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睡蓮ー放下編ー

皆さまへ


気が付けば100話まで来ることができました。

ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

優樹や輝、剛仁たちの物語は、最初は小さな日常から始まりましたが、気付けば想像していた以上に長い旅になりました。

笑ったり、怒ったり、悩んだり、時には屁の話をしたりしながら、それでも登場人物たちは少しずつ前へ進んでいます。

100話という数字は一つの通過点に過ぎませんが、ここまで書き続けられたのは、読んでくださる皆さまのおかげです。

感想や応援の言葉、静かに読んでくださること、その全てが励みになっています。

この物語のテーマの一つに放下があります。

握りしめたものを手放すこと。

許せないものと向き合うこと。

そして、それでも誰かと繋がろうとすること。

優樹や輝たちがどこへ向かうのか、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

101話からも、どうぞよろしくお願いいたします。

六月八日。

世間で妙な報告が相次いだ。


“犬の散歩に出たまま連絡が取れません”


“玄関の防犯カメラ映像がおかしいんです”


警察署の電話は朝から異常な数で鳴り続けており、全国各地から似たような通報があった。

出勤した刑事たちは首を傾げた。

どれも共通点が無い。

年齢も性別も職業も違う。


しかし昼前になって、一つだけ奇妙な共通項が見つかった。

失踪者全員が屋外にいた。

ただそれだけだ。


昼のニュースでは取り上げられなかった。

事件として確定していないからだ。


各テレビ局も迷っていた。

全国同時多発失踪。

そんな馬鹿げた話がある訳がない。


ネット上では既に、この日よりも前から騒ぎになっていた。


“外出”


陰謀論だと切り捨てる者もいた。


その頃、大阪府のある住宅街では、小学五年生の男児が母親にこう言っていた。


『ママ』


『なぁに?』


『外が変』


母親は窓を見た。

普通の住宅街だった。

車も走っている。

電柱もある。

近所のおじいちゃんが犬と一緒に散歩している。

いつもと何も変わってない。


『気のせい、気のせい』


そう言って朝食を並べ、その十分後に消えてしまった。

誰にも見られず、痕跡も残さず。

ただ犬のリードだけが道路へ落ちていた。


午後一時、警察庁。

各都道府県警から上がる報告書の量が異常になり始めていた。


失踪。


失踪。


失踪。


失踪。


数字・統計がおかしい。

説明がつかない。

会議室の空気が重くなっていく。


『偶然ではありません』


誰も反論しなかった。

夕方になる頃には、自衛隊や内閣危機管理センターまで情報が共有され始めていった。

しかし、原因も理由も法則も不明。

唯一分かっている事は外へ出た人間が帰ってこない。

その割合が急激に増加している事だけである。


その頃、輝と優樹は三日間外出禁止最後の晩飯、グラタンとサラダと玉ねぎ汁を作っていた。


輝:『ついに最終日だな』


優樹:『あっという間だったね』


輝:『確かに』


優樹:『蟹!』


輝:『優樹、蟹のおせんべい、隠しただろ?』


優樹:『うん、だって隠し事ばっかりするんだもん。ムカついたから全部隠して食べちゃった』


輝:『一言言ったら全部あげてたぞ』


優樹:『ごめん』


輝:『私の隠し事は優樹には隠せないものだな』


優樹:『…………。家族だからね』


輝:『………』


優樹:『にしても、ミニラテ姫のシール、二人ともコンプリート出来てよかったね』


輝:『最後の最後に二人でシークレット出たの感動したな』


優樹:『シークレットはキラキラノミラテ姫でウェディングドレスだよ。あれこそダブってほしかった!』


輝:『使用用、観賞用、保存用、布教用、少なくとも八個ほしい』


優樹:『でも、これって元の世界には持って帰れないんだよね?』


輝:『持って帰ったら死ぬぞ。自分が死ぬ確率が高いが、一番大切な人があり得ない形で死ぬかもしれん。元の世界で再版されるから、それに期待!』


優樹:『それ先に知って良かった……。再版されたら、二人で開けよう!』


輝:『ああ、シークレットいっぱい手に入れよう』


優樹:『はぁ、それにしても最終日は伝説のスパゲッティがよかったなぁ』


輝:『すまんな、伝説のスパゲッティは元の世界でしか作れないレシピなんだ。ここで作らないと決めてるのさ』


優樹:『明日、ピザ食べたら剛仁さんに会いに行こう』


輝:『駄目だ。明日は学校だから。夜にピザ食べてお家帰るぞ』


優樹:『じゃあ、ピザの前に行こ』


輝:『急は、よくないぞ。今日、連絡して急に明日行っていい?というのは相手の予定を狂わせる。会うなら休日にしょう。で、なぜ、剛仁に会いに行くのさ?』


優樹:『打ち明けよう、全部』


輝:『………それは、だめだ、優樹。アイツにはやる事があるのだ』


優樹:『梅美さんを救うやつかな?』


輝:『優樹、何でも知ってるのな』


優樹:『ごめん、それも元の世界で全部日記見ちゃった』


輝:『ふざけんな、勝手に見んな』


優樹:『こっちがふざけんなだよ。僕の引き出しに勝手に入れたんだから僕が見ても文句言わないでよ。見てくださいって言ってるようなものだよ。ふざけんな、勝手に見んなは、おかしいよ』


輝:『そこしか隠す場所が無かったんだ』


優樹:『いや、もっと他に隠すとこあるよね。鍵付きの倉庫みたいなの何個持ってるんだよ?そこに隠してよ』


輝:『それごと持ってかれる事を考えたら、優樹の引き出しが一番安全だと思ったのだ』


優樹:『あんなドヤ顔うさぎの倉庫、誰が持っていくの?持っていくのを人に見られるだけで恥ずかしすぎるよ』


輝:『マニアにはたまらん倉庫なのだ。あれは、いつ盗まれてもおかしくない。全く安全とは言わん』


優樹:『だからって人の引き出し勝手に使わないでよ』


輝:『ごめん。プライベート空間だったな』


優樹:『いいよ、許すよ。僕の方こそ日記読んでごめんね。梅美さんを救った後に、僕たち元の世界に一緒に帰ろう』


輝:『ああ、約束しよう』


優樹:『本当に約束できるんだよね?それだけじゃなく、お母さんにレイプしたり、負の連鎖を起こさないでほしいんだ。恨みを持ち続けても、仕返ししても、相手より先に自分自身が苦しみ続けるんだよ。相手が何をしているかに関係なく、自分の時間や感情が恨みに支配され続けるんだよ。恨みそのものが、自分を縛り続ける。相手を苦しめたいと思っていたはずなのに、実際には自分が苦しみ続けるんだ。僕は輝には、この世界で憎悪や呪いを抱えた人間が閉じ込められる場所に留まってほしくないよ』


輝:『優樹………。…………。ありがとう………………』


今思えば、誰かに読まれたかったのかもしれない。

見つけてほしかったのかもしれない。

だが、輝は、それをうまく優樹に言えなかった。

優樹には、ありがとうと自分の名前を呼んだ言葉から、輝が執着を手放さなければならない事に氣付き始めた事を感じ取っていた。


午後六時、全国ニュースが速報を流した。


『政府は現在発生している大規模失踪事案について、不要不急の外出を控えるよう呼び掛けています』


キャスターの表情は固いものの、危機感が無い。

この時は視聴者も本気では受け止めていなかった。

災害の注意報程度くらいの感覚だった。


だがその夜、異常な通報が相次いだ。


『こんな時間なのに窓の外が明るい…ぎゃぁーっ!』


『道路の真ん中に未確認生命体が居るけど動かずに、ずっとこっちを見てる…ぎゃぁぁぁーっ!!!」


通報件数は更に達した。

警察官が現場へ向かうが、何もいない。

監視カメラにも映っていない。

しかし通報者だけが何かを見ている。


深夜零時、日本全国で停電ではない奇妙な現象が発生した。

街灯が一斉に消えた。

送電設備に異常は無い。


原因は不明だ。


窓の外が完全な闇へ沈み、テレビ放送が数秒間だけ乱れた。


ノイズからの黒い画面。

おまけに砂嵐。


そして、一瞬だけ映った空より大きい黒くて山脈のような輪郭。

角なのか、翼なのか、誰にも分からない何かだ。

しかし全国で数千万人が同じものを見た。

映像は一秒にも満たなかった。

放送は直ちに正常へ戻り、アナウンサーは何事も無かったように話を続けている。


だが視聴者だけは理解していた。

今のは放送事故ではない。

何かがいた。


午前零時七分。

内閣総理大臣は緊急会見を開いた。

顔色は死人のように青かった。

震える手で原稿を握っている。


『全国民へ通達します。明日になるまで自宅から出ないでください。窓を開けないでください。外を見ないでください』


記者たちは凍りついた。

何を言っているのか理解できなかった。


『これは要請ではありません。命令です。繰り返します。絶対に外を見ないでください』


会見場は静まり返った。

誰もまだ知らない。

実は、もう遅いという事を。


その頃、輝と優樹は別々の部屋でグゥスカ氣持ちよく眠っていたのであーる。

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