神社に来てから一つの魂が二つに分魂したのだ』


竜太:『…………!』


輝はゆっくりと顔を上げた。


魔王:『この世界を作ったのは私だ』


理解が追いつかなかった。


剛仁:『…………』


竜太:『……………は?』


魔王:『もともとこの世界は、人間だけの世界ではなく、魔の人間界だったのだ。かつてこの地には、バキュラと呼ばれる存在が、星の数ほど生きていた。人間と敵対するものではなく、縄文の時代には、互いに共存し、穏やかに暮らしていた。その頃は、まだ、神さまという概念すら無かった。だが時代が進み、平安時代に入ると、人はバキュラを神さまと氣づき始めて、信仰するようになった。そしてバキュラがいる場所を神域として、結界を張って、そこへの女性の立ち入りを禁じた。いわゆる女人禁制。そこから長い間にかけて均衡は保たれていたのだが、暗黒天蝕帝という魔王が現れて、この世界を無惨に支配したのだ。あいつは日本の結界を破壊し、バキュラと人間の境界も、信仰も、秩序も、伝統も全て壊しやがった。よって、世界は一気に崩れたのだ。なので、私は、その魔王をハリセンでぶっ倒した。……冗談みたいだが、事実だ。そして、その後。壊れたままの世界を放置するわけにはいかなかった。私は、この世界をリセットした。そして丸ごと作り直した。それが、今、君たちが立っているこの世界だ』


剛仁:『……なんのために……』


その問いに、魔王はすぐには答えなかった。

魔王は周囲へ視線を向けた。

枯れた梅の木。

崩れた社殿。

黒く濡れたような地面。

そして、静かに口を開いた。


魔王:『梅美を救うためだ。それ以外の理由は他に何も無い。未来は思っているより静かに壊れていく』


竜太:『……壊れる……?』


魔王:『ああ、人が余裕を失っていくのだ。余白もなく、削られる。弱いものから順番に………』


魔王の視線が、梅の木へ向いた。


魔王:『信仰、歴史、思い出、土地、繋がり……、お金にならないものは、全部後回し。そして最終的に、処分される』


竜太:『……この神社は?』


魔王:『この神社は一年後、取り壊される。税金でな』


輝は、そうはっきりと言った。

空気が止まった。


竜太:『…マジかよ』


魔王:『ここは道路になる。交通整備の名目だ。反対はあったが、通ってしまった』


剛仁の手が震えた。


剛仁:『……じゃあ……梅美さんは……』


魔王:『……救えない。このままだと、この場所は強引に消される。それどころか、大正時代まで大切に残された地下に眠る重要文化財まで知らずに破壊される。梅美さんの怨念が残ったまま道路になる。工事している作業員も、それに関わった人も全員、工事完了後に謎の死というのも見た。今も現実世界で人が大量に死んでいる。これを止めるには、時間を巻き戻した世界で役目を果たす以外の選択肢は無い。私は、2026年からやってきた40歳の輝だ。私がここに来た理由は、この日この時間に、この場所で、梅美さんがとある僧侶によって除霊された為、その運命を君たちに変えていただきたいからである。……あと10分で来る。あの時と同じ流れのまま進んだら、ここは完全に消える。……頼む。最悪な未来を、なんとしてでも変えるのだ』


竜太:『…………なんとしてでもって言われても』


剛仁:『………どうやって……?』


魔王:『あの時、私は僧侶に正論を並べられて何も言い返せなかった。感情的にやめてくれと訴えても、通じなかった。竜太も止めようとした。だが、手を出してしまった。その瞬間、僧侶は問答無用で、梅美を消した。その後、竜太は顔を覚え、寺という寺を捜し回って刃物で滅多刺しにしたのだ。……それが、過去に起きた現実だ。もう同じ事を繰り返すわけにはいかない。君たちがやる事は一つ。冷静になること。そして、梅美がここに居る理由を説明するのだ。これから来る僧侶は、話が通じる人間だ。感情ではなく、言葉で伝えれば分かる。だが、チャンスは一度のみ。失敗すれば、今度こそ、本当の終わりだ…』


魔王の言葉が途切れた瞬間、空気がわずかに揺れた。

まるで、張り詰めていた何かが切れたように。

魔王の姿は、音もなく輪郭を失っていく。

存在そのものが薄れていくような、不自然な消え方で遠くに離れていく。


竜太:『………待ってください!…もし、梅美さんを救えたら……その後、この世界に残された僕たちはどうなるんですか?元の世界に還れるんですか?あと、僕だけこの世界で生き続けたいと思ったら、それはできるんですか?』


魔王:『まず、この世界には、元の世界へ戻るための帰還装置が二つある。一つはこの神社、もう1つは剛徳寺の地下にある。この二つが揃わないと帰れん。装置の接続先は金剛龍寺の秘密の地下にあって、その地下の下を掘り起こす必要がある。が、その前に剛徳寺にある帰還装置は簡単には手に入らない。立ち入り禁止の天光堂にあり、鍵は法照という僧侶が常に持っている。さらに結界も張られているため、無理に入れば命の危険がある。最蔵という副住職に話を通せば、僧侶経由で鍵を手に入れられる可能性が高い。そして、それができるのは、剛仁、小坊主のお前だけだ。ただし、帰還には大きな代償がある。帰還装置を使った瞬間、全員が元の世界に戻るが、その代わりに記憶は全て消える。この世界で起きた事も、出会いも、全部。だが、君たちの口座に一億円送金したので、記憶にないかもしれんが受け取れ。それが私からの報酬だ。あと、もう一つ注意がある。もし、この世界で死んだ場合、元の世界では誰にも覚えられていない存在になる。存在そのものが無かった事になる。そして、ここに残り続けた場合の未来も危険だ。元の世界で、自分の意思とは関係なく犯罪を犯す事になる。更に、記憶が曖昧なまま戻され、世間やマスコミに追われ、訳の分からない出来事や不自然な代償がどんどん重なっていく。この世界を操っている者は表には出てこないが、私を倒したら竜太が引き継ぐ事はできる。だが、同じ過ちを繰り返してほしくない。ここから先は、君たちの選択にかかっている』


魔王は剛仁を見つめた。

その表情には、これまで見せなかった全てを背負ってきた者の覚悟が滲んでいた。


剛仁:『魔王さまは今、現実世界で何をしているんですか?』


魔王:『仏教学校に通いながら、とある仏教団体を本格的に潰す為に準備している最中だ』


竜太:『その顔で、その思考は僕には想像できなかった…。その顔でその口調だし、なんかその…ごめん、僕の思考がとても追いつかない…』


魔王:『この顔で、うんこだって言うぞ。うんこぉぉぉぉーーーー!』


梅美:『うふふ、とっても面白い魔王ね。私もうんこ好きよ』


魔王:『そうか、そうか。うむ、うんこは素晴らしい!で、破壊の件なのだが…』


剛仁:『やっぱり、本物の輝………。でもね、輝、社会の圧力を嘗めてはいけない』


魔王:『それがどうした?』


剛仁:『力で潰したら反発が生まれるの。地下に潜って、もっと過激になるよ』


魔王:『では、いつまで同じことを繰り返す?二千年経って、何が変わった?争いは減ったか?救われない人間はどうなったと思っている?結局、人間は考える事をやめて、正しそうなものに寄りかかってるだけのクソ人間だ。正しい事をしているという免罪符を握って、その裏で何人見捨ててきた?正論で切られて、誰にも拾われなかった人間を見て見ぬふり。潰されて、消えていった存在を見てきた筈だ。その影で、何人切り捨てた?誰かが代わりに考えて、そのレールに乗ってるだけで済むなら楽か。現実は人間が作った仕組みであって、結局は欲まみれではないか。人を救えないどころか、正当化して人を殺す腐った構造をこの私が破壊する』


剛仁:『壊さなくても救える道はあるよ。それに、破壊したところで人間はそう簡単に変わらない』


魔王:『一度見た未来は消えん。他にも同じ構造で死ぬ人間がいるなら、私は必要な破壊を躊躇しない改革者になる。安心したまえ、無関係な人を巻き込むような事はせん』


竜太:『僕は魔王の考え、嫌いではありません。実際、破壊しないと変わらなかった日本の過去があるから。壊さずに結果を出すなんてキレイ事を言ってる偽善者と、壊しても無駄だと思って動かない死んだような傍観者で溢れてる。でも、輝さんには幸せになってほしい。そう願っている人が居る事を忘れないでください。輝さんは一度言った事は必ず実行する行動力があるので、危険な人に狙われないか心配です。破壊とはいえ、輝さんの弟や僕たちまで悲しませるような事をしたら、輝さんは一生その顔を忘れられなくなってしまいます。それに今は梅美さんを救う事、それ以外の事は今は考えてる場合ではありません。輝さんは僕たちの役目が果たせるまで、お祈りして下さい』


魔王:『そうだな、順序を間違えたらいかんな』


竜太:『魔王は……、いや、輝さんは、結婚してるんですか?』


魔王:『養子に入った相手が居たが、私が交際する前から性行為が気持ち悪いと感じて、それが申し訳ないと感じて、相手に泣かれても強引に離縁した。それから剛仁、余計なお世話だが、お前は養子とか入るな。誰も好きになるな。お金だけ吸い取られて、無くなったら捨てられる未来が待ってる。私は性行為がとか言ってるが、それだけの理由ではない。その人は、お金を要求する。私が病気になった瞬間、その人は豹変した。救急車も呼ばず放置、自力で歩いて病院へ行った。絶対、やめておけ』


剛仁:『覚えていれば、そうしたいですが、その時は、お勉強代だと思って前を向きます。でも、私も性的な行為そのものが気持ち悪いので、一切したくない。恋愛・結婚なんてする氣もありません。仏教一筋で生きていきたいです』


竜太:『輝さん、その人の事、好きだったんですか?』


魔王:『常に憎いと思うほど、愛していた。だが、一度、裏切られてからアホみたいにブチ殺したいと思った事もある。1400万円を溶かされてしまったのだ。相手の両親は私が突然家に行っても手料理を出して、私を本当の子供のように可愛がっていたから、その親だけは悲しませたくなくて、パートナーの事を悪く言うのも嫌だったから、ずっと笑顔で噓をついてた。とても幸せですと。私の親にも心配かけられないから何も言えなかった。それくらい、必死に愛していたのさ。だが、そのパートナーは私を愛していたとは思えない。愛されていると思った事も、正直、一度も無かった。ずっと、呪いのように死にたいしか思えなくなって、ずっと、死にたくて、頭の中がぐちゃぐちゃして、私は常に布団の中で泣いていた。お金でしか繋がれないと、はっきり分かってから、殺意が消えて完全に氣持ちが冷めた。離縁して悔いは無い』


竜太:『…………。やっぱり、輝さんには幸せでいてほしいです』


剛仁:『輝が辛いと私も悲しくなっちゃうよ』


魔王:『こんなに小さな子供達に心配かけるなんて魔王失格かな……。重いよな、こんな話、ごめんね……、安心して、最悪な過去とは思ってない。そういう過去にありがとうと思ってるんだ。あの日が無かったら、今の私は無いのさ。あの人から貰った辛かった時間は私にとって宝なのだ』


魔王の口元は少し緩んでいた。

だが、それは無邪気な笑みではない。

何かを手放した痛みを知った上で、それでも前を向くと決めた者の静かな微笑だった。

その瞳は、もう過去ではなく、これからの先の光を見つめているようだった。


竜太:『輝さん、誰に何を言われても誰に何をされても、輝さんの中で輝く火を消さないで生きて下さい』


魔王:『お互いにな』


その刹那、輪郭が揺らいだ。

最初は氣のせいかと思った。

それが陽炎のように、空気がわずかに歪む。


竜太:『……え……?』


剛仁:『…………!』


魔王の足元から、音もなく崩れていく。

砂になるわけでも、光になるわけでもない。

存在そのものが薄れていくようだ。


指先が透け、次に腕、そして、身体の輪郭が、ゆっくりと背景に溶けていく。

魔王は抵抗しなかった。


ただ、まっすぐ二人を見たまま、その瞳だけが最後まではっきりと残る。


魔王:『頼んだぞ』


声は、もう風に混ざりかけていた。

魔王の瞳すら静かに消えた。

音は、何もなかった。


ただ、そこに確かに居たという感覚だけが、重く、空気の中に残り続けていた。

風が、遅れて吹いた。

枯れた梅の枝が、かすかに揺れる。


竜太も剛仁も、暫く動けなかった。

何かを言おうとしても、言葉にならない。

魔王のあの言葉だけが、胸の奥に残って離れなかった。


あと10分

このままだと消される

感情では通じない

チャンスは一度


その一つ一つが、じわじわと脳に染み込んでくる。

竜太はその場に立ち尽くしたまま、何も言えなかった。

心臓の音だけがやけに大きく聞こえた。

ドクン、ドクン、と耳の奥で響く。

呼吸が浅い。

さっきまでの圧迫感とは違う。

今度は、自分の内側から締め付けられるような息苦しさだった。


剛仁も同じだった。

動けない。

理解しきれていないのに、状況だけが進んでいる。

それが一番、恐怖を生む。


剛仁:『……あと……10分……だって』


竜太:『……マジで来るのかな……』


枯れた梅の木の枝が、かすかに揺れる。

カサ、という乾いた音。

それだけで、やけに神経が反応する。

静かすぎる。

さっきまで魔王がいた場所とは思えないほどに、この空間は、ただの寂れた神社に戻っている。

だが、違う。

何かが起きようとしている前兆の空気だった。


剛仁は梅美を見つめた。

梅美もじっとこちらを見つめている。

その目は、さっきよりも明らかに揺れていた。

不安と恐怖。

剛仁は、その視線を真正面から受け止めた。

逃げられなかった。

逃げちゃいけないと、直感的に分かっていた。


剛仁:『梅美さんを必ず救います』


迷いはなかった。

むしろ、その一言で、頭の中のノイズが一気に消えた。

やることは一つしかない。


竜太も、ゆっくりと顔を上げた。


竜太:『まずは冷静に。相手の圧に負けないように先に深呼吸しましょう』


剛仁:『リラ~ックス』


竜太と剛仁は両手を広げて深呼吸した。

肺に空気を押し込むように、一度だけ深く息を吸う。

吐くとき、ほんの少しだけ震えが混じったが、さっきよりは明らかに落ち着いている。


剛仁:『どう説明しよう、竜太』


竜太:『ちゃんと筋を通して話したら相手は分かると言っていたので、梅美さんがここにいる理由を1,2、3の順番で僕が説明します』


剛仁:『一発勝負です。話が通じるとはいえ、頑固な僧侶は来るのでは………。子供だけの言葉を聞く事ができたなら、道路なんて………。大丈夫かな?』


竜太:『………………』


沈黙が広がった。

その沈黙はさっきまでのものとは違う。

何もできない沈黙ではない。

考えている沈黙だ。


梅美は、少しだけ俯いていた。

指先をぎゅっと握りしめている。

その仕草は、年相応の少女そのものだった。


梅美:『……私のために……ここまで……』


言葉が続かない。

喉の奥で詰まっている。

目に涙が溜まっていく。

それでも、梅美は泣くまいと必死にこらえている。


剛仁は、少しだけ間を置いてから口を開いた。


剛仁:『梅美さん、僧侶がどんな人が来るのかは分かりませんが、どんな僧侶が来ても嫌いにならないでください。魔王さまは正論を並べると言っていたけど、人にはひとりひとりに正義があります。私にも竜太にも梅美さんにも、これからやってくる僧侶にも。もし、尊厳を捻じ曲げるような僧侶だとしたら、その時は私……』


梅美は、ゆっくりと顔を上げた。


挿絵(By みてみん)


梅美:『私は理由があって、ここにいるから、それは私の口で、お話しするから大丈夫よ。全部、あなたたちに背負わせたりはしないわ』


竜太:『三人で力を合わせましょう』


剛仁:『はい』


その時だった。

砂利を踏む音が一歩、また一歩と聞こえてきた。

規則正しい足音が、境内の外から近づいてくる。


剛仁:『……来た……』


竜太は両手を広げて深呼吸した。

足音が止まらず、一定の速度で迷いなく、こちらへ向かってくる。


影が一つ、鳥居の向こうに現れた。

逆光で顔は見えない。


だが、ただ立っているだけで分かる。

普通と違う。

空気が一氣に変わった。


さっきまでの静けさとは何かが違う。


張り詰めるような圧。

静かで、もっと冷たい空気が流れてきた。


そして、梅美の前に一人の僧侶が現れた。


梅美:『………………!!!』


そこに立っていた僧侶の顔は、おっかない顔をしていた。

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