70【13日目】
私達は浜辺で遊んでいた。
さっきまで一緒に遊んでいた友達たちは、それぞれに家族が迎えにきて、残ったのは私ともう一人の友達だけになっていた。
履いているサンダルを、今日こそは濡らさないようにしよう。と思うけど、結局いつも濡らしてしまう。今日だってみんなとイソギンチャクにいたずらするのに夢中になり、気がついたら浅瀬に入り込んでいた。
ああ、またお母さんに怒られてしまう ……。
まだ夕陽は沈んでいないけど、そろそろ家に帰ったほうが良いだろうか?
家族に迷惑をかけちゃいけない、そう思ったけど一緒にいる男の子が「今度は石を探そう。」と岩場に走って行くから、仕方なく私もそれについていった。
「ねえ、石はどこにあるの?」
こっちの方には無いと思うのに、男の子は何も答えてくれない。
そうしてる間にも、陽はみるみるうちに沈んでいき、辺りにねっとりとした暗闇が忍び寄る。
友達はどんどん進んで行き、私はだんだん不安になってきた。
あそこにあるよ、と友達が指を指すほうを見上げると、そこには大きな山がそびえ立っていて、とても子供の足で行けるような場所ではなかった。
だめ、あの山には登っちゃいけないとお母さんから言われているもの。
ダメだよ!もう帰ろうよ!!
私は大声で友達にそうお願いすると、男の子はゆっくりと振り向いて口を開いた。
「 お前に帰る場所なんかないくせに 。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
…… 私は目を覚ました。
「 悪いな、何度か声を掛けたのだが、返事がなかったから居ないのかと不安になってな。」
グレンは心配そうに覗き込んでいた。
「 …… セナ?」
「 なんでもない …… 起こしてくれてありがとう。」
ひどく …… 嫌な …… 夢を見た。
私はのそりと体を起こす。改めて礼を言おうとグレンを見ると、彼の視線はテーブルに置いてある剣にあった。 それはパトリックが置いていった剣だ。
この剣は?という目で私を見る。
それはそうだ、私の持ち物のある程度は彼が把握してるだろう。なのに見慣れない武器があれば、騎士として不思議に思うのは当たり前のことだ。だけど今は変な夢のせいで気分が最悪だった。
「 あとで話すわ。」
素っ気なく答えてベッドから出ると、グレンは私が着替えると思ったのか、何も言わず部屋から出ていった。
本当に嫌な夢だった。
よりによって「石を探そう」だなんて、今思い返しても胸がムカムカする。
朝食は屋敷の使用人が用意してくれて、食堂に向かうと皆が揃っていて挨拶を交わす。私はホテルさながらの朝食を見下ろして再び嫌な気分に苛々する。
そうよ、イソギンチャクを指で突いて驚かす遊びは、小さい頃みんなとよくやった遊びだ。
サラダを口へと運ぶ、咀嚼しても何の味だか感覚が無かった。
サンダルを濡らして、親に怒られたことなんて無かったわよね? ただ、濡れると気持ちが悪いから自分が嫌だっただけだ。
オムレツは中にミートソースみたいなソースが入っている。
だいたい帰る家がないって何よ。帰る場所だったっけ?…… あるわよ!ちゃんとあるから。
あいつ何いってんのよ!
私はパンに手を伸ばしてピタリと止まった。
…… あれ? そういえばあの男の子って …… 誰だっけ??
夢の中では違和感なく一緒にいたけど、よくよく思い返してみると、近所の友達でも小学校の友達でもない。家族で海に遊びに来た子供だろうか?
…… たまに、そういう子らがいつものメンバーに混じって遊ぶ事もあったけど ……。
まぁ、夢だしね。
嫌なことはさっさと忘れよう。
私はパンを取ると、食べやすいよう引きちぎった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝食が終わり、ロッドとギルドで待ち合わせてる時刻まで、まだ時間がありサラが紅茶を入れてくれた。
私はキッチンへと行くと、昨晩作ったクッキーを皿に並べて戻って来る。
「 あのね、このクッキーを紅茶のカップに蓋するように乗せてみて。」
そう言いながら、自分のカップの上に、クッキーを一枚被せると、みんなが言われた通りに真似をする。
…… そろそろかな??
クッキーをそっと持ち上げると、中にサンドしてあるキャラメルは、紅茶の熱でトロリと溶け始めていた。
オランダのお菓子でこんな感じの物がある。
本物はワッフル状になっていてしっとりとしていたような気がするけど、私の技術では薄く焼くのが精一杯だった。この世界の人達はキャラメルが好きだから作ってみた。
「 まぁぁ!!美味しいです!!凄いですわ!セナ様ってキャラメル料理に長けてますのね!? 」
「 これ城下町で店出したらヤバいんじゃないか? 」
みんなが口々に嬉しいことを言ってくれるけど、私の世界では既に広く出回っているものだ。
私は手早く食べると、朝食の時に話しそびれたロウやパトリックの事を話そうかと思った。でもフレデリックがそれを遮る。
「 待ってくれませんか?クッキーの残りはあと四枚 …… 二名が食べることができませんね。」
彼は眼鏡をクイと整えると、ターニャに優しく微笑む。
「 この場合、体の大きさ順でいただいても宜しいですね? ターニャ様。」
「 異議ありですわッ!!レディファーストという言葉をご存知ありませんの? フレデリック様。」
ロウやお屋敷の使用人の為に多めに作ったのが仇となった。あぁもう、リュカまで参戦して大事だわ。この世界の人は本当にキャラメル味が大好きなのね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ロッドと合流し、ギルドで私達が通された部屋は、昨日とは違って窓のある明るい部屋だった。
建物の正面から入るのかと思ったが、グレン達はアイドル級に目立つので、裏口から入る。
対応してくれたのは所長さん一人で、こちらも昨日とは違ってずいぶんと腰が低い。取引の必要書類を確認してサインし、代金を受け取ると、私たちは礼を言って立ち上がった。
「 せめてドラゴンの血だけでも!」とすがるような所長さんを尻目に、フレデリックはスタスタと部屋から出ていってしまった。
グレンとリュカは苦笑いをして、もう一度所長さんにお辞儀をすると、私たちはギルドを後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 あっち。」
私はまっすぐに腕を伸ばし、そう言いながら指をさした。
「 しかしそうなると、村から出てしまいます。」
私の指し示す方角をみて、グレンが腕を組む。
そうなのだ、今いる場所はバリニーズ村の端に位置する。私の指は村の敷地から出た林の方を指していた。
昨日までは確かに村の中にあったのに、今日になって石の気配は遠のき始め、私達は慌て出した。
だからと言って、凄く離れていってるわけでもない。
「 この先は、しばらくは草原が続きますが、その奥は森になっております。」
ロッドがそう説明すると、グレンは頷いた。
「 森へ入るのなら、それなりの準備が必要だが。」
「 あれ?…… 止まった。」
みんなが私を見る。
「 石の移動が止まったわ。今なら追いつけるかも!ここからそんなに離れてないと思う。」
私の言葉にグレン達は顔を見合わせる。
「 森といっても、バリニーズ村の郊外の森は、それほど危険ではありません。危険な沼や洞窟はございませんし、魔物も下級の物ばかりです。」
ロッドのその一言で、私達はそのまま森へ向かうことになった。
良かった …… 前みたいに森に入る準備とかで、探索が先延ばしにならなくて。明日はもうこの世界に来て14日目になるから、私は元の世界に帰らなくてはならない。
だから私はなんとしても、今日中に石を見つけたかったのだ。
草原を30分ほど進むと、少しずつ木が増え始め、更に進むと本格的な森となった。
とは言っても、太陽の光を完全に遮断するような逞しい巨木の生茂る森ではなく、時折日射しの入り込みサワサワと風が気持ちの良い、散歩道としては理想的な森だった。
先頭をグレンとフレデリックが歩き、サラとターニャを守るようにロッドが続く、最後尾に私とリュカがいた。時折出現する魔物は前の方で倒してくれるから、私はのんびりと歩いた。
「 ねぇ、そういえばリュカって、グレンが石像を倒した攻撃を聞いたとき、どうしてあんなに驚いたの?」
後方とはいえ、リュカは周囲に気を配りながら質問に答えてくれる。
「 それは、あの攻撃がグレン様の持つ攻撃の中で、威力が最大級だからです。」
それを使って何が悪いの?という疑問が顔に出ていたのか、リュカはため息を漏らしながら会話を続けた。
「 石像の魔物のような、格下の敵にあのような力を使ってしまうのは、正直浅はかと言わざるを得ません。まして、その後にどんな魔物と遭遇するかもわからない状況で、リミッターを使い切ることは賢いやり方では無いでしょう。」
リュカはチラリと私を見て「どんな状況であれ、団長たる者、我を失ってはいけません。」と付け加えた。
リュカは、グレンの事を心から尊敬しているようだ。だからこそ目指すべき人であって欲しいのだろう。そんな関係は少々羨ましく感じた。
たまに森の横手から魔物が現れる。そんなに強い魔物じゃないみたいで、こっちが驚くと、同時にあっちも驚いた。
「 セナ様も倒してくださいよ。」
リュカの余計な一言で、ロッドが怪訝な顔で振り返る。彼は私が剣を扱える事を知らないから、リュカの発言に驚いたのだろう。
「 あんなゴロツキ達を倒すより、ここの魔物のほうが簡単なのですよ?」
そういう問題ではないのよ、リュカ。
私の世界には「魔物」はいない。だから魔物を斬りつける事自体にものすごく抵抗がある。
そりゃあ私だって、熊や猪に襲われれば立ち向かうかもしれないけど、今までだってそういった経験はないから、今ひとつ踏み込めないのよね。
じゃあ人と闘ったことはあるのか?と言われると、もちろん戦争に出陣したことだってない。
でも、毎日の組み手や試合などで、対人のほうが慣れているといえば、そうなのかもしれない。
それに、ゴロツキ達の時は、本当に窮地に追い込まれていたでしょう? 今はグレンやフレデリック、リュカにロッドまでいるんだから、あえて私が剣を振り回さなくてもいいじゃない。
「 しかし、これから何が起きるかも分かりませんよ? もしもの時のために、慣れておくことも大切です。」
そう言ってリュカはピョンピョン跳ねてる魔物を弓で射る。
私は軽く頷いた。そうね、確かに自分の能力を過信するのは良くない。いざという時に、自分が思った通りに動けるかどうかは、経験がものをいう。リュカの言うことは概ね正しかった。
でもそれが必要なのは、この世界にずっといる場合だ。私は今夜か、遅くても明日中には元の世界に戻るのだから、魔物を斬る経験など必要ない。
…… そうだ、ロウやパトリックの事も話さないと!今朝は何だかバタバタとしていて、なかなか話を切り出せるタイミングが無かった。
どうしよう?いま話しちゃおうかな。ああでもロッドの前でこの話を持ち出すのは無神経よね?なんといっても弟が当事者なんだから。
あ、あ…… れ ……??
「 みんな止まって!! 」
私の声で全員が振り返り「どうした!?」とグレンが戻って来る。
「 石がこっちに来てる!」
「 何だって!? 」
「 だから、石の方がこっちに向かって来てるの!!」
私達は息をのみ、森の先を見つめた。




