89【気高く美しき戦士ララノア① 前編 】
なに?…… あなた達いま視線だけで会話した??
ダンジョンへと落とされてしまった私達への救援部隊は、やはりラグドール王国を誇る英雄、グレンの率いる隊だった。こうして彼に再会できたことを心から嬉しく思う。
数日前の事だが、ソウタが突然上を見上げ救援が来たと騒ぎ出した。彼は石の気配は勿論のこと、勇者同士の気配まで感じ取ることが出来る。この能力が無ければ我々はいつ来るかも知れない救援にどれだけもどかしい思いをしたことだろう。そしてソウタは救援部隊が少しでも楽になるよう精一杯のことをやろうと立ち上がった。
ソウタの予想では救援部隊はグレンのグループだと言う。何でもグレンの確保する石の数でそう結論づけたようだが、彼は別の勇者と別のルートへと向かったのだ。それを変更してこちらへ来るとは思い難く、恐らく救援部隊は勇者の護衛から外れた隊であろうと、私は余計な期待はしないように努めた。
グレンは私にとって、同じ騎士団の団長として数々の試練を共にしただけでなく、剣の腕前も人としての資質も尊敬に値する人物である。
女の私が団長であることに不満を抱く者も少なからずいる。しかし人望の厚いグレンが私を認め、団長として敬ってくれるから、隊員達もついてきてくれる。
…… もっとも最近は団長として肩を並べるより、女性として見てもらえないことに、少しだけ寂しさを覚えたりもするのだが ……。
私はそんな想いを振り払うように、首を横に振った。
私が護衛することとなったソウタは、初めこそ頼りない奴だと思っていたが、旅に出てからは見違えるほど成長した。いや成長というよりこれが本来の彼の姿なのだろう。
何事にも積極的に動くうえに飲み込みも早い。何より彼は「知らない」という事を全く恥じない。好奇心が勝ってるといえばそれまでだが、元来の親しみやすさも相まって他の隊員達にまで彼の「やる気」は伝染した。
結果この旅に出てからというもの、剣の苦手な者はその鍛錬を励み、武術を不得手とする者は習い、誰もがソウタに抜かれまいと必死になっている。
ラグドールの十二騎士団の中で、それほど強いとは見られていなかった私の隊も、今ではトップクラスになっているのでは?と誇らしく思う。
「 そんなに急いで食べなくても肉は逃げないぞ?」
グレンはそう笑いながら隣の女性を見守っている。彼と魔導師長のフレデリックは、間に挟んだ勇者のセナをとても気遣っていた。
グレンが他の女性といる所は今までも嫌と言うほど見てきたが、彼はいつも面倒そうにため息をついてばかりで、そしてその付き合いも長くは続いていなかった。
隊員達は宴会が大好きで事あるごとに皆で騒ぐ。人気者のグレンはいつもその中心にいて、とても楽しそうに酒を飲む。その姿は女性と一緒にいる時とは比較にならないほど自然であり、私はいつもそれを見て安心するのだ。
私はもう一度勇者であるセナを眺めた。
…… 本当にキレイな娘。
身長は低い方ではないが、肩や手足は女性らしくほっそりとしていて透き通る白さだ。私が絶対に着ることのない清楚なワンピースは、彼女の洗練された所作を引き立てている。
腰に提げている短剣のアクセサリーは、なかなか様になっているが、立派なナイトが両サイドに控えているのだからそんな物は不要でしょう?
なぁに? その長いまつ毛や小さな唇は反則じゃない? よくまぁこんなにも弱々しい娘が、この恐ろしいダンジョンの中で生き残れたものだ。魔導師のフレデリックも、彼女に傷一つ付けぬよう相当苦労したことだろう。
彼女がこの階に入ってきた時から、隊員達は彼女を見てソワソワと落ち着かなくなった。今だって大した用件でもないのに、やたらとこの部屋に入ってくる。
まぁ無理もないか、私達はもうダンジョンに閉じ込められて八日目だ。これだけのレベルの「ザ・女の子」がやってきたら、男なら誰でも浮き足立つだろう。
しかしセナは意外と肉を豪快に食べている。宮廷の貴族の娘のように「 魔物の肉など食べれない!」とか少し食べて「 もうお腹がいっぱい!」などそんなタイプかと思ったけど、実に美味しそうに大きなステーキをペロリと平らげた。
これが噂に聞くギャップ萌えなのかしら??
私はこの部屋に来る前の事を思い出し胸が騒ついた。グレンとセナは歩きながら視線を交わし、一言も会話は無いのにセナは嬉しげに首を振っていた。
あれはどういう意味だったのだろう? 大丈夫だ、きっと大した事では無いのだろうが、こうして気になってしまう辺りがつくづく自己嫌悪に陥る。
まさか目で会話するようになっているとはね ……。
召喚されたあの日、彼女とグレンは絶対に上手くいかないと思った。そりゃ彼女の外見はだいぶ変わったかもしれないけど( 人って一晩でこんなに変われるものなの?)、単純に二人の性格が合うとは思えなかった。
それがいつの間にか随分と仲良しになったのね。
グレンがこんな風に優しい眼差しで女性を見ることを私は知らない。もしかして彼は彼女を好きになってしまったのだろうか? それともその表情は守るべき勇者へ向けての義務的なものなのだろうか?
「 …… それでは本題に入りましょうか。」
ソウタの声で私は気を引き締めた。
「 まず我々の救援に来てくれたこと、隊を代表して感謝します!ありがとうございます。」
ソウタは自分達がなぜこの階に留まったのか、その理由を説明した。グレンは頷き「 実に聡明な判断だった」と彼の考えを賞賛してくれた。
ここでソウタは話を一旦切ると、言いにくそうに口を開いた。
「 セナさんちょっと質問していいかな。…… この五日間ほど …… どこにいたの??」
そう、この事は私も気になっていた。
五日前にソウタが「 勇者のどちらかが元の世界に戻ったか、あるいは命を落としたかも知れない 」と私に相談してきた。ソウタだってこうしてダンジョンの中にいるのだ、あってはならないが他の勇者に万が一の事態が起きても不思議ではない。
それが今日になって「 生きてた!」と騒ぎだし、彼女がダンジョンにやって来たから迎えに行こうと言い出した。
そうでなくても三日前にダンジョンに来たグレンの動きが止まったことで、何かあったのかもしれないと救助に向かう準備をしていた。…… 救援部隊へ救助に向かうなど、後になれば笑い話にもなりやしないが、ここの階上の魔物を一掃しているうちに状況が変わった。
セナがすでにグレンと合流したと言うのだ。
そんなわけある?と流石に私も隊員達もソウタの意見に半信半疑だった。一体どんな魔法を使えばそんな短時間で階下へと降りて来れるのだ。そうしてる間にも、ソウタは大急ぎで道案内の『 印 』を作り変えている、私達にはソウタが何の為に『 ◎印 』を作っているのかさっぱり理解出来なかった。
「 …… 来るよ!みんな後ろへ下がってくれ!」
隊員がソウタにそう言われたとき、皆が戸惑ったようだ。だがなんとグレン達は床に穴を空けて降りて来たらしい。前代未聞過ぎて開いた口が塞がらないとはこの事だな。
とはいえここまで到達するのには30階近くあるのだぞ? 私は信じられない思いで魔導師フレデリックを観察した。
彼はバーミーズマウンテンでの調査で、恐るべき力を発揮したと聞いていたが、その時は選りすぐりの騎士や魔導師に加え、同じ魔導師のジャスパーが一緒だった。
今回はフレデリックと数人の隊員だけで、最速でここまで降りて来たのだ。このダンジョンはそんなに甘い場所などではない、彼の魔力に敵うものは、もう世界に存在しないのではないだろうか。…… それも足手まといと言われても仕方のないお姫様を守りながらとは大したものだ。
話を戻そう、ソウタの質問に彼らの間にピリッとした空気が流れる。
なんだ? この緊張感は??
ソウタもまずい事を尋ねてしまったと、慌てて場を取り繕う。
「 あっ、いや魔法で命を生き返らせる事は出来ないって聞いてるから …… だからもしかして …… 。」
同じ異世界から召喚された者なら、ソウタの質問は理解できるだろう。するとセナがフッと表情を緩め穏やかな顔になった。
「 ええ、元の世界に戻ってたの。」
「 マジで!?やっぱりかッ!! …… えっ? …… じゃあどうして戻って来たの?もう休暇は終わってるんでしょ??」
セナはこちらの世界と元の世界の時間の流れが異なる事を説明した。彼女が元の世界に戻っていたのはたったの四時間ほどらしく、初めて聞いたのかそのことをグレン達まで驚いていた。
「 だからねー? 私が二週間の休暇を使ってこの世界にいれる日数は …… 」
「 300日くらいか!…… スッゲェ!俺がここに来てまだ一日も経ってないんだ!?」
計算が速い。ソウタは頭が良い、というか天才なんじゃないかと思う。
彼は物事の二手三手先を読み、失敗した時の代案も常に用意している。このダンジョンで私達が一人も欠けずにこうして生き残れたのは、彼の知恵があってこそだと、隊員の誰もが認めていた。
「 なんだ …… そういう事か ……。」
グレンが露骨に残念そうな顔をする。なぜそんなに落胆する? 300日もあれば充分だろう?それまでに石を集め、彼女を元の世界に戻してあげれば良いではないか。
「 そう肩を落とさなくても大丈夫ですよグレン。その時が来ても私はセナを返すつもりはありませんから。」
今まで静かに会話を見守っていたフレデリックが、唐突に会話に入って来た。彼はそれだけ呟くとそっと紅茶を口元へと運んだ。
セナは困ったように魔導師の顔色を伺うが、フレデリックは全く彼女を見ない。
えっ? 何これ何これどうゆうこと!?
返さないって、セナの意思を無視してまでこの世界に留まらせる理由は何なの??
グレンもセナと同様に戸惑ってる様子を見る限り、今のは魔導師の独断発言のようね。
「 えーっと、だいたいの経緯は分かりました。ではこの後どうやってダンジョンから脱出するかを話し合いましょう。」
ソウタはこの微妙な空気を無視して会話を続ける。いやいや、今の魔導師の発言の経緯が全く分かって無い!そこをもっと掘り下げてよ!
「 私達の調査では、これから先は地下二階分で出口に出られるのではないかと思っています。」
「 出口に?…… そう言える根拠は?」
グレンが尋ねると、ソウタは頷いて予め用意していた言葉を説明した。
「 この階の魔物は数が多いけど、毒への対策さえすれば問題ないことが分かりました。そして一階下へと降りると再び魔物は強くなります。そこをクリアして更に下へと降りると、そこには大きな魔物が一体いて、その背後に大きな扉がありました。」
なるほど、とグレンは頷く。
「 このダンジョンの入口にあったグリフォンの護る扉の紋様は大輪の花々と鳳凰の舞、そして階下の大扉の紋様は流れる水や雲の羅列と満天の星空でした。…… 私とセナさんのいた世界でも『 花鳥風月 』といった自然を題材とした様々なものがありますから、この扉もそういった物かと判断しました。」
ソウタの説明に、さっきまで興味無さげだった魔導師までが耳を傾けている。最初の門に描かれた模様など私は全く覚えていなかったのに、本当にソウタの観察力には舌を巻く。
私達は数日前にその事が分かり、なんなら自分達でここを脱出することもできたのだが、その時には上に救援が来たことがわかり、だったら合流してから皆でここを出よう!という事になった。
「 頼もしいな!そこまで調べ上げてるならむしろ心強い、それでは早速階下へと進もう。」
グレンはそう立ち上がりかけたが、今から地上に出ると時刻は真夜中なので、出発は明日の朝になってからにしようとソウタに引き留められた。
「 それにセナさんを休ませて下さい。彼女の体力はそろそろ限界です。」
ソウタの言葉にグレンとフレデリックは眉をひそめる。それを見てソウタ自身も戸惑った。
「 えっ!? だってセナさん石を戻してるでしょ? 体力が半分以下だよね?」
セナも首をひねりアッ!と声を上げる。
「 そういえばライオネル様の石を戻してから、まだ寝てないかも!」
ああそういうことになるのか、とグレン達も納得していたが、なぜだか分からないがフレデリックがドン引きしている。
「 なっ!? あれで体力が全快じゃなかったのですか !? …… バ、バケモノ ……。」
魔導師がセナに眼鏡を取り上げられて困っている。これもまた前代未聞過ぎて直視できないな ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今後の方向性が決まると、私はセナを奥の休憩スペースへと案内した。彼女はしばらくの間、難しい顔でその場に立ち尽くしていたが、やがて騎士のリュカを連れてきて、眠りにつくまで側に侍らせていた。
まるでお姫様気取りだ。普通の女性に雑魚寝は抵抗があるのかもしれないが、私の隊員があなたに何かするとでも? 返す返すも迷惑な奴だ、自意識過剰も甚だしい。
グレンの隊に同情すると同時に、自分の護衛がソウタで良かったと、心からそう思った。
それに綺麗な顔をした少年だが、気位の高いローゼンタールのお坊っちゃまがよくやるものだと呆れもした。
まぁでも、これで良かったのかもしれない。
ここ数日の私のモヤモヤは解消した。
自分では何もせず、わがままだけは一人前。グレンはこういうタイプの女性が大嫌いだ。それに彼女は元の世界に戻る意志が固い、今後この二人の間に男女の関係が生まれることはなさそうだ。
建物を出ると、グレンが隊員達と楽しそうに酒を飲み交わしている。私に気がつくと彼が手を上げた。
グレンにはもっとさっぱりとした女性が似合うのではないか? その相手が自分だったらどんなに良いだろう ……。
私はグレンの元に向かいながら、密かにそう想わずにはいられなかった。




