37【目覚め】
私は走っていた
どうして走っているのかもよく分からないけど、とても必死で、とても不安で何かから逃げていた
そのうち見知った場所に出た
小さいころ友達とよく遊んだ浜辺だ
そこには岩場がありその上には民宿が軒を連ねている
後ろを振り返る
まだアレの姿は見えないけど迷っている暇はない
はやくどこかに隠れないと …
そうだ! あそこなら ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
生まれ育ったこの町は、夏は海水浴場として需要があり、冬は蟹料理を楽しむ事ができるため一年を通して賑わいのある町だった
その海辺には、観光客が泳ぐ海水浴場以外に地元の人しか知らない小さな浜辺があった
浜辺といっても幅30メートルもあっただろうか?
それは、海水浴場から駐車場を通り抜け、石段を上がり、海沿いに建てられた民宿の敷地を更に抜け、倉庫みたいな小屋のところにあるトンネルをくぐった先にある
この浜は遠浅になっていて小学校低学年の子供が立っても膝ぐらいの深さしかないから、私達は安心して遊ぶ事ができた
私はそこに逃げようと思った
そこならきっとアレに見つからないだろう、と
そこに行くと更に奥に石階段が続いていた
私はハッとした。アレは魔法を使うことができるのだ。もしかするとここの場所だって見つけることが出来るのかもしれない
ならば、と思い私はその階段を上り、やはり石で造られている塔へと辿り着いた
後ろを振り返るアレの姿がトンネルをくぐろうとしているのが見える
なんてこと! もうそこまで来てる!!
このままでは捕まってしまう
いやだ…… 怖い!
私は焦って目の前の扉を開けようとするけど、子供の力では扉を開ける事ができない。あの魔物はもう浜を通り過ぎて階段の下まで来てしまったのに
「 お母さん!! お母さん!!」
叫びながら何度も扉を叩いてると、開くはずのない扉が開き中から心地良い風が吹いてきた
私は目を開いた
最初に見えたのはフレデリックの顔だった
彼は私の髪を少し引っぱり窓の外に手を振り払っていた
「大丈夫ですか?」
何が?と聞き返そうとしたら、自分の目から涙が流れている事に気がついた
涙? …… 私が??
私は両手で顔を覆う
そうだ、助かったんだ。と全身で安堵したけど、一体何に安心したのかもよく分からなかった
怖い夢でも見ていたのだろうか?
フレデリックはしばらくの間何も言わず見守っているようだったけど、やがてベッドの脇に腰をおろし「起きあがれますか?」と落ち着いた声で尋ねてきた
そりゃもちろん起きれるわよ
そう思い体を起こすとクラクラと頭がふらつく
それを見たフレデリックは、私が倒れないようそっと肩を支えてくれた
あ、あの ……なんだかずいぶん近くないですか?
「だ、大丈夫ですから」とフレデリックの体を押し戻そうとしたとき、部屋の入口にグレンが立っているのに気がついた
彼は扉の取っ手に手をかけたまま、口を開けてぼうっ突っ立っている。それから部屋の中を見渡し、最後に自分の姿を見た
んん? あれ!?
そういえば私って?
今の状況がよく分からない
説明が欲しくてフレデリックの顔を見上げた
ッ!?
だから近いってば! ホントもう大丈夫ですから!! あなたみたいなイケメンに至近距離で見つめられるのには慣れてないんです!
私が片手で丁寧にフレデリックの体を戻すと、彼は特に気にも留めない様子でグレンに顔を向けた
「彼女を診てください」
声を掛けられたグレンは「 あ、あぁ」と私の元に来て手首を持ったり耳を触ったり、そして片手で顎をやや上に上げると首に何かしようとする
何をするんだと思い、反射的に体を後ろへと引こうとすると、フレデリックがグレンを援護して戻されてしまった
あうぅなんなのよ。フレデリックもそうだけど、グレンだって相当なイケメンさん。こんな近くで真剣な顔をされると自然とこちらが恥ずかしくなってしまう
「 熱ッ!?」
喉になにかチリっと痛みが走った。グレンは「すまない」と小さく呟き、フレデリックに頷いた
「良かった、もう大丈夫だ。体温は上がり平熱。脈拍と心拍数は同じで正常な状態になったとみていいだろう」
なぁんだ、脈とか心拍数を計ってたのね
…… なんで??
「セナ様、立てますか?」
立てますかって、あたりまえじゃん、と思いながら私は促されるままベッドから降りて立ち上がろうとした
「ちょッ! 待つのだッ! すぐに侍女達を呼んで来るッ!」
グレンは慌てて部屋から出て行った。意識がはっきりしてくると、自分の置かれてる状況が分かってきた
あぁ、このワンピース生地薄いわよね
身体のラインもだけど薄っすら下着の線まで見える。そう思うとなんだか気恥ずかしくなってきて、もう一度ベッドに戻り胸元までシーツを上げた。 フレデリックはというと、これまた特に気にもしていない様子だ。それはそれでどうなのよ
部屋には時計の針の音がカチカチとこだました
「あの屋敷で石を見つけたあと、あなたは意識を失われてしまいました」
「えっ? そうなの? じゃなくてそうなんですか?」
まだフラつくせいか、私は距離感を間違え、慌てて敬語に訂正した。するとフレデリックはフッと息を吐いた
「 どうぞそのまま自然体で話して下さい。堅苦しいのは苦手なので。私のことはフレデリックと呼んでください」
おお、少しだけど笑った?
「 ではお言葉に甘えて、私のことはセナと呼んでください。それで、どうして私は倒れたの?」
その時部屋の扉が「 バターンッ!!」と豪快に開いて、私は文字通り飛び跳ねた
「セナ様ぁ〜〜!!!」
勢いよく部屋に入ってきたターニャは私に抱きつくと、目にいっぱいの涙を浮かべている
「セナ様! セナ様が倒れちゃって、私 …… 私 ……お目覚めになって良かったです 〜!!」
私はターニャの髪をきれいに手ぐしで戻してあげると、頭をなでなでした
「ゴメンね、心配させちゃって」
そして、同じく部屋に入ってきて心配そうに私を覗き込むサラにも笑顔を向けた
「なんかよく分かんないけど、もう大丈夫。皆に迷惑かけちゃったみたいね! ごめんなさい」
ターニャの大泣きがおさまるまで、しばらくの時間を要したけど、ここまで心配されたのは人生初このとだったから、どうしたら良いのか戸惑ってしまった
着替えを済ませると、皆が集まる談話室へと案内された。部屋には大きな時計があり時間が分かりやすかった。そういえば部屋にも時計があったけど、お城の時計と違ってこの建物の時計はスッキリと見やすい
時刻はもう少しで5時になりそうだ
談話室ではもう一度グレンに軽い身体検査を受け、持病や今までの成長の中での問診もされた
といってもずっと健康優良児で生きてきた方だと思う。特記して話すべきことは何もなかった
宿の手配はリュカがしてくれたという事だったので礼を言うと「グレン様の指示に従ったまでです。礼には及びません」と丁寧に(冷たく)返された
グレンにお腹が空いてないかと聞かれて「 かなり減ってる!」と正直に答える。ここで遠慮してまた倒れるわけにはいかない
それをきっかけに少し早いが夕食にしよう、とみんなで食堂へと移動する事となった
歩いていて隣に歩くグレンが私を見下ろしてることに気がつき、なんとなく見上げると彼は優しく表情を緩ませた。目が覚めてからみんなが優しさに溢れてるから何だかとても気恥ずかしい
リュカはそうでも無いけどね
食堂にそれぞれが着席すると、出される料理にアレッ?と思う。最初はこの町の料理がこんな感じなのかなと思った。けれどグレンが「 何だか今夜の料理はこれまでと違うな」と呟いたので、料理を運んできた宿屋のご主人に聞いてみた
「 もしかしてこのお料理って普段と違うものですか?」
すると宿屋のご主人は少し驚き、それからニッコリと微笑んだ
「左様でございます。 お客様が病み上がりという事でしたので消化に良い物をと、そちらの騎士様よりご指示をいただいております。お目覚めになられて本当によろしゅう御座いました」
私がリュカを振り返ると、彼はキレイな顔を少しだけ赤く染めていたが、相変わらずツンとすましていてこちらを見ようとしない
なんだ、いい子なのね
礼を言おうとしたら、リュカが言わせまいといわんばかりに私の言葉を遮る
「それで、セナ様も目覚めた事ですし、明日からまた旅を再開するのですか?」
その事も含めて私は皆に言わなくてはならないことがあった。 ただ、せっかくのお祝いムード(?)を壊したくない
どうしよう。でも、絶対言った方がいいよね …
そう考えていたら、先にフレデリックが口を開いた。 ありがたいことに、それは私が考えていた事と同じだった
「セナが倒れたのは石を宝石に戻したからではありませんか?」




