68【ギルドの取引(後半戦)】
カチャリ、と部屋の扉が開かれ眩しい光が入ってくる。そこに立っていたのは廊下に一番近かったリュカで、彼の険のある目つきが気になった。
「 申し訳ない …… 部屋の灯りが消えてしまいましたね。」
所長さんは独り言のようにそう呟くと、手をかざす。消えたばかりの蝋燭に再び火が灯った。
部屋が明るさが元に戻ると、リュカは扉を閉めて椅子へと戻った。
「 ではまず通常のドロップ品の査定額ですが …… 」
次々と目の前に並ぶ貴金属などの査定額が読み上げられるなか、私はその内容が全く頭に入らなかった。なぜならば、いま自分の身に起きていることでいっぱいいっぱいだったからだ。
どうして窓のない部屋に風が吹くの? そんなことは誰一人として口にしない。それにさっきまでの体のだるさが嘘みたいにスッキリとしている。
隣を見るとターニャは眠ったままだけど、サラも目をパチパチとしばたいていた。
「 …… 以上がこちらの鑑定結果となりますが、いかがでしょう? 異論無ければすべてこちらの買取で手続きを進めさせていただき ……」
「 いや、ちょっと待ってくれ。」
グレンは所長さんの言葉を遮り、私達に言った。
「 今の鑑定結果を聞いて、必要な物は今のうちに抜いてくれ。残りの物をここに引き取って貰う。」
「では」とフレデリックは立ち上がり、金貨と銀貨、そして銅貨を数枚抜く。それから細長いガラスの容器に入ったラメ液を手に取り、蝋燭にかざすと薄く笑った。
サラはターニャを起こして、アクセサリー類が並べられている所で賑やかに騒ぎ出した。
「 セナはこれが欲しかったのではないか?」
グレンが私の前にティアラを差し出す。
さっきの鑑定では、朧げではあるけどティアラはダイヤモンドと言っていたはず。キレイだけど、これだけの大きなダイヤが装飾されたティアラは、金額を想像するだけでも恐ろしい。
私は首を振って、それを元あった場所に戻した。この世界は宴を開催することが多くて、パーティドレスを着る機会があったから、ちょっとだけ欲しいと思ってしまった。…… 私はもう元の世界に帰るんだから、宴に参加することはない。
リュカのお目当ての指輪には、期待していた効果はなく、代わりにサファイアの宝石を加工して自前の剣に装飾しようと喜んでいた。
そういう使い方もあるのか、と腰から携える剣に触れる。だけどフレデリックからもらったこの短剣は、鞘も柄部もバランス良く細工があるので、不必要な宝石で調和を崩したくなかった。
それに、ネックレスはお気に入りの懐中時計で充分間に合っている。グレンが次から次へと目の前に宝石をかざすけど、もともと私は装飾品を身につけるタイプじゃないから、選べと言われても特別欲しい物は無かった。
…… あっ!それならアレが欲しいかも!
「 ねぇ、コレもらってもいい??」
私は手頃な長さの剣を手に取ると、部屋の隅に移動して鞘から引き抜いた。二、三回振り回してみてにんまりと笑う。
うん、これくらいなら丁度いいかな。
「 構わないが、まさかこれだけのドロップ品の中からそれを選ぶとはな。」
呆れるグレンを尻目にサラとターニャを覗き込むと、ネックレスや指輪などがかなりなくなっている。
グレンとフレデリックが何やら相談をして、先程の物以外にもいくつかのドロップ品が消えていく。先程の所長さんの感じだと、総てギルドで引き取りたいような態度だったのに、職員さん達はひと言も喋らない。あまり感情の無い表情で、ただただ真っ直ぐに前の方を見ていた。
それぞれが欲しい物を仕舞い、所長さんに残りの物は全て買取でお願いする。必要書類と買取代金の受取りは明日の朝となったので、私達は礼を言って立ち上がった。
部屋から出るときに、フレデリックが懐中時計を出して、指をパチンと鳴らす。
部屋の外ではロッドが待っていて、すでに午後2時に近いため、どこかで遅めの昼食を取ることとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 えー!! 抵抗しにくくなる魔法!? 」
全然気付かなかった。あの所長さん達にそんな魔法が掛けられていたなんて。
裏口からギルドを出ると、パンとスープの美味しいレストランへと向かった。このお店はスープだけでも十五種あり、私はその中から白菜と豚肉をじっくり煮込んだあっさり目のものを選んだ。
パンは数種類の盛合せで提供され、追加したい物があれば焼き立てを何度でも出してくれる。
私はスープが軽かったから、トロトロのチーズが入ったパンと、ヨモギに近い味の香草が練り込んであるパンをお代わりした。
パンと一緒に出された平たいトレイには、バター以外にも、カットされた何種類かのチーズや、パテ、ハム類、それ以外に、オリーブオイルや岩塩、ピクルスそしてジャムや蜂蜜などが用意されていて、好きにパンに乗せて食べることができた。
デザートを注文する時になって、皆でメニューを眺めていたら、フレデリックが不平を漏らした。
「 私はこの中のメニューより、今朝方リュカだけが食べていたクレープが食べたいです。」
「 よくぞ言ってくれたフレデリック。あの件は私もずっと引っ掛かりを感じていたのだ。だいたい一隊員が食べれて団長の私がなぜ食べることができないのだ? 有り得ないと思わないか?」
「 同感です。異世界には年功序列と言うものが存在しないのでしょうか。いえ、むしろあれは虐めに近い行為かも知れません。これは見過ごせない由々しき事態です。」
「 全くだ。多少ピントのズレてるおかしな異世界人だとは思っていたが、あれほど人道に背く行為を …」
「 二人ともデザート要らないのねー? ラストオーダーしちゃうわよー。」
「「 フォンダン・オ・ショコラとベリーパイにバニラ添えで!! 」」
あ、食べるのね。しかも数あるデザートの中で二人とも同じ物とは趣味が合いますねー。
さてさてあの二人は放っといて、話を本筋に戻すわね。
鑑定結果を聞いたときなんだけど、通された部屋にはギルド職員による下準備が仕掛けられていて、その魔法で私やサラやターニャは見事に操られていたようだ。
「 そこそこ高度な魔法でしたが、あんなのに引っ掛かる我々ではありませんよ?」
リュカがデザートをほうばりながら説明してくれる。
「 窓のない部屋を選び照明を蝋燭にする。所長がペンを鳴らしていたのに気がついたでしょう? あれは催眠効果があり、見た者は幻術に嵌りやすくなります。」
所長さんがペンを鳴らしていたのは見かけたけど、そんなに見ていたつもりはない。というか無意識だったせいか記憶が曖昧であまり思い出せない。
「 そして部屋に流れていた音楽には、所々に呪文が組み込まれていました。」
音楽?……… そういえばそんなの流れていたかもしれない。だけど朧げでやっぱりハッキリとは思い出せなかった。
「 実に周到に用意された魔法でしたから、術に掛かれば相手の都合の良いように交渉を進めてしまいます。」
「 ええ!そんなことされちゃうの!? 」
「 頭では分かっていても、反論しにくくなりますね。契約書にサインさせてしまえば、あちらの勝ちですから。」
そんなことあるのだろうか? 自分の職場でお客様にそんな事をしたらと想像すると …… 契約が楽に取れてラッキーね。いやいや、それこそ人道に背く行為だわ。
「 取引後に全く記憶がなければ、詐欺行為となりますが、スムーズな取引の記憶が残るため、取引を覆すことが難しいのです。」
「 じゃあ今回の取引は所長さん達の思う壺だったの?」
「 それは大丈夫。」
今度はグレンが話し出す。
「 途中で部屋が真っ暗になっただろ? あの時にフレデリックが相手の術をやぶっちまったからな。」
私はフレデリックを見た。あの時そんな事してたの!? 彼は目を細めると、口の端を少し上げてメガネを直した。
「 ギルドの取引でよくある事とはいえ、まさか私相手にやる度胸があるとは思いませんでした。」
だよなぁ、とグレンは相槌をうち、ハハハと笑った。
「 同じ部屋にいたのに、どうして貴方達は術にかからなかったの?」
私も含めて女性陣はまんまと術に掛かってしまったのに、彼らはどうやって魔法から逃れたのだろう。するとリュカはフフンと鼻を鳴らした。
「 あの程度の術にかかるようなら、宮廷騎士団にはなれませんよ?…… ですがフレデリック様がいつ職員に術を掛けたかは、私にも分かりませんでした。」
リュカの問いかけにフレデリックはマイルドな微笑を浮かべる。
えー? こっちからも何か魔法を掛けるようなことしてたの?? それこそ全然気が付かなかった!
「 いえ、私自身の呪文は発動してません。」
「 そうなのか? だがその割にドラゴンの血を仕舞った時も所長はおとなしかったぞ?」
えっ? あのガラスの容器に入ってたのは、ドラゴンの血だったの? ギルドの掲示板の欲しい物リストに載ってたわよ?
「 不正はしたくありませんので、呪文は掛けませんでした。ただ掛けられた術はお返しはさせていただきましたが。」
「 …… なんだって!? 」
グレンの低い声に皆の動きがぴたりと止まる。
フレデリックの小首を傾げた悪い笑みは、部屋の温度が下がるほどの美しい冷笑に感じた。
「 あの方達が掛かっていた術は、彼らが私達に掛けた術です。…… 実に滑稽ですね。」
あれ? もしかして、フレデリック怒ってる? グレンとリュカも絶句してしまった。
静まり返るテーブルで、口を開いたのはロッドだった。
「 ご、ご無礼を働いたのは、この村の所長ですが、あまりいじめないで下さい。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼食を終えると、私達は屋敷へと戻った。
フレデリックは、金貨などを兄に送る手続きをするといって、ふらりといなくなった。
サラとターニャが、屋敷で食べるお菓子を買いに途中のお店へと入ると、残った私達は店前の通りでサラ達を待った。
「 フレデリックが所長さん達に術を返すのって、そんなにひどい事なの?」
あちらが掛けてきた術を返しただけなら、威力はそれほどでもないのでは?と単純にそう思ってしまう。
「 ひどいなんてものではございません!今頃あちらさんは後悔しまくりでしょうね。」
ロッドがしみじみと頷き、説明してくれる。
どうやら自分の掛けた術が相手から返されると、術は掛けた時の二倍から三倍の威力になるらしい。
「 そんなに? じゃあ所長さん達は殆ど動けなかったってこと?」
「 ハハ、殆どではなく全くかも知れません。彼らは相当しんどい思いをしたことでしょうね。自分の掛けた術があっさり解読され、しかも掛け返されるなんてプライドがズタズタです。」
それを聞いてリュカもクスリと笑う。
「 私も術が施されていると気が付いた時は、フレデリック様の前でよくやりますね、と逆にハラハラしました。」
だな、とグレンも頷く。だけど彼は何だかバツが悪そうだった。
「 取引中にどこかでフレデリックが解いてくれるだろうとは思ったけどなぁ……。」
まさか反魂の術を使うとは …… と呟く。
また聞きなれない言葉が出てきた。「反魂の術」とは何か尋ねると、相手の術を返すことの別名らしく、文字通り相手の魂を削りかねない事から、そう呼ばれているらしい。
「 ロッドはいつ返したか分かったか?」
「 いえ、最初は部屋の灯りが消えた時かと思いましたが。」
違うよな、とグレンは首を捻る。
「 部屋を出るときに、フレデリックは時計をかざして術を解いていた。てことは …… 」
「 時計をきっかけに術を仕掛けてる可能性が高いですね。ですが、フレデリック様が前半に時計を手にする所は見てません。」
リュカも顎に手を添え考え込む。魔法を掛ける瞬間の解明ってそんなに大事なのかしら?
「 …… そんなにあっさりと見破られては、一流の魔導師とは言えませんからね。」
いつの間にか、背後にフレデリックが戻って来て会話に参加する。「こんな所で何をしているのです?」と言葉を続けた。
サラ達のことを教えると、フレデリックはお店を眺めながらボソリと呟いた。
「 へぇ〜 …… キャラメル味のお菓子があるといいですね。」
けっこう根に持つタイプなのね。
皆で屋敷に戻ると、私はロッドのお城にあった石をグレンに渡した。
「 それでね? もう一つの石なんだけど……。」
私は言葉を濁した、こんな事は初めてだ。
「 どうしてか分からないけど、昨日も今日も、ずっと村の中を移動してるみたいなの。」




