72【勘違い】
「 さてと …… セナ? この村の周辺にはもう石の気配はないのか?」
私がロウ達のことを説明しようと同時に、グレンがこちらに質問してきた。
「 え? …… ええそうね、この辺りはもうないわ。」
だからちょうど切りが良い。という言い方をすると語弊があるけど、バリニーズ村周辺の石を回収したところで、私の旅は終わりかなと、何となく自分の中でそう線引きをしていた。
「 ヨシ!では明日には私達もこの村を出て、次の町を目指すとしよう。」
「 そうですね 」とフレデリックも相槌を打ち、サラとターニャも「 次はどんな町かしら?」と顔を見合わせている。早速リュカがテーブルに地図を広げ始めると、グレンもそれを覗き込んだ。
「 それで、次のルートだがこのまま行けばドウェルフ鉱山へとぶつかるが …… 」
「 ちょっと待ってよ!? 」
私はグレンの言葉を遮って勢いよく立ち上がった。
どうした?と屈託の無い表情でグレンが私を見返す。その顔を見て逆に私の方が戸惑った。
「 だ、だって …… 明日は14日目よ? 私は ……… 元の世界に帰らないと。」
部屋全体がシンと静まり返る。
言いたいことが伝わったのかグレンの顔色が一転した。
「 …… では、石探しはどうなるのだ?」
彼はテーブルにペンを置き、体を起こすと私にそう問いかける。こんな時の彼は本当に怖い。彼の隣にいるリュカまでもが身を固くするのを気配で感じる。
どうもこうも、最初からその約束だったでしょう? そう言いたいけど喉の奥がつっかえて言葉が出てこない。グレンの私を見る目があまりにも冷たかったからだ。
「 セナ、このままここに残る事は出来ないのですか?」
フレデリックはその場を宥めるように私を見上げる。
そんなことできるわけがない。私にだって懸命に作り上げた居場所があるのよ? それに元の世界で人一人が姿を消すことがどれほど問題になるのか、この人達には分からないのだろうか?
サラとターニャにまで悲しそうな目を向けられると、まるで責められているみたいで辛くなる。
「 我々と共に旅をしていて、ここに残ろうとは一度も思わなかったのか?」
私はもう一度グレンをみた。
この世界に残る?
そんなこと ……。
グレンは深い溜息を漏らす。
「 思わなかったのだな。」
彼のこの顔は前にも見たことがある。あの日、私がこの世界に召喚された日の彼にまた戻ってしまった。
「 では今ここで考えてくれ。この世界を代表して頼もう、どうかこの国に残っていただけませんか? そして我々と石を探す旅を続けて下さい。」
…… やめて、そんなの無理よ。
私は首を横に振った。
だって最初から二週間の約束だったじゃない?
明後日には休暇は終わり仕事が始まる。会社の皆が私を待ってる。担当のお客様だっているのだ、それを全部投げ出すことなんて絶対に出来ない。
ひたすら首を振り続ける私に、フレデリックが落ち着いた声を掛ける。
「 セナ、何も一生この世界で暮らせと言っているわけではありません。全てが終われば元の世界に必ずお帰しすると約束します。」
…… 何を言っているの?
それこそ無責任じゃない。この世界がどれだけの広さなのか知らないけど、二週間かけてほんの少しの範囲しか探せていないのよ? 全部探し終えるまで、どれだけの月日がかかるかわからない。
その後に元の世界に戻っても、私の居場所なんてなくなっちゃってるわ!
「 セナ様しかいないのですよ? 石を探すことができるのは。」
リュカ、そんな言い方ずるい。彼も立ちあがり私にすがるような目で見ている。私はかすれた声を絞り出した。
「 ダメよ …… お願い …… 家に帰して ……。」
再び部屋に沈黙が訪れる。
このつらい状況を助けてくれたのはサラだった。
「 それほどまでに皆で追いつめてしまったら、セナ様がお可哀想ですわ。もともとセナ様は二週間のお約束でございましたのでしょう? 勇者様は他にもいらっしゃいますし、寂しくはございますが …… 」
「 他の勇者様はもうおりませんッ!!」
サラの言葉をリュカが遮った。サラは困惑して彼に質問を返す。
「 リュカ様? 勇者様がいないとは、それはどういう ……??」
しかしリュカは歯を食いしばり固く口を閉じてしまった。それを見たグレンは深く息をついて、片手で顔を覆う。
「 他のお二人の勇者、即ちソウタ様とカノン様は数日前から行方が分からない 。今この世界に残る勇者様は …… セナ、一人だけなのだ。」
だから、何としてでも私に残れと?
皆が私を見る。サラだって、さっきまでとは違った表情に変わっていた。
「 まさか!? …… 知っていたのか!? 」
勇者が私しかいないと聞いて、私が心変わりするとでも思った? だったらそれは見込み違いね。
そう、私はあの二人が消息を絶っていることを、ロウの手紙を通して知っていた。だけど書簡などを通して知っているはずのグレン達が、この事を会話に出さないから、私もその話しをすることが出来なかった。
「 一体あなたは何を考えているのだッ!! 」
グレンの口調が変わってきた。私が何も答えないままでいると、その声はますます大きくなる。
「 その情報も、山に残された者達の情報と共に奴から聞き出したのか!? 」
────!?
グレンは私がロウと通じてるのを知ってる?
そうか、どうやらロッドは彼に弟の話をしてしまったようだ。無理もない、彼らは同じ騎士仲間だもの。異世界から来た私など信用するはずがないか。
「 毎晩誰と話しているのだ? よもやとは思うが、城のテラスに来た男ではないのだろうな? …… あなたの仲間は私達ではなかったのかッ!? 」
バンッ!!とテーブルを叩き、グレンは言葉の総てを吐き出す。それでも私が何も答えないでいると、今度は顔をクシャクシャに歪め悲痛な声を上げた。
「 黙ってないで言い訳の一つでもしたらどうだ ……。」
あぁ …… もうダメだな ……。
ターニャはすでにボロボロと涙を流している。
ごめんね、そんな風に泣かせたいわけじゃなかったのに。
何度も話そうとしたのよ?って泣いて謝れば良いの? でもここまで話がこじれたら、今更何を言っても嘘に聞こえるでしょう? 円満に帰りたかったけど、こうなってしまってはもう修復は不可能だ。
「 バーミーズマウンテンの事を話さなかったのは悪かったわ、ごめんなさい。…… でも私がこの世界にいるのは二週間。それは絶対に譲れないから明日には元の世界に戻して欲しい。」
私の意見はこれだけだ。
耳が痛くなるほどの沈黙を破ったのはフレデリックだった。彼は私を見ないでどこか遠くに視線を彷徨わせている。
「 教えて下さい。 セナが毎晩部屋で会っている者は、城に侵入した者と同一人物ですか?」
「 …… 毎晩じゃないけど、部屋に来るのは手紙を運んでくる魔物で、彼と直接話しをしたことはないわ。手紙の相手は城に来た人と同じだけど ……。」
「 では塔に残された者達を凍らせるよう、魔物に命じたのも彼なのですか?」
「 それは …… わからない。手紙で塔の人達のことを尋ねたら、その返事に隊員さんの現状と掛けられている魔法が書かれていて …… 」
そうか、ロウが魔物を使って隊員達を凍らせた可能性もあるのか。彼は一言も自分は関係ないとは言っていない。手紙の内容が優しかったからそんな事にも気がつかなかった。
「 ……その魔物は、今夜もセナの部屋に来るのでしょうか?」
…… 殺すつもりかもしれない。
私は直感でそう思った。フレデリックはゆっくりと立ちあがり、今度こそ私を正面から見る。
「 親友を殺した男です。…… 私と彼を会わせてください。」
フレデリックは怒っているわけではない。それでも私は数歩後ろへと下がった。
「 …… ダメよ、ロウがそんな事するとは思えないもの。」
手紙の印象では、城のテラスで会った時とはずいぶん違うのだ。だけどそれを説明したくても上手く言葉にすることができない。
「 ロウというのが奴の名前なのか?」
グレンは既に怒りを抑えようともしない。
「 そう、……ううん、違う。名前は無いから付けてくれって言われたの。だから『ロウ』は私が考えた彼の名前。」
「 それはまたずいぶんと仲がいいんだな。名前のない者を信用するなど、相手もさぞ扱い易かったであろう。」
グレンの皮肉に弁解する気力もなかった。部屋には寒々とした空気が流れている。客観的に見ても、これでは私が敵に味方してるとしか思えない状況だ。
でも逆にこれで良かったのかもしれない。みんなから嫌われた方が、至ってスッキリ元の世界に戻れるもの。花音ちゃんや奏太のことはいずれ大丈夫だと分かるだろう。
私は、雰囲気が悪くなるのを承知で念を押した。
「 ここにいるのは二週間。もし今夜パトリック …… 手紙を運ぶ魔物が来たら、ロウと直接会えるか協力するけど、明日になったら私は帰るからそのつもりでいて。」
グレンが何か口を開きかけたとき、先に言ったのはサラだった。
「 ですがセナ様 …… 今日はもう16日目ですわ? …… 二週間は既に過ぎています。」
……………。
なんて言ったの? サラ。
私はサラの顔を無言で見返した。彼女は見つめられて戸惑い、皆に確認しながら言葉を続ける。
「 ええっと、ですからセナ様がこの世界に来た日から、もう明日は17日目になります。」
私はサラの言葉の意味が分からず、口元を押さえて、部屋の中をウロウロした。
「 …… ねぇ、最初に私が倒れたときって、私はどのくらい眠ってたの?」
私は誰ともなく問いかけた。だけど誰も答えてくれない。
「 起きたのは …… 倒れた日の夕方よね?」
心細い声に答えてくれたのはフレデリックだった。
「 いいえ、倒れた日の翌日の夕方でした。」
私は背中に嫌な汗が流れる。
「 …… じゃあね、私が山から落ちて、次にみんなと会ったのは …… 三日後よね??」
返事を聞くのが怖くて思わず声が上ずってしまう。私がグレンを見ると、彼は気まずそうに視線を逸らした。それほど私は狼狽えているのだろうか?
「 いや三日後じゃない …… 五日後だ。」
私はゆっくりと両手で頭を抱えた。
「 …… じゃあ ……… 今日は?……… 16日??」
なんで誰も言ってくれなかったの?
…… それはそうだ。私が14日過ぎても何も言わないから、皆は私がこのままこの世界に残ると思ってしまったのだ。
14日目の朝ってどんな感じだった? あぁもう、そんな事どうだっていい!
ってことは休暇は二日前に終わっているのだ!! 私は顔から血の気が引いていくのを感じた。
どうしようッ!?
どうしたらいいのッ??
「 セナ様!! 大丈夫でございますか!? 」
大丈夫よ、サラ。私は大丈夫 ……。
私は身体を支えてくれるサラに意味なく何度も頷き口元に手を当てる。
連休明けに入ってた予定や、打合せって何だった!?
……………………。
全然大丈夫じゃないわよッ!!どーすんのよッ!? 無断欠勤じゃない!!
私はハッとして、サラから離れると自分の部屋へと走った。
「 セナッ!! 何をしているッ!? 」
グレンが駆けつけ私に詰問する。その背後から他の者達も集まるのが目の端に写った。
見てわかるでしょう? 荷物を鞄に詰めてるのよ!!
私が答えないでいると、グレンは私の腕を掴んだ。
「 離してッ!! 今すぐ帰るのよッ!! 」
その気迫に押されグレンは手を離す。
この世界に来たときに着ていた服や靴を無造作に放り込み、鞄を閉じると私はそれを胸元に抱えこみ、フレデリックに向き直った。
彼は困ったようにグレン達に助けを求める。
「 この世界を見捨てるのですか?? 」
グレンの言葉が突き刺さる。
「 …… だって…… ここに私の居場所はないもの ……。」
「 居場所? 居場所など …… 」
そう言いかけたグレンの言葉を遮り、私は叫んだ。
「 あなただったら捨てれる!? 他の世界のために、生まれ育った自分の世界をッ!! 」
彼は言葉に詰まる。
ほら、答えられないじゃない。だったら自分の都合ばかり私に押し付けないで!!
私はフレデリックの前に立った。
「 早く元の世界に帰してッ!!」
彼に詰め寄る私にサラが手を伸ばす。
「 セナ様ッ!!」
サラ …… サラごめんなさい。
「 セナさまぁ〜!!い、いやです〜 !! 」
ターニャ…… 泣かないで、本当にごめんね。
これ以上は私の神経が持たない、自分の感情よりみんなの顔を見ているのが辛かった。
「 フレデリックッ!! 」
私の大きな声に、フレデリックの体がギクリと固まる。
「 …… お願い。 」
その時グレンが何かを決めたように私を見て口を開いた。
「 セナッ!! お前の居場所なら …… 」
その言葉を最後に、私の世界は暗転した。




