75【新たな旅路へ】
「 こちらでしたか。」
顔を上げるとフレデリックが立っていた。座っても?と首を傾げている。
私は頷いた。
「 すまない、少し頭を冷やしたくてな。」
セナの部屋を出てからの記憶が曖昧だ。彼女の気配がする場所にいる気がせず、屋敷の外へ出たような覚えはあるが、フレデリックに声をかけられるまで、自分がそこに座っているという自覚はなかった。
「 …… すみません。」
今度はフレデリックが謝る。今のが何に対しての謝罪なのか分からず見返すと、フレデリックは表情なく答えた。
「 私が間違っていました、セナを返すべきではありませんでした。」
いや、と私は首を振る。
「 あの時のセナにごまかしはきかなかっただろう …… 返すしか選択肢はなかったよ。」
確かにフレデリックは、魔法の腕は世界一だが、対人関係においては不得手と言わざるを得ない。
ギルドの所長を相手に、反魂の術を使うあたりが大人気ないというか。もちろん術を仕掛けた所長にこそ問題があるのだが、あの場合は術を解いた上で、こういう事はやめましょう、と穏便に済ませれば良いだけのことだ。
無理もない。
フレデリックは今までほとんど公の場に出る事はせず、連絡の玄関口もジャスパーが主だった。
およそ「駆け引き」とは無縁の世界にいたのだろう。
そういう意味では、セナの交渉術のセンスは抜群だ。加えて場の空気を読むのもとても上手い。
あの時だって、私や皆に「返してくれ」と言うのではなく、最後はフレデリックに個人攻撃だった。
最初にフレデリックの名前を大声で呼び、次に優しく「お願い」と一言、実に効果的だ。
それでも、彼女を返して欲しくはなかった ……。
私は顔を上げ、頭の中のごちゃごちゃを振り払う。
「 王宮に戻るか?」
いつまでも落ち込んではいられない、やるべき事は山ほどある。
「 ええ、旅を続ける意味はありませんし、そうですね。ですが一晩待ってもらえませんか?」
フレデリックは、今晩セナの部屋に来るかもしれない使い魔を捕らえたいようだ。
そうだ、その先にいるロウという男に何としても辿り着きたい。
「 では、屋敷に戻って作戦を練ろう。」
「 ええ、しかしリュカはまだそっとしておいたほうが良いかもしれません。」
フレデリックは困ったようにさらりと髪を揺らし寂しげな顔で薄く笑った。
「 私たち三人の中で、一番ダメージを受けているのは、どうやらリュカのようですから。」
私は無言で頷いて、再び歩き出した。
そうだろうな。リュカは人見知りが激しい割に、一度心を開いた者には極端になつく。この旅でも、最初の頃とは打って変わり、セナとは打ち解けていた。その姿は騎士団の同期よりも気を許しているのではないかと意外に感じたほどだ。
他の勇者様の話を出してしまったのも、リュカにとっての「勇者」は一人だったからかもしれない。
あいつはこの先立ち直れるだろうか?
フレデリックとて当分の間は使い物にならないかもしれないと思ったが、さすがに魔導師長として場数をこなしているためか、あるいはジャスパーの事で耐性がついたのか、見た目では落ち着いているように見える。
しかしリュカはまだ若く、ハイレベルな現場に出たのも数回程度だ。今回のことで国に帰らぬとも限らない。
塔で隊員の三分の一を失い、リュカまでもがいなくなれば、私の隊は解散せざるを得ない。塔に残された者達が戻ったときに、信頼できる居場所を何とか守り抜きたいものだ。
そういえば、セナも居場所がどうとか言っていた。そんなものいくらでも我が国が、国王様が与えてくれるとあの時即答出来なかった。
なぜならそれは、彼女の求めてる居場所ではないような気がしたからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 う〜ん、しかしなぁ。」
たった一頭だけで良いのだが、馬貸し屋の主人はなかなか首を縦には振らなかった。
セナが帰った日の夜、部屋に使い魔は現れず、翌朝我々は城へと戻った。一通り国王様へ報告を済ませると、直ちにソウタ様の捜索を命じられた。
今までの書簡を頼りにソウタ様の足跡を辿り、最後に立ち寄った村を特定した。
当然だがセナがいないのだから、侍女達は今回の旅には共に来ることはない。
ライオネル様から孫に何かあれば分かってるな、と背筋が冷えるようなご指摘を受けていた事もあり、結果としてそれで良かったといえよう。
私の城に残った隊員のうち数名は、カノン様の隊と協同し、残る数名は郊外の事故処理の対応に追われていた。私とリュカは装備を整えフレデリックの元へ向かう。
「 申し訳ありませんが、私はご一緒する事ができません。」
国王様にはそう伝えてあります、と彼は自室へと戻ってしまった。
前回の旅から戻るときに「 私はこういった旅は向いてないのかもしれません。」と話していたからあまり驚きはなかったが、頼もしい魔導師が欠けたことに、少なからず寂しさを覚えた。
見た目は気丈に振る舞っているようでも、やはりフレデリックもセナを失ったダメージは大きいのだろうか。
リュカと二人で目的の村へとたどり着くのにそれほど時間はかからなかったが、私の馬が足を怪我してしまい動けなくなった。
仕方なく村の中の馬貸し屋から、馬を借りようとしたのだが、ソウタ様の一軍に貸し出した馬が戻らないため、また貸した馬が戻らぬのではないかと貸し渋った。
「 グレン様、いかがなさいました??」
リュカが、なかなか戻らない私を心配しやってきた。事情を話すと彼は馬貸し屋の主人に笑顔を向けた。
「 私はリュカ・ローゼンタールだ。今日からこの村で世話になる。」
そう言って握手を求めた。主人はリュカの名前を聞いて「 エェッ!!」と声を上げる。
「 とても良い馬だが今は借りる事ができないとか?」
すると主人はさっきまでとは手のひらを返すように下手に出る。
「 いえいえ!ローゼンタール様!とんでもございません!! 」
なんなら全部お貸しできます!とニコニコと笑い出した。
国の騎士よりローゼンタール様か。商人には商人のルールがあるのかも知れぬが、私は馬を受け取るとリュカを見た。彼はしたり顔でニヤリと笑みを浮かべた。
以前のリュカだったら、家名を出すなど絶対にしなかった事だ。彼は自分の評価より先に家名がくることをとても嫌っていたはずだ。
「 いいのか?」
「 利用できるものは、何でも利用すれば良いのです!…… それも私の一部ですから!」
その物言いに別の誰かが重なって見える。リュカはあの日以来セナの名を口にしない。だが彼の中で少しずつ咀嚼しているのか明らかな成長が見られる。
そうか、彼女の影響はこんなにも強く残るものか。私はそれが嬉しくも悲しくも感じた。
セナが居なくなってからというもの、至る所で彼女を感じる時がある。彼女ならそう言うだろう、彼女ならこれが食べたいだろう、彼女ならきっと腹を立てただろう、と。
不思議なものだ、今まで知り合った人に対して「忘れたい」と思ったことなど一度もなかったのに、セナに関してだけは、そこだけ記憶を削り取ることができるなら、そうして欲しいと思うことがある。
二度と会えないのならば、最初からなかったほうがまだマシ、と思えることもあるのだな ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
我々は捜査の拠点として、ソウタ様の一軍が停泊していた宿屋を選んだ。
彼らの残した物を宿屋の主人に見せてもらうと、その中に地図がある。所々✖︎印が付いているところは、恐らく石の調査が終わった所だろう。
「 グレン様!! 」
リュカが指を指す箇所を、私もちょうど見ていた。
「 恐らく、そこでアタリだ。」
この村から西に進んだ所に森があり、更にその奥に印が付いている。他にもいくつかめぼしい地点はみられるが、私が指揮を取るならここをクリアしてから次へと進むだろう。
宿屋の主人にここは何か尋ねると、いまは廃村となっていて誰も住んでいないと眉を下げる。
間違いないだろうとリュカと頷き合い、明日の朝一にそこへ向かうこととなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 なんだこれは!!」
目の前の景色の異様さに、思わず言葉が漏れる。
翌朝村を発ち、リュカと二人で西の森へと向かった。空は薄明るいがあいにくの雨模様だ、こんな時こそフレデリックがいればと思うが、それを口にはしない。草原を突っ切り森へ入れば背の高い木々によって雨は緩和されたが、代わりに霧が出てきて肌寒さを感じた。
出てくる魔物はそれほどの強さはない。そのうちソウタ様の隊員達の馬の跡を見つけることができたため、あとはそれを辿るのみだから容易かった。二時間ほど進めば拓けた場所に出る。そこから程なく進むと村らしき建物らを見つけた。
そして、目の前に広がる光景をみて、私は声を上げたのだ。隣でリュカも息をのむのが伝わってくる。
──── 見渡す限りの「 緑 」
そこにはかつて村と呼ばれていたものが、建物と言わず道も塀も、その全てが植物に覆われていた。
私達は、その異様な光景を眺めながらもゆっくりと馬を進ませる。
「 グレン様!馬の声が聞こえます!」
リュカにそう言われ耳をすますと、微かにどこか遠くのほうで馬の鳴き声がした。
スノーシュー出身のリュカは耳がいい。年間を通して雪に覆われているその国で育った人間は、音に敏感になるのだという。
馬の声がする方へと馬先を変え、建物一つ一つに注意を向けると、植物はその中にまで入り込んでいることが分かる。そこでふと疑問が頭をかすめた。
廃村になってどのくらい経つのか分からないが、これほどまでに植物が蔓延するものだろうか?
不思議なのはそれだけではない。ソウタ様の一軍は、総勢二十名で動いていたと聞いている。村の外までは蹄の跡が色濃く残されていたのに対し、この村の中は立ち寄った形跡がないのはおかしい。
当てが外れたのだろうか? いくらなんでも植物の踏み荒らされた形跡は残るだろう。それがないという事はララノア達が向かったのは、ここではなかったのかもしれない。
そう迷い始めたとき、通りの脇の空き地のような所に沢山の馬を見つけた。
「 ほぼ人数分の馬がいますね。」
馬は餌と飲み水が用意され、それぞれにくつろいでいる。恐らく結界が張ってあるのだろう、魔物に襲われた様子もない。
ソウタ様の一軍から連絡が途絶えて、今日で五日目だ。馬に与えられている餌などには魔法が施されていて、常に新鮮なものなので心配ないが、乗っていた者達の姿が見えない。
自分達の乗ってきた馬も同じ所に落ち着かせると、私は北側を、リュカは南側を捜索することとなった。
やはり何かがおかしい。この村に違和感を感じる。
相変わらず、雨はしとしとと降り続き、止むことはない。しばらくの間家々の間を確認したり、人の痕跡を探したりしていたが、やはり隊員の姿を確認する事は出来なかった。
「 グレン様ー !!」
と、遠くでリュカの大きな声が聞こえる。あの感じでは緊急性は感じないが ……。
リュカのほうに向かおうと、踵を返したその時
漸く雨は止み、雲の切れ間から光が射した。
─── ッ!!?
違和感の正体はこれかッ!!そして皆が忽然と消えた理由もそれしか考えられない。だとしたら私たち二人ではダメだ! 今すぐこの村から出なくてはッ!!
私は駆け出しリュカを探す。角を曲がると大きな石碑の前でリュカが振り向いた。
「 あっ!グレン様見てください、ここに剣が落ちています。」
そう言いながら剣を拾おうとかがむ。
「 リュカッ!! 待てッ!!」
それを拾うんじゃないッ!! そう言葉を続けようとした時には遅かった。周囲の植物がザァッと一斉に纏わりつき、自分達の視界を埋め尽くした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 驚きました、なんなのです?ここは。」
忌々しそうに体に絡まる植物をナイフで落としながら、リュカはそう言って辺りを眺めた。
床は石造りになっていて、所々床や壁に植物が伸びてきている。窓のないこの廊下には松明が灯されていた。私は腕に絡んだ植物を床に落としながら答えた。
「 ここは …… ダンジョンの中だ。」




