65【バックルガー家】
「 初にお目にかかります。バックルガー家当主、ランドンにございます。」
絵に描いたような幸せな空間から一転、その男性は深い疲れと哀しみを身にまとい、そこに存在しているのに、どこか別の空間にいるような、そんな印象を与えた。彼は私が黙ったままなので、聞こえなかったのかと思い、丁寧な挨拶を繰り返す。私は慌てて男性へと近付いた。
「 な、名取 世那と申します。この度は、石の捜索をお許しいただき、ありがとうございます。」
ロッドの体型と髪質は、父親譲りのようだ。顔のつくりはあまり似ていないと思ったが、ロッドの明るい表情と、父親の影を落とした表情が今は重ならないだけなのかもしれない。
「 それで勇者さま、石というのはどのようにして探すのでしょう?」
今朝方から、城の者が総出で探し回ったらしいが、それらしい物は見つからなかったとの事だった。私が天井を見上げると、ランドンさんもつられて目線を上げる。
「 上の階へ行かせていただいてもよろしいですか?」
「 え、ええ、それは構いませんが …… その石が上の階にあるというのですか?」
「 はい、あります。」
ランドンさんは、彼の背後に控えた執事さんと顔を見合わせ眉を潜める。
それはそうでしょうね、いきなり私みたいなのが屋敷を訪れて、自信満々にそう返されたら不信感しか生まれないだろう。
私が通された応接室は、お城の二階にあった。
さらに階段を上ると三階になるのかもしれないけど、流石はお城、上がっている段数では五階くらいの感覚だった。
上の階へ上がると、中廊下が続いていて等間隔に扉がある。廊下の奥は光の差し込むテラスになっていて、その遠くの景色に街の姿が見えた。
やはり思ったより高い位置まで上っているようだ。
あの人は誰だろう??
テラスの端のほうに、女性が一人たたずんでいる。テラスといっても、お城のテラスは野球場ほどの広さがある。ここからは女性の表情までは判別できなかった。私がその女性を見続けてると、前を歩いていたランドンさんがそれに気がつき溜息を漏らす。
「 妻です。込み入った事情によりご挨拶しない事をお許しください。」
私は浅く頷いた。
ランドンさんに言われる前から、何となくロッドのお母様だとは思った。遠目でも彼女を纏う雰囲気が、ランドンさんと同じものだったからだ。
私はこんなとき、場を取り繕えるような話術も経験もない。会社で接客を上手に回せるのは、マニュアルと経験の為せる技であり、それは傷ついた者を癒せる能力ではない。だから、ただ頷くことしかできない。
自分には感情が欠落しているのでは?と疑う事がある。
優しいお母様ですね?息子さんが帰って来るといいですね? それなりに頭に浮かぶ言葉はあるけど、絶対にそれを口にしたくない。正直 …… 関わりたくない気持ちの方が大きかった。
要するに、他人の痛みを共有できるキャパがないのだ。ねぇ、器の小さな人間でしょう?
私は視線を戻し石の気配を確認する。
そう、あの部屋ね。
手前から三つ目の扉の前で私は止まり、ランドンさんと執事さんに声を掛ける。
「 この部屋の中に石はあると思います。」
途端にランドンさんの顔色が変わる。もともと生気のない暗い表情に、ますます影が走る。執事さんの表情まで硬くなったところを見ると、このお部屋はこのお屋敷の人達にとって、とても大切な部屋なのだろう。
たとえどれほどの聖域であっても、私にとっては石が最優先、ここは譲らないわ。
「 …… どうぞ。」
渋々だが許可が降りた部屋へと足を踏み入れると、明るい陽射しと心地よい風を頬に感じ、私の心にも何か哀しい感情が生まれる。このお部屋が手入れの行き届いた様子が一目でわかった。
いつのまにか、ロッドのお母様もランドンさんの隣に来て不安げな表情で夫に肩を抱かれる。
軽く会釈をしながら、ロッドはお母さん似なのねと、どこか羨ましく思った。
キーンと耳が痛くなるような、張り詰めた空気を壊すようにバタバタと足音が近づいて来て、部屋の中にロッドが入ってくる。
「 セナ様ッ!!世界を救う石がフィルの部屋にあるというのは本当ですかッ!? 」
ロッドは絞り出すようにそう言って、部屋の中を見渡す。彼のその態度でこの部屋の主が、家に戻らぬ弟だということは聞かなくても分かった。
私はロッドに向き直り、続いてランドンさん、奥さまと順番に視線を移した。
今やこの部屋の緊張感はMAXに到達していて、この家族の精神はギリギリまで張り詰めていた。
「 …… 何が可笑しいのです?? 」
ランドンさんに険しい表情でそう言われて、私は自分が笑みを浮かべている事を自覚した。
慌てて神妙な顔へと整え、真っ直ぐにベッドへと向かった。
「 失礼します。」
フワフワの柔らかい掛け布団をめくると、よく干されたお日様の香りがする。ベッドのシーツの中央には、ポツンと小さな石があった。
「 おぉ!!なんてことだッ!? 」
ランドンさんは「信じられない!」と両手で髪をかきあげた。石を手に取るとあたり一面は光に包まれ、石は宝石へと変わる。それを見たロッドのお母様はヨロヨロと膝を崩し、その場に泣き崩れた。続いてランドンさんも、それを奥様を抱き締め自分も肩を震わせる。
私はベッドに視線を戻すと溜息を漏らす。
家に戻らない息子のベッドで見つかるなんて、本当にタチが悪い。他人の私でさえそう思うのだ、ましてその家族はこの事をどう受け取るだろう?
奥様は頬を拭うこともせず立ち上がると、石を見ようと私の手元へ手を伸ばす。私は輝く石を手渡すと、それを両手で握りしめて顔を上げた。
「 …… 申し訳ございませんが、この石を勇者様へお渡しすることは出来ません。」
そう来ると思った。石を宝石に戻しさえすれば私は別に構わない。だけど会話を遮ったのは息子のロッドだった。
「 いけません母上!!この石が無ければこの世界は滅びてしまうのですよ!? セナ様へお返し下さい!」
「 嫌よッ!!だってこの石はフィルなのです!! …… 私はあの子がようやく家に帰った証を手離す事は出来ませんッ!! 」
そこからは家族三人が揉めに揉め出す。その場にいても仕方ないので、私はテラスの端へ歩いて行くと、村の景色を眺めた。
城壁の下から吹き上げてくる風は意外と強く、あのお母様はここで息子の帰りを待ち続け、かなりの体力と精神力を削られた事だろう。そう考えると少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ。
どうしよう、あの事を言うべきだろうか?
私の軽はずみな行動で、あのお母様は …… いえあの家族は今以上に苦しむことになるのかもしれない。
しばらくすると、弟の部屋から家族が出てきた。目の周りが赤いのは、奥様だけではなかった。
「 これは息子のフィルの魂です。大切に扱ってください。」
ランドンさんから石を受け取り、その石を眺めながら彼の言葉を噛みしめる。結論が出るより早く口が開いていた。
「 …… 違います。…… この石は息子さんの魂ではありません ……。」
この石が家族の魂だと信じきってる人を納得させるには、そう思わせるだけの理由が必要だ。一度違うと言ってしまったなら、その言葉の責任は取らなくてはならない。
「 息子さんの魂は、まだバーミーズマウンテンで生きています。」
私は遠くに連なる山々を振り返る。かの山がどの方角にあるのかは分からないけど。
「 セナ様 …… それは …… 私達もそうであればと散々… 」
「 希望ではありません、事実です。塔に残された人達は、氷に覆われて意識はありませんが生きています。」
その言葉にランドンさんは弾かれたようにロッドを見る。ロッドは父親に首を横に振ると、困惑しながらもう一度私を見た。
「 セナ様、その様な事実はございません。何故そう思われるのです?」
「 この事は、まだ旅のメンバーも王宮も知らない事です。」
「 そんな事ある訳がなかろう!?王宮も知り得ぬ事を何故貴女が知っておるのだ!!…… そうか!余計な問題を起こさぬよう隊員である息子にまで隠していたのだな!?」
「 父上!!セナ様にその様な口の聞き方は失礼です!!」
ランドンさんの言葉に、ロッドは父親を制した。
「 何度も言いますが、もしそれが本当だとしても、王宮には王宮の考え方があります!滅多な事は言わないように気をつけて下さい!!」
「 しかしロッド!たとえ王家といえど我が一族の名誉を傷つける事は許さぬ!」
ああもう、やめて。
「 本当に王宮の知らない事なんです。あの …… フィンブルという魔物はご存知ですか?」
私が口を開くと一同は黙った。少し声のトーンを落としたことで私の感情が伝わったのなら良かった。無用な言い争いなんてこれ以上聞きたくないから。
「 フィンブルは、雪国に伝わる魔物でございますわ。」
答えてくれたのは意外にもロッドのお母様だ。彼女もロッドと父親の言い争いで却って冷静になったのかもしれない。
「 ではコキュートスという魔法は?」
ロッドは父親を振り返る。だけどランドンさんも首を横に振った。するとおずおずと皆の背後から執事さんが答える。
「 …… 僭越ながらお答えさせていただきます。コキュートスとは、その魔法を掛けた魔物が死ぬまで解けない氷の魔法でございます。」
執事さんが言うには、フィンブルは雪国に住む魔物であり、氷を使う魔物の中では最強と謳われるほど恐れられているようだ。しかし、その姿を見た者は少なく、現在ではその存在すら伝説となっているらしい。
「 現在バーミーズマウンテンの塔に、息子さんに魔法を掛けたフィンブルという魔物はいないようです。」
ではどこに?とランドンさんに聞かれても、私もそこまでは分からなかった。
しかし……と、ランドンさんは改めて私を見る。
「 どうして王宮すら知らぬ事を、勇者様はご存知なのです? 」
当然くる質問だ 。まさか敵かもしれない人物から直接お手紙で聞きました。とは言えるはずもなく、私はキッパリと言い切った。
「 すみませんが、それは申し上げることができません。」
こういう事は下手に説明したりするより、線を引いてしまったほうがいい。
「 …… なので、ロッドも他の人達にまだ言わないで欲しいの。タイミングを見て私からグレンにもちゃんと話すから。」
そこで奥様が堪らず口を挟んだ。
「 王宮に頼めないのであれば、どうやってフィルを助ければ良いのです!? 」
そもそもその前に、石を集めることができなければこの世界は滅びる。もはやロッドの弟一人の問題ではない。
「 私がこの事を旅の仲間より先にお話ししたのは、ロッドやお父様もお母様も、お城に仕える人達まで、皆様がとても愛情に溢れていたからです。」
本当は言わないつもりだった。私だって昨夜のパトリックからの手紙で知ったばかりだし、疑えば屋敷の主人の言ってる事は全部嘘かもしれない。だけどこの家族を目の前にして、黙ったままではいられなかった。
「 息子さんが帰ってきた時に、お父様とお母様がその様なお顔をされていると、彼は悲しむのではないでしょうか。…… ですからどうぞ、未来を信じてお待ち下さい。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「 しかし不思議だ。」
お城の階段を下り、元来た廊下を歩いていると、ランドンさんが首を捻った。
「 不在にしてるとはいえ、この城の者は毎日フィルのベッドを整えている。それなのになぜ石がある事に気がつかなかったのであろう?」
それは私も疑問に思った。布団からはお日様の匂いがして、敷きっぱなしの状態ではなかった。それに、石の気配は昨日もこの城から感じていた。
てことは私が今日、城を訪れたときに突然現れたわけではないのよね。
「 まぁ良いでしょう。それも含めて、勇者様のお力なのでしょう。」
そういうものかしら?私が首をかしげていると、今度はロッドが振り返った。
「 そういえば、弟の部屋でセナ様が私達を見て笑ったのは何故ですか?」
一瞬、そんなことあったっけ?と思ったけど、私はロッドの顔を見て思い出した。
「 あー!あれね?ふふっ…… ごめんなさい 。だってね? ロッドったら、お父様とお母様の両方にそっくりなんですもん!並ばれたら思わず笑っちゃって!」
「 そ、そうですか? そんなに似てますかね?」
思いもよらない返事が返ってきたのか、ロッドは耳を赤らめて顎のあたりを触っている。するとロッドのお母様も「ふふっ」と微笑んだ。
「 弟のフィルの方は、私達の変なとこばかり似ちゃいましたのよ。ねぇあなた?」
ランドンさんは、奥様を見て和やかに目を細め、彼女の肩を抱いた。
「 あぁ、そうだな。だがそれも悪くない。」
執事さんは私にこっそりと耳打ちする。
「 奥様の笑顔を拝見するのは、本当に久しぶりにございます。」
そう、それは良かったわ。このお城の人達には笑顔でいて欲しいもの。その思いに嘘はない。…… 嘘はないけどまさか私の口から「 未来を信じて 」なんて台詞が出るなんて笑っちゃう。
私は皆に礼を言うと、ロッドと共にお城を後にした。私がニコニコと笑顔でいると、つられるのか、それとも弟の安否が解り安心したのかロッドも笑顔になる。
だってそうでしょ? 人生なんて不条理な事ばかり。信じられる未来があるのなら、私が教えて欲しいくらいよ。




