睡蓮ー友達編ー
【大切なお知らせ】
AI利用状況の設定が必須になった為、補助的利用に設定しました。
アイデアの整理や表現の相談などでAIを活用する事はありますが、物語そのものやキャラクター達の歩む道は自分で考えて執筆しています。
ここ迄お付き合いくださった皆さま、本当にありがとうございます。
これからも輝や優樹たちの物語を見守っていただけると嬉しいです。
六月九日、輝は優樹のお弁当を作った。
優樹:『お弁当!僕の大好きなチキンライスが入ってる!唐揚げもだし巻き卵もある!わぁ~、美味しい!』
優樹は目をキラキラと光らせながら手作りのお弁当を見つめていた。
輝:『こら!中見るな!つまみ食いするな!お昼の楽しみがなくなるだろ!』
優樹:『だって我慢できないんだもん』
輝:『もう!』
優樹:『牛だ』
輝:『牛は、もう!ではない、もーーーーう!だ。そこ間違えるな』
優樹:『もーーーーーーーーう!』
輝:『もーーーーう!……あぁっ、しまった!牛の鳴き声真似してる場合ではなかった!幼稚園バスがもうすぐ来る!学校も遅刻してしまう!世の中の親は、こんなに面倒くさい事を毎日やってるのかぁ……』
朝から牛の鳴き真似をする優樹と輝。
この時、輝は白石には申し訳ない事を言ったと心の底から、そう思った。
三日間、輝が作った料理はどれも簡単なものだが、白石が作ってきた料理は、その何倍もの手間が掛かるものばかりであった。
人は相手と同じ立場になった時、過去の自分の言葉が返ってくる。
虹が見たい。
いつか、そう呟いた日があった。
赤と黒と白しか見えなかった輝は、長い時間をかけて知る事になる。
人は一色ではない。
白石にも、母上にも、優樹にも、剛仁にも、そして自分にも、数え切れないほどの色がある。
憎しみだけの人間もいない。
優しさだけの人間もいない。
人は皆、それぞれの色を持って色々と抱えつつ、生きている。
だからこそ、美しい。
輝が探していた虹は、遠い空の向こうではなく、人と人との間に架かるものだったのだ。
輝:『優樹、白石に夜ご飯はピザ屋で食事する、白石もどうだい?ピザ屋で待ってる。って置手紙を書いておいた』
優樹:『まさか、白石さんに奢ってもらおうとしてない?』
輝:『そんなゲスい事せんわ』
優樹:『え~、二人がいい。僕、楽しみにしてたのに三人とかイヤだぁー』
輝:『仕方ない、手紙には優樹と秘密のデート・体を使って遊ぶプランプランするから邪魔するなと書いておくか…』
優樹:『気持ち悪いなぁ!』
輝:『ふっひひひひひひひ!私、語彙力無いんで、優樹が代わりに書いてくれ』
優樹:『はぁ??前日に用意しとけや!このポンコツ変態クソ豚野郎!』
輝:『ポンコツは伸びしろの塊。変態は素晴らしい。クソは肥料。豚は足が速く賢く逞しい。野郎は野を駆ける郎、つまり自然の中を自由に生きる者。美しい誉め言葉として受け取ってやろう』
優樹:『くっ……コイツ…都合よく解釈しちゃった……』
輝:『今日は、いっぱい褒められて氣分が良くなったからデザートも追加しよう』
優樹:『わぁーい!一番高いやつにしよう!』
輝:『はっ!しまった!遅刻!早く行くぞ!じゃあ、また!』
優樹:『うん、白石さんには手紙に僕とお兄ちゃんが仲直りした記念にピザ食べるから、ごはんはいらないよって書いといたから』
輝:『ああ、ありがとな!学校終わったら準備とかするから、幼稚園から帰ってきたら居間で待っててくれ』
優樹:『うん、わかった』
輝は学校へ向かい、優樹は幼稚園バスへ乗り込んだ。
ほんの数時間後に再び顔を合わせるだけなのに、優樹は窓から身を乗り出すようにして手を振っている。
どういうわけか、優樹の友達まで一緒になって手を振っていた。
輝は満面の笑みで両手で手を振った。
バスが角を曲がって見えなくなるのを確認してから、輝は一人で通学路を歩き始めた。
輝:『あれ……、優樹…、………今ので元の世界に帰っていたりしないよな?いつ帰ってしまうか分からないんだぞ……。なんか、嫌な予感がする………』
そう考えながら、学校へ向かった。
朝の住宅街はいつも通りだ。
ダルそうにゴミ出しをする人、死んだように歩く社会人。
いつも通りの同じ朝を過ごしている。
だが、輝には少し違って見えた。
昨夜、全国ニュースでは外出自粛を呼び掛けていた。
失踪者が増え続けている。
総理大臣は外を見るなとまで言った。
それなのに人々は普通に外を歩いている。
輝:『案外、人というのは慣れる生き物なのだな……』
通学路の信号を渡った。
輝:『……』
少しだけ足を止めた。
本当に優樹は大丈夫だろうか。
今ならまだ幼稚園バスを追いかけられる。
だが、それは過保護に過ぎない。
輝は首を横に振った。
輝:『優樹は私より賢い。大丈夫だ』
そう言い聞かせた。
しかし、胸の奥の違和感が消えない。
空を見上げた。
曇りだ。
どこを見ても雲だらけ。
妙な圧迫感がある。
まるで空の向こう側から誰かに見られているような。
輝:『氣のせい…か……?』
交差点を曲がった。
見慣れたコンビニが見えた。
伝説のコンビニだ。
小銭を落として半泣きになった事を思い出し、少しだけ笑った。
輝:『ぶっ!(笑)本当におもろいのぉ、私は……』
そう呟いた時だった。
通学中の生徒たちの会話が耳に入る。
『昨日のニュース見た?』
『失踪事件のやつ?』
『絶対、フェイクニュースだよね。普通に近所の人居るし』
『それなー!』
誰も本氣にしていない。
そこに居る人は、もう居ない。
輝だけが黙っていた。
だが、この世界がおかしいというのをどれくらいの人が知っているのだろうか。
輝は笑えなくなった。
そして、歩き続けた。
校門が見えてきた。
見慣れた校舎に見慣れたグラウンドに見慣れた朝の喧騒。
だが、胸のざわつきだけはエゲつない。
輝:『……放課後になったら、すぐ帰ろう』
誰に言うでもなく呟き、そのまま校門をくぐった。
『輝くん…』
背後から声が聞こえた。
輝:『ぶふぉッ!!!はァァァァァびっくりしたァァァァァァ!!!また貴様か!!!しつこいなぁ、もう!!!後ろから小声で話しかけるな!!!霊かと思った!!!!今、内緒でプルーン食べてるのにバレたらどうしてくれるんだ!!!先生に呼び出されて臭い唾が飛び散る説教という拷問を喰らった嫌な思い出があるんだから脅かすなよ!!!』
びっくりしすぎて骨が二個くらい取られた感じがした。
翔:『ごめん、空気がうまく読めなくて…。プルーンなんか家で食べたらいいのに』
輝:『学校で食べるプルーンだからこそいいのだ』
背後に居たのは霊ではなく翔だった。
輝は露骨なリアクションで驚き芸を披露したが、これはガチだ。
翔:『その傷どうしたの?』
輝:『結構前の話するんだな……。バキュラとじゃれ合ってたら、氣づいたらこうなってた』
翔:『なんで家出なんかしたの?』
輝:『いつの話してるんだ、貴様は?』
翔:『話すタイミング無くて……。輝って話しかけんなオーラ全開だし…。それで、なんでなの?』
輝:『自由になりたかったからだ。亨も私も色々あって疲れてたのさ』
翔:『亨の事だけど、何か俺のこと言ってた?』
輝:『翔は亨の事をどう思ってるんだ?』
翔:『俺は、まだ亨の事をよく知らないけど、亨は繊細なのかな。皆が背けているものや見えないものを見ようとしている姿勢が惹きつけられるっていうか、上手く言えないけど叶わないなぁって思ったんだ。だからこそ一度キレたらブレーキがうまく効かないのかもしれない。その間に俺が居て友達になれたらなって…』
輝:『じれったい奴だなぁ。うじうじ系芋虫女子か』
翔:『うるせぇ!今日は遠足の班が確定する日なんだよ!』
輝:『知らんがな!遠足の班が確定する今日よりも前に話すチヤ~~~~ンスは、いっぱいあったがな!班決めがくじ引きになる前にうじうじこいてないで亨にさっきの事をそのまま言って確かめてこい!今すぐに!亨は友達になろうって言ったら、うんいいよって言うやつだぞ!ほら、行ってこい!もじもじお化けも卒業してこい!』
翔:『い、いや、怖いからいい。また首しめられたら次は死んじゃいそうだから。このタイミングで友達になろうとか言っても、いきなりすぎて亨は受け入れないと思う。少し様子見って事で』
輝:『ああ、時間をかけていった方がいいかもしれんな。その壁を乗り越えた時は今よりも良い関係になれる筈だ。それに亨は可愛いとこもある。純粋で綺麗な心があって、私はそこに惹かれたのだがな。それを隠したがって表に出さないから余計ほっとけなくてね。あ、これ亨には内緒だぞ』
翔:『ずりぃーな、お前。俺には、それ言っちゃえよとか勧めておいて自分だけ肝心な事を言わないなんて、ずるくね?』
輝:『いや、私はいいのだよ。ほら、アレだアレ。言わなくてもなんとなく分っちゃいますみたいな電波的なレーダーだ。ヴィーンってなるやつ』
翔:『そんな都合良く解釈できたら最初から言葉なんかいらねぇよ。まぁ亨が悪い人ではないのは判る。でも俺の中ではまだ引っ掛かるものがあるんだよ。輝を殴ってる時、輝への憎しみではなく、自分と何か深い関係での憎しみで殴ってるように見えたんだ』
(やはりな……)
輝:『…………。私は馬鹿だから、もっと解り易く説明してくれ』
翔:『俺もそれが何なのか解らないから上手く説明できない。でもヒントは過去だと亨は言ってたよな?たぶん…亨の過去を知った時、それが解る日が来ると思う…』
確かな憎しみは輝も肌で感じていた。
この時は、まだ心地の良い温かい秘密基地という領域を破壊する事を恐れていた為、その箱庭へ足を踏み入れる事を何よりも恐れていたのかもしれない。
それは時々見せる切ない表情と日々過ごしてきた言葉に根本的な憎しみのヒントが隠されているからだ。
輝:『亨には嘘吐けないな…』
翔:『何か隠し事してるの?』
その質問に輝は敢えて答えなかった。
翔は、それ以上は訊かなかったが、お互いに簡単に言えない複雑な事情を抱えている重みに耐えられる力になりたいと思い始めていた。
だが、恥ずかしいという気持ちが邪魔をして中々切り出せずにいた。
その刹那、亨の背後から車の音が聞こえてきた。
亨は蟻に夢中で、その音は聞こえていない。
輝:『オイコラァ!!!亨!!!車来てんぞ!!!』
輝のドスの効いた声は車にかき消されて届かない。
輝と翔は慌てて亨が居る場所へ走った。
この友情は、いつか引き裂かれるものだとは知っている。
だが、この形で壊れてしまうのは、最も辛い曲がり道である。
犬を置いて先に逝くのは許せない。
お互いの尊い存在をここまで植えつけられ、全てが白紙になるのは耐えられない。
どうせなら全て明かされて心にナイフをズタズタに刺して穴を開けて力を全て出し切ってから枯れる方がよっぽどいい。
そう思いながら先を急いだ。
車も時間も止まってくれない。
輝:『行くぞ!!!』
車はスピードが出ている為、急に止まる事はできない。
翔:『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
輝:『んがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
翔と輝は両手を大きく上に広げ、道路に飛び込んだ。
そして二人で力を合わせて亨と虫を守るように上に乗った。
激しい急停車の音と共に車と輝の頭が激突する音が響き渡った。
そして真っ白で眩しい光が目に差し込んだ。
全身が熱いのに不思議と痛みを感じなかった。
今、自分がどうなっているのか分らない。
遠くで誰かが“こっちへ来るな”と叫ぶ声が聞こえた。
それは僅かな夢だった。
視界が遠く薄暗くなり、感覚が無くなってきている事に気付き始めた。
音だけが聞こえている。
翔:『いってぇ……足擦り剥いた…』
亨:『……翔!!!』
輝:『亨、翔、怪我は無いか?』
亨:『……うん』
翔:『平気。蟻は?』
亨:『…え…え……』
亨は突然起きた出来事に酷く動揺して言葉にならなかった。
翔:『蟻は生きてんのかって聞いてんだよ、バカヤロー』
亨:『…う……うん、生きてる』
輝:『よかった…本当によかった…』
亨:『輝…なんで?翔まで……どうして?』
輝:『亨は私の友達だ。翔も友達になりたがってて……』
亨:『………え?』
輝:『…………友達…に……して…く………』
その後、輝は目を開けたまま倒れた。
その瞳は桜の木の下で見たあの日と同じだ。
遠くを見ている。
翔:『…輝?起きろ!!!輝!!!おい!!!嘘だろ…』
その目は蟻を見ているようだった。
蟻を助けた左の薬指が車のタイヤに擦れて逆方向に曲がり、全身は擦り傷で小石が肌に埋まり、血塗れになっていた。
輝の頬に最後の桜の花びらが落ちた。
それを見た亨は震えながら呆然とした顔で状況を飲み込んだ。
そして蟻は自然に帰っていった。




