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異世界ライフは美しい!  作者: 清水悠


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97【グレンの乙女心⑥中編】

 なんだこれは? こんな空気になるとは想定外だぞ?


 私がセナと共に宴の会場へと入ると、場内は一瞬で静まり返った。リュカやフレデリックの時は歓声だったのになぜ私達だとこうなる?


「 わぁ!今回の宴は立食形式なのね〜!」


 周りの状況が分からないではないだろうに、セナはそれには意に介さず嬉しそうに会場を見回している。


「 お料理もこの国の料理だけじゃなさそう!そっか!これは様々な国の方がいらしてる配慮なのかしら?」


「 そ、そうだな!今回は身内だけじゃないからかもしれないな。」


「 やっぱり?いろんな国のお料理が食べれるなんて幸せ〜! ここの料理長って凄いのね!」


 あぁそうか、これも彼女の計算なのか。セナの表情をよく見ると、目元などは全然笑っていない。

 どれだけ場慣れしているのか、他愛ない会話を大きい声ですることにより、会場の雰囲気を元通りに戻した。


 だんだん分かってきた。


 彼女はこの世界で常に神経を張り詰めている。そうやって気遣いができるのは、それは素晴らしいと思うが、それでは自分はいつ安らぐことができるのだ? お前は誰の前なら本音で話すことができる?


 きっと、一人もいないのであろう?


「 あそこにお爺ちゃん達がいるわ!ご挨拶に伺いましょう?」


 私の袖を引っ張るセナを眺めながら、私は胸が苦しくなってきた。そのセリフは本来なら護衛役である私が言うべきものだ。今夜の宴を楽しもうなど、微塵も思ってないのだろうな。


 私がここで「あまり気を遣うな 」と声をかけたところで、彼女は喜びはしないだろう。むしろ私に気を遣わせないよう次はもっと注意するようになってしまう。


 老中達への挨拶を済ませると、次はソウタ様やララノアの隊員達へ。隊員達の親族や考古学者が順番に話しかけるのを、セナは嫌な顔ひとつ見せず決して笑顔を絶やさない。

 彼女はその間、食べ物どころか飲み物すら口にしていなかった。給仕からグラスを取ったので飲むのかと思いきや、それが宴の礼儀かと言わんばかりに片手に持ち歩き、話す相手と乾杯を交わす。


 …… そうか。互いにグラスを合わせることにより、相手の警戒心を解くことができるものなのか。彼女と共に乾杯を繰り返すうちに、その事がようやく分かった。今まで何度も宴に参加していて、そんなことも知らなかった。


「 グレン、王様がいらしたわ。」


 セナの視線に合わせると、ちょうど国王様が会場の入口をくぐったところだ。頭の後ろに目があるのか?と疑いたくなる。


 国王様が玉座へ腰を下ろすのと、私達が王の御前へ到着するのはほぼ同時だった。彼女が途中歩調を緩めたのは、王を急がせないための配慮だったのか。


 更に一呼吸置いてセナは私をチラリと見上げた。

 私から先ず国王様に声をかけ、続いてセナが挨拶を交わす。


 会場の誰よりも先に国王様へのお声掛け。そして周りからは私がセナを王の元へ誘導したかのように見えたであろう。


 王への挨拶を済ませると、セナはフッと肩の力を抜いて私を振り返った。


「 まぁこんなところかな。 付き合わせてごめんなさい、そろそろ私も何か食べようかな? グレンも宴を楽しんで来て!」


 そう言って止める間もなくさっさと私から離れていく。だが数歩進むと、彼女が一人になるチャンスをずっと伺っていた者達にセナは捕まってしまった。


 ここでこそ私の出番だ、彼女が安らかに食事ができるよう、目障りな者たちは私が全部追っ払ってやる。セナの背後に立ち威圧感を放出させると、人だかりは徐々に減っていく。


「 どうしたの?」


 セナは困惑して小さな声で私に質問した。こんな宴の席でそんなに怖い顔しないで!と彼女は慌てている。


「 どうしたも何も、あれではお前が何も食べられないだろう? 私が見張っててやるから思う存分食べるがいい。」


 すると彼女はこう言った。


「 それじゃあなたが宴を楽しめないじゃない。大丈夫よ、王様が部屋へ戻り次第、私の部屋に好きな料理を運んでくれるよう、料理長と打ち合わせてあるから。」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 てことは、彼女は今夜の宴が立食形式だということも、色んな国の料理が出されることも、全部事前に知っていたわけだ。


 そんな事に今更気がつき、自嘲気味に笑う。


「 何がおかしいのですか?」


 目の前の女性が首を傾けた。


「 グレン様、少し飲み過ぎではございませんか?」


 何か冷たいお飲物をお持ちいたしましょう、と女性がどこかへ行った隙に、私はフラフラと会場の外階段を下り始めた。


 飲み過ぎ? そりゃ飲んださ!

 飲まないとやってられない気分だったからな。


 セナはあの後、三十分くらい会場の者の相手をすると、王が席を外したタイミングを見計らって、自分も会場から退席した。その際仲間達への挨拶も忘れない周到さだ。

 最後に私と目が合うと、彼女は胸元で小さく手を振って会場からフェイドアウト。


「 きっと立食だと王様は短時間で自室へと戻るはずよ?」


 正にその通りだ。セナは予言の書でも読み聞かせるが如く、会場の流れを掴んでいる。

 何であんなに完璧なんだ? 私とて騎士団の団長という役目を担っているが、セナの行動を見ていると自分が無知な子供に思えてくる。


 あのロウという男と手紙のやり取りをしていると聞いて、正直良い気分はしなかった。しかし先程手紙の内容を実際に確認して、自分の考えを改めざるを得ないことに気付かされた。


 手紙にはセナ自身の事などほとんど書かれていないのだ。それどころかセナは少しでも相手から情報を引き出そうとしているのがよく分かる。彼女が元の世界へと戻る直前に、ひどい言葉を投げつけたことを思うと胸が傷んだ。


 ふと目の前を見ると、真っ暗な闇が続いていて足下が見えない。今夜は月が出ていないせいで、庭園の奥が暗闇に閉ざされている。


 こう暗くては散歩にもなりやしない、会場へ戻ろうかと振り返ると、明るい会場の中で先ほどの女性が自分を探し回っているのが目に入る。


 仕方なく魔法で小さな灯りをともすと、少し先までは石畳みが見える。酔い醒ましにはちょうど良い、私は一歩ずつ奥へと進んだ。


 ずいぶん前のことになるが、この道の突き当たりで、正体不明の女性と顔を合わせた夜を思い出す。


 あの女性はセナによく似ていたが、彼女ではない。セナの部屋からこの庭に直接降りる通路はないため物理的に不可能だった。だとすると、あの時の女性はたまたま城を訪れていた姫君か侍女だったのだろうか? そうでなくてもこの城で働く者などごまんといるのだ、私の知らぬ者がいても何ら不思議ではない。


 この先の右手には塔があり、見上げると空の色と同化してセナの部屋の位置は確認できない。

 時刻は0時を回ってるし、先ほど彼女が部屋に戻ってから既に四時間近く経っている。明かりも消えているのだ、今宵はすでに夢の中に違いない。


 今頃セナの部屋の前にはリュカが護衛に立っている頃だろう。今夜は他の者に任せれば良いのに、数時間だけは自分がやると言って聞かなかった。


 …… 今何か …… 違和感を感じなかったか?


 足を止め辺りを素早く見回す。酒を飲んで入るが、五感はそれほど鈍ってないはずだ。庭園の奥は真っ暗闇に静まり返り、何も不自然な所はない。


 いや …… 何かおかしい。


 私は手元の灯りを消して、今度は注意深く闇を眺めた。庭園の中にある噴水が涼やかな水の流れる音を奏でている。次第に目が闇夜に慣れてくると、暗さの中にも濃淡のコントラストがあった。

 草木の部分や建物はより濃い影になっている。


 あれは ……??


 庭の隅に屋根のついたガゼボがある。丸いアーチ状のシルエットに、その柱とベンチくらいしかないのだが、問題はそのベンチの中央部分に黒い人影のようなものが見える。


 いや、奥にある石像がベンチと重なってそう見えるだけだろうか? たまたまここからの角度でそう見えるのかもしれない、私は息を潜め目を凝らした。


 気のせいか? 頼む、勘違いであってくれ。


 その人影のようなものはピクリとも動かない。ジワリと嫌な汗が頬を伝った。あれだけ飲んだ酒の効果が一気に冷めていく。

 こんな真っ暗の庭の中で、生死に関わらず人影があれば、それはまともではない。


 違うな、問題なさそうだ。


 緊張を解いて、再び炎を灯すため視線を外そうとしたとき、全身がザワリと総毛立った。


 ベンチの人影がゆっくりと動いた。

 そしてその人影は、まっすぐに自分を見ている。さっきまでは灯りをつけて歩いていたのだから、当然あちらからは私が見えていたのだろうが、こちらからは顔が見えないのだから気味が悪い。


 即座に上着の内側に仕込んだ短剣へと手を伸ばし、視線を人影へと戻すとギクリと凍りつく。


 手招き …… して …… る?


 はっきりと見えるわけではないが、その人影は片手をゆっくりと動かして私を呼んでいる。


 いいだろう、来いと言うのなら行ってやる。恐怖心がゼロではないが、相手が生身の人間ならば警備の対象となる。私は注意深く庭園を突き進んだ。


 水音に混じって、何か歌声のような声が聞こえる。そのうちその声がピタリと止むと、今度こそ本当に聞こえてくるのは水音のみとなった。


 ガゼボの前までたどり着く頃には、夜風の涼しさに反して、じっとりと汗が流れていた。


「 ここへ座って?」


 その覚えのある声に安堵しながらも、どこかで緊張が解けない。彼女の言うままに私はベンチへと腰を下ろす。


 足下やベンチに、何かフカフカした感触がある。

 その一つを拾い上げ、正体が分かると更に鳥肌が立った。


 これは …… 花か。


 この庭園の美しく咲いた花々が無残にちぎり取られ、大量の屍となり無造作に転がっていた。


 これではあまりにも花が哀れだ、なぜこんな事をしたのだと相手を咎めようとしたとき、彼女は私の首へ自分の腕を絡め、唇を重ねてきた。

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