71【ライオネル】
「 もうすぐよ…… まっすぐこっちに向かってる。」
私は声をできる限り落として言った。
私達は前にゴロツキ達の村で、ザゴバランティスを待ち伏せした時の魔法を掛けてもらっていた。
ある一画の中にいれば、敵からはこちらが見えない魔法だ。
石を持っている敵の正体がわからない為、一度やり過ごし作戦を練ろうと、私たちは森の中に体を潜めた。
「 いたぞ! 奴だ。」
グレンがそう囁いたとき、私もその姿を確認した。
お互いの距離が縮まるにつれ、相手が人であることがわかる。フードを深くかぶっているため、顔の確認はできないけど、その体格の大きさや歩き方から、男性だろうと思った。
時折、男の前に魔物が飛び出してくると、その者は瞬殺で魔物を倒す。その様子から相手がかなり手練れだと推測された。
男までの距離は10メートルを切った。私達は息を止めるかのように沈黙を守る。オフホワイトのマントは裾のほうまで長く、その間から見える手には剣を携えている。
ふと、男のほうから高い音が聞こえてくる。どうやら彼は口笛を吹いているらしい。口元には白い髭を蓄え、年齢はかなり上のようだ。
何事もなく私達の前を通り過ぎるかのように思えた。だけど男は不意に立ち止まり、ゆっくりとこちらに向き直った。
口笛が途切れると、辺りには森の葉枝の重なりや動物達の鳴き声が鳴り響く。
片腕で剣を構えると、男は静かに口を開く。
「 出て来きなさい 。…… さもなくばこちらから斬る。」
グレンとフレデリックは視線を交わし、軽く頷くと、木の間から騎士の三人が飛び出した。そして同時に私の目の前に木々が生い茂る。正確には、いきなり地面から無数の細い枝が生えてきて、私とサラとターニャの三人を、柵のように囲んでしまったのだ。それはフレデリックが私達を守るためにしたものだった。
木々に遮られこちらからは見えないが、柵の外から男の声が聞こえる。
「 ほう、ラグドールの騎士が私に何の用だ。」
その声を聞いて、サラがハッとする。
「 フレデリック様!この柵を解いて下さいまし!! 」
サラの頼みにフレデリックは眉を潜める。
「 お願いでございます!!あぁ、早くっ!! 」
サラの真剣な眼差しに、フレデリックは頷いて目の前の柵を解いた。シュルシュルと細い木々は土の中へと戻っていく。
男とグレン達は、剣を構え対峙していた。
男の正面にはグレン、そして両サイドにリュカとロッドがいる。
こんな時だけど、私はその四人を見てゾクゾクする。彼らの放つ『殺気』と言うべきか、演技ではないその緊迫した臨場感に思わず見とれてしまった。
「 やっぱり!お爺様 !!」
サラが大声でそう叫ぶと、男はギクリと硬直する。
「 サラか?? …… はて、大切な孫がこんな所で何をしておる。」
「…… この方達は敵ではございません!どうか剣をお収めくださいませ!!」
男は再びグレンを見直したが、やがて剣を鞘に収めると、ゆっくりとフードを後ろへ下ろした。
「 どうゆうことなのか説明してもらおうか。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 まぁ!それでライオネル様は森へ行かれましたのね!? 」
「 あぁそうだ。何か珍しい魔物でもいるかと思ったのだが、出てくるのはチビばかりだ!」
サラのお爺様のライオネルは、そう答えると一気に酒を飲み干した。
ここは滞在してるお屋敷で、サラのお爺様に状況を説明するために戻って来ていた。
ライオネルは、可愛い孫との再会にしばし喜び、サラが旅をする事になった経緯を聞くと、危険だと怒るどころか「 さすがは我が孫だ!! 」と豪快に笑い飛ばした。
「 しかしアンダーソンの所の息子も、もうこんなに大きくなったのか!…… 噂は聞いておるぞ! 世界一の魔導師と言われてるそうじゃないか!?」
そう言って、フレデリックの頭をワシワシとする。
「 い …… いぇ、私などまだまだ若輩者でございます。」
フレデリックは眼鏡を直しながらなんだか嬉しそうに見える。
「 ですがライオネル様、どうして私達があの場に居たことが分かったのです?」
そうなのだ!
フレデリックの言う通り、私達の姿は見えなくなっていたはず。なのに彼ははっきりと私達の存在を捉えていた。ライオネルは注がれた酒を口元へと運ぶと少しだけ首を捻り、顎髭を撫でた。
「 そうだな、まぁ私だってはっきりと分かってたわけじゃあない。なんつーか『違和感』があったな。」
「 違和感 …… ですか?? 」
「 ああ、そうだな、例えるならばそこだけが森じゃなかった。あとは ……」
そこまで言うと、彼はリュカやロッドを見てニヤリと笑みを浮かべる。
「 ボウヤたちの敵意がもれちゃってたなぁ?」
百戦錬磨の経験者を前にして、国自慢の若き騎士達は顔を赤らめた。それから次は私にその視線を合わせ、真剣な眼差しに変わる。
「 しかし、勇者召喚の噂は私も耳にしていたが、まさかこんなに細身の女の子とはな。」
女の子 …… 滅多に言われることのないその響きに胸が弾む。ライオネル様、なんて素敵な方なのでしょう。
「 噂とは!? ライオネル様、勇者召喚の事は各国でも極秘扱いのはずですが、既にご存知であったと言われるのですか!?」
グレンは半ば問い詰めるようにライオネルに尋ねると、ライオネルは目を細めて「まぁな」と頷いて宥めた。
「 ラグドールの国王様は、各王国に触れを出しただろう?…… 役人の口に蓋はできんよ。」
「 それは …… まずいですね。」
フレデリックがそう呟くと、グレン達も頷いた。
「 どうしてセナ様の事が広まるのが良くないのです? 世界をお救いになられる勇者様なのですから、皆に知られても問題ないのではございません? 」
ターニャが不思議そうにそう尋ねると、ライオネルは困ったように笑みを浮かべ、ターニャの頭を撫でた。
「 それはな? 可愛いお嬢さん、悲しいことだがこの世の中は、全ての人が世界を救って欲しいと考えるとは限らない。それに勇者のみが持つその『力』を利用しようとする者も出てこないとは限らないのだ 。」
「 まぁ、そんな!!」
ターニャは信じられないと顔を真っ赤にする。そうね、ありえない話ではないだろう。大袈裟に言えば、世界など滅んでしまえばと思う人には、私の存在は邪魔でしかない。
そう考える私を、ライオネルは静かに眺めていた。そして魔法で鞄を取り出すと、その中から革の袋を取り出す。袋を逆さにすると、テーブルに小さな石が転がった。
「 まさかこの石が噂の石だとはなぁ ……。」
ライオネルの持っていた石は、旅の途中で魔物を倒した時にドロップ品として拾い、魔石か何かだと思ったようだ。
それで昨日、この村でギルドに立ち寄り、他のドロップ品と共に鑑定を依頼したが、ただの石だと返された。
しかし聡明な彼は、この石がただの石とは思えず、捨てずに持っていたところを、私達と森で対峙する事になったようだ。
私は石を受け取ると、辺り一面にまばゆい光が照らされた。
「 これが聖なる光か。」
ライオネルは、輝きを取り戻した石と私を交互に見ると、深いため息を漏らした。
それから皆で昼食を取ると、ライオネルは旅の話や、ソマリ王国の話、サラやフレデリックの子供の頃の話などを面白く話してくれて、楽しいひと時を過ごす事ができた。
もっとも、サラやフレデリックは、信号機のように赤くなったり青くなったり忙しそうだったけど。
食事が終わると、彼は席を立ち「いずれまたどこかで。」と挨拶を交わし部屋から出て行った。
別れの時に、何かグレンと話していたけど、私たちには聞こえなかった。
それにしても ……。
私は温かい紅茶を飲みながら、ため息をついた。
ライオネル様は、本当に素敵だった。
森でフードを後ろに下ろしたとき、私は胸が高まるのを抑えられなかった。獅子のように逆立つ白髪のたてがみ、少し下がり気味の凛々しい目尻。眉間に刻まれた皺。何より、あの落ち着きを払った物腰。野性味溢れる雰囲気の中にある上品さ。
私はもう一度「ほうっ」と息をもらす。
私は品良く話せてただろうか? 緊張で何を話したかあまり覚えていない。何か粗相をしてなければいいけど。
ふと視界に無邪気に笑うリュカが入り込み、思わず「フッ」と失笑してしまう。ライオネル様を見た後だと、あの子はまるで子猫のようね。
紅茶が熱いのかフーフーしながら飲んでいる。…… まだまだね。
さて、ちょうど良い。
ロッドはライオネル様のお見送りでいなくなった。今のうちに、みんなにロウやパトリックの事、そしてバーミーズマウンテンに残された人達の事を話さなくてはならない。
それだけじゃない。明日には私が元の世界に帰る意思もちゃんと伝えないと、このまま残ると期待するかもしれない。この話をするのはずっと避けてきたからつらいけど、何とか理解して貰ってお互い笑顔でお別れを言いたいもの。
グレンが談話室へと戻って来て、椅子に落ち着いたのを見届けると、私は話を切り出すために口を開いた。




