83【皆との温度差】
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ありがとうございます。
今回のお話に、残酷な描写が含まれています。
苦手な方はお控えくださいませ。
「 い、一気に十階ですか ……?」
隊員の誰かがそう呟いてゴクリと息を飲む。申し訳ないが今は弱音を気遣うつもりはない。曲がりなりにもラグドールの騎士と自分を誇るなら、全力でついてきて欲しい。
私は穴に滑り込んだ。
どうしてか胸のザワザワがおさまらない。グレンの持つ石が移動しなくなったのは、単純に彼らが休んでいるだけなのかもしれないのに。
階下にいた魔物が私を見て咆哮を上げた。威嚇に怯えそうになったのは最初の数回だけよ、もうこんなの怖くない。
どうして魔物は襲ってくるのだろう? 次の階も、その次の階でも彼らは闇雲にこちらを襲ってくる。
斬られた魔物は当然悲鳴をあげる。途中からその声を聞きくのが辛くて喉を狙った。だけど魔物が強くなるにつれ、特定の急所を選ぶなんてそんな余裕もなくなってきた。
あなた達が何もしなければ、私だって攻撃はしないのに。私はただ大切な仲間に会いたいだけなのよ?
向かってくる魔物の中には、一緒にいる魔物をかばうような仕草をする魔物もいる。
私は次の穴へと体の向きを変えながら、二体同時に片付けた。
こんな一方的な殺戮は嫌だった。
異種だから殺して良いとは思えないし、全てが言葉の通じない生き物ではないのだ。これがこの世界の道理とはいえ、すぐには受け入れがたい何かがあった。
次の階の魔物は武器を構えて襲いかかって来る。
今までの魔物より動きも早い。
だったら、こちらのスピードもあげるまでよッ!
次の穴に入ると、その穴から舞い上る熱風で目を細めた。
今までの天井高よりかなり高い!?
眼下の床には所々に燃えているように赤い場所がある。なんとか床面に下り立つと、赤く見えた物はドロドロに煮えたぎる溶岩だった。
部屋の様子が一変したわね? あまりの暑さに一気に汗が噴き出る。ここは火山帯なのだろうか?
フレデリックが次の穴を開けるとき、そんな事して溶岩が噴き出たらと焦ったけど、次の階は一面が氷に覆われていた。
改めて実感する、この世界の在り方は元いた世界の理屈とは全く違うのね。
皮膚の硬い魔物は迷いなく目や口を狙わせてもらう。残酷だけど私は魔法が使えないから、確実に倒すにはこれしか方法がなかった。
その次の場所は元の石畳の空間に戻った。
…… ここで私は痛恨のミスをする。
振り向きざまに剣を向けた魔物の姿を見て、私はギクリと躊躇した。
「 セナッ!! 」
一瞬の油断が命取りだと分かっていたのにこのザマだ。魔物はこの隙を見逃さなかった。私は咄嗟に避けたつもりだったけど、足を斬られてしまった。ありがたいことにその階の魔物はフレデリックが弾き飛ばしてくれる。穴を空けたりするのも相当な魔力を消費するだろうに、申し訳ない。
「 大丈夫ですかッ!?」
こんなに焦った顔のフレデリックを見るのは初めてだ。私はニッコリと笑顔を作り、剣をクルクルと回した。
「 全然へいきッ!かすり傷だから次の穴を空けてッ!!」
私はそう言い捨て次の穴に飛び込む。
だんだん息が苦しくなってきた。これだけの全力疾走なんて、お祖父ちゃんとの組み手以来じゃないかしら? あれからも毎日の運動は欠かさなかったのに、完全に体が鈍っている。
グレンは私が戻って喜んでくれるだろうか??
…… 身体の細胞一つ一つに、疲労感が蓄積されていく。
リュカは潔癖な子だもの、もしかすると私を許してくれないかもしれない。
…… 呼吸をするのももどかしい。
それでも ……。
私は足を軸にして、反動で魔物の首をはね落す。
それでも、私はあなた達に会いたかった。誰かに対してこんな風に執着するのは初めてかもしれない。
「 フレデリック様ッ!! どうかお止まり下さいッ!! 」
突然大きな声がして隊員の一人がそう叫んだ。
フレデリックは次の穴を開けようとして躊躇する。
全身全霊で意識を魔物の討伐と階を下りることに集中していたから、何階下りたのか分からなくなっていた。
もう十階目なのだろうか? 私とフレデリックは、声を上げた隊員を見た。
彼はゼィゼィと息を吸い込みながら、私を見ている。
「 お、お願い …… です。セナ様の …… 傷の手当てを ……。」
その言葉にフレデリックは弾かれたように私を見る。そして一瞬で青ざめた。いつの間にか勇者のグレーのスカートは濃い色に変色してしまっていた。
フレデリックは両手を広げると、すぐに通路を壁で塞いで、魔物が入ってこれない安全な空間を作る。そして私の前で片膝をつくと、見たことないくらい険しい顔をした。
「 セナ、これは先ほどの ……。」
さっき魔物に斬られたせいで、フレデリックがスカートを捲るのをためらわなくても、スカートは太ももの付け根近くまでスリットのように破れている。
そのスリットに合わせて、私の足から血が流れていた。必死だったから気がつかなかったけど、思ったより深く切れてるかもしれない。
その傷口を見て隊員たちが顔を背けた。
「 これのどこがかすり傷ですかッ!? 」
派手に動き回ったせいで、必要以上に血が出てしまっただけだと思う。それに魔物の返り血だってあるもの、これ全部が私の血とは限らないじゃない。そんな顔しなくても大丈夫よ。
むしろ私より、フレデリックの方が疲労と魔力の使い過ぎで倒れそうな顔色だ。顎のラインから絶え間なく汗が流れ落ち、今だって片手を床につけている。
そんな状態にもかかわらず、フレデリックはすぐに私の傷を治し、更にスカートの破れも血に染まった生地もキレイにしてくれた。
そのまま無言で立ち上がると、床に沈みかけた壁を再び戻し、石畳に寄りかかりながら座り込んだ。
それを合図に隊員たちも崩れるように座り込む。
全員の疲れはピークに達していた。
えー? 休憩するの?? …… できれば早く先へ進みたいのに。
グレンの石の気配までずいぶん近づいたのだ。このペースで行けば、あと数分で辿り着ける。
だけど自分の怪我のせいでみんなの足を止めたから、早く行こうとは言い出せない。
フレデリックはさっきと同じように自分の体力を復活させると、それから私達にも回復魔法を掛けてくれた。
「 セナ様、よろしければダンジョンの中ではこちらをお使い下さい。」
体勢が整うと、隊員が恐る恐る自分の剣を私に差し出す。
「 代わりにそちらの剣を私に貸して下さいますか?」
この剣を? 私は手元の剣を見つめた。
これは下りてくる途中で、倒した魔物が落とした物だった。利き腕はフレデリックから預かった短剣を使っていたけど、二本あったほうが便利だと思い、咄嗟に拾ったのだ。
「 だけどこれは ……。」
魔物のドロップ品だけあって、とても重くて斬れ味が悪い。だから私も相手の剣を受け流すときや、階下で反動をつけたいときに床や壁に刺したりと、そんな風に使っていた。
「 …… お願いでございます。」
隊員はこの剣があまり良くない物だと分かっているようだ。その上で「替えてくれ」と頼んでいるのだ。その意味が分からないほど鈍感ではない。魔物とろくに戦わない自分の方が良い剣を持つのがやるせないのだろう。彼の少しでも役に立ちたいと思う気持ちを汲み取ることにした。
「 分かったわ、ありがとう。グレン達と合流したら返すからね。」
私は笑顔でそれを受けとった。
「 あの …… フレデリック様、先程から使用している回復薬はもしかして …… 」
その場が雑談が出来るような雰囲気になったからか、他の隊員もずっと気になっていた様子でフレデリックに話しかける。
「 ええ、これはドラゴンの血液です。」
「「「 !!!! 」」」
フレデリックはサラリとそう返す。だけど尋ねた本人を含め隊員全員が絶句した。
「 ドラゴンの血ってそんなに凄いの? 」
今度は私がそう尋ねると、隊員達はその質問にも驚いている。聞くところによると、凄いなんてもんじゃないらしい。
ドラゴンの血は、その希少さもさることながら、効力は、回復、魔力など様々な事に効果がある、正に『万能薬』と呼ばれる物らしい。
隊員がおどけて「私たちのお給料の何年分で買えるかなぁ?」と笑っていた。「 さすが宮廷魔導師長だ!」と、口々に騒いでいる。
すると、フレデリックは困った顔をしてすぐに訂正をした。
「 誤解のないようにお伝えしますが、これは宮廷からの支給品でもなければ、私が自費で購入した物でもありません。」
旅先の遺跡で得たものです、と言って立ち上がった。
あっ!そろそろ行くのかしら??
続けて私も立ち上がるのを見て、隊員はげんなりとした顔をした。
「 ちょ、ちょっとお待ち下さい!それ程までに先を急ぐ必要がございますか?」
私が彼の顔を見ると、隊員は慌てて言葉を続ける。
「 いえッ! …… あの …… 元々ダンジョンとは一度入ったら数日は出てこれないと聞いたことがあります。」
私は軽く頷いた。このダンジョンに入ったとき、フレデリックも同じような事を言っていた。
「 グレン様がダンジョンに入って、今日で三日目でございます!通常通り進んでいるのであれば、三日くらいはごく普通かと。ですので私達もそれほど急がなくても良いのではないのでしょうか?」
つまり、行方不明の理由がダンジョンなら何の問題もないから、急がなくても良い。と言いたいのだろうか? 私はフレデリックを見た。
「 ダンジョンを甘く見てはいけません。いくらグレンが強いとはいえ、たった二人ですんなり出口まで辿り着けるかどうかは不確実です。」
ほら、やっぱり急いだほうがいいんじゃない。
それでも隊員は譲らなかった。
「 ですが私たちはここに来るまで、魔物のドロップ品も宝箱も全てスルーしてきています。私達も回復薬は持参しておりますが、この先それがなくなれば、今度は我々が危険な状態になります。ですから …… 」
「 つまりもっとダンジョンの中を自分達も楽しみたい、と仰りたいのですか?」
今の冷たい言葉は私じゃないわよ?
あぁでもそうか、彼らが言いたいのはそういうことなのね。
フレデリックのきつい言い方に隊員は黙ってしまったけど、ダンジョンとは本来、そうやって手柄を立てれる場所なのかもしれない。
その辺の事情が私にはよく分からないけど、各階を直下するやり方に、フレデリックだって「前例がない」と狼狽えていたのを踏まえると、このやり方はアウトなのだろう。
魔物のドロップ品や宝箱も、私にはどうでもいい。だけどバリニーズ村でみんながとても喜んでいたのはわかる。
それでも、私は先を急ぎたい。
何故かは分からないけど、不安で仕方ないのだ。
隊員達の言い分はもっともなのだろうけど、こんな話し合いすらもどかしかった。
フレデリックは壁に寄りかかって腕を組んでいる。彼だってさっきは限界ギリギリだった。
私は慎重な性格のフレデリックに、かなり無理をさせてしまっているの??
私は借りた剣を軽く振ってみた。さっきのドロップ品よりずいぶんと軽くて使いやすそうだ。
その剣を隊員にもう一度取り替えてもらう。隊員は「 何故ですか?」と尋ねるが、私はそれには答えなかった。
「 フレデリック、床に穴を開けて。」
廊下の中央へ進み真っ直ぐにフレデリックにそう声を掛けると、彼は頷き両手を構えた。
それを見て隊員達は慌てて立ち上がる。皆口には出さないが、自分らの意見が全く通らなかったことに不満げな顔をしていた。
魔法で床に穴が空き、階下へと下りる足場が作られた。私がしばらくそれを眺めていると、床は音を立てて復元していく。
「 …… セナ? 閉じてしまいますよ??」
閉じかけている床穴をみて、フレデリックが顔を上げた。
「 ごめんなさい!ここからは別行動にするわ!後でまた会いましょう!」
最後の方は閉じる直前の穴に飛び込みながら叫んだ。だから頭上でフレデリックが何か喚いていたけど、壁は閉じてしまい、何を言っていたかは分からなかった。
落ちた先の魔物が、私を見て岩の塊を投げくる。
それを避けると岩は派手な音を立てて床を突き破った。
ついてるッ!!
私はその穴にスライディングして、そのままもう一つ下の階へと落ちた。




