86【ドラゴン最強説】
私は弓をリュカに返すと、もう一度リュカの顔をそっと撫でてから洞窟を出た。フレデリックの造った足場から降りた地面は、ゴツゴツと岩が多くて走りづらい。
慎重にでも急いで隊員達の元へと向かうと、ちょうど彼らはグレンに回復処置を施していた所だった。
「 先程の弓はセナ様が放った物でございますか!?」
私の放った矢は魔物の脳天を直撃していた。「よくもあんな所から ……。」と皆は口々に驚いている。
弓道を始めたのは大学生になってからだ。
祖父が他界して、実家の古武道と縁がなくなると、私は何をして良いのか分からず、誘われるままに弓道のサークルへと入った。
その所作や道場の凛とした雰囲気はすぐに馴染み、私の腕はみるみるうちに上達した。
大きな大会にも出場し、どんどん勝ち抜いていくうちに、私は次第に虚しさを感じ始めた。
世界大会でも優勝候補として名を挙げられていたけど、そこに嬉しさや感動は皆無で、なぜ自分がそこにいるのかさえ不思議でならなかった。
そう、あの日 ……。
いよいよ世界大会の決勝当日、私はたまたま対戦相手を会場で見かけた。その人は両親も弓道の心得があるようで、とても厳しく注意を受けている。きっとその先の …… もっと大きな将来を見据えての事なのだろう。
私はというと、弓道はあくまで大学生活の間だけであり、社会人になってまでもやりたいものではなかった。だからそういった名だたる企業からオファーがあっても興味はなく、監督や大学側からどれだけ説得されても、就職はアルバイト先の式場だと決めていた。
そして決勝の時刻、私は電車に揺られていた。
だってあんなに一生懸命打ち込んでいる人の対戦相手に、自分は相応わしくないと思ったから。
そういえばずいぶん後になって、たまたま街であの決勝の相手とすれ違った。私はそのままやり過ごそうとしたけど、いきなり相手に腕を掴まれた。
「 あの時なんで逃げたの?」相手は私にそう言った。今更?とは思ったけど、相手が怒ってることは理解できたから「 ごめんなさい 」とだけ返した。
そしたら思い切り頬を叩かれた。
ビックリして相手の顔を見ると、あの人は涙を流して、絞り出すような声で「 馬鹿にしないで。」と去って行った。
別に馬鹿にした覚えなんかない。何で叩かれたのか、未だにその意味も分からない。でもこれだけは分かる。私の頬よりあの人の心のほうが何倍も痛そうだった ……。
「 セナ様!! フレデリック様はまだ洞窟の中ですか!? 」
隊員に声をかけられ私の意識は現実に戻された。
そうだ、今はぼんやりしてる時ではない。いろんなことがありすぎて、少し疲れているようだ。
倒れたままのグレンは、意識はあるみたいだけど隊員や私を見ても反応が薄い。隊員によると、幻術にかけられているのではないかと言うことだった。
それに彼の脇腹には槍が刺さっている。
どうやってこれを抜くのか隊員に尋ねると、抜いた瞬間に複雑な回復魔法をかけないと、グレンは出血死してしまうと怖いことを言った。
だからフレデリックが必要なのね。
隊員達が大きな声でフレデリックの名を呼んだ。だけど彼は一向に洞窟の中から出てこない。
どうしたのだろう? 彼の身に何かあったのだろうか?
ダンジョンの中は何が起きても不思議ではない。
一抹の不安がじわじわと広がった。
私はもう一度洞窟へと向かった。フレデリックが作った足場は、時間が経ってダンジョンの地面へと飲み込まれてしまい、もう上へあがることができない。
「 フレデリックッ!返事をして!! 」
私が崖下から何度もそう呼ぶと、ようやく彼が洞窟の奥から姿を見せた。そしてなにか背後を気にしている。
「 良かった、心配したのよ? フレデリック、グレンが幻術にかかってるみたいで ── 」
それ以上言葉を続けることはできなかった。足の力が抜け立っていることすらできない。私は両手で口元を覆った。
フレデリックの背後から、もう一人影がふらりと現れた。
「 …… どうして??」
フレデリックは階段を作り、その人物を気遣いながらゆっくりと降りてくる。
私はその人物を思いきり抱きしめると、彼は少し顔を歪めた。そして嬉しそうに微笑むと私のおでこに自分のおでこを合わせた。
「 セナ様はひどいよ …… 僕を見捨てて帰っちゃうんだもん。」
あぁ、神さまッ!!
神様なんて信じたことなかったけど、今日ほど感謝したいと思ったことはない!顔色は悪いけど、リュカは悪戯好きの笑顔を浮かべてしっかりとその場に立っている。
でも何で!?
私はフレデリックを見ると、彼も優しく微笑んだ。
「 リュカの手を触ったときに、あまりにも冷た過ぎたのでおかしいと思って …… 一か八かで彼にドラゴンの血を飲んでいただきました。」
そう、確かにリュカは冷たかったわ。
今度はリュカが自分で説明する。
「 あまり知られていませんが、私達スノーシューの一族は、自分が危機的状況に置かれると防衛本能が働き、体を凍らせ仮死状態になるのです。」
と言っても話に聞いていただけで、本当に自分がそうなるとは思いませんでした、とリュカは笑う。
あれは仮死状態だったの? だって遺体なんて今まで触れたことなかったから、あのくらい冷たくなるのかと思っちゃった。
それにしても、ドラゴンの血を以てしてもリュカの体は万全ではないようだ。腕の黒い痣こそなくなっているけど、もともとの白い肌はいっそう青白く、足も引きずっている。
隊員達が駆けつけたので、リュカを皆で支えながら、グレンのいる所まで運ぶ。彼らはリュカの姿を見て歓喜したが、今度はリュカがグレンの様子をみて顔を曇らせた。
「 私が足手まといになったせいです。…… 申し訳ありません。」
そう言って隊員達に頭を下げる。それを見た隊員達は、一瞬言葉を詰まらせたがすぐにリュカのせいではない、と彼を気遣った。
本当にグレンの隊の騎士達は、心優しい人が集まっているのね。私はグレンの傍に座ると彼の頬を撫でた。
なんて熱いの …… 体温を計らなくても高熱だと分かる。
フレデリックがグレンの槍を抜いて、彼の幻術を解くと途端にグレンは気を失った。完全回復には魔力が及ばなかったらしい。
「 さて、無事に再会出来たことは喜ばしいのですが、危機的状況を乗り越えたとは言い難い状態ですね。」
グレンの回復処置でドラゴンの血は底をつき、フレデリックのリミッターもそろそろ限界に近い。
この空間もあまり長い時間いると、他の魔物がやってくるらしく、ぐずぐずできない。
残念ながらこのフロアの宝箱には上質な回復薬は入っておらず、代わりに目を疑うような貴金属が詰め込まれていた。
近くに階段がある、恐らく次の階にはもっと強い魔物がいるだろう。合流するまで皆のリミッターが持つかどうかギリギリのラインだった。
「 奏太はもっと下の階にいるわ。」
彼らはこのダンジョンに入って八日目くらいになる。二十人ほどで移動していたみたいだけど、その全てのメンバーが生き残っているとは思えない。それほどにこのダンジョンという所は過酷だった。むしろよくあんな階層まで降りれたものだと感心してしまう。
私達は顔を合わせた。
ここまで来たのだから前に進むしか道はない。出来るだけ魔物と対峙するのは避けながら慎重に進もうと全員で頷き合い、隊員達がグレンを担ぐのを確認すると、私達は階段へと向かおうとした。
「 あっ!ちょっとまって!? 」
そういえばと思い出し、私はポケットから数個の小瓶を取り出した。
「 ホラこれ!忘れてたわ!魔物のドロップ品!!この中に回復薬ってあったりしないかしら?? 」
私が差し出した三本をフレデリックが一つ一つ手に取り、呆れ顔で私を見る。
「 セナ …… あなたは一体どんな魔物を倒したのですか?」
えっ?それが分からないとその小瓶の中味は分からないの? 必死だったからどの魔物がどの容器なのかあんまり覚えていない。
「 いえそうではありません、内容物は瓶に書いてあります。」
書いてあるって …… はぁ?書いてあるの??
私が驚くとフレデリックは「 ほらここに 」と指をさす。
ん 〜 ?? あ ー !? 確かにねぇ ……。
ガラスの模様だと思っていたけど、よく見るとそれはサインみたいに文字になっている。
…… てことは?
「 全部回復薬です。」
なんだよもぉー!!私がケガしたときも治せたんじゃん!!
「 え〜、その黒くて汚いのも回復薬なの??」
それだけは絶対に違うと思ってたわ。これを服用するなんて不快感しかない。だけどフレデリックはそれを私の顔の前に突き出した。彼の顔が真剣な表情に戻っている。
あれ? な、なに? なんか怒ってる??
「 …… 尋ねるのも恐ろしいのですが、これはドラゴンの血です。どうやって手に入れたのです?」
「 え?ドラゴンって、その汚いのが?? ウッソだぁ!フレデリックが持ってたのはもっとラメラメーって綺麗に光ってたじゃない。」
フレデリックはこれ見よがしに深いため息をついて、スッとメガネを直す。
「 ドラゴンにも様々な種類があるのです。この黒い血は、私が持っていたものより更に上等な物ですよッ!!」
あう。それは分かったけど、何でそんなに怒り気味で言うの? 良い物だったならそれでいいじゃない。
「 セナは宝箱を開けてないでしょう?だとすれば、この品を手に入れる方法はあと一つ、ドラゴンを倒すしかないのです!!」
フレデリック? 落ち着いて?わなわなと震えないでよ。美形が台無しよ?
「 どうなのですかッ!? 」
「 どうって …… う、うん。だってそこを通らないと下に降りれなかったんだもん。」
大変だったのよ〜? アイツは大きいし火は吹くし暴れるし。ヘェ〜、あれってドラゴンだったのね? 確かに雷みたいなの落とされたときは焦ったわ、パンチパーマにされちゃうかと思ったもの。
フレデリックはフッと笑うと、メガネを直した。
かなり動揺しているわね。メガネはさっき直したばっかりよ?
「 いいでしょう、すみませんがこれは私が使わせていただきます。」
そう言って容器を開けると、彼は黒い血を少しだけ舐めた。
えっ? それだけ? イカ墨の味を確認する職人さんみたい。
「 おぉ!素晴らしいですね!リミッター超えのパワーとは正にこの事ですッ!!」
やだフレデリック、何だか中二病っぽいわよ? 興奮してるのは分かるけどキャラがブレちゃってる。
フレデリックは両手を広げると、リュカとグレンに向かって呪文を唱えた。
するとみるみるうちにリュカの顔には生気がもどり、サーコートの裂けた所まできれいに直った。
大丈夫?とリュカを窺うと、彼は剣を振り回して満面の笑みを浮かべた。
「 凄いや!完全復活しました!!セナ様、次の階からはどちらが多く魔物を倒せるか競いましょうか?」
リュカの快活な姿を見れば私だって笑顔になる。嬉しくて彼の頭を撫でようとすると、逆にクシャクシャと撫でられてしまった。こいつめ!と手を伸ばすけどリュカは戯けながらそれを避ける、そうふざけ合ってると背後で歓声が起きた。
「 グレン様ッ!!お気づきになられましたかッ!? 」
それを聞いてリュカはグレンの元へと駆けていく。
見るとグレンは隊員の肩からから自分の腕を外し、目の前の光景を理解しようと目をしばたかせている。隊員達は泣きながらグレンの復活を喜んでいた。
「 そうか、ここはダンジョンの中だったな。お前達 …… よくこんな所まで ……。」
「 グレン様!!ご迷惑をお掛けし申し訳ございません!」
「 リュカッ!? …… 回復が間に合ったのだな!!…… 毒の侵食に気づいてやれなくてすまなかった。」
グレンはリュカの肩に手を置いて深く頷いている。団長である彼は私の知るグレンとは少し異なっていて、上司でもあり仲間でもあり、何となく騎士達の輪には入りづらくその場を見守った。
「 グレン様、我々はフレデリック様とセナ様と共にここまで参りました!! 」
隊員のその言葉にグレンは顔を上げる。
「 …… 何だって?」
そう言った視線の先に私はいた。グレンは目にかかる金色の髪をかきあげる。
「 …… 俺は …… まだ夢を見ているのか ……?」
夢じゃありませんよーだ!!
もう話しかけてもいいわよね? 私もにっこりと笑って、グレンの元へと駆け寄った。




