73【若きリュカの悩み①】
「 フレデリック ……… セナは ……… どこへ ? 」
さっきまでの喧騒は一転して、セナ様の部屋は静まり返っていた。グレン様は放心したようにフレデリック様へ問いかける。
「 ッグ …… ゥック…… 」
傍ではターニャ様が、口を押さえて涙をこらえている。それでも声は漏れてしまい、サラ殿がそっと彼女の肩を抱くと、それをきっかけに彼女は大声をあげて泣き始めた。
サラ殿の目からも涙は絶えず流れていて、それを拭うことも思いつかないほど、さっきまでセナ様がいた場所を見続けている。
まるで、ここで待っていればセナ様が戻って来るかのように、皆が動けないでいた。
「 …… フレデリック …… 彼女に何をした?」
グレン様は分かりきったことを何度も尋ねる。それが余計にこの場の哀しさを増幅させる。
「 私は …… セナを …… 」
フレデリック様はそう言いかけると、よろめいて壁に寄りかかる。彼はたった今大きな魔法を使ったのですから、早く回復処置を施さなければなりません。
「 もう一度呼んでくれないか? セナをもう一度ここへ、彼女と話しがしたい。」
グレン様はご自分が何を言っているのか理解されてるのだろうか? 召喚の儀について、その魔法の性質も彼はご存知のはずだ。
「 フレデリック? お願いだ、セナ様を戻してくれ。」
「 グレン、それはできません ……。」
フレデリック様は、両手で顔を覆うとそのままズルズルとしゃがみ込み、絶望的な言葉を続ける。
「 あなたもご存知のように、召喚する人間をこちらから選択するは出来ません。」
グレン様はテーブルに手をついた。
「 では …… セナを再びこの世界に戻すことは ………。」
「 二度と …… できないのです。」
……………………………。
しばらくの間、フレデリック様の言葉の重さをそれぞれが考えていた。やがてグレン様は「そうか 」と小さく呟き体を起こした。
「 リュカ、すまないが王宮へ連絡を。 セナ様は戻られたと伝えてくれ。」
ご自分ではなさらないのですね。…… そうですね、とてもそんな気にはなれないでしょう。グレン様がふらふらと部屋から出て行くのを見届けると、私は残された者達を順に眺めた。
フレデリック様は座り込み、顔を覆ったまま動かない。サラ殿は泣き止まないターニャ様を抱えるように、部屋から出て行った。
まさに青天の霹靂、誰もが予想だにしなかった出来事に放心状態だった。こんなとき一人くらいは冷静に動ける者がいなければならない。
私はすぐに自室へと戻り、グレン様の指示通り王宮へ書簡を送る準備にとりかかる。魔法の施されたこの紙は、この書簡筒に入れるだけで、王宮の書簡筒へと転送される。これもフレデリック様が創り出したもので、この書簡のお陰で各国とのやり取りが実に迅速に行われるようになった。
本当にフレデリック様は凄い魔導師だ。
私は紙にペンを走らせる。
…… なんです ?
紙が不良品なのか所々文字が滲んでいる。これでは王宮に出すことが出来ない。私は書いてた紙を破り捨てると、別の紙を取り改めてペンを走らせた。
……… この紙もダメだ。
数枚目の書き直しで、問題があるのは紙ではなく自分だということに漸く気がつく。文字を滲ませている正体は、私の目からポタポタと流れ出るものだった。
体を起こし書簡を眺めると、それはとてもじゃないが王様へ送れるような代物ではない。
悪いのは文字の滲みだけではない、どういうわけか手の震えが止まらないのだ。私は紙をクシャクシャにすると、それを思い切り壁へと投げつけた。
セナ様がこの世界から消えてしまったなどと、なぜこの様な酷な報告を、僕がやらなければならないないのです!? こんな事、団長なのですからご自分で書けば良いでしょう!?
だいたいもう旅は終わりなのだ。書簡を出す必要などないではないか!今すぐ城へと戻って自分達の口で報告すれば良い。
フレデリック様の魔法は世界一であり、その魔導師がセナ様を「戻せない」と言うのなら、それはもう『 絶対 』なのだ。
そうなのだ、もう …… セナ様との旅は終わったのだ。
私はぼんやりと机の上の灯りを眺めた。涙のせいで光が膨張し、あの日のことを思い出させる。
「 みんな羨ましいのよ、リュカの事。」
あの日、あの雑貨屋でステンドグラスのランプシェードを眺めながら、セナ様は私にそう言った。
ローゼンタール家は名門中の名門ではあるが、良い評判だけではない事を私は知っている。ラグドール王国の騎士団に選ばれたのも、実力より名家のコネのほうが大きいと、同期から思われてることも。
だから剣や弓の訓練も、他の人達の何倍も努力したつもりだ。…… それでもその姿さえ点数取りだと冷やかされることがあった。
この旅のメンバーだって、特別グレン様に選ばれたわけではない。自分から連れてってくれと頼んだのだ。本来なら他の隊員らと共に、自分も城に残されていたことだろう。
「 そうかしら? 私はそうは思わないけど。」
ガラスの容器を眺めていたセナ様は、容器から目を離さずに反論した。
「 ローゼンタールって超有名なんでしょ?…… だったら旅をしてても優遇されて、何かと便利じゃない。」
何てこと言うのです、それでは私ではなくローゼンタールの名前が利用されるだけではありませんか!
「 それでもいいのよ。利用価値があるって事は、貴重な人材ってことよ? それもあなたの持ち味の一つなんだから胸を張ればいいわ。」
そう …… なのですか?
「 そうよ。利用されるのじゃなくて、利用されてあげるの。それに ……。」
なんです?
セナ様はさっきから同じ容器を眺めていたが、値札を見てフッと肩を落とすと、私の方を見上げて目を細めた。
「 そのブランド名がなくてもリュカは使える人材よ? 私がグレンの立場でも絶対にあなたを選んだと思うわ?」
セナ様には分からないだろう、あの時のあの言葉に、私がどれだけの勇気と自信をもらえたことか。
…… 嗚咽が漏れる。
人がこんな風に涙を流すなんて自分は知らなかった。いくら止めようとしても、呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、次から次へと声が漏れてしまう。私は立ち上がるとベッドに倒れ込み、思いきり顔を枕に押し付けた。
真っ暗な視界の中で再びセナ様の声が聞こえてくる。
「 あら!上司が暴走できるのは、それを止めてくれる部下がいるからじゃない。」
もちろん、ただただ暴走しちゃうダメな上司もいるかもしれないけど、グレンはそうじゃないんでしょう?
当たり前です! グレン様は団長として聡明なお方であり、人としても尊敬される素晴らしい上司です!
「 なら、リュカやフレデリックを信用して、自分が力尽きるほどの大きな魔法だって使えるって事よ!」
そう言って、セナ様は森から出てくる魔物を踊りを踊るかのような軽いステップでヒラリと避ける。
「 ほら、リュカ!やっつけて!!」
私がそれを弓で射るとニッコリと笑みを浮かべる。
「 ねー? リュカがいるから、私も安心して森を歩けます!」
枕に顔を押し付けると、ますます嗚咽は止まらなくなる。このまま呼吸が止まってしまうのかと思えるほどだ。
「 …… セナ様ッ!! …… セナ様 ッ!! 」
彼女の名を呼んだところで、もう二度と会えないことなど分かっている。それでも自然とその名を口にした。
私のせいだ。
こうなるまでセナ様を追いつめたのは、他の誰でもなく私だ。
何日か前から、セナ様が夜中に誰かと会っていることに我々は気がついていた。加えてロッド様から弟君の事を耳にし、私とグレン様そしてフレデリック様で、セナ様にどうやって聞き出そうかと話し合っていた。
もちろん無理に聞き出したくはない。本人から話してもらえたら一番良いと、誰もがそう思っていた。事実、ロッド様にセナ様は自分で話すと口止めをされたということもあり、我々は本人が語り出すのを待つ形となった。
それ以外にも、他の勇者様が次々と行方不明になったとの連絡が届いたとき、それをセナ様に知らせるかどうかで意見が分かれた。
散々議論を重ねた結果、セナ様に負担をかけぬよう、彼女がこの世界に残ることを決めたとき話そう、と提案された。
どんなときもグレン様は、あくまでセナ様の意思を尊重したい、と仰っていた。
セナ様が元の世界に帰る予定だった14日目は、私達はラグドールの城から再出発する予定となっており、皆が朝から緊張していた。
国王様や老中様らの重圧に押し潰されそうになりながらも、セナ様がいつ帰ると言い出しやしないか、一日中ハラハラとしていた。
だがそんな事は杞憂であり、夜になって眠る頃には、セナ様はこの世界に残ることを決めたのだと、誰もが胸をなでおろした。
そう油断したところで今日のこの出来事だ。まさかセナ様が日を勘違いしていたなどと、誰が気がつくであろう。焦った私はつい他の勇者様の不明の話を出してしまった。
セナ様がそれを知っていたことには驚いたが、それでグレン様が逆上してしまった。私があの話さえ出さなければ、もう少し冷静に話せたかもしれないのに。
私はベッドの壁に寄りかかり、深呼吸を何度もした。軽い目眩がする。嗚咽はどうにか止まったが、それでもまだ涙は頬を伝う。
きっと、今は皆が同じような気持ちなのだろう。
「 リュカ!これで借り一つ返したわよ。」
悪戯好きなセナ様の笑顔が浮かんでは消える。
…… まだ貸しが一つ残ってますよ、セナ様。




