85【残酷な現実】
「 大変!あの宝箱は罠だったんだわッ!! 」
私は宝箱へと駆け寄った。
皆の叫び声と一緒に石の崩れる音がしてたから、多分この下に落ちたのだろう。床を調べると普通の石畳に見える、でもここはダンジョンだもの、何が起きても不思議じゃない。
「 …… 彼らはこのまま放っておきましょうか。」
私がびっくりしてフレデリックを見上げると、彼はクスリと笑った。
「 冗談です、そういうわけにもいきませんね。」
こんなときに何の冗談? 彼は私から五歩ほど離れると、床に穴を空けて補強する。すると床下から「 おぉー!!」と隊員達の歓声が聞こえてきたた。
良かった、異空間とかみたいなとんでもない所へ飛ばされたわけじゃなさそうね。
フレデリックと下へ降りると、そこは薄暗い洞窟になっていて、隊員達は奥の方で何か騒いでいる。
なんだろう? シルエットになっていてよく分からないが、そこには誰か寝転んでいるような影が見えた。
隊員達が膝や手をつき、口々に叫ぶ名前は「 リュカ 」と言っているように聞こえる。
──── え?
そこにリュカがいるの??
恐る恐る彼らに近づくと、そこには信じられない光景が広がっていた。
リュカ …… そこで何してるの??
隊員達は彼を揺さぶっていたり、目元を押さえて立ち上がり、壁に向かって「 クソッ!」と拳をぶつけている。
うそ、やめてよ。それじゃまるでリュカが ……。
私がリュカの隣に座り込むと、リュカを揺さぶっていた隊員はそれをやめ傍へと退いた。
「 …… リュカ?」
眠っているだけなんでしょう? あぁもしかして魔物に眠りの魔法でも掛けられちゃったのかしら??そう思いながら彼の首筋に触れてギクリとする。
…… 肌が冷たい。
まるで雪の中に放置されてたかのように、彼は体温を失っている。頭の中が混乱して場にそぐわないことを考えてしまう。人ってこんなに低い体温だったら寒さは感じないのかしら?
「 なに …… これ ……。」
彼の首の半分から指の先までが、真っ黒に変色していた。リュカの真っ白な肌にはこんな痣なんか無かった。
「 セナ様、リュカの肘の近くに裂かれた跡がございます。恐らくそこから魔物の毒に感染し、彼は …… 失礼しました。」
隊員さんが丁寧に説明してくれるけど、私はそれを制した。
もういい、これ以上聞きたくない。
どうしよう?…… どうしたらいいの??
私はリュカの真っ黒になった手を力一杯に両手で握った。
「 リュカ?…… リュカ!…… リュカ!! 」
何度もそう呼びかけるのにリュカは起きてくれない。隊員の一人が困ったように私の行動を遮った。
「 セナ様!お気持ちは分かりますが彼はもう死んでいます!」
私はリュカの体を抱き上げた。
「 分かってる!! ……… もう分かってるからそんなこと言わないで!…… お願いだから言わないで …… 」
あぁどうしよう?…… もっと急げば良かった。
そもそも私が元の世界になんて戻らなければこんな事にはならなかったの?? あのままあの日旅を続けていれば?
「 …… リュカ …… リュカ …… 」
リュカの冷たい頬に自分の頬をつけると、かすかにリュカのいい匂いがする。
「 …… デリック …… フレデリック?」
喉がカラカラに乾いてうまく声が出ない。私はリュカを抱きしめたまま、背後にいるフレデリックを探した。
「 セナ、落ち着いて下さい。」
気がつけば私の体を支えているのは彼だった。
「 早く、早くリュカを生き返らせて ……。」
自分の吐き出した言葉がどこか遠くから聞こえる。なんだか耳鳴りがして、これが現実とは思えないほどボンヤリとしていた。
「 セナ、それは ……。」
「 お願い …… できないって言わないで ……。」
だんだんと消え入りそうになる私の言葉は、最早ただの願望だった。困り果てるフレデリックに私は矢継ぎ早にまくし立てた。
「 だって …… ここは魔法の国なんでしょう? あなたはさっき私の傷もきれいに治してくれたじゃない? 服だって …… こんなにきれいに …… だから …… だからお願い …… できないって言わないでよ ……。」
フレデリックを責めてもどうにもならない。周りの空気を見れば「 死 」が魔法でどうにかできるものではない事も分かってる。
でもこんなのあんまりじゃない?
リュカ、リュカ、リュカ ……。
こんなの絶対に嫌だ。
ふわっとフレデリックが隣にしゃがみ込む。私は彼のほうを見ない。何か決定的な一言を言われるのが怖かったからだ。
「 リュカを連れて帰ってあげましょう。」
フレデリックが隊員に合図を送ると、隊員が私からリュカをなだめるように引き剥がす。嫌だと喚き散らしたいけど、他人に迷惑をかけてはいけないと私は知っている。そう、幼い頃から聞き分けの良い子を演じなければならなかったから。
フレデリックは自分の手袋を外すと、リュカに落ちていた彼の手袋をはめてあげる。それからリュカの顔を撫でている。
私はそれを呆然と眺めていた。
「 大変ですッ! この穴の下でグレン様が魔物と戦っていますッ!! 」
洞窟の出口を確認しに行った隊員が、大声で戻ってきた。
フレデリックは呆然としている私に何か伝えようとしていたが、隊員の声を聞いて弾けるように立ち上がった。
…… そうだ、グレンがいる。彼がリュカをこんなところに置き去りにするはずがない。
フレデリックが洞窟の出口へと走るのを見て、私もヨロリと立ち上がった。
明るい出口のほうに進むと、フレデリックも隊員もそこで立ち止まっている。どうしてグレンの近くへ行かないのだろう?と私も彼らに近づいた。
状況は一瞬で掴むことができた。
ここから下は崖になっていて、グレンはその崖下の更に遠い所にいる。大きな魔物を二体倒して、最後の一体と戦っているのだ。
「 何か様子がおかしいですね? グレン様でしたらあの魔物相手にそこまで手こずるとは思えませんが。」
「 …… なんてことだッ!腰に槍が刺さってます!フレデリック様ッ!!」
隊員達が頼むより早く、フレデリックは崖下へと足場を作り始め、隊員達はグレンの元へと駆け出した。
彼らは間に合うだろうか?
魔物がグレンに剣を振り下ろす姿を見て体が硬直する。その動きはゆっくりとしたもので、簡単に避けれそうに見えるのに、グレンにそれを避けるような仕草は見られなかった。
斬られたの!? ここからは遠くてよく分からない。
「 フレデリック!!あの人達間に合わないかも!何とかならないの!? 」
今度は魔物の手に炎が浮かんでる。グレンはフラフラと変な感じだし、あんなものぶつけられたらひとたまりも無い。この状況を打破出来るのはフレデリックしかいなかった。
だけど頼みの綱の彼は額に手を当てて、首を小さく横に振る。
「 ダメです、ここからの攻撃はグレンも巻き込んでしまいますッ!! 」
そんな!じゃあみすみすグレンが殺されるのをここで見てろって言うの!? リュカを失っただけでも胸が張り裂けそうなのに、これ以上の仲間がいなくなるなんて耐えられない。
そのとき私はこの洞窟にリュカの弓矢があることを思い出した。急いでリュカの元へと駆け寄りその武器を掴む。洞窟の出口へと向かいながら矢筒から矢を抜いた。
それを見たフレデリックが声を上げる。
「 セナッ!? 私は弓は扱えませんよ!?」
「 大丈夫 …… 私がやる ……。」
キリリと弓の弦を引き、肩を落とし狙いを魔物に定めた。
「 ここから届きますか!?」
フレデリックの言う通り、グレンまではかなりの距離がある。届くかどうかギリギリのラインだ。
「 世界大会ファイナリストを舐めないでッ!! 」
小声で小さくそう呟いて今度は大声で叫んだ。
「 グレンッ!!…… 伏せなさいッッ!!」
この声が彼に届いたのか、それともたまたま偶然だったのか、彼の身体は魔物との重なりから外れた。私は渾身の力を込めて矢を放った。




