29【休暇二日目】
順調に走っていた馬車の速度が次第に落ちていき遂には完全に停まった
どうしたのだろう?とサラと視線を合わせたとき、馬車の扉が開いてグレンが顔を覗かせた
「 ラグドール城下町を抜けた。 ここからは進む道が分かれている」
そう言って彼は進行方向の先を眺める。私は馬車の中からではよく分からないし、何より話しにくいのでとりあえず馬車から降りた
ラグドール大聖堂から馬車で30分くらい進んだだろうか?きれいな街並みは終わり、道の先は爽やかな緑の草原へと続いている
「 この先に分岐点があり道は三つに分かれている。大まかに言えば、選んだ道の先にはそれぞれに王国がある。どの方向に進んだら良いだろう?」
土地勘のない私にそれを尋ねるのは、先ほど何の前触れもなく石の在り処を当てることができたからだろう。しかしこれでは …
「 ごめんなさい、どこに進めば良いかは分からないわ。 石の気配は至る所からしていて、反響しているみたいでぼんやりとしているの」
「 そうなのか?だが先ほどは …」
「 ええ、近くなればハッキリと分かるんだけど、遠すぎるとダメなのかもしれない。 実際さっきの石だってお城に居る時には正確な位置までは分からなかったから」
「 そういうものなのか? ではどうするかな…」
グレンはふむと考え込んでしまった
当てにしていたのだろう、なんだか申し訳ない
「 ヨイショッ!!」
サラが馬車から降りてきて、眩しそうに空を仰ぎ、それから彼女はステキな提案をした
「 それでは皆様、お天気も良い事ですしここでご朝食になさいませんか?」
思えば今朝は本当に朝が早かった。急遽旅に出るということが決まった上に、準備をしていると外で王様達が待っていると言われて、慌てて出てきてしまったのだ。正直喉も渇いていたしお腹も空いていた
「 でもサラ、食べると言ってもお店どころか建物すらないわよ? もう一度街まで戻るの?」
せっかくここまで来たのにまた戻るのか? それはそれで何だかなと思っていると、グレンが頷いた
「 そうだな。 今朝は食べてる暇などなかったからちょうど良い。食事をしながら行き先を決めるとするか。悪いが準備を頼めるだろうか?」
サラは、かしこまりました!と元気よく答え、馬車を覗き込み眠っているターニャを起こした
二人は草原へ入ると「ここがよろしいですわ!」と呪文を唱える
次の瞬間、そこにはブワッとテーブルと椅子が現れた。アイボリーホワイトのアンティークな丸みを帯びた家具は、アリスのお茶会に出てくるような可愛らしさで、サラは清潔なテーブルクロスをフワリと広げ、続いてターニャが次々と料理をテーブルにセットしていった
グレンともう一人の隊員は馬を草原へと誘導し、近くの木へとくくりつけた。馬は草原の草を食べ始め、グレンが木製の容器を魔法で出している。 容器は二つあり片方は馬の餌、もう片方は飲み水が入っているようだ
馬車からは魔導師さんが降りてきて、馬車に向かって何か呟くとみるみるうちに馬車が小さくなり、やがて消えてしまった
その間、私は何をしていたかというと、ただただ口を開けて、ボーッと突っ立ってただけなんだけど …
いやほんと!
何回見ても魔法には驚かされるわね!
みんな何気に魔法使ってるけど、毎回マジックショーを見ているみたいで飽きない!
ふと疑問に思い魔導師さんに質問した
「 馬車の運転手さんはどうなっちゃったの?」
魔導師さんはチラリと私を見ると、無表情のまま「 あれは人ではありません」とボソリと答えて、テーブルの方へと歩いて行った
人ではない? 人ではない ……
人ではない !?
ッ!! まさかッ!? もしかして …… あの有名な誰もが一度は見たいと思うアンデット的な!?
やだぁ!!そうなの!?ゾンビなの!?
ちょっと!! 魔導師さん答えてよ〜!
と勢いよく振り返ると、皆がテーブルに集まっていた。私もいそいそと席に着く
…… あのね? すごいのよ?
床がちょっと浮いてるの。地上から10センチくらいかしら? 草花を傷めないよう配慮してあるのか、椅子を安定させるためか、その両方なのかもしれないけど、テーブルの下は薄い板張りの床になっていて浮いてるのよ。でもフワフワとした浮遊感は全くなくて、本当にそこに床があるみたいなしっかりとした感覚を感じられる。これじゃ空飛ぶ絨毯じゃなくて、空飛ぶテーブルね
などとくだらない事を考えていると、空を見上げ眩しそうに眉間にしわを寄せた魔導師さんが、人差し指をスッと流し、テーブル上に10畳ほどのテントが張られ日除けとなった。外で食べる食事は良いけど確かに日差しは気になるのよね
ナイスよ!魔導師長さん、いい仕事してる!!
あとでゾンビのこと教えてね!?
ピカピカに磨かれた食器の上にはパンとサラダとオムレツが盛り付けられている。
きれいなグラスに薄い黄色の飲み物が注がれていった。サラとターニャも席に着いたので、それぞれが食事を楽しむ。
何回か食事をして分かったんだけど、この国は私たちの国にあるような「いただきまーす!」的な食事前の挨拶はなく、それではいただきましょうと顔を揃えて頷くのがルールのようだ
パンは三種類あって、耳なしの食パンにチーズを挟んで両面をサクッとソテーした物と、ベーグルのような割と淡白なパンに燻製された生ハムと新鮮野菜、それに香ばしいフライドオニオンが入っている。そして、三角パイ生地の中にはトロトロのリンゴのジャムとカスタードが入っていて、カスタードがある分リンゴのジャムの甘さを抑えてるので抜群にバランスがいい
サラダは切りたてのようにパリッとしていて、ドレッシングも摩り下ろした人参で作られている。野菜をマルッと食べてる感じがする
オムレツは、ナイフを入れると中は半熟状になっていて、カリカリに炒めたベーコンとジャガイモが出てきた。魔法は熱々の状態を保てるようで、どの料理も作りたてのように熱々だ
途中、グラスの黄色い飲み物を飲んだら、酸っぱいのにマンゴーのようなコクがあってとっても美味しかったのよね
隊員の少年は育ち盛りなのかパンを三種類ともおかわりし、グレンはパイだけおかわりしていた
はぁ〜ん、幸せ
私っていま休暇中なのよね
突然わけのわからない世界に連れてこられて
とんでもないと思ったけど
今ではここにこれて嬉しい気持ちまで芽生えてきてる
途中何個かサクッと石を戻すだけで
旅費も面倒な手続きもなぁんにもいらないなんて
休暇最高〜!!
私が美味しい食事に集中していると、グレンふと顔を上げた
「 急な旅となり初めて顔を合わす者もいるよな。 どうだろう? ここで一人一人自己紹介でもしないか? 簡単でいい…… 私はグレン・ロックフィール、ラグドール領出身だ」
グレンはそう言うと隣にいる隊員を見た
すると彼は軽く頷きナプキンで口元を拭う。そしてピンと背筋を伸ばした
「 リュカ・ローゼンタールでございます。ラグドール王国の騎士として着任し三年目。スノーシュー王国出身でございます」
…… この子ねー、なんだかものすごく態度が気になるのよね。グレンへの忠誠心は半端ないし、サラやターニャにはそうでもないんだけど、私に対しての警戒心がね 。実を言うとまだ口を聞いたことすらない。 馬車に乗るときにも扉を開けてくれたから礼を言ったけど、ツンとしていてまるで無表情だったし
「 ローゼンタールと言うと、あのローゼンタール家ですか?」
珍しく魔導師さんが口を挟んだ。この質問にはグレンが答える
「 そう! コイツはあの誰もが知ってるローゼンタール家のお坊っちゃまだ」
言い方には若干の冷やかしが混ざってるようだけど、当のリュカ自身はまんざらではない様子だ。
相当良家の御子息なのだろう。 隣にいるサラも小さな声ですご〜い!!と感嘆の声をあげている
そしてそのまま流れで今度は魔導師さんが自己紹介する
「 私はフレデリック・アンダーソン。ソマリ王国出身です」
ここまできて思ったけど、私は何出身なの? 地球? 日本?? 私がみんなの出身聞いてもチンプンカンプンなのと同じで、みんなもこちらの事は分からないわよね? 例えば私がカムチャッカ半島出身です。って言ったところで嘘がバレないんじゃないかしら?
ふふっもっと面白い地名ってないかしら?
いや別にカムチャッカ半島を馬鹿にしてるわけじゃないのよ? 中学の時に地理の試験で書けなかったのが悔しくて、社会人になった今でも忘れないのよね
そうだ!ポーランドなんてどう?…… ポーランド なんか響きがこの国の雰囲気と似てて良くない?? あれ? ちょっと待って? ポーランドってどこにあるんだっけ? ヨーロッパのどこかだよね? あれっ? チューリップがたくさん咲いてるとこだったかしら? 風車とか?…… そんな事をぐるぐる考えていたら、皆の視線が私に集中していた
あっ! 次は私なのね? えーっと
「 名取世那です。…… 異世界出身です?」
なんで最後は疑問形? でも皆はウンウンと頷いてるからまあいいか。はぁ、ポーランドって言いたかったな
グレンの視線がサラに向かったので、サラも慌てて自己紹介する
「 私はサラ・ラストリアと申します。 出身はフレデリック様と同じソマリ王国でございますわ」
フレデリックは顔を上げサラの方を見る。ちなみにこの人私が自己紹介してる時は興味なさそうにモグモグ食べてたわ
「 ラストリア家のお爺様は今も?」
出身が同じだからサラのお爺さんと知り合いなのだろうか? だけどサラはその質問に少し顔を曇らせる
「 いぇ、お爺様はすでに引退をして、昨年からは父が当主を務めております」
「 まさかお身体でも?」
「 いぇ! …… あの、そうではなくて、お爺様はとても健康で ……その …… 元気すぎて、去年家督を父に譲ると …… じゃあねと家を出ていってしまって……」
しどろもどろ話すサラの顔は真っ赤だ
「「「 家を出て行ったァッ!?」」」
私とターニャ以外の三人が声を揃える
サラはすでに小さくなって顔を伏せ気味だ
そんなに驚く事なのだろうか??
「 はい …… あの …… お爺様は突然ハンターになると言って……」
「 ハンター!?」
「 はい。お爺様は最近魔物が強くなってきていると言い出して、若い頃は剣豪と言われてた事もあったみたいで……」
その先はとても続ける勇気はなさそうだった
リュカは呆れたような顔をして「とんだお爺様ですね …」と一族の恥だと言わんばかりだ
グレンも言葉を無くしてる
意外にもサラに優しい言葉をかけたのはフレデリックだった
「 私たち王宮の者は、ここ数ヶ月で魔物が強くなっている事実に気が付きました。 だがお爺様はもっと早くにお気付きになられていたのですね。 それに、優雅な隠居生活ではなく魔物退治に向かうとは、なかなかできることではありません。 誇りに思って良いのではありませんか?」
サラはハッとフレデリックを見て、嬉しそうに微笑んだ。へぇ〜、この人冷たそうに見えるけど案外良い人なのかもしれない
「 最後は私ですわね!!」
ターニャは元気よくそういって、少し落ち着いてしまったこの雰囲気に華やかな明るさが戻った
「 私はターニャ・マナリ・シャルトリュー! ラグドールに来てまだちょっとしか経っておりませんが、皆さまのお世話を一生懸命頑張らせていただきますわ!!」
元気いっぱいの挨拶にかわいいわね〜と破顔しながら見ていたら、私以外の全員が叫んで立ち上がって驚いた
「「「 シャルトリューッッ!!? 」」」
おおぅ! どうしたのよみんな。ターニャも驚くような名前なの? そういや、ターニャは出身を言わなかったわね
「 出身はどこなの?」と私が尋ねると、すかさずリュカが「 バカッ!!」と焦ったように私を見る
えっ? いま私馬鹿って言われた?? 一瞬そんな事が頭の奥をかすめるけど、グレンも何やら慌てているし、フレデリックもさすがに目を見張る様子だ
サラですらポカンとしていた
えっ? なに? なんなの!?
私だけが訳が分からずキョロキョロしていると
ターニャはクスリと笑い皆の疑問に答えた
「 そうですわ。 私はシャルトリュー王国、シャルトリュー家の血を継ぐ者でございます!」
少し明るさが戻った食卓に、再び沈黙が訪れた
ターニャの言葉の意味とみんなの驚き方から察するに、ターニャはシャルトリューという国でシャルトリューを名乗っている。と言うことは …
つまり …… 王族?
えっ? ターニャってお姫様なの!?
「 なぜシャルトリュー家の姫がこんなところにいるん …いぇ、いらっしゃるのですか!?」
おっと!リュカ、取り乱しよう半端ないわね
「 ほんとそうですわ! 私、ターニャがお姫様とは知らずとんだご無礼を!!」
サラはさっきから赤くなったり青くなったり信号機みたいに忙しい。 ターニャは澄ました顔でニコニコと答えた
「 一族とは言っても当家は本家ではございませんし、シャルトリュー王国とラグドール王国は仲良しなので問題ありません。侍女としてお城にいたのは、その方が気軽に楽しめるだろうと、ラグドール王の計らいですわ」
「 しかし、旅に出るとなれば話は別でございます! この先は貴女を守る城壁もございません!!」
グレンは顔が蒼白になっている
おお、敬語になってるわね
「 それは大丈夫でございます! お父様はラグドールを誇る剣豪と世界一の魔導師様が一緒なら良いとおっしゃってくれましたもの!!」
「「 なッ!! 」」
今度はグレンとフレデリックが仲良くハモった
二人は顔を見合わせた
再び沈黙が訪れる…
先に口を開いたのはフレデリックだった
「 そ、それでは …… 先ほど城門で見送りに来られていたお方は ……」
「 お父様です!」
ターニャは当然!といった感じである
それを聞いて突然リュカがグレンの方に向き直り情けない声を上げた
「 グレン様どうしよう!? 僕ご挨拶しなかった!!」
ヘナヘナと座り込むリュカにグレンは「俺もだ」と片手で顔を覆っている
そこへ更にフレデリックが追い打ちをかける
「 大変失礼ですが、シャルトリュー国王には女性のお子様しか御生れにならず、次期国王は次男様のご長男様がなられると聞いたことが…」
さすがにフレデリックも歯切れが悪い
あら、そんなお国事情があるのね?
「 そのようですわね。 シャルトリューの次期国王は私の弟にと言われております」
あー! あのちっこい子ね!
うん、金髪の可愛らしい子だったわ
私がご挨拶したとき一生懸命手を伸ばして握手してたわ!
…… あの子が次期国王様??
「 ヒィッ!!…… どうしよう!? 僕お父様に叱られる!!」
リュカがワッと顔を伏せると、グレンはその様子を見ながらボー然としている
「 お前はまだいい …… 私は …… 城に戻っても騎士団長でいられるかどうか ……」
ターニャは皆の慌てる様子を見てカラカラと面白そうに笑った
「 大丈夫ですわ! お父様は次期国王に挨拶をしないくらいで機嫌を損ねるような器の小さい人間ではございませぬもの。 それに私も、あまりにも世間知らずですので、今まで通り皆様のお世話をさせて下さいませ!!」
『 そんなことできる訳ないだろッ!!』
全員の心の叫びが、私にはひしひしと伝わった
へぇ〜! 何かと大変なのね?? まぁ私には関係ないかぁ。とりあえず、ターニャのお陰で小生意気なリュカの高い鼻がボキリと折れた姿が見れてなんだかスッキリした!




