52【まさかの夢オチ?】
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─── カラン。
氷の溶ける音で、私はハッとした。
…… あれ? ここは??
私は伏せていた頭を上げ、辺りを見回す。
ワイワイと賑わう店内。
忙しく動き回る店員さん。
私の横をいい匂いが通り過ぎていった。
なんだかおかしな夢を見ていたようだ。
無事に町に戻れて良かった ……。
ん? あれ? 私って何の夢見てたんだっけ??
…… もう思い出せない。
隣のテーブルの女の子が、私から目をそらす。
おっと、よだれが出かけてるじゃないか。
私は袖で口元をぬぐい、お冷やを一口飲んだ。
そうだった。ここは前から来てみたかった居酒屋さんだ。
期待以上にいいお店だわ。料理も美味しいし、お店の人の接客も感じがいい。うん、人気なのが頷ける。私はお皿に残ってる地鶏の炭火焼を口に入れた。
んん〜! 冷めても美味しいッ!!
噛めば噛むほど味が出るんだわこれが!!
今日は本当に疲れたなぁ。ふと、ジャケットのポケットに手を入れると、中には飴が入っている。
…… そういえば、お昼休みに忙しい私にと、高杉がポケットに何かを入れてたわね。私はクスクスと笑った。
「 何がそんなにおかしいの??」
外に電話をかけるため、席を外していた伊織くんが戻ってきた。私は飴の話をする。
「 あぁ高杉さん?…… 優しいね。」
伊織くんは微笑んで、メニューを開いた。
何か注文するのかな?
彼と付き合いだして、まだ一週間。
私の会社の結婚式場の、引き出物全般を彼の会社が引き受けている。伊織くんはデザイン担当で、彼のデザインする物は本当にセンスが良い。
実際に、うちに来るお客様の中で「引き出物がお洒落だから」という理由で契約する人もいるから凄い。
紙袋や包装など、季節や節目などでデザインを変えようと、何度か打合せするうちに食事をするようになった。
と言っても二人きりではなく、伊織くんの会社の社員達と、私の会社のスタッフとで、毎回五〜六人でだけどね。
ついでに言うけど伊織くんは28歳。
私より年上なんだけど、みんなが「伊織くん」と呼ぶ事と、ふわふわの柔らかい髪に甘いベビーフェイスが相まって、私もそう呼んでいた。
それに「伊織」はずっと苗字だと思っていた。だけど契約のサインをしてもらうときに「篠崎」と書かれていて、それが名前だと後で知った。
性格もとても温厚で、いつもにこにこしている。
「 世那さん、何飲みます?」
伊織くんは、お漬物の盛り合わせと椎茸のマヨチーズ焼き、ビールを追加し、私は今飲んでいるお酒をおかわりした。
それが、なんで今夜は二人で飲んでるかと言うと、先週の飲み会の帰り、駅までの方向が同じだったから、ぼちぼち話しながら二人で歩いていた。
私は少し酔っていて、なんだかフワフワして楽しかったけど、伊織くんは「飲み過ぎですよ!」と言っていた。私は飲み過ぎると記憶が飛んでしまう。その事を知ってる伊織くんは、ハラハラしているようだ。
「 そんなに飲んで、彼氏さんが心配しないんですか?」
そんな人いませんよー!と答えると、伊織くんは驚く。
うちの実家は古武道の道場で、私は小さな頃から祖父に、その練習ばかりさせられていた。祖父の息子である父には、武道の素質がなかったため、そのぶん祖父は私を鍛えた。
その鍛え方は、それはそれは厳しくて、異性を意識し始める間もないほど、毎日鍛錬に明け暮れた。
高校三年生の時に、祖父は急死し、父は道場をたたんでしまった。私はぽっかりと穴があいたように、やることがなくなり、幸い成績も悪くなかったので、都会の大学へと進学した。
大学では他のことに熱中し、これまた異性と関わることなく、社会人になっても多忙を極め、今に至る。
うぅ、話しててなんだか悲しくなってきたわ。
彼ができたことなんて一度もない人間が、結婚式場で働いてるなんて笑えるでしょう?
あの時伊織くんにもそう言った。
「 別に笑うことじゃないと思うけど、じゃあ今夜から、僕とお付き合いしせんか?」
そう言う彼は、にこにこと笑みを浮かべている。
つられて私も笑い「 いいわよ!よろしくお願いしまーす!」と敬礼しながら元気よく答えたんだっけ。
…… 翌日になって、昨日の事は何となく覚えていたけど、酔った上での冗談だとスルーした。
「 聞きましたよ世那さん!伊織くんと付き合うことになったんですってね!?」
それから二日後に、同僚の高杉にそう言われ、アレは本気というか、現実だったのかと私自身が驚いた。
伊織くんの事が好きかどうかと聞かれると、よく分からない。彼を今までそういう目線で見たことがなかったし、仕事ができる人だとは思うけど、それ以上のことはほとんど知らない。
では、これから彼を好きになって行くのだろうか?
…… 正直それもよく分からない。
前例がないのだから、展開が読めないのよ。
「 まぁ別にそれでもいいんじゃないかな。」
私は顔を上げた。伊織くんは変わらず微笑んでいる。
「 僕だってそんなに世那さんの事が好きなわけじゃないしさ。」
自分だってそう思ってたくせに、相手からそう言われると戸惑う。私はどうしてそんなこと言うのか伊織くんを咎めた。
「 そんな怒らないでよ、僕だって怒ってるんだよ?」
そんなに笑顔なのに? なんで? 何を怒ってるの?
私、伊織くんを怒らせるようなこと何かした?
「 …… 本当に身に覚えがないの?」
ないわ。だって私はお仕事も一生懸命してたつもりだし、お稽古だってさぼったことないもの。
「 だめじゃない、人に向けて技を出したんでしょ? 痛そうだったね、あの男たち。」
あっ、あれは仕方がないじゃない!!
こことは世界が違うのよ!?
サラ達を助けなきゃいけなかったのよ!
お願い!お祖父ちゃんには黙っていて!!
「 ねぇ、僕のことが好き?」
私は言葉に詰まる。
なんで答えられないの?
僕とどうして付き合ったの?
矢継ぎ早に質問される。だけど私は混乱して何一つ答えることができない。伊織くんは立ち上がって背を向けた。私が答えられないから彼は去って行くのだ。
ふと彼は振り返る、その顔にいつもの優しい笑顔はなかった。
「 ひどいね、グレンとはキスしたくせに。」
目の前が真っ白になった。




