87【ダンジョンの怖さ】
「 もう体は全快したの?? 」
話したいことは沢山あった。だけどさっきまでグレンは身体に槍が刺さっていたのだ、まずは体調を気遣うのが先だろう。そう話しかけても彼は私をただ見つめ返すだけで、何も答えてくれない。
「 グレン様、セナ様がいるから驚いちゃってますねー!!」
リュカがクスクス笑いながら、また頭をクシャクシャする。
もう!やめなさいッ!髪がもちゃもちゃになるでしょ!!
怒ってリュカを叩こうとしても、彼はまた無邪気にそれをヒョイとよける。こんな風に誰かとじゃれ合うなんて、今までしたことがあっただろうか? 前よりも一層フレンドリーな私への態度がなんだか嬉しかった。
隊員達もそれを見て笑い口々にグレンに話しかける。
「 セナ様は本当にお強いので驚きました!」
「 異世界のお方も剣を扱えるのですね!」
「 最初はちょっと強烈な印象でしたが、今では尊敬しております!! 」
「 ちょっと!強烈な印象って何!?」
聞き捨てならない隊員の一言に思わずツッコミを入れると、隊員は慌てて自分の口を手で塞いだ。その仕草が可愛かったから、私も笑ってしまった。彼らとのこんな砕けたやり取りも、ついさっきまでは無かったものだ。グレンやリュカが無事に合流できた安心感から私にも余裕が出来たのかもしれない。
「 …… そうか …… これは現実なのだな ……。」
グレンは周囲の賑わいを眩しそうに眺めると、突然目の前で片膝をついて、私の手を取った。
なになに!? そんな風に見上げられると焦っちゃうじゃない!!
「 セナ様、よくぞ戻られました ……。本来なら私が護衛すべき立場ですが、助けていただき感謝しております。」
やだ、グレン!急にそんなことされると、まるで王子様みたいよ!? なまじっか顔が良いからドキドキしてしまう。
グレンのその態度を見て、リュカを始め全ての隊員が慌ててそれにならう。彼らはグレンの背後で片膝を床につくと、片腕は床へ伸ばしもう片方の腕は膝に添えた。頭は下にさげたままだ。
へぇ!こうやって見るとさっきまでへっぽこに見えた隊員達も、一流の騎士に見えるわね。
グレンは私の顔を見上げ、改めて視線を合わせるとニヤリと笑った。
「 とまぁ、形式上の挨拶はこれくらいでいいだろ?」
一応団長だからやるべき事はやっとかないとな?と言って立ち上がる。繋いだ手はそのまま離さず、笑いながら空いている手でクチャクチャになった私の髪を整えてくれた。
なんだ、いつものグレンに戻っちゃった。…… ちょっとだけかっこいいなんて思ったのにな。っていうか私って今どんな髪型なの!?
「 まさか戻るとはな …… 色々尋ねたい事もあるが、今はダンジョンからの脱出を優先しよう。」
「 そうね。私も色々謝りたいけど、今はその状況じゃなさそうね。」
私達は頷き合う。
正直言って、この世界に戻ってグレンと会うことが一番怖かった。…… 叱られるかもしれない、呆れられるかもしれない、なぜ戻ったと咎められるかもしれない。そんなマイナスの思考が優先して不安だった。だけど今回だけは今までみたいに傷つくのを恐れて、そこから逃げ出すことをしたくなかった。
隊員達が下への階段を探しに散らばり始めると、グレンも繋いだ手を離そうとする。けど離れる直前でグレンは指に力を込めた。
ゆっくりだけど私の体を自分へと引き寄せ、皆に聞こえないような小さな声で「おかえり」と囁いた。
今度こそ彼は私から離れ、それからフレデリックへ話しかけ笑い合っている。二人で隊員達を集めるとその場の指揮を取り始めた。
「 …… セナ? 」
ふと気がつくとフレデリックが側にいて、私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「 難しい顔をしてどうしました?」
「 ううん、なんでもない。…… 大丈夫。」
そう、大丈夫なはず。こんなことなんでもない。
たった一言言われただけの『 おかえり 』で、こんなに胸が苦しくなるなんて、私はどこかおかしいのだろうか??
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 では先へ進むとしよう。」
グレンが皆を見渡す。
石の感じだと奏太までの距離はそんなに離れてなさそうだ。というかそもそも彼らは私達がこのダンジョンへ入ってから、ほとんど移動していない。
全く動きがないのなら怖いけど、ちょこちょこ動き回っているみたいだから、生存は間違いない。
階下へと進む階段を降りていると、だんだんと湿っぽい風が吹いてきて、足元の石段がヌルヌルしだした。
「 わぁ〜!なんなのここ、とてもキレイね!! 」
その景色を見て思わず呑気な声をあげる。天井と床の両方から沢山の白い氷柱が突き出していて、通路の横手には淡い水色の清流がサラサラと流れている。この階層は全面が鍾乳石で造られていてた。
いったいどれだけの年月をかけてこの絶景は造られたのだろう? 洞窟内に明かりはないけど、空間の真ん中を流れる小川が水色に光を放っているから、それが至る所に反射してとても美しい空間を作り出している。
「 これは幻夜石だな。」
そうグレンがフレデリックと頷き合っている。私が首をかしげると、グレンが丁寧に説明してくれた。
「 この世界には『魔石』と呼ばれる様々な石があるのだが、メジャーどこだと発泡石や太陽石、そしてこの川の石は幻夜石と呼ばれ、青く光る性質の石なのだ。」
「 これってもしかしてお城で部屋にあった石?」
そうだ、とグレンは頷く。
「 幻夜石は常に光を帯びているが、太陽石のように眩しい光ではなく大抵が青か水色だ。だから部屋の明かりを消した後も、適度に明かりとりの役目をしてくれる貴重な石だ。」
これだけあれば、一生遊んで暮らせるだけの稼ぎになるんじゃないか?そう言って、グレンは天井を見上げる。
幻夜石は川の部分だけでなく、そこら中でも幻想的な光を放っている。
「 まぁ、ここまで辿り着くまでに命がいくつも必要だがな!」
グレンは傍から出現した魔物を倒しながら進んで行く。こんな洞窟めいた場所で大人数でいるから、剣を振りにくいだろうに器用に倒すのね。
…… だけどできるなら無駄な殺生はしたくないな。
私がチラリとフレデリックを見ると、彼はギョッとして声を潜めた。
「 やめて下さい!まさかグレンやリュカの前でもアレをやろうと言うのですか?」
「 え〜 ダメなの??」
「 ダメではありませんが、アレは何か …… こう …… 反則をしてるような気持ちになります。」
「 反則って! 」
「 静かに!大きい声を出さないで下さい。」
…………。
ふ〜ん、フレデリックの「シー!」の仕草はたまらなく可愛い。みんなにお見せ出来なくてごめんね? この人はたまにキャラが大きくブレるから調子が狂う。
「 でもね? そもそも私達はこのダンジョンに無理矢理引きずり込まれたのよ?あっちがクリーンな姿勢じゃないんだから、私達に何をされても文句は言えないはずじゃない?」
フレデリックはハッとして腕を組んだ。
「 なるほど、確かに一理ありますね。」
「 それにね? 反則と言うからには、まず前提にルールがあるはずなのよ。そのルールを破った上で反則と言われるのなら理解できるけど …… 」
私が少しフレデリックを見上げると、彼はメガネを直しその手を顎にやる。彼のメガネがキラリと光った。
「 いえ、ダンジョンに特定のルールなど存在しません。なんせ聖獣相手に質問返しが通用するくらいですから、本当にあれは肝が冷えましたよ。」
「 …… フレデリック、その話はもう出さないで。」
「 すみません、話を本筋に戻しましょう。確かに特定のルールがないと分かった今、私も壁を壊してショートカットする行為は、あながち反則ではないような気がしてきました。」
「 そうでしょう?…… ただ反則ではないにしても、アレをすることによって得られないものがある事は確かなんだかどね。」
フレデリックは顎に添えている手を外し、私を見た。
「 得られないもの!? それは何です!? 」
あっ!待ってください!それは即ち宝箱ですね?
と微笑んだ。この辺りは足元が特に水で滑りやすくなっている。私は注意深く歩きながら会話を続けた。
「 ブー …… 違います。ショートカットにより得られなくなるもの、それは …… 。」
フレデリックが立ち止まる気配がして、私も足を止める。
「 満足感よ。」
「 …… ま、満足感!? 」
あまりグレン達と離れると、自分で魔物を倒さないといけなくなる。私が再び歩き出すと、フレデリックは横に並走するようについて来た。
「 そう満足感。人というものはダンジョンに入ると、その隅々まで知り尽くそうという探究心が働くでしょう?」
「 そんなことは …… いえ、確かにそうかもしれません。実際に私も素通りしてきた階に戻りたくて仕方ありません。」
「 そうでしょう? それに本当の恐怖はこのダンジョンを出た後に待ってるわ。」
「 ダンジョンを出た後? …… それこそまさかです!ダンジョンを出た者が感じるのは安堵感だけで、恐怖など感じるはずがありません。だいたいダンジョン初体験のセナになぜそんなことが …… ︎」
「 シッ!声が大きいわよ。」
フレデリックはハッと口元に手をやる。彼は極端に声を落としこわごわと私を見た。
私は前を見たままゆっくりと口を開いた。
「 真の恐怖、それは ……。」
「 それは!? 」
「 周りの人が聞いてくる、ダンジョンの中はどうなってる?という質問にほとんど答えられない事。」
「 ──── ッ!!」
脅かすつもりはなかったけど、フレデリックは完全に立ち止まった。このままだとグループから外れちゃうから仕方なく私は彼の袖を引っ張って進む。
「 なんという事です!確かにそれは恐ろしいですね。」
「 でしょう? 質問に答えられないとやがて周りの人は疑いだすわ。この人は本当にダンジョンに入ったのか? もしかして嘘をついてるんじゃないか?ってね。」
フレデリックはしばらく口を手で押さえていたけど、やがて頷き真剣な眼差しで頷いた。
「 セナ、私は決めました。ショートカットといった行為は今後二度としないと誓います! 」
「 それは無理よ。」
私の言葉にフレデリックは戸惑う。なぜダメなのです?とオロオロと弱気になった。聡明な彼を言葉で弄ぶのはとても楽し …… いえなんでもない。
私は正面をスッと指さした。
「 あれを見て。」
前方では隊員達が、ソワソワと私たちを振り返っている。
「 ほらね、一度楽を覚えてしまった者達は、次からもそれを期待する。それをあなたは裏切ることができるかしら?」
「 なっ!!彼らはここに落ちてからまだ一度も魔物と戦ってないのですよ? しかも隊長であるグレンとも合流したいま、彼らにアレは必要ないでしょう?」
「 分かってないわねフレデリック。彼らはさっき、グレンとリュカがあそこまで追い込まれた姿を見てるのよ? 賢い者ならこの先どれほど強い魔物が出てくるか、想像がつくというものよ。」
でもグレンの手前、自分達からは言いだせないわね。私かフレデリックがアレをしよう!と言ってくれるのを彼らは待ってるわ。
さぁどうするの??
「 ど、どうするも何も!彼らはグレンの隊員です!!」
私はどうこう言える立場ではありません!と逃げようとする。
何となく気づいたんだけど、フレデリックってこういう所があるのよね。
モロ理系男子というか。理屈っぽいけど、場の空気を読むことができない所がある。「魔導師長」といっても、親しい部下なんかも見たことがないし、自分から入って行こうという姿勢も見られない。研究者って皆こんな感じなのかしら?
でも、性格は良いのだからもったいない。もっと沢山の人にフレデリックの事を知ってもらいたい。もちろん魔導師としては有名なんだろうけど ……。
「 何かおかしいですね?」
「 えっ? 何が?」
フレデリックはかなり前方を眺めながら首を捻っている。
「 さっきからグレン達は迷う事なく進んでるような感じがします。それにグレンとリュカの魔物の倒し方も、予めどの魔物が出るか知っているかのような攻撃です。」
すると私達の話が聞こえたのか、前を歩いている隊員が振り返った。
「 お気づきになられましたか!不思議なことに順路も魔物も書かれていて、今はその通りに進んでおります。」
「 書かれてる?」
「 ええ、と言っても植物を使ってですが ……。」
ホラ、と隊員の指し示すほうを見る。
あー!本当だ!植物や木の枝を使って文字が書かれている!
「 二つや三つに道が分かれてる時も、進んではいけないルートには✖︎印が書かれています。」
私がフレデリックを見ると、彼も「やってくれますね!」と頷く。
奏太たちだ!
彼だって私と同じように石の気配を感じることができる。私達が来ることを予想して、できる限りのことをしてくれたようだ。
前方を見るとグレンとリュカが立ち止まり、私達を待っていた。
「 どうしたの?? 」
私が尋ねるとグレンが難しい顔をして、床を指さした。そこに散らばる枝をよく見るとこう書かれている。
『 中ボス タタカウナ 』
なるほど、分かりやすい。
「 しかし戦うなと言われてもなぁ、先へ進むにはここを通らねばならない。」
グレンは腕を組んだ。
「 どこかに抜け道などないのでしょうか?」
とリュカも来た道を振り返る。
私はフレデリックをチロリ見た。
隊員達もモジモジし出している。フレデリックは暫くの間迷いを見せたけど、やがて深く息を吐いた。
「 分かりました、やれば良いのでしょう?」
彼は両腕を床に向けると、珍しく大きな声を上げた。
「 グレン!リュカ!床に穴を開けます!直ぐに閉じてしまいますので、速やかに下へと降りて来てくださいッ!! 」
私は剣を鞘から出して、床に穴が空いたのを確認するとそこへ飛び込んだ。
下りる直前、驚くグレンとリュカににこやかに手を振ると、なぜか続く隊員達もそれを真似しながら次々に飛び込んだ。




